邂逅輪廻



「では、何がどうなってるのか順繰りに整理していきたいと思います」
 結局、村長宅に押し掛けた段階では、現状を把握することが出来なかった。今、応接室に居るのは、僕、シス、クリスさん、ジュリ、モロゾフさん、トーマスさん、村長のガルシアさんに、鉱山採掘現場の束ね役であるヤーゴさんの計八名だ。僕達六人は椅子に腰掛けてるけど、村の責任者二名は土下座姿勢を崩さない。
 うーん、半ば強要しておいてなんだけど、この格好って謝意や誠意を示すのにそれ程効果があるとは思えないんだよね。哀れみは誘うけど、同時にあざとさも感じちゃって相殺って言うか。
 まあ、僕が武人とは程遠い精神構造をしてるから、好きなようにしていいっていう状態に、余り感じることが無いだけなのかも知れないけどさ。
「こ、この度はシバル公の御令嬢とも知らず、大変失礼なことを――」
「へぇ。それって、私が偉い父を持ったお嬢さんだから謝ってるってことよね。何処にでもいる庶民だったら、対応が変わってたのかしら」
「そ、その様なことは決して――」
 しかし、クリスさん、楽しそうだなぁ。権力を傘にしてない様で、自然に使いこなしてる辺り、さりげなく生粋の貴族なのかも知れない。
「ですが、この様な不祥事がお父上の耳に入りますと、或いは閉山の可能性もありえます。さほど大きくないとはいえ、ワタクシ共と致しましては数千の村人を守る責務が御座いまして」
「何だか、貴族を町の荒くれ共を取り仕切るマフィアみたいに扱ってない?」
「え、規模が違って、且つ法を作る立場だから合法的ってだけで、本質的には一緒なんじゃ」
「面と向かって、はっきりと言ったわね」
 こう、軽く受け流してくれる王侯貴族ばっかりなら、もうちょっと声を大にして言えるんですけどね。
「しっかし、金より高い金属があるって話には聞いてたけどさ。こう目の前に出されると納得って感じだよね」
 一方、シスは机の上に置かれた精製済みヒヒイロカネをマジマジと見ながら、そんなことを口にしていた。
「物の値段は、その稀少性と欲しがる人の量で決まるからね。武器の素材として有用だけど、世界でも余り産出されないものだから、必然のことなんじゃないかな」
「それ、ゴールのオッサンの受け売りじゃん」
「えへ」
 所詮、根が商売人じゃない僕には、理屈は口に出来ても、血肉が通った言葉は吐けないんだよ。
「これだけの量ともなると幾らになるのかしらね。新しく裏帳簿でも作らないと、辻褄が合わなくなるんじゃないかしら」
「ひ、ひぃぃ」
 それにしても、この口の悪さっていうか、徹底した攻撃姿勢はなんなんだろうか。やられたことがやられたことだし、分からないでもないけど、ちょっと執拗すぎる。これが単に、出自に依るものだったら、そこまで気にすることじゃないんだけどさ。
「まあ、それはそれとしまして」
 正直、この一件に関して、僕はそろそろどうでも良い事案に分類されつつあるし、シスに至っては端から気にもしてないからこれ以上謝られても困るくらいだ。
「ジュリと……モロゾフさんは、こんな落とし所でいいんですかね」
 さっきから特に何も発言しないし、どう扱っていいものか分からなかったから放置してきたけど、そろそろこっちも処理していかないといけない。
「おぅ。俺としては、ヒヒイロカネが手に入るなら何の問題も無い」
「ん……私も」
「モクテキ第一、細かいことは気にしないにカギリまーす」
 こうして見る限り、この三人組は出会った時とさして変わらない。だけど、ついさっき、心音が無い身体に触れてしまったせいで、直視しようとするだけで動悸が止まらなかった。
「だが、これ以上の誠意を見せてくれると言うのなら、受け取ること自体はやぶさかではない」
「黄金色のオカシ大好きデース」
 トーマスさんは、まだ分かる。物凄く高度な処理がされてるけど、あくまでも人間の言葉を含めた行動に反応してるだけだ。だけどモロゾフさんは、明らかに自立した思考能力を持っている。いや、或いは、半ボケのジュリが直接操作してるって可能性はあるのかも知れない。だけどそうすることの必然性が見出せないし、何より反応が早過ぎる。限りなく人間に近い情報構築力を持っているとしか思えないんだ。
 いっそ、心音の件は勘違いだっただけという方が気は楽だ。だけどシスの感覚もモロゾフさんが人形であることを肯定している。今まで、何度となくその能力に助けられ、度肝を抜かれてきた身としては、頭ごなしに否定する気にはなれない。
「へ、へぇ。ささやかなものですが、こちらを献上しようかと思いまして」
 言ってガルシア村長が差し出してきたのは、一本の杖だった。柄が金属製で、簡素な彫刻が施されていて、先端に魔力増幅用の宝石が埋め込まれているのは良くある特徴なんだけど――あれ? この輝きって――。
「このヒヒなんとかって、杖にも出来るんだ」
 やっぱり、ヒヒイロカネ製なのか。
「金属自体が霊的な力を帯びてるから、剣よりはむしろ有用な使い道とも言えるわよ」
「へー」
 そういや、クレインも杖作りから見直すとか言ってたけど、うまくいったんだろうかね。
「これは数年前、とある大賢者様の依頼で作り上げたものなのですが、何故だか引き取りに来ることもなく、その扱いに困っていたものでして」
「大賢者、様?」
 それなりに魔法業界に詳しい僕だけど、大賢者の名を冠して恥じない人は、三人しか知らない。しかもその内の二人は学術的な実績を積み重ねてきた学者肌で、実戦もこなす人と言えば一人しか――。
「もしかして、メロニーヤ様、ですか?」
「何故、それを。もしや御親戚か、御弟子さんで?」
「状況からの、推察です」
「ほら。やっぱり探偵でも食べていけそうじゃない」
 何でクリスさんが勝ち誇ってるのかが、良く分かりません。
「それにしても音沙汰が無いからって、許可も無しに譲り渡そうとするとか、人として根本から間違ってるわね」
「そ、そうでしょうか」
 それすらも分からない様じゃ、本当に人としてどうしようもないとしか言い様が無い。
「唯、偶然といっても、渡す相手はそんなに間違って無いんですけどね」
「あら、あの大賢者と、面識があるのかしら」
「直接メロニーヤ様とはありませんが、一番弟子の方とは少々」
 バラモス城で囚えられたっきり、どうなったか分からないというのは殆ど知られてないみたいだし、ここは伏せておいた方が無難だろうね。
「なので、これはその弟子に渡すことにします」
「わ、私共と致しましても、それに越したことはありません」
 メロニーヤ様がどういった理由でこれを作らせたかは知らないけど、今となっては本人が直接取りに来ることは望めない。ちょっと差し出がましいけど、ここは運び屋をしても文句は出ないところだとは思うんだよ。
「それで、僕達には何を貰えるんですかね」
 何だか、まだ余裕がありそうだし、もう少し引っ張ってみようかな。
「ええ、僕とシスは他の四人とは別パーティでしてね。ヒヒイロカネも別に要りませんし、それ相応の見返りはあって然るべきかな、と」
「あー、それもそだねー。こんだけドタバタして何も無しじゃ、沽券に関わりかねないかも」
 こういう図々しい提案となると必要以上にシスと連携が取れてしまう辺りは、人としてどうなんだろうと思う。
「と申されましても、ここは鉱山で成り立っている山村。それなりの賃金や税収はありますが、その殆どは酒の様な娯楽品に費やされ、物資の類はそんなには有りませんもので」
 あー、まあそりゃそうか。この村はあくまでも鉱物を採取して、精製するまでが仕事で、それを換金したり、武器やなんかの実用品に転化するのは、ここの外が基本なんだ。話の流れから察するに、この杖は例外なんだろうけど、一本くらいなら、技術者が一人居れば出来る話だろうしね。
「でも、ヒヒイロカネや他の鉱物を貰ってもなぁ。見ての通り、僕、剣持ってますし、シスの主武器は鞭ですし」
 イヅナは、単純に武器としての能力が優れてるだけじゃなくて、僕との相性が抜群に良い。副武器として小剣を持つくらいならいざ知らず、そんじょそこらの剣で、主武器の座を譲り渡す気は無い。
「そう言えば、防具は無いんですか?」
 元を辿ると、人形の核と剣の材料だっただけに、発想が偏ってた。良質の金属があるなら、当然、良質の防具があってもおかしくはないよね。
「生憎と、そちらもめぼしいものは特には」
「あらら」
 もういっそ、金属のまま貰って、ポルトガ城下町で加工出来る人を探して――いやいや、それじゃ何日掛かるか分かったもんじゃないし、そもそも普通の防具屋で買うのと大差無いし。
「唯――」
「ん?」
 何だか、思わせ振りな物言いで、思わず意識を集中してしまった。
「あくまでも試作品ですが、興味を持って頂けるやも知れない素材なら御座います。取って来ても宜しいでしょうか」
「全速力でなら、許します」
「は、はい!」
 しがない中年とは思えない俊敏な動きで土下座姿勢から立ち上がると、ガルシア村長は凄まじい速度で部屋を飛び出していった。呆気に取られたのか、取り残されたヤーゴさんが、随分と滑稽に見えてしまう訳で。
 いや、嫌がらせじゃないよ。特に交渉戦術を展開してる訳じゃないから、一貫性を欠くのもどうかと思っただけなんだからね。
「お待たせ致しました」
「早っ!?」
 こっちが、気持ち逡巡してる間に、息せき切りながら舞い戻ってきた。多分、隣の部屋に置いてあったからとかなんだろうけど、もうちょっと掛かると思ってたもんで、反射的に声が漏れちゃったよ。
「こちらが、その品になります」
 言って差し出してきたのは、布の束だった。え、何これ。この布の中に、何かが入ってるの?
「へー、こりゃたしかに、ちょっと面白いかも」
 最初に反応したのは、お宝検知器と一部で名高いシスだった。 
「何が入ってるの?」
「違う、違う。この布自体が面白そうだって言ってるの」
 シスの言語の翻訳をしてくれる装置を開発してくれる人が居たら、男女間の行き違いは激減すると思うんだよね。
「おぉ、気付かれましたか。実はこの布、鉱物を掘るだけでは産業が行き詰ると思い、開発中のものなのです。金属繊維を特殊な技術で織り込み、耐衝撃、耐刃、そして耐攻撃呪文仕様と、冒険者の皆様方には重用頂ける逸品かと」
 この立板に水の喋りっぷりを見てて、このまま行商に行っても良いんじゃないかって思えてきたよ。村長なんて、名産を宣伝する営業屋的な側面があるって言われればそれまでだけどさ。
「――!」
 風を切る音がした。
 それが、クリスさんの放った小型の剣であると気付くのに数拍の間を要してしまう。
「へえ。本当に頑丈ね」
 小剣は、村長が差し出した布の束に弾かれて、床に刺さっていた。たしかに、今の触れ込み通りだったら突き刺さる心配は無いんだけどさ。変な方向に跳ねてたらちょっとした惨劇になってたよね。
「ど、ど、どうですか、この耐久性。ま、まさに匠の技の粋を尽くしたと言っても過言では、な、ないかと」
 そのどもりが、単にいきなり攻撃されてビックリしただけなのか、或いは自信が無かったせいなのかが分からない辺りが遣る瀬無い。
「メラとか試してみてもいいですか?」
「生憎、家の方には耐久加工を施しておりませんもので」
 冗談を、真正面から捌かれると、ちょっと寂しいものがある。
「でもこれって、どうやって服に加工するんですか?」
 剣が刺さらないってことは、並大抵の力じゃ、切ったり縫ったり出来ないってことじゃ――。
「それはこちら、専用のハサミや針、糸も作っております」
 もしかしなくても、その技術で剣を作ったら、相当のものが出来上がるんじゃなかろうか。
「この布を作った防具が流通すれば、同時にこのハサミなんかも売れていく訳で、二重三重の経済効果を見込めるのでして」
 商売人としても、案外、抜け目が無かったよ。
「これは使えそうですね。折角ですから、頂いていきます」
 唯まあ、無条件で全て信じる程にお人好しでも無いんで、徹底的な品質検査をしてから正式採用すると思うけどね。
「で――」
 村長に対する賠償請求はこれくらいで良いとして、残る難問は、隣に座ってる良く分からない生き物達だ。
「ドウシマしたい。そんなに見詰めてクレやがって」
 ここで、あけっぴろげに聞いて良いものなんだろうか。一応、隠したい様な節も見え隠れしてたし、後でこっそり聞くのが正しい対処やも知れな――。
「しっかし、モロゾフのオッサンが人形だってのは流石のあたしも驚いたよねー。こうして動いてる分には、気配が人間と変わんないし」
 シスのこの自由気まま加減が、羨ましいだなんて思わないことも無いよ。
「ん……ん……」
 一方のジュリは、戸惑っているのか、返答に詰まっていた。えーと、ひょっとして、ここで間に入って取り持つのって、立場上、僕の役目だったりする?
「それじゃ、まだ陽も高いし、早いところポルトガ城下に帰ろうか」
 ここは人間社会が生み出した最終兵器、問題先送りでお茶を濁しておこうよ。余り長居すると、村人達の反感を買うかも知れないしさ。
「私も、目的は達せたし異存は無いわ。一刻も早く、鍛冶屋にヒヒイロカネを渡したいしね」
「そうだな。俺達も次なる目的地への準備をしたいところだ」
 この状況で、何事も無く話を進められるモロゾフさんの精神構造も、少し羨ましい。
「ああ、そうそう、村長」
「は、はい?」
 立ち去り際、クリスさんが声を掛けた。
「好き勝手やってる私が、敢えてルドヴェン侯の所業を断罪しようだなんて言わないけどね。一冒険者として、謎の失踪なんてことが起こるようだったら、ことを大きくせざるを得ないとだけ言っておくわよ」
「へ、へぇ、そこのところは、重々理解させて頂きました」
 そう言えば、根本的に鉱山の体質が治った訳でも何でも無かったんだっけ。まあ、ここまで脅しておけば、当面は大丈夫かな。城下町に帰ったら、クワットさんにも一声掛けておいた方がいいかも知れない。むしろ腐敗貴族を叩きのめしたい人だから、嬉々として重箱の隅をつつきそうな気がしないでもないけどね。

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