邂逅輪廻



「さて……我々の窮状を打破すべく、皆様方の忌憚無き御意見をお伺いしたい」
 目の前のテーブルに手を付き、少し大仰な物言いでそう口にした。ここは、高校の近くにある、カラオケボックスだ。地下にも部屋があるということで、電波を遮断出来るんじゃないかという浅知恵で選んだのだ。実際、携帯は圏外だし、ここでダメなら山奥に篭るか、海上に出るとかしか、シーベルから逃げる手段なんて無いことになる。
 それにしても、何て無駄に明るい部屋だ。真面目な話をするのには全く向いて無いが、費用対効果を考えると、ここが妥協点だろう。後、受付で何か訝しげな顔をされたけど、男一人に女五人というアンバランスさがそう思わせたに違いない。鎌とか鞭は、一切関係無いはずだ、きっと。
「まあ、長々と受けた説明を要約すると、危険な状態なのは祐哉だけで、私と海菜には何の影響も無い様に思えるんだが?」
 弥生姉、それが血を分けた実の弟に言う台詞か。
「姉貴、それは違うよ。報道部部長として、この一大センセーションは、皆に知って貰わないとダメなんだって」
「生憎と、社会正義とやらには、全く興味が無くてな」
 何てダメダメな社会人だ。昨日今日に始まったことじゃ無いけど。
「これはなんにゃ?」
「姉様、これはカラオケという物」
「うにゃ?」
「一般の曲を、敢えて歌詞を抜かして流すことで、異界から悪魔の類を呼ぶ為の儀式装置」
 こっちはこっちで、何か酷い嘘を教えてる奴が居るが、俺に飛び火はしないだろうから捨て置こう。
「つうか、今気付いたんだが、通信カラオケってシーベルにとって格好の伝達手段じゃ無いのか?」
 だとしたら、随分と間の抜けた話だ。逃げ込んだつもりが、奇襲地点へ入り込んだことになる。
「その点は、問題無し」
「ほう?」
「どういう理由かは知らないけど、カラオケの回線を行き来出来たことが無い」
 ふむ。あくまで、ワールドワイドなネット空間に繋がってることが条件なのだろうか。まあ、とりあえず安全圏であるなら良しとしようか。
「おい、海菜。女の逝く道を入れてくれ」
「姉貴、演歌好きだよね〜」
「この良さを理解出来る奴は、人種国籍を問わず日本人だと認めてやろうと思うほどにな」
「く、クリームソーダって美味しいですね。ますますこっちの世界が好きになりそうです」
 こいつら……何事も無かった様にカラオケを楽しみおってからに。俺の存在など、どうでも良いと仰りますのかい。
「祐哉。生憎だが、自分のことは自分で処理しろというのが如月家の数少ない家訓だからな。甘え癖が付くと、本当の大事に対応しきれないと曾爺さんが制定したんだ」
 いえ、今がそのとんでもないことの様に思えるのですが如何でしょう。
「まあ、その曾爺さんも、今際の際で、『実は面倒だったから』と暴露しやがったんだがな。いや、私も相当のガキだったが、大人達が大騒ぎしてたのは憶えてるぞ。お前らが生まれる前の話だ」
 き、如月一族は、何処まで戻ってもこんなのばかりか。何だか、真面目に悩んでる俺が道化にさえ見える辺りが恐ろしいぜ。
「そんな深刻に考えるな。私も二十年足らずの人生だが、大概のことは何とか乗り越えられるように出来てるもんだ。ならん時は天命だ、諦めろ」
 脚注。弥生姉は少なくても、タバコを吸ってるところをお巡りさんに見付かっても、問題は全く無い年齢です。養護教諭の分際で、バレバレの嘘を吐くんじゃない! ついでに言えば、俺は運命論者なんかじゃ無いぞ。ハイゼンベルクの不確定性原理万歳!
「カラオケってね。実は宇宙生物に対抗する為に作られた特殊兵器でね。とあるコードを入力すると、ボックス自体が決戦型ロボットになって戦うらしいのよ。と言っても、そのコードに関しては研究中だから、未確認情報と言わざるを得ないんだけどね」
「レアリテートの考えることは、良く分からないにゃ」
 安心しろ、碧。良く分からないのは海菜単体で、俺ら自体は割と単純な生き物だ。
「ま、そーいう訳だから、今日のところはカラオケを楽しめ」
 何だろう。この中で一番悪いのって、ひょっとしてこの連中に相談した俺なんだろうか。そんな、不穏当な考えが頭を掠め、俺の頭痛の度合いは悪化した。


「あー、もうやだ。実家に帰りたい」
「今、帰ってるところだぞ」
 俺のナイーブな心情を読み取ってくれない弥生姉なんて嫌いだっ!
「ところで、にゃんで森の中を歩いてるにゃ?」
 碧姉さん、あなた、一欠片として私の話を聞いていないんですね。
「電波の極力弱いところを選んで帰宅するって、言いましたよね? 俺、言いましたよね?」
 何となく、二回言ってみた。
「つっても、電波は各社微妙に対応地域が違うから、信用しきれないもんだしな……」
 今時、表を歩いていれば大体が圏内で、むしろそうでない部分を探す方が難しい。更に、俺と海菜の携帯は、家族割引サービスを受けているので、同じ会社の物だ。ちなみに、弥生姉は個人で所有しているものの、三日に一度くらいしか持ち歩かない。そうでなかったら、わざわざ校内放送を使って俺らを呼び出そうはずも無い。
「……?」
「藍、どうしたにゃ?」
「何か、不穏な磁場の揺らぎを感じた」
 お前は、超進化型人類か。いや、まあ、俺らとは違う、亜種みたいなものであることは間違い無いんだけど。
「ちょっと、様子を見てくる」
「気を付けるにゃ」
「姉様程、間抜けじゃない」
 様付けして呼ぶ割に、敬意が全く無い辺りが侮れないぜ。
「わ、私達は先に進みましょう〜」
「ああ……」
 まあ、藍なら頭が切れるし、単独行動でも心配は無いかな。自分の身を危険に晒すのは嫌いだろうし、無難な選択と言えるだろう。
「にゃ?」
 碧は、ネコミミをやたらとピクピクさせ、四方八方をキョロキョロと見遣り出した。そういや、こういう妖怪がどっかに居たよな。
「今、丙が居たにゃ」
「ま、マジですか?」
「今日こそ、ボコボコにしてやるにゃ」
 保健室での一件も、今日ってか、つい数時間前のことの気がするんだが、深く考えるのはやめておこう。
「うにゃ〜!」
 って、おいっ! いきなり駆け出した!? その姿はまさに獲物を襲う野良猫の様で、止める隙なんて、ありゃしなかった。
「ちょっと待て。この状況で丙が襲ってきたらどうすりゃ良いんだよ……?」
「だ、大丈夫ですよ〜。私がきっちり御守り――」
 そこまで言ったところで、蒼は全身の動きを凍り付かせると、そのままゆっくりと倒れ込んでしまった。次いで、海菜と弥生姉もバタバタと身を伏せてしまう。後に残ったのは俺と、薙刀を片手に佇む丙だけであった。
「安心しろ、峰打ちだ」
 いや、そんな巨大な物でぶん殴ったら、殺傷力は大差無いと思うんだが。
「あ、あの。このタイミングで出てくるってことは、二人を誘き出したのは、お前か?」
「バカ二人をどうこうするなんてのは、造作も無いことだからな」
 否定する要素の無い辺りが、悲しくて仕方が無い。
「にしても、やばいな……」
 倒れた三人は、差し当たり命に別状は無いだろう。問題は、純粋に俺の方であって、普段は眠らせている脳細胞を活性化させ、選択肢を一つづつ検討していく。
「まあ、そう殺気立つな。とりあえず、お前と話をしたいだけだ」
「話……?」
 平和的な提案をされようと、身構えてしまうのは本能に近い。それは、彼女の持つものが、敵意か、或いは純粋な好奇心だからか。
「なっ……!?」
 気付くと、丙の顔が目の前にあった。悲しいかな、全く以って女性に免疫など無い俺は、この状況でも、相応にドギマギしてしまう。
「ふむ。瞳だけでは、どちらとも言えないな」
「瞳……?」
 何を言っているのか分からず、鸚鵡返しで言葉を返してしまう。
「ああ。レアリテート、そしてシーベルの半分程は、それぞれ特徴的な瞳をしている。だから覗き込めば分かる時は分かるのだが、お前はどちらにも属さぬ、言うなればニュートラルな瞳をしている」
 こうして、またも娘々達の無駄な知識が積もっていく。
「ぐえっ……!」
 そして、完全に油断してた隙を突かれ、薙刀が脳天を直撃した。
「これも峰打ちだから心配するな」
 切れる公算が極めて低い俺にとって、峰だろうと刃だろうと、大差無いと思う訳で。
「やはり、どうということは無いのか」
「もうちょっと、穏やかな方法で検証しませんか?」
 そもそも、メチャクチャ痛い上に気分も悪い。どうということ無いってのは心外だ。無駄だから口には出さないけど。
「うぅむ、厄介だな」
「何がだよ?」
 もうこれ以上、一方的にやられるのは御免なので、蒼のバケツを兜代わりに被っておく。気休めにもならないかも知れないが、無いよりはマシだ。
「お前がシーベルである確証は無いが、同時にレアリテートであることを肯定付けるものも無い」
「ってか、気になってたんだが、何でそこにやたらと拘るんだよ」
「何?」
「俺がどっちの人間だろうと、お前にとっては俺の首を獲ることが仕事だろう。何で、そこまで固執すんだよ?」
 ある種、挑発とも言える発言であることは分かっていた。だけど、どうしても知りたいと思えた。喉に小骨が引っ掛かった様な違和感が、延々と残っていたからだ。
「私に、シーベルを斬る趣味などは無いのでな」
 その言葉に、愕然とした。俺ら、レアリテートを殺す依頼を平然と受ける存在が、事も無げにそう言い切ったのだ。
「んだよ、それ!」
「何を怒っている」
「ったりまえだ! 俺がレアリテートだとか、シーベルだとか、そんな違いだけで生殺を違えるってのか、てめぇは!」
「そのことに、何の問題があると言うんだ?」
 またも、全身から血の気が引いていくのを実感した。
「出自はともかく、レアリテートとして育ってきた者の言葉とは思えんな。レアリテートは、その仲間内でも平然と命の価値を違える。家柄、知性、宗教、思想、経歴、容貌、国籍、職種、人種、性別、持病――これらを一つとして序列化しなかった聖人君子が、この世界に幾ら居ると言うのだ。そしてお前は、一度として、他者に対して優越感を抱いたことが無いとでも言うのか?」
「それとこれとは、話がっ――!」
「同じことだ。人が人であるということは、他の者との違いを確立するということ。お前は、全ての人が一様に生き、一様に死ぬ世界で生を終えることを良しとするのか。そして、その世界を作る自信と覚悟を持ち合わせているのか?」
 二の句を継げなかった。俺の吐いた言葉は、理想論であることを朧げには理解しているつもりだった。だけど、そのことと真正面から向き合ったことの無い自分が居た。薙刀で頭を叩き付けられるのと同じか、或いはそれ以上の衝撃に襲われた。
「人を否定するのであれば、相応の反論を用意しておけ。不愉快だ」
 一瞥だけ残し、丙はこの場を歩き去ろうとする。その光景を、俺は見送ることしか出来なかった。
「あ、それとな」
 途端、俺は浮遊感を覚えた。何が起こったのか分からなかったが、大樹に背中を打ち付け、痛みが全身を巡ったことで理解する。俺は、腹を蹴られていた。そしてそのまま宙を舞い、滑空する様にして木へと激突したのだ。
「私に、シーベルを殺す趣味は無いが、気に食わない奴を殴る程度はどうとも思わんからな」
「お前、全然、殴ってねーじゃん……」
 軽口を叩く程度の余裕はあった。だけど、それしか言えないということでもあった。頭の中は真っ白で、言葉そのものが虚ろだった。視界そのものが空気に溶けていくような曖昧さの中、俺は唯、虚空を見詰め続けていた。


 続く






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