邂逅輪廻



 ワイズメンアンドブレイブメンオンライン、略称ワイブレ。二年前にベータテストを経て正式稼働した、多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲームだ。プレイヤーは冒険者となって他プレイヤーとパーティを組み、ダンジョン踏破を目的とするという古典的内容なのだが、平均ログイン数は増加の一途を辿っている。その理由はいくつかある。プレイヤーのコアなニーズに応える多彩な職種、アイテム、アバター。どの職を選んでも、組み合わせ次第で、充分以上の戦力になる練られたゲームバランス。プレイ時間とキャラクターの強さが必ずしも比例しない設定。営利を目的としてないのではとすら思える安価な定額利用料にも関わらず、それで全てのサービスを受けられること。僅かな緩みが全滅を誘う硬派な難易度設定も、ゲーマーの血を刺激するのか、魅力の一つとなっているようだ。
 だが、プレイヤーが増え続ける最大の要因は、完全制覇者が、一人として居ない為だろう。一応、当初の目的である黒幕退治は地下二十階で達成できるのだが、一般には通過点の一つとしてしか認識されていない。システム上、これによって市民権を獲得し、店舗の運営や、大型ギルドの管理など、やれることが格段に増える。そしてダンジョンは二十一階以降も続いており、最下層まで辿り着いたプレイヤーは存在しないとされている。標準的なゲーム経験者であれば、市民権を得るまでに掛かる時間は数十時間程度なのだが、二十一階以降は卓越したセンスとコンビネーションを要求され、一つ下へと降りるのに要する時間は、実力次第となる。キャラクターがモンスターを倒したことによって得られる経験値も、実力の差がつきすぎるとゼロに等しくなり、強くなるためには、ひたすらに下を目指すしかなくなる。これが、プレイ時間と強さが必ずしも相関しない理由だ。
 それでも、二年もの時があれば、それなりに解析は進む。当初は各ギルドの秘匿情報であった二十一階以降の地図も、今では三十階までネット上で閲覧することができ、四十階に存在する中ボスを撃破するギルドも、両手に余る程になってきていた。ここまで五階ごとに中ボスが存在していたことから、最深部はキリのいい五十階か、あるとしてもせいぜい六十階までだろうというのが、共通の認識になりつつあった。
 変事は、とあるトップギルドが四十四階を探索中に起きた。使途目的不明のアイテム、クリムゾンチップを手に入れたのだ。当初は、試作段階のアイテムを消し忘れたという、一種のバグ説もあった。けれども、これだけ完成度の高いゲームを提供する運営が二年も放置するとは思えず、すぐに立ち消えた。もしや終わりが見えてきたというのは思い込みで、これから始まるのではないか。そんなただならぬ空気が、オンライン上に満ちていた。

【地下一階・始まりの間】
「……」
 深淵へと続く広大なこの迷宮で、唯一太陽の光を拝めるのが、ここ始まりの間だ。屋外へと続く階段から漏れ見える柔らかくも力強い陽光は、死線をくぐり抜けてきた冒険者たちにとって最高の癒やしだ。
【キャラクター名:アギト クラス:スナイプアタッカー レベル:5 性別:男 市民権あり 称号なし】
 今日も、この始まりの間を、幾多ものパーティが通りすぎてゆく。そのほとんどが、ゲームを始めたばかりの初心者だ。ワイブレダンジョンは、十階ごとに転送装置が備え付けられていて、キャラクター認証を行うことで、ショートカットをすることができる。これはあくまで、個別のキャラクターが飛ばされる訳なので、パーティメンバーで認証を行っていない者がいると、取り残されるハメに陥るから注意が必要だ。そして、このゲームには帰還アイテム、転移魔法の類は存在しない。つまり、帰りの計画も立てずに調子に乗って奥に進むだけ進んでしまうと、力尽きる公算が強いということだ。この硬派とも、マゾヒスト御用達とも言える難易度設定が、ある種のゲーマーの心を掴んで離さないのも、厳然たる事実だ。
「ん?」
 階段上から、戦士装束を身にまとった女の子が一人、降りてきた。
【キャラクター名:スズネ クラス:アクティブファイター レベル:1 性別:女 市民権なし 称号なし】
「やぁ、お嬢ちゃん。こんなところを一人で歩くだなんて、どうしたんだい。ここは地獄へと通じる魔の迷宮。万全の準備をしてなお朽ち果てる者が絶えない悪意の巣窟。本当に、そのまま進んでいいのかい」
「あ、どうも、はじめまして」
 せっかく、気合を入れて話しかけたのに、普通に返されてしまって、すごく悲しい。
「ま、いっか。ステータス見たところ、始めたばっかりっぽいけど、合ってる?」
 ワイブレは、他人のキャラクターであっても、カーソルを合わせることで、簡素な情報を得ることができる。但し、細かいデータまで踏み込む場合は、相手の認証を必要とする。
「はい。さっきアカウント作ったばかりです」
 市民権なしでレベルが一切上がってないんだからこの公算が強いんだけど、新アカでやり直してることも無い訳じゃないんで、一応ね。相手が嘘をついてる可能性まで考慮に入れたら、もうどうしようもないんだが。
「何で、一人で?」
「いや、どんなダンジョンなのかなーって、とりあえず見ておこうかと」
「チュートリアルの、解説爺さんには会わなかった?」
「私、説明書とか読まないんですよ。こう、序盤に延々と説明を聞くと、むしろ世界に入りづらくなる気がしません?」
 分からなくもないのが、困ったところだ。
「先輩面してウザったいかも知れないけどさ。ワイブレで、ソロプレイはやめておいた方がいい。ある程度慣れた人が浅めの階層を探索するので、最低三人。基本はフルメンバーの五人だ」
「でも、一階の一フロアを、ちょこっと見てくるだけですよ?」
「一階から、全力で殺しに掛かってくるのがワイブレだ」
「マジですか」
 冗談で済めば、誰も苦労しないんだよなぁ。
「なので、ここでの選択肢は三つ。一つは、このまま進んでワイブレの恐ろしさを肌で味わってくる。運が良ければ死なないかも知れないし、レベル10までは、弱ペナで復帰できるから、それもまたゲームの楽しみ方ではある。二つ目は引き返して、どこか初心者歓迎のギルドに入れてもらう。これが、一番のオススメかな」
「三つ目は?」
「近場だけなら、エスコートしてやろうか? レベルは低いけど、多少慣れてるから、守りながらでも簡単には死なないと思う」
「いいんですか?」
「趣味と実利を兼ねた、こっちにも益がある話だから、遠慮はいらない」
「では、お願いします」
「それじゃ、行きますか」
 言ってパーティ登録を済ませると、始まりの間に設置された、巨大な扉を開いた。
『ようこそ、冒険者諸君。この地下迷宮は、誰が作ったとも知れぬ、終わりのない闇。深淵にあるものは、叡智か、悪意か、はたまた神の意志か。君自身の目で確かめるがいい』
 このメッセージは、パーティ内にダンジョン未経験者がいると出るものだ。
「ところで、根本的な話なんですが、このゲームって何を目的としてるんですか?」
「むしろ、それすら知らないのに、何故ワイブレに手を伸ばしたかを聞きたい」
「何かすごいコアな人気があるって聞いて、面白いのかなぁって。あと、キャラデザが可愛いのも、ちょっと惹かれるところがありまして」
「デザインがいいってのは、俺も認めはするが」
 そのキャラクター達が何をしてるかと言えば、終わりの知れない陰気なダンジョンに潜って、生きるか死ぬかの殺伐とした生活を送ってるというのが、何とも。
「で、ざっくりと言うとだな。下の方に悪い奴が居座ってて、そいつを倒してくるのが冒険者の間でちょっとしたブームになってる感じか?」
 ネタバレに配慮して、ちょっと端折りすぎたかも知れない。
「そのラスボス、ひょっとして延々と倒されてます?」
「俺らの間じゃ、一人前の冒険者として認められる通過儀礼みたいな奴だな」
 早くも威厳に欠けてる気もするけど、ほとんどの奴がそう思ってるんだからしょうがない。
「遠からず知ることになるだろうから言っちゃうけど、そいつを倒すと市民権って、この町で正式に暮らせる権利がもらえるんだ。ほら、俺のステータス、市民権ありってなってるだろ」
「レベル5で倒せるものなんですか? もしかして、低レベルクリア挑戦者とか」
 あ、その説明はしてなかったか。
「ワイブレは、一つのアカウントで、二人のキャラクターを作ることができるんだよ。初心者だと、あまりに偏ったクラスでギルド作っちゃった場合の救済措置的な面もあり、中級、上級者となると各種の局面突破の為の柔軟運用が可能になるって感じかな。ちなみに市民権を得ると、三人に拡張される。この『アギト』は、三人目ってことだな。だからレベルはまだ低い」
「ラスボス倒したから、別キャラでやり直してるってことですか?」
「うーん」
 説明を簡略にまとめる為、少し間を取った。
「簡単に言うと、ラスボスは、ラスボスじゃない。地下迷宮は、そこからも延々と続く。むしろ、真骨頂はそこからと言っていい」
「裏ダンジョンみたいな感じでいいんですか?」
「本編の何倍もある、な」
 冷静に考えてみたら、流浪が本業の冒険者が、市民権を得てダンジョンを攻略するために事実上の永住をするっていうんだから、何が何だか分からなくなってくる。
「誰もこのダンジョンの最下層を見たものはいない。その為に、俺も色々と試行錯誤してるって訳。サードキャラクター育成も、その一環だな」
 違うキャラクターを動かすのが気に食わない場合、ジョブチェンジという体で、同じ顔、名前でクラスだけ変更する奴もいる。俺はそこまでこだわり無いんで、全くの別キャラにしたけど。
「よく分からないことがあるんですけど、これって、オンラインロールプレイングゲームですよね。アカウント作成後一ヶ月無料、その後も、小中学生のお小遣いでも払えるくらいの低額で遊べるのに、そんな誰もたどり着けないくらい奥深くまで作って、商売として成り立ってるんですか?」
「ワイブレは、有料プレイヤーも多いけど、課金アイテムやアバターの類は全くない。これだけの作り込みに要する開発費とサーバー代を考えたら赤字になるってのが定説だ」
「ですよね」
「だから、色々な噂を呼んでいる。完全クリアを果たしたプレイヤーには、油田王から巨額の報奨金がもらえるとか、果ては宇宙の真理と連結してるとかいうのまで」
 もう少し現実味のある妄想はできないのかとは思う。かくいう俺も、流通するほどの仮説は立てられてないんだけどさ。
「アギトさんも、そういうのが目的なんですか?」
「いや、単にゲーマーとして、難しいゲームはクリアしたいだけ。また、このバランスが絶妙なんだよ。クリアの方法考えてないだろっていう鬼畜仕様じゃないギリギリの範囲で殺しに掛かってくる辺りが、辞められない理由なんだろうなと」
「私も、そういうの好きですよ。ハマるかも知れませんね」
「そうなってくれると、うれしいね」
 ちょっと話してみただけだけど、割と感じはいい。もっとも、オンラインゲームなんて、年齢、風体はおろか、性別まで不明なんだから、実際の人物像は長い付き合いでも知ってるとは言いがたいんだけど。
「ん」
「どうしました?」
「誰かが、こっちにくる」
 ワイブレ内ステータスの一つに、索敵能力がある。パーティを中心に、一定範囲に何かがいるかを調べるスキルだ。アギトのクラス、スナイプアタッカーのそれは、使えないことはない程度のもので、モンスターなのか、他プレイヤーキャラクターなのか、ノンプレイヤーキャラクターなのかすら判別はできない。
「一応、戦闘の心構えを」
「はい」
 見る限り、スズネの操作は初心者らしい無駄の多いものだったけど、ゲーム自体は結構やってるみたいだし、多分、大丈夫だろう。
「……」
 丁字路の右手から姿を現したのは、他プレイヤーキャラクターだった。手に持っているのは刀……ブレイダーか。
「キャラクター名、アゲハ!?」
「ど、どうしたんですか?」
「ワイブレで、伝説となってる一人だよ。一階から完全ソロプレイで、三十階まで走破した唯一無二の存在、それが、アゲハだ」
「……」
【キャラクター名:アゲハ クラス:ブレイダー レベル:167 性別:女 市民権あり 称号:孤高の王】

 中編へ続く

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