邂逅輪廻



 ワイズメンアンドブレイブメンオンライン、略称ワイブレに於いてクラスとは生命線そのものだ。他ゲームでは職業やジョブなどとも表現され、能力の成長比率や、取得技能に多大な影響を与え、ユニットとしての個性を決めるものだ。ワイブレにおいてその種類は無尽とも言えるほど存在し、初心者は選ぶのも一苦労となる為、扱いやすい基本職をチュートリアルである解説爺に薦められる。もちろん、スズネのように聞かずにすっ飛ばす輩も居ないわけでは無いのだが。
 たまたまではあるのだろうが、スズネの選んだアクティブファイターは、初心者向けのクラスだ。それなりの攻撃力と機動力、そして、それなりの耐久力と、標準的な前衛として活躍が見込める。やれることは少ないが、操作しやすいという意味では、慣れるまでのクラスとして申し分ない。
 アギトのスナイプアタッカーは、中距離では弓を扱い、近距離では短刀などの武器を使い分ける、総合型の中衛だ。耐久力には不安が残るものの、その分、探索系のスキルもある程度習得でき、良くも悪くも、何でもできるクラスと言える。
 アゲハのブレイダーは刀を扱う、攻撃特化型だ。高火力、高機動、紙装甲という、ロマンの塊なのだが、サポートがあったとしても、使いこなすのは難しい。逆に、ポテンシャルを最大限に活かすことが出来ればトップレベルの力を発揮するクラスで、上級者が使用することは少なくない。
 カグラのタクティクスヒーラーは、後衛でサポート、回復魔法を扱い、全体の戦術を練るものだ。基本性能は低めなものの、扱い方次第でパーティの能力を底上げすることができる。ちなみに彼女が持つ称号、『芍薬の戦姫』の取得条件は、このクラスで、地下二十階の黒幕を、基準点以上のパーティ運用で倒すこと、だ。
 ドグマのパッショネイトガーディアンは、中攻撃力、高耐久性、低機動力と、いわゆる壁役に向いている。ある程度ダメージが蓄積されると怒りの必殺技を放つことが出来るため、進んで攻撃を受けてくれる者が多い。傍から見ると、危ない人に思われかねない荒業であるのだが。
 いずれにしても、パーティ全体のバランスさえ誤らなければ、絶対的に有利とも不利ともなるクラスは存在しない。自分の好みでキャラクターを育てられるのが、ワイブレの魅力の一つなのだ。

【雑貨屋・ホムンクルス】
「ゲームにはよく、何の役にも立たない武器防具やアイテムがあるでしょ。ワイブレはどういった訳かその手のものが大好きで、数えきれないくらいの種類があるのよ。この店はそういったアイテム専門の中古店ね」
「ケヘヘ。お嬢ちゃん、毎度どうも」
【キャラクター名:マグヌス クラス:ソシアルハンター レベル:44 性別:男 市民権あり 称号:玉鋼の狩人】
「何の役にも立たないのに、需要があるんですか?」
「世の中には、アイテムをコンプしないと気が済まない人もいる訳だからね。ワイブレでそれは不可能に近いと思うけど、レアっていうだけで、その筋の間では自慢になるみたいよ」
「収集家の考えることは、分からないでもないんですが分かりません」
「概ね、同意ね。ただ、普通にプレイする限り資金稼ぎとしては有用だし、レア度次第では情報と取引もできるわ。この人、偏ってはいるけど、一応は情報通だから」
「クフフ」
 名前を呼ぶのが何となく嫌で、代名詞を使ってしまった。
「そういえば、ホムンクルスって、何か物騒な店名ですよね。錬金術士が作る人造人間のことでしたっけ」
「コフフ。錬金術の目的の一つに、卑金属から貴金属を作るというものがあるでしょう。それと同じことで、一見、大して役に立たないものでも、取り扱い方次第で無限の可能性を秘めているという思いをこめたのですよ」
「い、意外とちゃんとした理由があったんですね」
「まあ、今こじつけたんですけどね」
「……」
「スズネ。それ、ちゃんとした取引じゃない限り適当なことしか言わないから、話半分に聞かないとダメよ」
「身に染みました」
 それにしても、本当に名前を呼びたくないこの気持ち、どうにかならないものかしら。

【補給屋・オンザロック】
「ここは、迷宮内で手持ちのアイテムが尽きそうで危険な時、回復アイテムやなんかを運んでくれるの」
「どうやって連絡するんです? 当人達は、ダンジョン内ですよね。地上と会話できる魔法アイテムがあるとかですか」
「別アカウントを使うことになるから、ちょっと裏ワザっていうか、ズルっぽいところはあるわね。まあ、二十階までしか対応してないから、潔く全滅して回収屋に頼むのも一つの手よ。何しろ、市場価格の八倍というぼったくり価格なんだから」
「砂漠の水は何故高い。それは欲しがる人に対して、あまりに供給が少ないからだ。死にかけの時の回復薬一つがどれだけありがたいか、熟練の貴様に分からぬとは言わせぬぞ」
「多少、正論入ってるのが、更に腹を立たせてくれるわね」
【キャラクター名:ガンテツ クラス:エキセントリックサムライ レベル:62 性別:男 市民権あり 称号なし】
「ちなみに、本当に危険な時に限って留守番すら居ないことが多いから、あてにするのは危険よ」
「貴様、新人に優良店を紹介してるのか、営業妨害の為に巡回してるのか、どっちだ」
「両方、よ」
 偽りのない本音を、ぶちまけておいた。

【衣装屋・ヤンバルクイナ】
「ワイブレには、実用的な防具の他に、衣装と呼ばれる服飾品が多数存在するの。他ゲームでいうアバターに相当するのかしら。グラフィック上の見た目が変わるのよ。もちろん普通の武器や防具でも変わるけど」
「ステータスには影響ないってことですか?」
「ないわね」
「一言で、バッサリと」
 厳密には低いレベルで多少の違いはあるんだけど、現実世界で拳銃の弾丸を防ぐのに、シャツとトレーナーのどちらが有用かくらい考察する意味は薄い。
「レアな衣装は、何故かダンジョンに落ちてることもあるし、スキルを上げて自分で作ることも出来るわ。サブキャラをそちら方面に伸ばしておくと、資金稼ぎに役立つかも知れないわね」
「何だかんだで、見た目は重要ですものね」
「ええ、有志によるコーディネート大会も定期的に行われているわ。賞品も色々と価値があるものだし、顔を出してみるのも悪くないかも知れないわね。探索そっちのけで本気出してるアホ達を観察するのも、楽しいと言えば楽しいし」
「ヒョホホホ。美を追い求めるのは、人が人たる証というもの。犬猫が自身を着飾るのに無尽蔵の労力を費やすかえ? ま、人生経験の足らん嬢ちゃんには、まだまだこの深遠さは理解できんかのぉ」
「出たわね、衣装界の妖怪ババァ」
【キャラクター名:イザベラ クラス:テンタクルスマジシャン レベル:55 性別:女 市民権あり 称号:雪椿の魔女】
「な、なんですか、この方から溢れる、異様とも言える圧力は」
「たかだかゲーム上のデータに過ぎないはずのキャラクターに存在感を覚える。スズネも成長したものね。私から教えることは、もう何もないわ」
「まだプレイ始めて一時間くらいしか経ってませんけどね」
「人で遊ぶんじゃないよ、全く」
 オンラインゲームは他人と関わりを持つことも楽しみの一つだと思っている私は間違ってるのかしら。
「何て言うか、いい店ほど、主人が変わり者というか、個性が強い傾向はあるわね。そういう意味では、ここは最高クラスよ」
「そんなに褒められても困るねぇ」
「嫌味で言い返してるのか、天然なのか分からない攻防が素晴らしいですね」
 そろそろ、目的を忘れかけてる気がするのは、気のせいじゃないわよね。

【迷宮の街ハザクラ・蒼天広場】
「ざっくりと回ってみたけど、どう? 街を歩くだけでも、結構色々あるものでしょ」
「皆さん、満喫してますよね」
「ゲームシステム的に可能で、公序良俗に反しない限り何をやってもいい、それがワイブレよ」
「試されているのは、プレイヤー側の覚悟ということですか」
「テレビゲーム黎明期時代の、枠にとらわれないプレイングを思い出すっていう人も居るくらいよ。ええ、もちろん私じゃないけど」
「そういう、無駄に実年齢を怪しませる言動は必要なんですか」
 そこにボケる材料が転がっているなら、ともあれ乗っかれと誰かが言ったらしい。
「でも、ゲーム的に何の役にも立たないアイテムでも、物によっては高値で売れるっていうのは面白いですね」
「結局のところ、値段なんてものは欲しがる人と、稀少性で決まるってことよね」
「何だか、砂漠の水で例えてた方が居たような?」
「うん、正論だってのは分かってるんだけど、やっぱり腹が立つわ」
 通貨に相当するものがあって、それを扱う人が居れば経済が成り立つのは当然のことなのだけど、それを心情的に受け入れられるかは別問題だ。
「それでね。現在のワイブレで需要とレア度、どちらも最高クラスと言えるのがクリムゾンチップよ」
「クリムゾンチップ?」
「ええ、続けてればどこかで耳にすると思うから言っちゃうけど、二ヶ月くらい前、とあるギルドが地下四十四階で発見したのよ。今のところ、何に使うものかは判然としてないわ」
「ホムンクルスで並んでいたみたいなジョークアイテムじゃないんですか?」
「階が深すぎる割に、面白みがあんまし無いから、今のところ否定派が優勢ね」
「たしかに、『招かれざる招き猫』とか、『コトコト煮込んだ女神像』とか、面白いかはともかくとして、狙ってるものがほとんどでしたよね」
 結構言うわね、この子。
「あと、アイテムのレア度は百段階で設定されてるんだけど、クリムゾンチップは、最高クラスの97だったらしいわ。単に珍しいってだけのアイテムが90を超えた前例は無いから、何かしらの意味があるって説を後押ししてるわね」
「へー、で、そのチップを獲得したギルドは、今、何をしてるんです?」
「潰れたわ」
「はい?」
「考えてもみてよ。四十階より下の探索でフルメンバーの五人を割るのは自殺行為。その上で超激レアのアイテムを手に入れてしまった。標準的なプレイヤーが起こすことといえば」
「所有権を巡っての、仲間割れ」
「御名答。指揮系統やらがもうちょっとしっかりしたところなら話は別だったんでしょうけどね。運が良かったのか悪かったのか、そこは寄せ集め色の強いところだったから」
「それで、そのチップは今、どこに」
「さぁ? そこからは諸説あってね。手にしたキャラクターはダンジョン内で骸を晒してるだの、引退して死にデータになってるだの、こっそり持ってるのが居るだの。何しろ所持アイテムは基本的に非開示情報だから、知りようが無いのよね」
「そんなことになったアイテムなのに、欲しがる人が多いんですか」
「そこはまあ、ゲーマーのサガね。あと、発想を変えてみるのよ。クリムゾンって、真紅のことでしょ。色の名前が入ってるんだから、チップは複数あってもおかしくない、と」
「あ、なるほど」
「パーティの人数分集められれば、仲間割れの心配は無いって訳よ。ギルド・ニーベルンゲンの当面の目標はそれね」
「その前に、頭数の五人を揃えるべきなのでは」
 それは、言いっこなしってことで。
「ま、そんな目的な訳だから、興味があったら入るのを検討してみてちょうだい。初心者仲間を集めて低階層を探索してからって手もあるし、スズネの好きにしていいわ。それでこそ、ロールプレイングゲームだしね」
「はい、とりあえず、一人でダンジョンに向かうのだけはやめておきます」
「そこだけは、本当、重ね重ね忠告しておくわ」

 ワイズメンアンドブレイブメンオンライン。国内、或いは世界最高の難易度を誇るやも知れない、ダンジョン探索型ロールプレイングゲームのタイトルだ。その真相を全て目にしたプレイヤーは一人としておらず、今日も幾多の冒険者達が限りのない闇へと向かい、僅かばかりの収穫を手に舞い戻る。もしくは、無残にもその屍を迷宮内に晒し、二度と陽の光を拝めぬこととなる。
 それでもなお、彼らは挑むことをやめない。人が人であり続けるための探究心ゆえか、野生の本能に近しいものなのか。その答すらも、迷宮の奥底にあるのだろう。
 さあ、時は満ちた。腕に覚えのある者達よ。いざ尋常に舞い踊れ。

 了


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