邂逅輪廻



 現状を、解説しよう。俺の名前は、如月祐哉きさらぎゆうや。平和な生活をこよなく愛する、極々一般的な高校生さ。そんな俺だが、現状は芳しいとは言えない。全ての元凶は、報道部部長、如月海菜きさらぎかいなにある。こいつは、何処からともなく怪しげな情報を持ち込み、辺りを掻き回す極めて悪質な奴なのだが、これが今回、実害にまで及んだ。切り裂き娘々にゃんにゃんと呼ばれる超常的生命体の探求に付き合わされた俺だが、何とこいつらが実在したのだ。長女が切り裂き、次女が電脳世界に引き摺り込み、三女が痕跡を消すという、鎌鼬現象にも似た理不尽な奴らなのだが、どうやら俺を殺そうと目論んでいるらしい。現在は一応、停戦状態なのだが、どういう訳だか俺の家に住み着いてしまったから、油断は出来ない。
 ところで、俺と海菜の姓が同一であることに言及しない訳には行くまい。余り認めたくないのだが、世間的に言うと、双子という奴らしい。但し、どちらが兄、姉であるかは俺自身も知らない。母さんの、『双子に序列は無用』という教育方針の下、どちらが先に生まれたかについては、完全に闇の中となっている。母子手帳など、出産に関する記録も、貸し金庫に収納するという厳重さで、何の為にここまで秘密にするか分からないのが本音だ。
 何にしても、こんな個性的な連中に囲まれて、真っ当な学生生活を送れようはずもない。類は友を呼び、バカの下にはバカが馳せ参じるという格言通り、俺の周りには付随的にアレな連中が集まってくる。あくまでこれは、海菜が元凶だからな。大本は俺だろうなんて、決して思ってはいけないぞ。
「如月君。この度は我らが主催する薬学研究会に、モルモットとして入会してくれることをいたく感謝する」
「誰がんなことに同意したというんだ、このすっとこどっこい」
 昼休みのこと。今日も今日とて、とんでもないことを言い出す奴が現れてくれた。大方、海菜の奴がホットドッグ三つくらいで俺を売り飛ばしたのだろう。報道部は、部の名前こそ冠しているものの、部費は雀の涙だ。よって取材費用は自費で賄わなければならず、常に金欠状態である。故に、入学以来、肉親さえも平然と売り渡す悪習が続いていた。
「大体、何の免許も無い一介の高校生が薬品の研究を出来る訳が無いだろうが」
 まともに考えれば、薬学科に進学予定の生徒辺りが、業界や基礎知識に関する情報を交換する為に立ち上げた研究会のはずだ。それなのに、いつの間にやら化学実験室の一部を占拠し、日々、怪しげな研究に没頭してる始末だ。それに対して高校側は、自主性の尊重とか抜かして、取り締まる気配さえ見せない。何か問題が起こったら、ジャーナリストとして強権を発動するから、覚悟しやがれよ。
「という訳で、とっとと帰れ! 文句があるなら、『海菜にブツを渡して、とても人には言えないことをした』って、辺り構わず言いふらしてやるからな!」
 こういう時、報道部部員としての立場は役に立つ。俺みたいな奴が、記者の評判を無闇に下げてるんだろうけど、自己防衛が第一だ。俺は気になんてしないね。
「うーん。祐哉も大分、駆け引きが分かってきたよね。脅迫材料を確保しつつ、一歩も引かず条件を呑ませる。これが出来ないと一人前とは言えないから」
「すいません。誰かこいつを殴っても許される免罪符を下さい」
 堂々と、口の端にケチャップを付けつつそんなことを言い出せる海菜は、ある意味、大物なのだろう。こうなりたいかと言われれば、全力で否定する訳だけど。
「祐哉もホットドッグ食べる?」
「お前、良く何事も無かったかのように勧められるな」
「お金に貴賎は無いように、食べ物自体には何の落ち度も無いっていうのが私の主義だから」
 やばい。一瞬、丸め篭め掛けられた。まあ良いや。今一つ食い足りないし、ここは素直に頂くことにしよう。
「それはなんなのにゃ?」
「出やがったな、魑魅魍魎」
 気付くと隣の机に、小柄な少女が猫の様に腰を落として座り込んでいた。これが噂になっている切り裂き娘々の長女、みどりだ。言葉遣いが幾らかおかしいことと、頭のネコミミさえ気にしなければ、普通の女の子で通るのかも知れない。だけど、肌身離さず持っている、上背よりも大きな鎌のせいで全てが帳消しになる。本気で競ったことは無いが、これを軽々振り回す点から見て、その腕力は計り知れない。
「姉様。それはホットドッグというもの」
「うにゃ?」
 続いて湧いて出たのは、次女のあいだった。すらりと伸びた長身で、褐色の肌と、それと対照的な金髪が目を惹く。手には何やら黒い紐のような物が折り畳まれた状態で握られているが、これは二叉に分かれた鞭だ。射程内であれば、指代わりに何でも出来る器用さを持ち、俺はリモコン要らずと解釈している。
「引越し蕎麦の様に、犬を飼い始めた祝いとして近所に振舞うのが由来」
 そして、海菜の影響か、根も葉もないことを平気で言える奴でもある。余計なものが増殖して、俺としては頭痛の種が芽を吹いた感じだ。
「お、お姉様。嘘はいけないと思いますよ」
 最後に現れたのは、三女のそうだ。三人の中で一番身体が小さく、人畜無害な顔と性格をしている。装備品も、バケツに雑巾と、極めて普通のものだ。姉二人との対比で、とてもシュールだとは思うけど。
「ホットドッグは、いなり寿司と同じで、犬神様への供物として始まったものですよ」
 但し、若干の天然ボケが入っている。ある意味、悪意が無い分、タチが悪いとも言える。
「とりあえず、半分寄越すにゃ」
「どんな厚かましさじゃい」
 こいつらにとって、この程度のことは日常以下なので、軽くあしらうのが基本だ。
「姉様。私もそれは無いと思う」
 おうおう。次女として、長女の蒙昧な態度を打ち砕いてやってくれ。
「ちゃんと、私達の分も確保出来る様、四等分して貰おうよ」
 俺は、一瞬とはいえ、こいつに何を期待していたのだろうか。本当、俺の方が蒙昧とさえ言える状態だぜ。もう、思考するのも面倒になったので、海菜に貰ったホットドッグに何の手も付けないまま、三餓鬼の中に放り込んでやった。
『ぴんぽんぱんぽーん』
 どういう訳か、当校に於いて、アナウンス用の効果音は用意されておらず、肉声で再現しなくてはならない。表向きは機械的な音律に魂は宿らないからということになっているが、単に遊んでるだけなんだと思う。
『あーあー。如月祐哉に如月海菜。今すぐ保健室に来い』
 いきなり名指しで呼び付けられたが、これはいつものことだったりする。気だるい気分のまま、海菜に目配せした。
『ぱんぴんぽんぺーん』
 それにしても、このシステムのお陰で、校内放送が若干の罰ゲーム的要素を帯びているのは、気のせいではないと思うのだがどうよ。


「ちーす、如月一派、入りまーす」
 世間一般の保健室であれば、扉を開けた時に感じるものは、鼻を衝く薬品臭だろう。だが、この学校に限っては違う。まず誰もが気付くのが、ヤニ臭さだ。洒落でも冗談でもなく、養護教諭が室内で喫煙しているのだ。それ故に、呼吸器系に問題のある生徒は極力近付かないという本末転倒っぷりで、どうして免職にならないのかが不思議でしょうがない。
「おう、来たか」
 銜え煙草のまま振り返ったのは、当校常勤養護教諭、如月弥生きさらぎやよいだ。端的に纏めると、才媛で通る面立ちで、伸ばした黒髪は艶やかだ。そして、如月姓でバレバレだとは思うが一応触れておくと、俺達の姉に当たる。年齢に関する話題になると、悪鬼羅刹か夜叉の如き形相となるので、煙草を吸っても問題無く、選挙権も保持してるとだけ言っておこう。
「つうか、いい加減煙草やめろよ、弥生ねえ
「別に構わんのだが、その場合、職員室や個別の教員室で吸ってる連中にもちゃんと文句を言えよ」
 人、これを居直りという。
「じゃあ、タバコを一瞬でやめられる魔法の言葉を教えてやろう」
「生憎だが、私は養護教諭だぞ。付け焼刃の健康知識で勝てると思うなよ」
「日本のタバコ税率は、およそ六割だ。一概に比較は出来ないが、高額所得者の所得税でさえ、地方税を合わせて五割程。つまり、喫煙者は只でさえ低い手取りから、更に税金を搾取されている訳だよ」
 と言っても、ガソリンだろうが酒だろうが、取れるところにはがっちり税金を掛けてるこの国で、今更言うようなことでも無い気がするけどな。
「目が覚めたぞ、祐哉」
 いや、この程度の話で鱗が落ちるってのも、社会人としてどうなんだって感じはするんですが。
「とりあえず、買い置き分を吸いきったらやめることに決めた」
 ダメだ、この人、絶対にやめないな。何しろ、牛を主題にした感動映画で涙したその帰り道、俺らを焼肉に誘うような人だ。身内としては心苦しいが、弥生姉には、弥生姉の責任で以って喫煙を続けてもらうことにしよう。
「んで、俺らを呼び付けたのは何だ。昼休みも終わることだし、とっとと済ませてくれ」
「つれないことを言うな、祐哉。青臭いガキや小娘が闊歩するこの学び舎で、同年代の男前も居らず、只、齢を重ねるだけの姉が、心の癒しとして可愛い弟と妹に会いたいというのは、そんなに不純なことか」
「不純かどうかはさておいて、弥生姉の場合、心にも無いことを言う時の方が、スラスラと喋れることだけは理解してるつもりだ」
 それにしても、海菜同様、中身の無いことを延々と喋れる人だ。こいつらと明確に血が繋がってると考えるだけで、色々と悩ましい。
「ふむふむ。姉貴の用件はこれだね」
 海菜の方は、既に当たりを付けていたのか、弥生姉の横でノートパソコンを弄くっていた。成程、理解した。弥生姉は、無類の機械音痴であり、看護師になるのを諦めた理由がそれらしい。まあ、探せば機械を極力扱わずに済む場所もあるだろうけど、場合によっては命に直接関わる現場だ。諦めて貰う方が世の為だろう。
「あらら。完全にフリーズしてるね」
「どうせ、負荷も考えず無茶遣いしたんだろ」
 俺にとってフリーズは、あの三姉妹が湧いて出た悪夢の記憶そのものなので、最近では物凄くソフトにパソコンを扱うようになった。全く、余計なトラウマを植えつけてくれたもんだ。
「具体的には、どうすれば良いんだ」
「強制終了するしか無いかね。あんま好きな作業じゃ無いけどな」
 ポチッと、起動ボタンを押すとそのままの体勢で静止した。後はこのまま、五秒程待てば――。
「どうした?」
「いや、おかしいな。ひょっとして規格が違うとかあんのかな」
 途端、背筋が凍りついた。画面のフリーズに続いて、強制終了を受け付けないこの挙動。まさに、あいつらが登場した状況、そのまんまじゃないか。
「弥生姉。済まんが、次の授業で準備しなけりゃならないことがあったんだ。後は海菜に任せることにするよ」
「次って、現国だったと思うけど、何か必要だっけ?」
 ええい、海菜! 貴様は余計なことしか言えないのか!
「ウヌゥ!」
 またしても、何処からともなく聞こえてくる怨嗟とも思える声。嗚呼、これだ、これ。あくまで、海菜のものであると主張する、訳の分からん連中を惹き付ける無駄な才覚だ。こんな家族にこそ恨み節をぶつけたい、そんな昼下がりだった。


 続く





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