邂逅輪廻



「ふむ、王国は魔王を筆頭とした魔族の襲撃を受けている、と」
「ええ、そうですね〜」
 また、敵もありがちな話だなぁ。
「で、こっちなんですけど」
「はい〜」
 王宮内の一室らしい場所で、俺にこちらの世界のことを教えてくれているのは、マヤさん。年齢で言うと、二十代の前半だろうか。おっとりとした物腰と喋り方、あと丸メガネに騙されそうになるけど、王国の参謀陣でも、五指に入る切れ者なんだそうだ。
 それと、ストレートに言って、おっぱいがでかい。シャレにならないくらいでかくて、目のやり場に困る。まさかこっち方面でも、こんなベッタベタな展開に巡りあうとは、数時間前までは思いもよらなかったぜ。
「ところで、カズシさん〜」
「なんです?」
「ジキューを御所望だというお話ですが、結局、ジキューってなんなんですかね〜?」
「……」
 え、結局、現状が伝わってないんじゃないのか、もしかして。
「時給は、時給ですよ。こう、一時間働くごとにもらえる、お給料の額です」
「そちらの世界では〜、よくある形態なんですか〜?」
「まー、そうですね。一日いくらの仕事なんかもありますが、うちのファミレスだと、二十四時間営業ですから、みんな働く時間バラバラですし」
 この際、二十四時間営業って概念が、こっちの世界にあるかは、知ったこっちゃない。
「それってつまり〜、世間に分単位で計れる精密な時計が流通してるってことですか〜? 噂には聞いてますけど、凄い技術力ですよね〜」
「そこなんですか。俺にとっては、意思の疎通の問題をあっさりクリアする、換言石の存在の方がよっぽど驚きなんですが」
「それは、うちの国にも数えるくらいしかない、貴重品ですからね〜」
 いや、多分、現代科学技術の総力を結集しても、こんな完成度の高い翻訳機は作れないはずだ。正直、この世界、技術のバランスがおかしい。
「お話は分かりました〜。そちらの通貨でお渡しするというのは問題無いと思います〜。
 ですが金庫番の方が面倒くさがりそうですので〜、一回召喚するごとのお手当ということになりませんかね〜」
「嫌です」
「ダメですか〜?」
「小首傾げて上目遣いで言われても、お断りします。俺は、そういう曖昧な報酬は嫌いなんです。三時間働いて四時間分出たり、逆に五時間働いて四時間分だったり。平均すれば一緒だろうという話じゃない。給金とは、多くもなく、少なくもなく、事前に定められた契約できっちり貰ってこそのものなんです」
「そういうものなんですかね〜」
 正直なところ、これは俺個人の気分というか、感性の問題なので、分かってもらおうとはあんま思ってない。
「了解しました〜。その様に伝えておきますね〜」
「あー、そういや研修期間の時給が安いとかは――」
「はい〜?」
 ま、そこまで細かい要求をすると、金庫番の人がキレそうだし、やめておこう。救世主業に研修などはない。常に実戦なのだ、とか思っておけば整合性はとれるってことで。
「では、魔族の話に戻りますね〜。実は最近、魔王は代替わりをしたんですよ〜」
「何でまた」
「それは調査中なんですが、なんでも部下の派閥争いに辟易して隠居したとか」
 ひょっとして、この国って、言うほど危機じゃないんじゃなかろうか。さすがに、口に出しては言えねーけど。
「それで、子供さんが跡を継いだんだそうです〜。正確な評価を下すにはまだ情報が足りませんが、今のところ、先代ほど有能ではないようです〜」
「いい話じゃないですか」
「そうとも言い切れませんよ〜?」
「ん?」
「長というものは、自分の能力を正しく理解し、できないことは部下に任せる器量さえあれば、それで組織は充分に回るんです〜。逆に大したことができないくせに、自信だけは過剰な方ですと、あっという間に瓦解するんですけどね〜。カズシさんも、働いたことがおありでしたら、そういった上司に当たったことはありませんか〜?」
「……」
 あー、いたいた、口だけは達者で偉ぶるくせに、バイト始めて二週間の俺より使えない先輩。アレはたしかに、割と本気で邪魔でしかないわ。
「私がその様な上役に当たった場合、遠慮無く謀略で失脚させますけどね〜。そちらの方が、私にとっても、国家にとっても確実に得ですから〜」
 何だ、この王国の人間は、微妙に腹黒い奴しか居ないのか。
「そういった理由ですから、カズシさんも、できないことははっきりとできないって言って下さいね〜。異世界から来た俺が、その知識を駆使して一騎当千、天下無双、なんてことは、ありませんから〜」
「安心して下さい。自慢じゃないけど俺は、給料分はキッチリ働くが、それ以上のことは知ったことじゃないというのが信条の男です。命令はちゃんと聞きますし、それなりに努力もしますが、こちらから積極的に作戦立案に首を突っ込むなんて分をわきまえない真似はしません」
「それはそれは、結構なことですね〜」
 微妙に情けないことを言っているように聞こえるかも知れないが、時給ナンボで働くバイト学生の責任感としては、まだマシな方だと思うんだ。
「では、細かいことは後日ということで、今日はお帰り頂いていいですよ〜。ファニルさんに夕飯を用意してもらってますから、宜しかったらどうぞ〜」
「あ、どうも」
 そういや、飯を希望したのはいいけど、こっちの食事ってどんなもんなんだろう。ま、人間、塩味さえついてれば、大抵のものは何とか食えるからな。仮にも飲食業界に携わっていたものの意見とは思えないけど、世の中、そんなもんだからな。


「出された食事がかなりイケていた場合、どんな反応をしていいのか、よく分からない俺が居ます」
「何に対する解説ですか」
 とりあえず、まだあまり顔を知られたくないということで、俺は離れの塔に隔離されていた。というか、召喚された場所も、ついさっきまでマヤさんに講習を受けていた部屋も、ここから大して離れていない。
「いやー、父さんと母さんはかれこれ半年くらい帰ってこないから、賄いに、学食、コンビニと、自分で作る謎料理ばっかだったもんで、ここんとこ、お隣さんのお裾分けくらいしか手料理と呼べるものを食ってないんだ」
「結構、苦労されてるんですね」
 救世主業を押し付けた奴が言う台詞か。
「いや、マジでお世辞抜きで旨い。掛け値なしに、うちの店で出しても怒られない」
 ファミレスで出すものは、画一化と大衆性が求められるから、裏メニュー的な扱いになるとは思うけども。
「ふっふっふ。私を、誰だと思っているんですか。王国を代表する侍女としてその名を馳せた女ですよ。まあ、何で有名になったかと言われれば、お掃除スキルなんですけど」
 反応に困ることを言うやっちゃなぁ。
「失礼しますよ」
「んあ?」
 呑気にアホ話をしていたら、一人の男が入室してきた。細身の長身で、年齢で言えば二十代半ばから後半くらいだろうか。不健康にすら見える色白の肌なんだけど、眼光は鋭くて、そこに居るだけで威圧感を覚えた。
「知り合い?」
「いえ、全然」
「じゃあ、どちらさんなの」
「風体だけを見れば、只の変質者じゃないですかね」
 さらっと、物凄いこと言うなぁ。他国のお偉いさんとかだったら、どうするのさ。
「ってか、変質者だったら、色々と危険じゃないのか」
「大丈夫です。私一人でしたら、窓から逃げ出すことが可能です。慣れてない方には、ちょっと難しいですけど」
「俺は、どうしろと」
「そこはそれ、救世主さまなんですから、自力で何とかできるでしょう」
 ひどい論法を聞いた気がしないでもない。
「フワハハハ、愉快な方々ですね」
 俺も、数時間前まで、こんなにも軽快に漫才を繰り広げられるようになるとは思いませんでした。
「自己紹介を致しましょう。私は、魔王軍親衛隊隊長、疾風のハイネルと申します」
「ん?」
 何か、凄い発言がなかったか?
「ひょっとして、魔族さん? っていうか、幹部さん?」
「魔王様の側近を、自負させて頂いております」
 うわー、今日はもう帰る気で満々だったのに、更に濃い一日になりそうだ。
「本日は、異世界から救世主どのが馳せ参じられたと聞きつけ、やって参りました」
「その言い方だと、俺が乗り気で救世主やってるみたいなので、訂正を求めます」
 うん、そこは大事。割と本気で掛け違っちゃダメな部分だよ。
「ほぅ、でしたら、話は早い。どうです、魔王軍側に所属しませんか?」
「はい?」
「人間側の最後の希望として召喚された救世主どのが魔族側に寝返る。それがどれ程の絶望をもたらすことか。
 無論、ある程度、実績を積んだ後の方が理想的ですが、今すぐでも、充分な効果が期待できます」 
「な、何てことを言うんですか。私達が、この召喚術式を完成させるのにどれ程の苦労をしてきたか。それを横から掻っ攫うような真似、この泥棒猫! 鬼! 悪魔!」
 魔族って、鬼や悪魔と似たようなもんなんじゃないかって、思ったら負けなのかしら。
「無論、些少の差で救世主どのを買おうなどとは思いません」
 そして、完全に居ないことにされてるファニルが実に哀れだ。
「いかがでしょう。こちらは、時給でいうところの三千円はお出ししますが」
「へぇ?」
「しかも、週休完全二日、祝日も同様。有給完全消化に加えて、御都合に合わせての日程調整も可能。更には雇用保険や住宅手当などの福利厚生も、可能な限り考慮させて頂きます」
「あんた、こっちの雇用制度に詳しいなぁ」
「そちらの書物が、何らかのはずみで流れ着いてくることがありますのでね。異界の文化でも、よいと思うものを吸収することは怠りませんよ」
「すっげー生真面目で、割と好感持ててきたんですが」
「何を言ってるんですか。こっちは美少女、あっちはちょっと同性愛くさいオッサンですよ。思春期の少年だったら、待遇に関わらず、どちらを選ぶかは明白じゃないですか」
 自分を美少女とか評する女の子に、ちょっとひいちゃう男の子の心理を分かって欲しいです。
「ま、雇用相手の性別に関わらず、この話はお断りさせていただくけどな」
「異界の者とはいえ、人間を裏切ることにはやはり抵抗が?」
「人間社会なんて、人種、宗教はおろか、学閥や住んでる地域ですら差別する生き物だぞ。それをアホらしく思ってる俺にとっちゃ、種族が違うくらい、大した障害じゃないな」
「救世主さまが、ものすっごい問題発言をしております」
 少なくても、君にそれを言う権利はないと思う。
「では、何ゆえに?」
「時給三千円の仕事を、できる自信が全くない」
「……」
「……」
 なんだよ、二人して、その反応に困り切った表情は。
「給料ってのはな、働いたものに与えられる権利であると同時に、その分を雇用主に返さないといけない義務でもあるんだよ。賛否はあるかも知れないが、これは俺の信念だ。
 俺は、九百円程度の時給でしか働く気は無いし、それ以上の責任を負う気もない」
「救世主さまって、地味に、最低ですよね」
 だから、それを君が言うな。
「フワハハハハハ」
 そして、ハイネルさんが、何か壊れてる。
「なるほど、これが異界の書物『ラブドッキンハートにまじかるアタック』にも書かれている、ツンデレというやつですか。素直になりきれない、実に微妙な男心とは恐れ入りました」
 君達、一体、何の本を読んでるんだよ。折角なら、もうちょっとタメになるものを読めよ。
「よろしい。今のところは、これで引き下がりましょう。またいずれ遠くない未来に、お会いすることになるでしょうがね」
「何か、敵国の城から、平然と帰る気になってるけど、捕まえなくていいのか?」
「一介の侍女に、そんな戦闘力があると思いますか? 悲鳴をあげて誰か呼びつけても、魔王軍の幹部という事実を鑑みれば蹴散らされるだけでしょう。
 むしろここまでの侵入を許しても私達は無傷で見逃されるんですから、実質、大勝利みたいなものです」
 この価値観の隔たりが、性差なのか、文化差なのか、彼女個人のものなのか、段々と分からなくなってきました。
「合理主義者は、嫌いではありませんよ」
「私は、魔族なんて一匹残らず臓物をぶちまけて死ねっていうくらい嫌いですけどね」
 いい笑顔で、恐ろしいことを仰る。
「では、また」
 言葉と共に、ハイネルさんは普通に扉を閉じて退室した。俺達に残されたのは、微妙極まりない空気だけな訳で。
「なんだったんだ、一体」
 っていうか、乱入のせいで、せっかくの晩飯が冷めちまってるじゃねーか。
 おのれ、魔王軍め。食い物の恨みは、恐ろしいぞ。時給九百二十円分は、きっちりお返ししてくれるわ!


 後編へ続く


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