邂逅輪廻



 ワイズメンアンドブレイブメンオンライン、略称ワイブレにおいて称号とは一つのステータスだ。特定の条件を満たした場合に、得ることができる。言葉にしてみれば単純明快なのだけれど、実際にこれを手に入れるのは難しい。例の一つとして『神速の汗馬』というものがある。これは、キャラクターログイン十時間以内に地下二十階の黒幕を倒すと獲得できるものだ。通常プレイで四、五十時間程度掛かることを考えれば、相当の無理をしなくてはいけない。一部では、深階層の探索はさておいて、このタイムアタックに凝っているギルドもある訳だが。
 他にも『逆襲の探究者』というものもある。これは、魔術師系統に属するクラスだけのパーティで黒幕を倒した場合に獲得可能だ。魔術師は、一般的なイメージに漏れることなく、高火力、高応用力の術式を取り扱える代わりに、体力的な面では平均を下回る。回復の専門家は魔術師としてカウントされないこともあって、これもまた難易度が高い。黒幕関連の称号はかなりの種類があるので、その条件探しに躍起になっているギルドも存在するようだ。
 アゲハが持つ『孤高の王』も、そんな称号の一つだ。何しろ彼女しか持っていないものの為、条件が確定されている訳ではないのだが、推定では、地下三十階の中ボスを一人で倒すと得られるのではとされている。チームプレイが大前提となるワイブレで、これを成し遂げるには神域とも言える技量が必要であり、伝説として扱われるのも、至極当然と言えるのだ。

【地下一階・試しの通路】
「やぁ、はじめましてかな。見たところ中堅のサードキャラクターと初めての方みたいだけど、騎士様のエスコートといったところかい」
 アゲハの第一声は、存外に軽いものだった。
「あなた程の人が、どうしてこんな低階層に?」
「ん? ああ、たまに聞かれるけど、私は転送装置を使わない主義でね。ゲームシステムとしては必要なんだろうけど、ダンジョン探索の本質を見失ってると思わないかい」
「そう、ですかね」
 疑問に思ったことすら無かったので、曖昧な返事しかできなかった。
「今日は調子が悪くて、二十八階までで引き返してきた。やはりソロで三十階の壁は、分厚いものだと思うよ。私が達成できたのは、一つの奇跡だろうね」
「やっぱり、トッププレイヤーはどこか頭がおかしいんですかね」
 スズネさん、有名人とはいえ一応は初対面に、その物言いはどうなのですかね。俺も近いこと思ったけど。
「ハハハ、否定はしないよ。このゲームの深階層は、狂気のギリギリ一歩手前まで踏み込まないと逆に正気を保てない。そんな、良くも悪くもふざけたものだからね」
 冷静に考えてみるまでもなく、色々とおかしいよなぁ。敢えて誰も深く突っ込まないけど。
「それじゃ、これで失礼するよ。またどこかで会うことがあったら、その時は宜しく」
 言ってアゲハは、階段のある始まりの間へと歩を進めた。
「二十八階まで行って戻ってきたって言ってましたけど、もしかしてマップ、丸暗記してるんですかね」
「ありえるだろうなぁ」
 ソロで往復するとなると、判断時間の関係もあって、脳内マッピングの方が効率はいいだろう。それを勉強や仕事に活かせと言われるやも知れないが、それはそれ、これはこれってやつだ。
「何か毒気抜かれちゃったな。モンスター出てこなかったけど、とりあえず雰囲気は分かっただろうし、帰るってことでいい? 街とか案内してもいいけど」
「では、遠慮なく」

【迷宮の街ハザクラ・繁華街】
「そういえば、アギトさんはどこのギルドに入ってるんですか? 話の流れからして、ソロプレイヤーではないですよね」
「あー、最初はとある大手ギルドに入ってたんだけどな。何か合わなくて、自分で立ち上げたんだ」
「そういうのも楽しそうですよね」
「当初は六人居て、五人パーティ組むのに不便は無かったんだけどな。そいつらと市民権得た訳だし。ただ、こないだ三人が受験で辞めて、頭数揃えるのもフリーの人を探さなきゃなんない状態になっちまった」
「受験ごときで引退するなんて、ゲームをナメてますよね」
 むしろ君の人生のナメっぷりを諭されるところなんじゃなかろうか。
「最初に、案内することが俺の実益も兼ねてるって言っただろ。新しいギルドメンバーの勧誘もボチボチやってかないと回らないからな」
「あれ、誘われてるんですか。私、正真正銘の初心者ですよ。実は開発者の戯れで紛れ込んでるなんて御都合展開は無いですからね」
 創作物に浸り過ぎな現代っ子がここにいる。
「後進を育てるってのも、やってみたら楽しそうだし、それは問題ない。そもそもワイブレで大事なのは、年季よりも、センスと集中力だからな。今更、他のギルド入ったり、引き抜きで殺伐とするのもアレだし、のんびり付き合うから、考えてみてくれ」
「はい、選択肢の一つとして」
「おっと、着いた着いた」
 俺が足を止めたのは、ギルドの詰め所と言うか、現実世界で言うとオフィスビルみたいなところだ。
「うちに寄ってってみるか? ギルドコードとパスさえ知ってれば、未所属でも入れる仕様になってるんだ」
「お邪魔させていただきます」

【ギルド・ニーベルンゲン】
「結構広いんですね」
「市民権を得ると、最大三十人まで所属可能になるからな。内装はある程度作り変えられるんだが、うち、そっち方面に凝るのが居ないから、殺風景なまんまですまない」
「他のメンバーは居ないんですか?」
「さっきも言ったけど、何しろ現状たったの三人だからなぁ。一応、週末は一緒に探索進めることにはしてるけど、それ以外は、あんまし会ってないな。そもそも、寝る時間を惜しんでとかまでしてやるギルドじゃないんだ。合わなくて辞めたギルドってのが、そういうのを強要するところでな。掛けた時間こそ絶対正義みたいな」
「ちなみにその大手、トップギルドではあるんですよね?」
「いや、甘めに評価して、中の上ってとこ。うちと大差ないな。人数と時間でゴリ押しできるなら、最高難度のオンラインゲームとして名を轟かせてないさ」
「しかし、ダンジョンに潜るっていい響きですよね。雄大な世界観という訳でも、世界の命運を握ってるという訳でもない、ただひたすら深み、或いは高みを目指すだけのゲームに、何でこんなにもロマンを感じるんですかね」
「それは、人が人たる想像力を持っているからじゃないか」
 何となく気取って言ってみたけど、深い意味があるかは知らない。
「ん、換装してくるから、少し待っててくれ」
「換装って?」
「ああ、ワイブレは、複数のキャラ使うのがある程度基本になってるからな。別キャラに変わるのを、俗に換装って言う奴が多い。所属のギルド内か、運営公認の訓練場でできる」
「一度に使えるのは、一人だけなんですか」
「そうそう。中には根性あるのか、アホなのか、五つのアカウントと五つのモニターで五人パーティ組んでる奴も居るらしいけど」
「パソコンへの負担がとんでもないことになりそうなんですが」
「最高のスペックで組むより、コスパいいのを五つ駆使した方がマシって結論に至ったとか何とか。今度は電気代が大変そうではあるんだが、噂くらいでしか知らないのでなんとも」
「課金アイテムがなくても、色々と使いどころはあるんですね」
「本当に、色んな奴が居るんだなっていう一例ってことで」
 言いながら俺は、着せ替えルームの愛称で呼ばれる、キャラクター変更部屋に入った。
【キャラクター名:カグラ クラス:タクティクスヒーラー レベル:71 性別:女 市民権あり 称号:芍薬の戦姫】
「メインユニット、女性だったんですか!?」
「言わなかったかしら」
「しゃべり方まで変わってるし!?」
「あくまでもロールプレイング、つまりは役を演じるゲームなんだから、普通のことでしょ」
「一応聞いておきますけど、現実世界のあなたは男女どっち……」
「それを聞くのは、野暮ってものよ」
 これに関しては、ギルドメンバーですら知らない、秘匿情報であったりする。
「大抵のゲームでもそうだけど、男と女で受けられる優遇措置が違うから、試してみようと思った結果ね」
「へー、で、どっちが有利なんです?」
「体感としては、やっぱり女の方ね」
「ですか」
「ゲーム業界の闇は深いわ」
 男しか出てこないならいざ知らず、男女をある程度選べる上で男が圧倒的有利になるものは、私が知る限り極めて乏しい。
「よぉ、カグラじゃねーか」
 入室するやいなや言葉を発してきたのは、体格のいい、見るからに前衛型の戦士だった。
【キャラクター名:ドグマ クラス:パッショネイトガーディアン レベル:68 性別:男 市民権あり 称号なし】
「スズネ、紹介するわ。これがニーベルンゲンメンバーの一人、ドグマよ」
「お、新入りか?」
「予定は未定といったところね」
「はじめまして。まだ始めたばかりで、色々と教えてもらってるところなんですよ」
「ガハハ、このギルドはいいぞ。面倒な制約が何一つない。それでいてパーティを組めば息は合うと、最高だ」
「その分、私が調整役として色々と苦労してるんだけどね」
「リーダーってのは、そういうものさ」
 手前勝手な理屈にも聞こえるけど、その煩わしさが嫌いじゃない辺り、資質があるのかも知れない。
「ところでドグマ。私達は街をもうちょっと見て回るつもりだけど、あなたもついてくる?」
「ふーん、レディ二人のお誘いは嬉しいが、今日は個人的に潜る約束をしていてな。そっちに行かなくてはいけないんだ」
「なら仕方ないわね。変なところで死なないでよ。回収、大変なんだから」
「分かってるさ」
 彼にとって分かってるは、政治家の善処する並に当てにならない定型文だ。
「回収、ですか?」
 ドグマが去るかどうかといったタイミングで、スズネが疑問を呈してきた。
「ワイブレダンジョンではキャラクターの死亡って言うか、全滅はゲームオーバーではなくて、死体の放置として扱われるのよ。アギトが少し触れたと思うけど、レベル10までなら低ペナで、具体的に言うと、レベルを一つ下げるだけで街に戻ってこれるんだけどね。別途、蘇生料は取られるけど」
「それを超えると?」
「地下二十階まではレベルを5下げて街に戻ってくるか、他パーティに回収してもらうかを選択できるわ。自分のセカンドキャラ、サードキャラで行ってもいいしね。でも実際は回収屋に頼むことがほとんどなんだけど」
「回収屋、ですか」
「ええ、地下二十階まで限定で、死体の回収を専門として行う業者というか、有志の団体がいるのよ。とにかく、戦闘を極力避けて、安全に目的地まで辿り着くことに特化したスキルを伸ばしてるとか。蘇生代を含めるとちょっとした散財になるけど、全滅したリスクとしては致し方ないとも言えるわ。ああ、ちゃんと信頼あるところを選ばないと、お金だけ取られてドロンされるから、そこのところは慎重にね」
 人間の悪意もまた冒険者にとっては敵であるという、何とも考えさせられる話だ。
「地下二十一階以下は?」
「地下三十階までは、レベルペナルティ10を選択することも可能だけど、三十一階から下は回収しか選べなくなる。スズネがそこに辿り着けるのは相当先だろうけど、忘れないでおいたほうがいいわ。そこまで深い場所となると、回収すること自体、相当のリスクってことだから」
「ドグマさん、大丈夫なんですかね。何か、三十一階以降でも平気で突撃しそうな方でしたが」
「ま、あれでもまだ生き残ってるんだから、何とかなるんじゃない。冒険者の運命なんて、結局のところケ・セラ・セラよ」
 あまりに回収困難な場所にファーストキャラを野ざらしにしてしまった為、セカンド、サードキャラで苦闘を余儀なくされているギルドは少なからずある。このシビア極まりない設定が冒険者全体を安全重視に走らせて、探索が遅々として進まない一因となってはいる。だが、それがたまらないという面々しか生き残っていないので、どっこいとも言えるんだけど。
「それじゃ、街巡りを再開しましょうか。回収屋だけじゃなくて、面白いお店が色々とあったりするのよ。最初の内は覗いてるだけで時間を奪われるくらいにね」
「本当、色々と出来るんですね」
「ええ、自由度の高い、いいゲームよ」
 言って私達は退室した。主が居ない時間の方が遥かに多いこの部屋は、この閑散とした空気をどう思っているのだろうか。私は、そんな益体もない、詩的なことを思ってみた。

 後編へ続く


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