Complete!
前編

七桃りお



誰が一体こんな世の中にしたのか。
日中は多額の金が紙切れ同然で行き来し、夜は当たり前のように犯罪で満たされる。
神と呼ばれる存在がいるのなら、どうして傍観するだけなのか。
全知全能にして無能。まったく、役に立たない。
この街に神はいない。いるとしたら―――悪魔だけだろう。
そんなことよりも、
「―――今日のメシ、どうしようか」
ただそれだけが心配だった。



ふらふらと歩く男。足取りはおぼつかなく、今にも倒れてしまいそうな。
ここ、日陰市の時刻は午後六時。季節は春。今は、夕暮れ時だ。
ビルの向こうに日が沈んでいく。あと一時間もしたら辺りは暗くなるだろう。すると人気が無くなる。
「―――った、助けてください!」
そして、牙を剥く。
それが待てない大馬鹿者。たとえば、
「あのっ!助け―――きゃあっ!!」
今、目の前の公園で女性を襲おうとしている暴漢かとか。
暴漢はつまづいた女性を組み伏せ、手に持った刃物でスーツを切り裂く。
衣類を剥ぎ取り、女性を少し肌寒い外気にさらす。涙を流して身をよじる女性。それを、
「・・・最悪だ」
愚痴一つで通り過ぎた。
「―――ちょ、ちょっと・・・ってきゃぁぁぁぁぁ!!」
ああ、うるさい。
気の赴くままに散歩をしたらすぐこれだ。わざわざ日の残る夕方にしたってのに。
強姦なら夜にしてくれ。もっとも、夜は女性など歩かないが。
「・・・っちくしょ」
息を荒くして女性に覆いかぶさっている男。それを、
「ぎゃっ!!」
懐から取り出したハンドガンで撃ちぬいた。あっさりと。
女性はただ呆然と、血飛沫を上げて倒れた男を視線で追う。そして、
「―――」
気絶した。
「・・・最悪だ」



夕暮れは過ぎ、闇が街を支配する。それに抵抗するかのように自己アピールする人工光。
壁のように並ぶビルから少し離れた場所、まだ治安は良い方であるこの場所はカフェだった。
もっとも、今はバーとなっているが。
そこでジャケットを肩に羽織い、温かいコーヒーを飲む女性。
気絶したこの女性をわざわざこの場所まで運んできたのだ。あのまま放置していたら男どものカッコウの餌食だ。
もちろん撃った男はそのまま放置。
この女性の家はこの近くらしい。夜となってしまった今、一人で外は歩けないだろう。
「・・・で」
女性を助けた男が彼女に詰め寄る。
「助けたからには礼をもらおっかな」
ニヤリと笑う男に、女性がヒッと悲鳴を上げる。そこに、
―――パッコーン!!
桶か何かで硬いものをぶん殴った音が響いた。
正しくは桶ではなくシルバートレイ。もちろん殴られたのは男だ。
「ハル、さいってー」
突っ伏すように机に倒れこんだ男。その後ろには背丈が150前ぐらいの少女がいた。もちろん、トレイを振りぬいた体勢で。
ハルと呼ばれた男は、勢い良く頭を上げる。
「川が見えたじゃねーか、コトハっ!!」
「大丈夫。―――そのまま帰ってこなくていいから」
「死ぬよっ!」
「大丈夫。―――バカは死んだら治るから」
じゃあもう一回、とトレイを振りかぶるコトハと呼ばれた少女。それをひぃぃぃ、と恐れるハルと呼ばれた男。
「―――はいはい、言葉ことのはそこまでよ」
女性がカウンターの奥に在る扉から顔をだす。若い女性だ。
「・・・愉喜笑ゆきえさん、でも」
遠華はるかのバカは死んでも治んないよ」
「わかった」
トレイを置く言葉。
「―――って何でそこで納得するんだよ!!」
必死のツッコミを入れる男、遠華。だが言葉がトレイを持ち上げたのを見ると、ひぃぃぃと声を上げて縮こまった。
今縮こまっているヘタレは、不死御 遠華ふしみ はるか
頬にかかる長髪で、だが清潔さを失っていない。それは整った顔だからだろうか。
街を歩けば何人も振り返るであろうその美貌。だが、性格は最悪だった。
トレイで殴った少女は、相楽 言葉さがら ことのは
左右で二つに結ばれた長い銀髪にヘッドドレス。子供っぽさを残す顔つき。笑えば可愛いだろうに、しかし無愛想な面構えになっている。
服装は何故か給仕、メイド服というやつだ。ここのウェイトレスではあるのだが。
カウンターから顔を出している若い女性、安佐倉 愉喜笑あさくら ゆきえ
ここ『Complete』の女主人。二十代後半だが美貌を崩さず、二十でもまだ通る。
ブラウスにエプロンというなんてことも無い格好でも、モデルのような品を感じる。
なにより、その胸。エプロンには形がくっきりと浮き上がり、男を虜にする。もっとも、本人はそんなつもりではないようだが。
彼女は情報屋で仲介屋だ。毎日のように入り浸り、世話をかけている。
「冗談さ」
愉喜笑が笑う。しかし遠華は納得せず、
「冗談にもほどがあるようなぁ」
だがそこでしょげた。



「ところで遠華、・・・依頼が一つあるのよ」
遠華が女性を家まで送った後、少し躊躇ったように愉喜笑が声をかける。ソファで寝る寸前だった遠華は即座に頭を上げた。
「―――マジっ!!」
「嘘言ってどうするのよ。―――で、内容なんだけど・・・」
そこで愉喜笑はもう一度躊躇った。
「何?どんな仕事でもやり遂げる便利屋なんだど」
「そうじゃなくて、依頼主が・・・その、吸血鬼ヴラドクを名乗ってるの」
吸血鬼ヴラドクだって!?」
吸血鬼ヴラドクとは、この日陰市の犯罪などに手を染めてる一つのことだ。
それは集団ではなく、一人の男に与えられた称号だった。だが、そのバックに控えるのがドデカい組織らしいのだ。
遠華も数回、りあった事がある。
その時ヴラドクと戦ったのだが、なかなか手ごわかった。なにせ―――本当に吸血鬼だったのだから。
もちろん蝙蝠や狼になったわけではない。ただ、残虐を好み、血を飲んだ。邪魔とあらば何人も殺した。
一種の中毒。
その時の遠華の依頼は『ヴラドクを潰してくれ』だった。もちろん息の根を止め、ヴラドクは数年前に裏社会からリタイアした。
それが今、復活・・している。
「何で今・・・ってか潰したぞ」
「新しいの生まれたのかもしれない。二日前一人の見慣れない男に族が潰されたって聞いたけど、その男がヴラドクかしら」
そういえば、三日前にそんなことがあった。潰された俗は弱小だったが、それらが全員血祭りに上げられていた。ただ一人だけ、物陰で隠れてみていた。二メートル超の大男を。
「ったく、山火事が起きたり血祭りだったり・・・はぁ、どうしてこんなに治安が悪いかねぇ」
「・・・んな事いうなよ。そのおかげでメシにありつけてるんだ。で、いくら?」
「三百万」
「こりゃまた豪勢な。陳腐な男が持ってる金じゃねぇな。・・・バックの組織とやらか」
「みたいね。・・・で、依頼内容は人探し」
「人探しぃ!?」
以外に陳腐だった。ってゆーか人探しで三百万も必要ないだろう。
「相手は女の子。十六歳で名前は八頭 希望やず のぞみ
そして少女だった。
「・・・ってヴラドクはなんだ、少女をとっ捕まえて何しようってんだ。返答しだいではもう一度潰すぞ?それとも娘か?」
「いや、私に言われても・・・ねぇ」
苦笑する愉喜笑に、遠華もつられて笑う。それを珍しいものでも見るかのように言葉は視線を寄こす。
「なにがなんだか」
「オマエには一生わかんねーよ」
トレイでもう一度殴られた。



次の日、結局依頼を受けることになった遠華。まずは依頼主との接触、情報の入手だ。
「本当にヴラドクだったら・・・顔と名前は出さないほうがいいな」
依頼は別に自分の所に飛び込んできたわけではない。情報屋で仲介屋である愉喜笑が仕入れてきたものだ。
だから自分が依頼を請け負うと言わなければならない。でないと三百万はもらえない。
「っと、ここだったけか」
日陰市の港、コンテナの並ぶ廃港。残されたままの巨大なブリキ倉庫は、ここらの族の溜まり場となっていた。
一つの倉庫に入る。そこは壊れた天井から指す光しかない。
「アンタが依頼を受けてくれるのか」
そこに人影、大柄な男―――どころではない。ニメートルは越してる。先ほどの声はコイツか。
・・・ヴラドクはこんなに大男ではなかった。
「ああ、少女をとっ捕まえるのは気が引けるが・・・金に目がくらんだ」
「は、素直でいいじゃないか」
お互い顔を見せずに笑い話を始める。もっとも、声は笑ってなどいないが。
「アンタ腕は立つそうだな。・・・じゃ、よろしく頼むぞ」
そういって人影は一歩下がり、名前を聞く事も無く闇に消えた。男の足元にはファイルが落ちていた。
これが裏社会に生きる男達の接触。
遠華はファイルを拾う。そこには少女―――八頭 希望のプロフィールと写真が載っていた。
写真の少女の眼に光は無く、酷く絶望したような悲しい顔。ただ、頭におかしなを飾りをつけていた。
ぴんと伸ばされた三角形が二つ、猫の耳を模した様な飾りだ。これは手がかりになるのではないか。
プロフィールでは病気により隔離生活、と書かれていた。それは幼少からのようで、学校に行っていたとは記載されていない。
「それで・・・家出とか」
もしかしたらさっきの男はただ大柄なパパで、娘が突然家出したので探してくれってことかもしれない。親バカで金に糸目をつけないだけかもしれない。
「・・・らっきぃ☆」
楽な仕事だ。



大変な仕事だ。
何せターゲットは学校にも行っていない。聞き込みもしたが、成果なし。
「・・・最悪」
日陰市を囲むようにして存在する山。そこの展望台で遠華は悪態をついた。
視線の先には遠くに壁のようなビルが並び、海を隠している。ビルの向こう側に海は見えるのだが、港など完全にシャットアウト。
昼間なのに光るライト。それが繁栄の証かの様に。
その栄華の裏側には、幾重もの犯罪が隠れている。そしてそれが、夜の闇に乗じて暴れまわる。
この都市は、最悪だった。
「さて、もうひとっ走りか」
展望台の手すりから離れる。すぐそこにバイクが停められている。そこに向かおうとして、
「―――」
脚を止めた。
展望台にはベンチがある。木製のベンチだ。そこに、一人の少女が座り込んでいた。
ワンピースにしては簡素すぎる布の服。それらを抱く細い腕。髪は藍色で頭には、
「ネコミミのヘンな飾り・・・」
そんなものを被っていた。
「―――今だけ感謝するぜ、俺の悪運・・・・!」
意気揚々と希望と思われる少女に接触した。



「なあ、オマエ家出か?」
「っ!?」
少女が驚いで振りむく。さっきまで遠華は盛大なを独り言と言っていたのだが。
そんなことより、
「オマエ、名前は?」
ターゲットを確認しなければならない。まあこんな飾りをつけるのはこいつぐらいだと思うが。
一瞬躊躇したあと、少女は意を決したように言った。
「・・・希望」
ターゲット確認。三百万ゲット!!
「やっぱ家出か。ほら、家でデカイお父様が待ってるから、帰ろ―――」
「あなた」
遠華が告げようとした事は、希望によってかき消された。
「あなた、私を連れ戻しに来た人ですか?」
声は強張っていて、恐怖まで感じる。希望の手が、震えていた。これは、
「そうだ。―――だが、家出ってわけじゃなさそうだな。話してくれよ」
「・・・え?」
希望が聞き返す。呆気に取られたんだろう。
「その様子じゃ、何かあったみたいだからな。依頼主が依頼主だ。怪しい感じはする」
もしかすると、
「・・・分かりました」
三百万よりも高額な金が現れるかもしれない。怪しい事にはまず手を突っ込め。遠華の座右の銘だった。


          後編へ続く




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