邂逅輪廻



「それじゃ、お疲れ様でした」
 大きな街道に差し掛かったところで、僕はクリスさんにそう声を掛けた。クリスさんが目指す刀鍛冶が居る方向は、ポルトガ城下から見れば真逆にあるから、ここでお別れだ。アクアさんと会わせてあげられなかったのは残念だけど、素性は知っちゃったし、同じ旅人だ。生きてさえいれば、いつか又、会えるんじゃないかな。
「結構、面白かったわよ。心残りというか、あのモグラがどうなるかは気になるけど、うまいこと生き延びて欲しいものね」
 うーん、一応、軽く埋めておいたから、その気になれば逃げられるはずなんだけど、あののんびりした性格だとどうなんだろうなぁ。というか、あれってそもそもどういった塩梅で大きくなったんだろうね。生態学に属するのか、モンスター学に属するのか、ちょっとばかし興味が湧かない訳じゃないけど、とりあえずは後回しだなぁ。
「そういえば、ケインズ翁を手に掛けたモンスターって、何者なんですか?」
「言わなかったかしら」
 何だか、色々とドタバタしたせいで、聞く機会を完全に逸してまして、はい。
「一応、これでも世界中を回ってますんで、提供できる情報があるやも知れませんし」
「それもそうね」
 言ってクリスさんは、物憂げに空を見上げた。やっぱり、色々と思うことがあるんだろう。次の動きを見せるまでに、数十拍もの間を要してしまう。
「八つの頭を持つ巨龍、ヤマタノオロチ――」
 その言葉が口にされた瞬間、僕の中の時間が止まった。自分の耳と思考を疑ってしまい、混乱して何も返せなくなってしまう。それを、僕達が情報を持っていないと判断したのか、クリスさんは手を振って歩き去ってしまった。
 一体、今、何が起こったんだろうか。僕はそのことすら把握出来ず、シスに背中を蹴飛ばされるまで、只、その場で呆然と立ち尽くしていた。


「僕は、卑怯者なのかな」
 帰り道の最中、天を仰ぎながらそんなことを口にした。
「まー、卑怯ってか、ことの是非とか、正否を考えすぎて機を逸することは良くあるよね」
「うぐっ」
 否定はしないけど、そうはっきり言われると心に来るものがあるよ。
「でも、あの局面でどうしたら良かったかなんて、考えても分からないんだよね」
 順番を考えると、ヤマタノオロチはヒミコを殺して入れ替わる前に、ケインズ翁を亡き者にしたんだろう。その後、ジパングへと渡り、兄さんとトウカ姉さんと相対した。或いは、既に無かった三本の首の内、幾つかはケインズ翁が打ち落としたのかも知れない。
「そもそも、クリスさんの剣の腕でヤマタノオロチを倒せるんだろうか」
 何しろ、どんな状況でかは分からないけど、剣聖とまで言われたケインズ翁を討ち果たし、兄さんと姉さんをも敗惨さしめた上級モンスターだ。並大抵の実力では、鱗一つ剥ぎ落とせないだろう。イヅナを手にした今の僕でも、十中八九、無理だと思う。
「それに、下手な手出しをすれば姉さんがどうなるか分からない」
 言葉を発せないまま立ち尽くした理由は、何よりもそれが大きい。再会してからおよそ一年、姉さんは今も黄泉と浮世の狭間の様なあの場所で、今も唯、その時を止めているはずだ。かつて同じ時を過ごした者として、軽々な判断が出来ようはずもない。
「性格的には、どうなんだろうね」
「性格?」
「そ。もしクリスのねーちゃんが洞窟に入ったとしてさ。多少はあの巨大ヘビを動かせるトウカは、どういった応対すんだろうね」
「う……」
 基本的に姉さんは、任務の為には自分の命さえ道具にしてしまいかねない不器用な人間だ。バラモス退治という大望があるからこそ、ああなってまで生きることを選んだんだと思う。兄さんの底抜けに前向きと言うか、能天気さに感化された部分も、あるんだろうけどさ。
 だけど、クリスさんに後事を託すというのを条件に協力することも無いとは言い切れない。運が良ければ助かるかも知れないし、例え果てても、ヤマタノオロチの首を刎ねることが出来るほどの剣士に遺志を継いで貰えるんだ。基本的に合理主義者である姉さんなら、そういう選択をしないとは言い切れない。
「そういえば、気になること言ってたよね。霊力を持った武器じゃないと倒せないとか何とか」
 あれって、どう解釈したらいいんだろうか。兄さんと姉さんの剣は業物ではあるけれど、素材はタマハガネで、特段、魔力的な力を帯びている訳でもない。それでも首は飛んだんだから、やりように依っては、絶命まで至らせられる様な気がするんだけど。
「そもそも、ヤマタノオロチってまともじゃない生き物だよね。ずっと疑問なんだけど、頭八つって、何処が身体動かす指令出してるんだろう。ってか、頭五つ飛ばされて、まだ生きてるってどういうこと?」
「ヒトデなんか、五つに分割して放っておいたら、五匹、独立して再生するって聞いたことあるけど」
「それ、本当の話?」
 シスの言葉は、半分くらい嘘だとした上で聞かないといけないから困ったものだ。
「スライムも、真っ二つに切って水と餌さえあげとけば、二匹になるらしいよ」
 一気に、話が胡散臭くなった気がしないでもない。
「その理屈で言うと、頭を切り落として餌を与えて育てたら、ヤマタノオロチの増殖も可能ってことになるんだけど」
 あんな上級モンスター、増やしたくなんて無いけど。いや、鳥が生まれて最初に見たものを親だと思う様に、育て方次第では味方につけることも――。
「流石に、消化器系が無いと無理じゃない」
「かなぁ」
「ってか、頭の形してるだけで、指みたいなもんなんじゃないの。無くなったら痛いは痛いけど、別に死にはしないっていうか」
「意外と、全部飾りで、本当の頭脳は背中辺りにあったりするのかもね」
 あれ、何の話だったっけ。
「もしかしたら、姉さんを救うのと、ヒヒイロカネには何か関係が……」
 うん、ここは動揺してる場合じゃない。トヨ様に連絡を取って、下手な手出しをしないようにして貰おう。海路でジパングに向かうのは簡単な話じゃないし、かなりの時間が掛かる。仮にルーラかキメラの翼を使うにしても、大国ポルトガの公女様が挨拶も無しに直行はしないだろう。先手を取っておけば、何とかしてくれるだろう。って言うか、何とかして貰おう。
「こういう時、コネってやっぱり便利だよね」
 もう既に、勇者としての発言じゃない様な気がしないでもないけど、敢えて目を逸らしておくよ。
「ん……」
 おっと、今ここにある、もう一つの難題を忘れかけてたよ。
「どうして……余り驚かないの?」
「ん?」
 改めて言われると困るけど、端的に纏めると――。
「色々なことがありすぎて、とりあえず考えるのを先延ばししてたから、驚く余地が無くなったからかな」
 後、よくよく考えてみれば、モロゾフさんの正体が何であろうと、僕の生活には何の影響も無いということに気付いたのも大きいと思うんだ。声に出しては言えないけど。
「まあ、ジュリが何か意図を持ってやってるんなら、それでいいんじゃないかな」
 ゴメン、僕、随分と適当なこと言ってます。
「……」
 え、ちょっと待って。何でそこで、泣き出すのさ。わ、わ。しかも涙目ってどころじゃない、号泣だし。
「あーあー。泣ーかした、泣ーかしたー」
 そしてシス、君は小さな子供ですか。ってか、それは、集団でやるから威圧的なんであって、一人でやると結構、寂しいものがあるよ。
「う、う……」
 途端、モロゾフさんとトーマスさんが膝から崩れ落ちた。同時に、ジュリもその足を止める。どう接していいかは分からないけど、このまま置いていく訳にもいかない。僕達もその場に留まって、次の言葉を待つことにした。
「私は、家族が欲しかった。小さい時、両親が死んで、一人ぼっちだったから。財産を幾らか残してくれたから食べるのにすぐさま困りはしなかったけど、甘いものに群がるアリみたいに醜い大人達もたくさん寄ってきた。
 同じ時期に、魔法の才を持つ子を集めてるって誘いがあったんだけど、何度断ってもやってくる人達に恐怖を覚えて、私はお父さんが集めてた人型の人形と一緒に逃げ出した。それが、トーマス。子供だけで旅は危険だから、最初はトーマスに保護者になってもらった」
「モロゾフさんは、何なの?」
 言葉遣いが若干、大雑把だけど、僕の心中を的確に表現してるんだから大目に見てもらいたい。
「旅の途中で見付けた限りなく人間的な魔術人形に、私独自の応用を加えて、自立した思考を持たせた。トーマスはまだ小さい時に動かしたから、余り人間的じゃないし、甘えられる父さんが欲しかったから」
 う、ん。父さんが居ない点では一緒だけど、母さんと爺ちゃん、そして兄さんに姉さんも居た僕は、果報者なのかも知れないと思った。
「だけどこれは偽りの命。幾らそれなりに動いているといっても、私から離れるだけでその力を失う存在。喜びも、悲しみも、痛みさえも感じない、只のモノ。
 何で神様は、私にこんな力をくれたの。私は唯、心許せる人達と暮らしたいだけなのに」
 天を仰ぎながら、流れ続ける涙をジュリは拭おうとはしなかった。
 恵まれた才能は、必ずしもその当人を幸せにする訳じゃない。むしろトヨ様みたいに全てを受け入れられる人の方が稀有なのかも知れない。僕は、僕自身の才能をどう思っているか考えを巡らせてみたけど、そもそも褒められたことがさして無いのを思い起こして、少し気分が落ち込んだ。
 そんな僕だけど、ジュリの気持ちは充分に分かる。僕の場合、僕自身は才気に溢れてる訳じゃないけど、父さんと兄さんが自分の意思とはいえ、その能力の為に旅立って、家族は離れ離れだ。その上で、どうしても言いたい言葉があった。
「たしかに、モロゾフさんと、トーマスさんは、僕達が言うところの人間じゃないのかも知れない。でもさ、人にとって心のありようがどうとかって、案外、小さなことなんじゃないかな」
「ん……?」
 僕の言葉を飲み込みきってくれなかったのか、ジュリは小首を傾げて怪訝な顔をした。
「ほら。結局、人って誰かと関わったり、何かをしたことで他人の記憶に残って始めて人としての価値が出る訳でさ。僕なんか全く動かないモロゾフさんに触るまで人間だって思ってたし、知った今となっても変な人だなって以外の感想が特に無かったりするんだよね」
 さりげなく、とんでもない悪口を言ってる気がするけど、それはそれとして。
「詰まるところ、本当の命であるかどうかは言わなきゃ分かんないことだし、知ったから手の平を返す人達なんてほっときゃいい訳で。一番大事なのは、ジュリがモロゾフさんとトーマスさんをどう思ってるかなんだよ。二人のこと、大好きなんでしょ?」
「う、う……」
 コクコクと、小刻みに、だけど力強くジュリは首を縦に振った。次いで、僕の胸元に飛び込んできて、再び、わんわんと号泣し始める。
 こういった時、どう対応していいかは良く分からなかったもんで、チラリとシスの方を見遣ったんだけど、何だか、凄い呆れた目をしてるんですけど。えーと、肩を抱いて頭を撫でてあげれば良いのかな。うん、よしよし、妹や弟を持ってなくて、近所に僕より年下の子も居なかったら良く分からないけど、あやし方としてはこんなものなんだろう。
 それにしても、これがトヨ様だったりしたら噛み付いてきかねないくらい怒るくせに、何で今回はそう大人しいのさ。本当、女の子の考えることは、さっぱり分からないや。


「わたくしが居ない間に、色々なことがありましたのね」
 ポルトガ城下町にアクアさんが帰ってきたのは、それから二日経ってからのことだった。その間、ジュリ達三人は僕達の宿で引きとって、出来得る限り、同じ時間を過ごした。それをジュリが望んだんだから、拒む程に不人情なつもりもない。どうにも図書館の本に縁が無い気がするのは、これまでの徳の問題だったりするのかなぁ。
「もう、何がしかに巻き込まれるのは、天命だと思って諦めることにしました」
 むしろここは、一般的な人より豊かな人生を送ってるんじゃないかって考えてみようとも思うんだよ。
「それで、僕達が旅してる間のジュリの引取り先に、アクアさんの修道院を考えてみたんですけど」
「お爺様の所、ですの?」
「ええ。今後のことについては全てが終わってからゆっくり考えるとして、当面はお願いできませんかね」
「恐らくお爺様も断らないと思いますけれども、何でうちですの?」
「いや、一応、幾つか心当たりを検証してみたんだけどさ。候補に上がったのは、僕の実家、クワットさんの所、ないしは知り合いに当たって貰う、トヨ様にお願いしてみる、そしてアクアさんの実家辺りかなぁと」
「あれ、あたしのギルドとトランスのところが無いのは何で?」
 何処の世界に、前途有望なお子様を、敢えて賊と名が付く所に引き取って貰おうとする人が居るのですか。
「まあ、何処でも大差無いようで、これ以上クワットさんに迷惑掛けるのもあれかなぁと思いまして。似た理由で、母さんと爺ちゃんの所っていうのも、変な気がしますし。
 その点、基本的に団体生活の修道院でしたら、融通が利く気がしたもんで」
「トヨ様を外したのは、どういった理由ですの」
「同年代の友達って意味では良いかなとも思ったんですけど、人格に致命的な影響を与える気がしませんか?」
 いや、一応言っておくと、実に良い子ではあるよ。だけど保護者という観点では、染料として濃すぎて、怖くてしょうがないんだよ。
「でもそれは、あのじーさんのとこでも一緒じゃないの」
「アクアさんという実例もあることだしねぇ」
「ですの?」
 いやいや、ここは別に乗りたかった訳じゃなくてさ。
「ジュリもそれなりに判断出来る年なんだし、ああいう大人になっちゃいけないという反面教師にするように」
「うん、分かった」
「何だか、身内を好き放題言われてる様な気がしますの」
 敢えて、否定はしないでおこうと思うのです。
「じゃ、話は纏まったね。ジュリは、これからしばらく、修道院暮らしだ」
「あ、いや、うん――」
 不意に、ジュリは何かを言い淀んだ。
「どうしたの?」
「父さんと、トーマスは――」
「きちんとお手伝いをして頂けるのでしたら、二人くらいはどうってことありませんわよ」
「違、う」
 言いながら、ジュリは執拗なまでに何度となく首を横に振った。
「父さんと、トーマスは、この街に置いていこうと、思う」
「え?」
 途切れ途切れに放たれる言葉に現実感を覚えられなくて、僕は反射的に問い返してしまう。
「私は人形使いとしての才能を、何故だか授かった。だけど今はまだ、この力を誰かの為に使おうとは思えないし、それを受け入れてもいない。だから、二人とはここで別れる。一緒に、ううん、近くに居るっていうだけで、甘えてしまいそうだから。
 いつか、出来る限り近い未来、私が私として生きる道筋を定めた時に、改めて会うべきなんだと思う」
 半身で首を向こうに向けながら、ジュリはそう口にした。彼女が、この二日間、いや、長いことずっと一生懸命考えて出した結論なんだろう。だったら、それを尊重してあげるのも、大人の責任なのかも知れない。
「分かった。クワットさんに、蔵か何かに保管して貰えるように頼んでみるよ」
「あのオッサン、珍しいもん好きだし、パクったりしないかなぁ」
「大丈夫、大丈夫。商人の基本は信なんだから、約束さえすれば破りゃしないって」
 そこらの小物ならいざ知らず、相手は天下の大富豪クワットさんだ。とはいえ、モノがモノだけに、きっちりと念書くらいは取っておこう。
「アレク、それじゃあ後はお願い」
「あれ、ジュリは一緒に来ないの?」
 言葉尻を単純に捉えると、そういうことになるんだけど。
「うん、今、ここでお別れしないと、心が揺れ動いちゃいそうだから」
 えっと、別に面倒とかそういうんじゃなくて、これって纏めると、僕が担いでクワットさんの所まで運ばないといけないってことだよね、動力無いんだし。だ、台車か何かに乗せたら官憲に捕まりそうだし……ほ、幌付きの馬車なら何とか。酔っ払ってることにすれば、きっと誤魔化せるよね。
「父さん、トーマス。私は、私の道を見付けなくちゃいけないから、しばらくお別れ。今生の別れにはしないから、許して欲しい」
 言って、ジュリは二人の頬を、手の甲でそっと撫でた。多分、彼女は将来、立派な人形使いになれる。そんな予感を覚えていた。
「よっと」
 このしんみりとした空気を壊さない為には、僕は可及的速やかに二人を運び出さないといけない訳なんだけど――ちょっと待った。トーマスさん一人でも、本当、普通に腰にくるくらい重いんですけど。人間を模してるって言っても、水に沈むくらい重い素材を使ってるせいか、二人前くらいには感じる。ゴメン、どう頑張っても、二人同時は絶対に無理。
「おっ、こりゃ中々、重いねぇ」
 え、シスが手伝ってくれるのは実に嬉しいんだけど。何でそこまで大変じゃなさそうなのさ。モロゾフさんの方が、僕が持ってるトーマスさんより軽いとかは……無いよね。単純に、僕の力が劣ってるだけですよね。えーえー、どうせ貧弱な坊やですよーだ。
「お手伝い致しましょうか?」
「大丈夫。思ったよりは大したことないから」
 嗚呼、久々に、凄くやってしまった気分だ。男って、どうしてこう見栄を張って生きているのか。何処かの偉い学者先生が、論文の一つも発表してるんじゃないかって、思わなくもないよ。


「うん、それじゃ、ここでお別れ」
 全ての準備を終え、ようやく迎えた再出航の日。僕達は埠頭で、ジュリとお別れの挨拶を交わしていた。
「本当、何から何までお世話になって、ありがとう」
「気にしなーい、気にしない。子供は大人に甘えるのが仕事みたいなもんなんだからさ」
 よくよく考えてみれば、シスはもう十六歳で、アリアハンの国法では大人としての扱いを受けることが可能だ。人間、本当に年齢だけで大人と子供を区分けしていいのか、今一度考え直してみるべき――。
「どうして、わたくしの顔を見ましたの?」
 よくよく考えてみれば、とっくの昔に大人のはずのアクアさんでこれなんだから、難しく考えるだけ、頭の無駄遣いかも知れないよね。
「ま、良いじゃない。どうしても納得出来ないって言うなら、大人になってから借りを返してくれるってことで良いからさ」
「大人の、御奉仕?」
 何処でそういう言葉を憶えてくるのかなぁ。
「ん、アレクは、本当に優しい」
「そーでもないよ。ちゃらんぽらんなだけで、単にお人好しって言うか」
 僕自身の評もそんなものだけど、人に言われると釈然としないから困ったものだと思う。
「アレクには、兄さんになって貰えたら嬉しい。シスとアクアは、姉さんで」
 何だか、話が変な方向に向いてきた様な気がしないでもない。
「そして、義姉達は妹に色々と嫉妬して、イジメ倒すの」
「そういう物語多いよね」
 何か吹っ切れたのか、この人形使いさん、えらくノリノリです。
「分かりましたわ」
「こっちは何さ」
 さぁ、いつもの調子が、帰ってきましたよ。
「アレクさんに女性が近付くと普段ならシスさんが烈火の如く怒りだしますのに、今回はそうでない理由ですの」
「ほひ?」
 そーいや、結局、今回はその攻撃食らって無いよね。
「これは詰まるところ、家族の情を基本としていたからに他ならない訳で――」
「それ以上言ったら、本気で、怒るよ」
「シスさんは、いつでも可愛らしいですわよね」
 言ってにっこりと、満面の笑みを浮かべてくれるアクアさん。えーと、とりあえず難しく考えるとドツボに嵌る展開と見たし、ここは軽く流しておくのが正解だと思うんだ。
「本当、凄く楽しそう。家族はやっぱり、こうあるべき」
 こう言うのもなんだけど、ジュリの家族観って、随分と独特の様な気がしてならない。
「アレクだったら、旦那さんでもいいかな」
「ハハハ」
 トヨ様といい、僕の年下に懐かれる能力は、そこそこのものなのやも知れないね。
「今回も、怒りませんのね」
「そりゃ、子供の結婚の約束が戯言だってことくらい分かってるし」
 何だか、さりげに不穏当な発言を聞いた様な。えーと、その論理で行くと、トヨ様に対して本気で敵意を持ってるのは――よし、出航で忙しいし、こっちも深く考えておくのはやめておこう。
「ケー。全く修行中の身のくせに、良い気なもんだねぇ。ガキにゃ興味ねぇが、その女運を少しは分けやがれってんだ」
 甲板から身を乗り出して、実に大人気ない言葉を口走ってくれるお師匠さん。何でも未練たらたらで前の彼女さんのところに行ったらしいんだけど、門前払いを食らったとかで、とても機嫌が悪いのです。
「それじゃ、ジュリ。僕達、行くね」
「ん。今度会う時はお兄さんとして、そして世界を救った英雄としてね」
 本当、無意識なんだろうけど、この子達って僕にえらい重圧を掛けてくるよね。
「頑張って、みるよ」
 ここで微妙に目を逸らす辺り、僕も通常営業が戻ってきた気がしてきたよ。
「おぉい! こら、アレク! とっととてめぇの荷物片付けねぇと、うっちゃるぞボケェ!」
「はぁい、ただいまぁ!」
 やれやれ、流石に荷物一式捨てられたんじゃ溜まったもんじゃない。大人なら、もう少し余韻に浸る時間をくれるくらいの機微を持って欲しいもんだよね。
「行ってらっしゃい、お兄ちゃん」
 背中越しに、ジュリの声を聞いた。
 うん、まあ、あれだね。基本的に年上好きで甘えん坊の僕だけど、妹っていうのも、悪く無いのかも知れないよ。

 to be continued――

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