八頭 希望は、生まれてからずっと日陰市郊外の研究所で生活していた。 父も母いた。愛情も注いでくれた。 「猫さん、いいなぁ」 「どうしてだい?」 父親は彼女のことなら何でもした。 「壁をぴょんって飛び越えて、お外に行けるから」 母親はやんわりとした物腰で、希望をいつも抱きしめてくれた。 「希望、猫さんにはなれないけど、猫さんのお耳があるわ。」 「わぁー、猫さんのお耳」 「はい、希望」 希望の世界はそれだけだった。 だが、三日前、希望は両親に連れられて、研究所を脱走した。 「もう沢山だ!・・・希望、こんな勉強はしなくていい」 そういって、父親は母親と希望をつれて研究所から逃げ出した。 だがその途中で、父親が撃たれた。 「うがぁっ!」 「博士、今ならまだ戻れます」 「が・・は・・・戻る・・・ものかっ!」 初めて血を見た。だから希望はそこで意識を失った。 気づいたときは、母親が望みを抱えて森の中を走っていた。子供が一人は入れるかのような穴を見つけ出し、そこに希望を押し込める。 「人が来なくなったら・・・逃げなさい」 そうして、母親は銃を持った男達に連れて行かれた。 森の向こうは、燃えていた。 時刻は夕暮れ。 遠華は希望を『Complete』まで連れてきていた。 伝えられた事を、愉喜笑にも話した。すると、 「・・・三日前、日陰市郊外で山火事が起きたろ。あれか?」 「そうね。前々から怪しい施設の存在は流されていたけど、ちょっとヤバそうね」 「ヴラドクのバックに存在する組織。・・・それが研究所のスポンサーか」 「そうね。研究所は警備も異常なほど配備されていて、今までネタが漏れなかったのはそのためね」 「一体何が研究されてたんだか・・・」 「で、逃げ出した希望ちゃんを確保するために組織の手足であるヴラドクが探しを依頼。ってヴラドグ自身が探せばいいじゃない」 「いや、かなりの大男だったし目立つんじゃねーの?」 「そうかしらね。・・・じゃ、三日前の潰された族調べてみたら、なんと山火事の現場に遭遇してたそうよ。世間では彼らが山火事を起こしたと思われてるらしい」 「口封じってか」 ヴラドクのバック―――いや、ヴラドク自身もその組織に身を置いているのかもしれない。ともかくヤバイ相手だ。だからこそ、 「面白いんだなぁ」 その恍惚とした声は、愉喜笑をビクリと震え上がらせた。だがそれも一瞬だけで、 「ほどほどにしときなさいよ」 そういってため息をついた。 希望はソファの上で眠っている。言葉の用意した毛布で気持ちよさそうに。 「・・・一体オマエは何者なんだよ」 遠華は『Complete』を飛び出した。 発見した人物の引渡しは、前回と同じ場所。 「はぁ・・・金の為とはいえ」 いけ好かない空気が漂っている。遠華はバイクを止めると、深呼吸した。 細胞が叫ぶ。この先は危険だ、と。だがそれ以上に、 「楽しめるさ・・・」 そういうことだった。 馬鹿でかい倉庫の中に入る。時刻は夜中のため差し込んでいた光は無い。 辺りは暗闇。視界は完全に封じられている。 「―――早かったな、半日か」 「ああ、プロだからな」 相手の顔は未だ見えない。 「さあ、目的の人物を渡してもらおうか」 「おらよ。・・・眠ってるからな」 遠華は毛布に包まれた希望を抱えていた。それを前に突き出すと、 「ご苦労だった」 渡された分厚い封筒と交換した。そのまま踵を返して遠華は倉庫を出る。しかし、 「おい」 大男に呼び止められた。 「・・・何だ、口封じでもするってか?」 皮肉交じりに言う。よくある事だ。そんなこと、今まで何度でもある。もちろん、返り討ちだが。 「いや、唯・・・ 最悪だった。 だが、ある筈が無いのだ。 「・・・こんな暗い所で話もなんだな。それにこの娘が『ホンモノ』か確かめたい」 そう大男が言った瞬間、倉庫に明かりが灯った。 露わになるのは、黒いコートを着た二メートル超の大男と、その腕に掴まれた―――布袋。 「ほう、騙したか」 「ああ、騙したさ。だが―――何故気づかなかったんだ?」 渡されたのは唯の布袋。適当な物が詰め込まれているだけで、子供の体重にさえ及ばない。 黒いコート、そして顔を隠すようにしたフード。手も手袋によって隠されている。脚はもちろん見えない。 つまりこの男の肉体を見ることは出来ない。よって、 「―――アンタ、 全く、自分でも言っている意味が分からない。そのくせ、こんな事を言いやがったのだから。 「ああ、そうだ不死御。――― ・・・最悪だ。 全身黒尽くめの大男―――ヴラドクと遠華は対峙する。 ヴラドクは叫び、そして笑い出した。 奇怪で不気味だった。 「まさかオマエが依頼を受けに来るとは思わなかったさぁ。我慢したんだぜ、オマエに対する殺意を」 「・・・なんで生きてるんだよ」 「驚いたか?・・・両腕は切り飛ばされ、両足は動けなくなるほど撃ち抜かれた。胸も裂かれ、額も割られた」 それでも、とヴラドクは笑い、 「生きてるんだなぁ!」 また笑った。嘲笑うかのように、笑い続けた。 「黙れ吸血鬼。生き返ったんだったら、殺してやるよ」 それを遠華は侮蔑を含めた言葉で遮った。ヴラドクは笑うのを止め、ニヤリと、見えないフード越しに口を歪めて見せた。 「ああ、望む所だぁ。だが、それは出来るかな?」 「身体がいくら ニヤついていたヴラドクが、それを止めた。 「気づいていたか。さすが、さすがだ」 「そのトリックでもなんでもない麻袋の重さが分からないって事は、義手と変わらないって事か」 ただ動くだけのデクノボー、と遠華が挑発する。するとヴラドクはフードを、外した。 「ああ、貴様の所為でなぁ!!」 生身は、殆ど残っていなかった。遠華が割った額は鋼色で覆われていたし、右目は義眼。この様子では身体は全て機械だろう。 「だが、感謝も時には必要だ。脆かった肉は鋼に変わり、武装をもオレの身体になった」 「―――またスゲェ事してるなぁ。・・・バックの組織ってのは相当デカイんだな」 「バック?オレは唯の実験台さ。この武装も、死にかけのオレを無理矢理改造したものだからな」 「その身体だから自分で探さなかったのか?研究所から逃げ出した少女を」 「やっぱり知っていたか。・・・オレは改造された後、研究所の警備をしていた。この身体もあの研究所で造られたものだ」 だが、とヴラドクは言う。 「親がそいつをつれて逃げ出した。責任は当然警備のオレにある。見つけ出さなきゃ消されちまうさ」 「その組織、名前は何て言うんだ」 いつの間にか、遠華の声が強張っていた。遠華は、一つの想像を思い浮かべる。 「――――― そして、予感は的中した。 「まーた怪しいことしてるなぁ」 「ハ、知ったことじゃないな」 「同感だ」 そう言って遠華は腰から二丁拳銃を取り出す。 それは大きく無骨で、なんらかの改良が施されているのは明らかだった。 ヴラドクは何も言わないまま、突っ立っていた。 「どうしたデクノボー。デカイのは身体だけか?」 「オマエも逃げ出す準備をしておいた方がいいな」 は?と遠華が聞き返そうとした瞬間、目の前で赤光が迸った。出所は、ヴラドクの、腹部。 「死んだか?消し炭か?」 倉庫は入り口のあった壁が消失した。 原因はヴラドク。腹部の穴によるものだ。 炎は倉庫にたちまち広がり、暗闇を赤く輝かせる。 「なんてことはない。唯の火炎放射だろうが」 崩れ落ちたコンテナ。その影に、 「あっぶねぇ・・・」 二丁拳銃を構えた遠華が潜んでいた。羽織ったコートの裾は燃えている。 「あちっ!」 ばたばたと踏み消す遠華。その背後に、右拳が迫っていた。 爆砕。 振りぬかれた拳は易々とコンテナを突き破る。引き抜き、左腕を構える。 「なんてバカぢから―――っだああ!!」 左腕はグローブを突き破って弾丸が射出された。高速で吐き出された弾丸が遠華に迫る。 だが、防いだ。 二丁拳銃を盾にする事で。だが傷一つつかない真っ黒な銃身。 「こっちの番―――ってか!!」 遠華が、自分から動いた。 それは速く、一度の踏み込みで十メートルの距離を詰める。懐に、銃口をつけた。 ゼロ距離射程で撃たれた弾は、遠華を押し返す事を自然とする。生まれた距離は一メートル。 だが、無傷。コートが蜂の巣になったのみ傷一つ無い鋼。そして、 「ハハハハハハハ―――ッ!!」 それと同じ鋼が打ち下ろされた。咄嗟に、もう一つの武器を引き抜く。 ぎち、ぎちと不快な音を立てる銀と白。 「まぢ、あぶねぇ・・・」 抜刀していなければ、遠華は潰されていた。握っているのは、刀。 刀身は白く美しいが金属ではなく、しかし研ぎ澄まされた刀身は物を切る事が出来る。だがそれ以上にこの刀は不可思議さを醸しだしている。何故か。 それは持ち主である遠華にしか分からない。 これが遠華の < 「そうだ、そうでなければ。・・・だが」 がぱり、と口を開いたヴラドク。だがそこには武装など無く、 以上に尖った八重歯。それを、突き立てた。 「が、あああああ!!」 痺れと激痛と喪失感。 突き立てられた口は、確実に血を吸い取っている。 「ちくしょっ!」 刀で弾き、距離をとる。首からは夥しい量の出血で、止まらない。 油断した。あそこで口から兵器でも現れれば銃弾を有無も言わさずぶち込んだ。だが、その予想はハズレ油断した。 「無様だ、無様だな」 口を血だらけにしたヴラドクが言う。 「口を改造したら血が飲めない、だろう?」 恐らく味覚は無い。だが、血を飲むという行為そのものに執着している。 「・・・こりゃ、骨が折れるな」 首の出血は無視し、刀を振る。踏み込みはまた一度。それだけで距離を詰め、 「っだぁ!!」 逆袈裟に腕、それも関節部分を切り飛ばした。 吹き飛ぶ右手。手離した刀は宙に舞い、唸り声を上げるヴラドクを無視して二丁拳銃を取り出す。今度は装甲ごと、ぶち抜く。 「――― ヴラドクの動きは止まっていて、懐ががら空き。 「――― 紡がれる言葉は、異音。何より言葉というよりも、呪い。 「―――欲っしたが故に切り裂かれたるは、首。業火を吐き出す魔なる孔」 本来黒で在るはず銃には、朱い線が幾重も走っており、だがその異変そのものが武器となる。そして、引き金を引いた。 「―――――“ 瞬間、閃光が迸った。 ヴラドクの火炎放射など意に返さず、それ以上の破壊をもって腹部を砕いた。 全てを燃やす業火。それが銃口から噴出した。 「は、何だぁぁああ!オマエ、こんな力を持っていたのかぁああああ!」 数年前の対決には、使う必要が無かった。何故なら使用しなくても勝てたから。もともとヴラドクなど遠華の足元にも及ばないのだ。 溶かし、吹き飛ばし、滅却する。その圧倒的な暴力によって、ヴラドクは敗北、 「まだだぁああああ!!」 しなかった。 痛みが無いという事はどれだけ幸福か。 ヴラドクは狂気したまま遠華に左手の弾丸を吹き付ける。地面が砕け、白煙があがる。 だが、いなかった。 「そこかぁ!!」 上から振り下ろされる白刃の刀。それを左手で迎撃した。吹き飛び、地面に落ちる。それでさえも、 「チェックメイト―――てか」 ダミーだった。ただ、遠華はヴラドクを回り込むだけ。感覚が視覚だけのヴラドクは、自分が起こした白煙によって封殺されていた。 「吹き飛べ―――」 引き金を引いた。 「―――あのっ!」 そこにもっとも場違いで当事者が現れた。八頭 希望。 「私を庇ってくれたんですね―――って、決着ついてました」 酷く、場違い。 「・・・だから言った。 「そうみたいですね」 そう言って希望と言葉は踵を返して戻ろうとする。なにがしたかったんだ? 「ああ、お譲ちゃんは自分のためにコイツと戦ってると思って、応援にきたのか」 「そんなところ。止めたよ、ちゃんと」 言葉は首を振って言う。それでも聞かなかった。そういうことだろう。 「お譲ちゃん、気持ちは嬉しいがいても邪魔なだけ―――」 油断した。 ヴラドクは残った最後の武器、左手の銃器で二人の場違いな少女達に引き金を引く。 「オマエの所為だ、オマエがっ!!」 酷く錯乱している様子のヴラドク。その凶行を止めるために迷わず引き金を引いた。 だが、遅かった。 「やばっ、大丈夫だと思って何も持ってきてないっ」 言葉は希望を抱いて横に飛ぼうとする。だが、音速超過の銃弾には勝てない。 撃ち抜かれる寸前、希望が呟いた。 「――― 凝縮される大気中の『何か』が膜を造り、盾となる。その時間、一刹那。 薄い膜は銃弾を通すことなく、留め、地面に叩きつけた。 言葉も驚いた様子で呆然と偉業を見つめる。本人がいたって『当然のように』行動しただけのようだ。 「魔術・・・だって?」 それに一番驚いた。 兎に角、魔術云々は後で追求するにして、眼下で砕け散るヴラドクの始末をどうするか。 と、ビルの向こう側から赤の光が迫ってくる。 「警察か、らっきー」 このままトンズラすれば事後処理は彼らに任せられる。 急いでバイクに乗って、走り去ろうとするが、 「あの、三百万は置いておきましたか?」 余計な事をいう奴がいた。 「仕事は成功してないんですから、お金は戻しておきましょう」 そういって懐から封筒を勝手に取り出し、スクラップの上に置く。 「・・・言葉、何吹き込んだ?」 怒気を混じらせて追求する。言葉は、 「あの子に常識を教えてあげた」 「―――オレの三百万んんんんんっ!!」 急いで泣く泣くこの場を去った。 「・・・研究所後の情報、仕入れたんだけど」 愉喜笑が躊躇しつつも一枚の写真を渡す。そこには、何も映っていなかった。 「何だこれ」 「そのままの意味よ。事件直後は存在していたはずの研究所後が、今日になったらごっそり消えていたの」 頭をくしゃくしゃと掻く愉喜笑。それは少しイラついていて、 「ヴラドクは完全スクラップになったけど、あいつの言っていた組織・・・」 「福音だろ?」 「ああ―――あの『魔術組織』さ」 「ったく、魔術に関わると・・・最悪だな」 「だけど、それで私も情報仕入れてるしねぇ」 矛盾した返答。だが、それこそがバランス。そんな事よりも、 「あの娘、どうするんだよ」 親指でビッと指す。ソファの上の希望はパフェを物珍しそうに眺めていて、 「世間知らず、ってか物知らずにもホドがあるぞ」 「・・・仕方ないでしょ、外の世界には出たことが無かったらしいんだから」 「そうかぁ?―――って誰がパフェなんて頼んでいいって言った!!」 そんな言葉を無視して、食べた。 むしゃむしゃ・・・。 「―――」 泣き出した。 「何でだよっ!」 「甘くって感動したらしいよ」 言葉はハンカチを取り出して目元を拭く。 「・・・なあ、アイツここで働かせてやってよ」 「んー、それでもいいんだけどねぇ。・・・そうだ」 ニヤリと、子供っぽく笑った。その綺麗な顔を遠華に近づけ、 「―――助手ってのはどうだい?」 最悪だ。 「嫌だ、嫌だぞ。俺は絶対に―――」 「―――希望ぃー、遠華が助手にしてくれるってさ!」 「本当ですか?これで遠華さんのお役に立てますし、錆びれた良心を復活できますっ」 そんな表現何処で知った?それより良心なんてあったら仕事ができないだろう。 「お断りだ」 「これからよろしくお願いします」 俺に発言権は無いんでしょうかっ!? 「無いわよ」 言葉が冷たく言い切る。つーか心の声に答えるな。 「まーいいんじゃない?折角だしさ」 折角ってなんだよ。 ぐったりと遠華は頭を垂れて、 「―――最悪だ・・・」 長ったらしい小説、読んでくださってありがとうございます。 私、七桃 りおの作品を今後も読んでくだされば幸いです。 初のオリジナルとなりました。前編と後編に分けてみましたが、それでも後編の方がぱんぱんのようです。 私は何故かスマートにまとめる事ができないのです・・・日々努力。 美綾さんや大根さんが学園モノでわっしょいしているので、学園モノはまず回避しました。 世界観は予め決まっていたのを使用したのですが、ネタが浮かばない。 結局ネタ探しの古本屋四時間立ち読み(マテ)をし、このような形のなりました。 主人公、不死御 遠華は探偵・・・ではなく便利屋です。 コンセプトは依頼。それこそ探偵のようですが、サスペンスは書けませんっ! んでヘタレ(えー ヒロイン?の八頭 希望はネコミミ。―――ネコミミです(ええー 彼女には秘密が沢山ありますが、それは話を追うごとに解明されるでしょう。 サブヒロイン?の相楽 言葉は―――メイド!ツインテメイド(壊 それに色々とオプションが付きます。今のところ―――ツンデレってだけ(破壊力大 ヒロイン―――じゃない!!安佐倉 愉喜笑さんは作中でも述べた通り情報屋で仲介屋です。 なのにカフェの店主でバーのママ(違 七桃にはめずらしい、大人の女性です。 その他、遠華の能力や魔術、福音などはこの先ハッキリとしてくるでしょう。 結構話はグロくはないですが、重いです。ギャグとは言えないギャグが鏤められていたりとちょっとナンセンス(某第三視点 という事で、これからも雑魚同然の七桃 りおをよろしくお願いします。 でわでわ。
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