邂逅輪廻



「いや、動きがのっそりしてるからあれだったけど、流石はモグラだねぇ。掘るべき対象を見たら、こんなにも生き生きと働き始めるなんて」
 唯、思ったより掘り返すのが速いせいで溜まった土をならす作業が大変だった。何しろ、専用の道具が無いもんで、手と足くらいしか使えるものが無いし。シスは鞘ごと剣を使えば良いじゃんって言い出してたけど、剣士の端くれとしてそれは流石に抵抗あるんだよ。
「ぼへー」
 一方で、魔力を使いすぎてるのか、ジュリはお尻をついたまんま壁にもたれかかっていた。身体が大きいと、使う分量も多いんだろうか。いつにも増して、ぼんやりとしてる様な。
「これも個人的な興味なんだけど」
「はい?」
「私は余り才能が無いから良く分からないんだけど、魔力って多少なら遣り取りが出来るんじゃなかったかしら」
「ああ、マホトラですか」
 クリスさんの問いに、僕は説明する順番を纏める為、幾らか間を取った。
「大本は、モンスターの中に不思議な踊りっていう、魔力を吸い取っちゃう特技を持った奴が居たんですよ。そこから発想した昔の偉い魔法使いが、主としてモンスターの、場合に依っては人間からも吸い取れる呪文を開発したらしいです」
 呪文に分類されてるけど、殆ど魔力を消耗しないから、技能ってことにしても良いという説もあるんだけどね。僕としては、魔力を媒介してることに変わりはないから、呪文で良いと思うんだけど。
「送り込んであげたら、少しはマシになるんじゃないの?」
「えっと、マホトラはあくまで術者が吸い取る呪文ですから、それは難しいです」
 とはいえ、これも面白い着想だ。何しろ、魔力が不足してると言って、マホトラで吸い取ってから発動したんじゃ単純に二倍は時間が掛かる。相方の術者が魔力を送り込みつつ、もう一方が放つとかいうのも、新たな戦術として有り得るんじゃなかろうか。
「一応は、使えるんですけどね」
 若干の自慢になるけど、生来、持ち合わせてる魔力が多いらしくて、実戦でマホトラを使わざるを得ない状況にまで追い込まれたことがない。だけど戦術が増える可能性があるなら、少し織り混ぜてみようかな。
「その場のノリで構築するのは苦手なんですが、ちょっとやってみます」
 ええと、対象の核から魔力を吸い取る訳だから、逆に送り込んであげれば良いんだよね。まあ、言葉で言っちゃえば簡単だけど、そんなこと出来るんだろうか。そりゃ、純然たる魔力を放出するってのは修行で良くやるけど、それを相手方が受け入れる状態じゃないと吸いとってはくれない様な。ま、試しにだから、失敗したって別に良いんだけど。
「よっと」
 僕も座って壁にもたれ掛かると、右手をジュリの左肩に当てて精神を集中させた。さぁて、どうなるかな、と。
『クペッポ』
 不意に、変な鳴き声を聞いた。
「な、な、な、何、一体?」
 驚きながらも、集中を切らさず魔力を送り続けてる自分にちょっと感心しつつ、周囲に気を配った。そうしたら、そこにはすごい腕の回転で土を掘り進む巨大モグラの姿があった訳で――。
 あら〜。シスとクリスさん、土まみれのみすぼらしい格好になっちゃって。かくいう僕も、被害が少ないだけで、そこそこ被っちゃってるんだけどさ。
「これは……どういうこと?」
 頭と肩を覆った土を払いつつ、クリスさんはそんな疑問を呈した。
「単純に考えるなら、僕が魔力を送ったことでジュリから発せられる思念と言うか、操作の力が増強されたんじゃないでしょうかね」
 あくまでも一例から推察される仮説で、裏は何一つ取ってないんですけどね。
「ぼー」
 そして、ジュリは相変わらずの魔力を消耗した状態だし。全然、回復には役立って無いんだけど。
「これくらいにしておこうっと」
 左肩から手を離して、魔力の放出も押し留めた。何しろ、今までに聞いたことのない実験だけに、長くやりすぎて、悪影響がないとも限らない。
 するとモグラはすぐさまその動きを緩めて、ちょっと前の速度へと立ち戻った。
「状況を纏めると、魔力を供給しても、すぐさま放出しちゃうってことかしら?」
「呪文に準ずるものを使ってる時ですからね。平時ならもしかしたら吸収するかも知れません」
 これはちょっと、本格的に検証してみる現象だと思うんだ。って言うか、何でこれが知られてないのか、そっちの方も気になってしょうがない。
「もしかして、攻撃魔法で応用すれば、凄い威力が出せるんじゃないだろうか」
 幸いにと言うべきか、何故か知り合いには魔術の類に長けた人間が多い。うわ、これは心がかなり踊ってるかも知れない。
「う……ん」
 途端、ジュリがそんな言葉を漏らして、パタリとその場に横たわった。あ、あれ。どうしちゃったのさ。
『ク……ピー……』
 一方で巨大モグラは巨大モグラで穴を開けきったところで力尽きてしまう。
 ちょ、ちょっと。そんなところで寝られても、邪魔なだけだから!


「今回の一件は、疑問を口にしたクリスさんが悪いってことで」
「それは流石に、言いがかりよね?」
 元来が器量人じゃない僕には、無性に責任転嫁をしたくなることがある。詰まるところは、そういうことにしておいてよ。
「話を纏めると、魔力供給は受け手側の術者に多大な負担を掛けるってことで良いのかしら?」
「ええ、まあ、どうもそれが一番、納得出来る解釈みたいです」
 ジュリに回復呪文を掛けつつ、そんな言葉を口にした。
「折角、面白い技術だと思ったんだけどなぁ。
 いや、ちょっと待ってよ。これはあくまで体力の無い子がいきなり全力疾走して脇腹が痛くなるみたいなもので、訓練次第では耐えられるようになるかも知れないよね?」
 うんうん。僕がなんてこと無いのも、日々の鍛錬の賜物かも知れないし。
「アレクって、本気で研究職に専念したら、ヤバい実験とかしてお尋ねものになりそうだよね」
 ほとぼり冷ます為に故郷を旅立った盗賊さんに言われるのもどうなんだろう。
「あ……う……」
 おっと、ジュリの意識がこっち側に戻ってきたみたい。
「水が……飲みたい」
 あ、はいはい。お姫様の仰せの通りに。
「頭に、泥が」
 えーと、はたいちゃって良いのかな。女の子相手にそんなことするのは気がひけるけど、本人の要望だし良いかな。
「背中が、ちょっと痒い」
「……」
 ん?
「何で僕が、召使みたいになってるのかな」
「てへ」
 意外と、素は根性入った性格してるんじゃなかろうかと思ったよ。
「ま、良いや。あとほんの数歩で良いから、モグラ動かしてよ」
 とりあえず、ここに穴が空いてしまえば当面の目的は達成できたことになる。その後については、ややこしそうだから考えないでおこうと思うんだ。
「ん」
 首を傾けて、ジュリは再度モグラに指令を出した。よしよし、これで外への道は確保できそうだ。
「ここでもう一回さっきの加速させれば、ちょっと面白いよね」
 それ、面白いのはシスだけで、こっちはえらく気を遣うんだよね。そんな小市民の心の機微を、シスに理解して貰えるとはあんま思ってないけどさ。


「く〜、やっぱり外の空気と太陽の光は、一味違うよねー」
「そっかなー。稼業のせいか、あたしはどーもこう広くて明るい場所には解放感がなくてさ」
 いつもの問答は、差し当たって受け流すとして。
「き、君達、どうやって出てきたと言うんだ!?」
 あ、事情は未だに分かってないけど、とりあえず鉱山の関係者発見。
「えっと、管理の責任者を連れてきて貰えるかな。これで中々、癇の虫には触ってたりするからね。
 そうそう。徒党を組んでどうこうってのはやめておいた方が無難だと思うよ。これで中々、戦闘慣れしてるからね」
 本気で怒っても良いんだけど、相手は只の下っ端っぽいし、ここは一つ大人の対応をしておこうと思うんだ。
「わ、分かりました。親方を呼んできます!」
 だけど、何故だかその男は想定以上に怯えた顔で走っていった訳で。
「うーわ、悪い男だねぇ。あんなドスの利いた声色で脅すとか、あたしらの仲間内でも通じそうだよ」
 え、ちょっと待った。僕としては、割と普通に喋ったつもりなんだけど。
「野性的な男も、一部で需要があるって言うけどね」
 はい、クリスさん。勢いに任せて適当なことを言ってはいけません。
「それはそれとして」
 話がとっ散らかるいつもの流れは、意図的に断ち切っておこう。
「これは、先にどうにかしておかないと」
 幸いにして、僕達が最初に入った入り口は、視界に入る近さにあった。あら〜。こりゃ見事に岩で蓋をされちゃってるね。軽く人一人分の大きさ越えてるし、シスが一人で動かせないのも道理だわ。
「多分、私達四人で押しても、どうにもならないわよ。唯一の男手が貴方だし」
 クリスさんも、こなれてきたのか相当に口が悪いです。 
「もう外に出てますから、こんなの大した障害にならないですって」
 言って、僕は精神を右の掌に集中させた。
『イオラ』
 憶えたての中位爆裂呪文を、岩の中心に向けて叩き込む。衝撃を外部に漏らさず、自壊する様に破壊するのはそれなりに難易度が高いんだけど、こういう小細工は得意分野だ。派手な破砕音と共に、岩だったものは石ころと砂塵へと姿を変えた。
「へぇ、やるじゃない」
「魔法だけは、人様に見せられるものだと思っておりまして」
 うーん、何か久々に魔法で良いところを見せられたから気分が良いね。
 言うまでも無いけど、この手法を洞窟内でやろうとしたら、制御の失敗一つで生き埋めになるからよっぽど切羽詰まってない限りはやらないからね。
「んでシス。モロゾフさんとトーマスさん、何処に置いてきた訳?」
 一応は歴戦の冒険者っぽいモロゾフさんだからそんなに心配はしてないけど、不具合があったなら救出は早い方が良いだろう。トーマスさんに関しては、魔力供給が断たれただけっぽいから大丈夫だろうけど。
「入り口からそんな離れてないはずだけど」
 ん。じゃあ、そろそろ魔力供給が復活して、トーマスさんが動き出す頃合いかも知れない。さっきから、ジュリの反応が鈍くなってる様な気もするし。
「オー。オイワバラバラ、オイラハラハラでーす」
 まさか岩の裏側に待機していようとは、誰が思ったであろうか。ってか、動かせるかはともかくとして、裏から押してたのかも知れない。イオラ失敗しなくて良かったなぁ。
「ん……トーマス、無事で何より」
「アッシは、世界で最もガンケンな人形デスよー。この程度の苦境で、メゲたりしませーん」
 一瞬、メラミ何発までなら耐えられるんだろうとか、非人道的なことを考えたりもしたけど、それはそれとして。
「モロゾフさんは大丈夫?」
「おねむおねむタイムでーす」
 言われて見てみると、そこには壁にもたれて動かないモロゾフさんの姿があった。うーん、血は繋がってないとはいえ、流石は父娘。寝姿の姿勢だけはそっくりだよね。
 しかし、年中魔力を供給してるのがジュリだってバレた後だと、こんなところで寝る理由が分からなくなってくる。モロゾフさん、もういい年っぽいし、冒険者も潮時なんじゃないかなぁ。どっかの町で、ジュリと一緒にのんびりと暮らせる仕事を見付けたらどうだろうか。そっちの方が、ジュリが求める家族っぽいんじゃないですかね。他人の家庭の事情に、首を突っ込みすぎるのもあれなんだけどさ。
「モロゾフさーん、起きてくださーい。もう店閉めますよー」
 こういった、冗談の一つも言わないとモヤモヤとした気持ちが残ってしょうがないよ。
「?」
 違和を感じた。
 人間って、寝たり、気を失ったりしてるからって、こんな微動だにしないなんてことがあるはずがない。よもやという最悪の仮定が、頭を掠めた。
 急いで胸に手を当ててみたけど、全く動きを感じなくて、僕の鼓動が、普段の倍速で鳴り続けていた。
「このオッサン、こっちの人形と同じ感じになってるね」
 シスの言葉を理解するのに、普段以上の時間を必要とした。
「それって、やっぱり死――」
「違う違う。同じだって言ってんの」
 シスの言葉を解読するのは、いつだって難解だ。
「なーんか微妙に変な感じはしてたんだけどね。変わった奴だとそーいうこともあるから、そこまでは気にしてなかったんだけどさ」
 それって、『バブルスライムはバブルスライムの毒で死なない』みたいに、シス自身には適用されてないってことで良いのかな? いや、シスも大概変人だよね?
「今になってよーやく分かったよ。オッサンも、人形だね」
「……」
 シスの言葉は大概の場合は理解に苦しむ。だけど今の言葉は、格が違った。
「はぁ?」
 直後、僕から漏れ出たのは実に陳腐な頓狂な声だった訳で。
 だ、ダメだ。話が突拍子もなさすぎて頭が全然ついてってない。え、モロゾフさんが人形って何。僕の頭が悪いって言うか、固いだけなの?
「うおっ!」
「うわっ!?」
 不意に、モロゾフさんが奇声を上げて立ち上がった。僕は余りに驚きすぎたもんで、その場に尻餅をついて、身体を見上げる格好になる。
 し、心臓が痛いくらいに強く動いてるし、どうしたもんだろうか。
「父さん……おはよう」
「おお、ジュリ、無事で良かった」
 普通に再会の会話をしないで下さい。ついていけてないんですよ。
「あ、あの〜、皆さん」
 不意に声を掛けられた。
 振り返ってみると、そこには鉱山の責任者の姿がある。正直、言いたいことは幾らでもあるんだけど、頭の方が整理しきれてないし、ここは簡潔に、と。
「どうも、この度はお世話になりました」
「ひ、ひぃぃ! ご、御勘弁を!! わ、私も好きでこんなことをやったのではない! その岩みたいに粉々に砕くのはやめて下さい!」
 いきなり、土下座までされてこんなこと言われると、何だかこっちの方が極悪人みたいになってない?
 いや、今回の一件に関しては、僕達、別に何も世間様に顔向けできないことはしてないよね。
「わ、私には、妻子が計十三人に、両親が合わせて九人も居るんだ! ここで命を失ったり、身体を壊す訳にはいかんのだと分かってくれ!」
 さりげなく、大変な問題を耳にした様な。だけどその独特な家族構成を聞いたせいで、怒りの矛先を何処に向けて良いか分からなくなったから、それなりに意味はあったのかも知れない。
「とりあえず、何でこんなことをしたのか説明して貰えますかね」
「え、えぇ。実はですね――」
「但し、その体勢のままで」
 うん、こっちにも立場ってものがあるし、上下関係だけははっきりさせておこうと思うんだよ。
「アレクって、やっぱ良い性格になってきたよ」
 そうかなぁ。この位で許してあげるなんて、凄く優しい部類だと思うんだけど。
「で、何で僕達を閉じ込めたのか、伺いましょうか。但し簡潔に」
 うーん、段々と、楽しくなってきた気がしないでもない。
「え、えぇ。実は私の雇い主が鉱山の上がりの一部を着服していまして、それを何とか誤魔化す為、流れの冒険者に罪を被せようと――」
 余りに有りがちな話に、どう反応していいか本気で分からないんですが。
「それは、サリエン領のルドヴェン侯のことね」
「ご、御存知でしたか」
「そりゃ、まあ、ね」
 クリスさんの言葉に、何か含みを感じた。あれ、何だか、前にもこんな違和感を覚えた様な。
「そういえば、さっき宮廷で魔法使いを見たとか言ってましたよね?」
 一般人が宮廷に行くなんてのは、そんなにあることじゃない。僕も叙任式でアリアハンに行ったことがあるくらいで、後はトヨ様の御殿くらいだろうか。まあ、トヨ様の住まいは平屋だから、宮廷って感じじゃないんだけどね。
「良く憶えてるわね」
 記憶力に関しては、人より少しは良いと思ってますので。
「家業の関係でね。普通の人よりはずっと馴染みがあるのよ」
 はて、両親が商売人でもやって、王室御用達の品でも卸してたんだろうか。うちも家業が勇者だったけど、王宮に行ったのは、十五歳の誕生日が最初だよ。呼ばれない限り行くつもりは無かったってのもあるんだけどさ。
「あ、あなたはもしや!?」
 不意に、話に割って入ってきたのは責任者のオッサンだった。相変わらず土下座の体勢は崩してなくて、結構、間抜けな行動にも見えた。
「一応言っておくけど、私がマホルード領シバル公第三女、クリスティアーヌに似てるって話だったら、何度となく聞いてて飽き飽きしてるわよ」
 先んじて自分の素性を否定して、半ば肯定するのって、逆に新しい気がしてならない。
「公女様だったんですか?」
「違うって、否定してるんだけど」
 言葉尻はそういうことになってるけど、目の方はどちらともとれない冷めたものだった。どうやら、暗黙の内に肯定する分には、さして問題無いみたい。
「やっぱり、目付けの人から、『このジャジャ馬が!』って言われたりしたんですかね」
「あ〜。良いとこのお嬢さんに生まれたら、一度は言われてみたい台詞だよね〜」
「どう反応していいか、本当に分からないんだけど」
 ある意味、そういう素の受け答えこそ、こちらにとっては一番、美味しいものだったりします。
「後、第三女ってことは、お姉さんが二人居るんですよね?」
「母親が違って、仲が尋常じゃなく悪いってのも、ありがちな展開かな」
「あなた達、普段からそんな会話してる訳?」
「これらは全て、仲間であるアクアさんの影響です」
 人格的な問題で困った時はあの人のせいにしておけば、大体のことは丸く収まると思うんだよ。
「一度、そのアクアって人に会ってみたいものね」
「あと数日でポルトガ城下町に戻ってきますから、御都合さえ合えばどうぞ」
 今後の人生に多大な影響を与えようと、自己責任であることは付け加えておくべきなんだろうか。
「ん、ちょっと待って下さい」
「今度は、何」
「お姫様ってことは、剣の師も、相当のもんだと思って良いですよね」
 素性のはっきりした親衛隊員クラスか、地元で名士の道場主か、少なくても、僕みたいにそこらの兵士じゃないだろう。旅に出た後に知り合ったっていうなら、その限りじゃないかも知れないんだけどさ。
「この国で有名な剣士でここ数年の内にモンスターに殺された人っていうと……まさか大剣豪ケインズ、とかじゃないですよね?」
 ポルトガにこの人ありとまで言われた稀代の英雄で、この業界に必ずしも明るくない僕でさえその名を知っている。老齢の為、バラモスを倒す為の旅には出なかったけれど、その分、後進を育てる為、出自を問わずに奮闘してるとは聞いている。
「驚いたわね。これだけの情報からそこまで推察するなんて。そっちの方で食べていけるんじゃない?」
 いえいえ。当てずっぽうがたまに的中することがあるだけですので、とてもとても。
「そうですか。あのケインズ翁の――」
「ジャジャ馬お嬢で、随分と手を焼かせた不肖の弟子だけどね」
 サバサバしてる様で、意外と根に持つ性格なのかも知れない。
「師匠の弟子は数多く居たけど、その大多数はかの大剣豪さえ屠った怪物に恐れをなして剣を捨てたわ。何人か居た蛮勇を誇るものも、今となってはその全てが消息不明――貴族の娘とはいえ、ここで怯えて引き下がるようじゃ、人間としての尊厳さえ踏み躙られると思わない?」
 正直、その類の話については、分からない部分が多い。だけどクリスさんの瞳は真剣そのもので、その強い決意だけは、容易に汲み取ることが出来た。
「幸いにしてその娘は第三公女。兄と姉が片手に余る程居て、多少の無理は通る立場だったというだけの話よ」
 冗談めかして言ってるけど、一族が余程の器量人じゃない限り、そんなことが許されるはずもない。クリスさんは貴族であることを捨ててでも師弟の仁義を重んじた。つまりは、そういうことだろう。
「だから私は、何が何でもヒヒイロカネを手に入れる必要があるの。私達を嵌めたことなら水に流すこともやぶさかじゃないから、今すぐ持ってきなさい」
「ヒィィィ、わ、分かりました。仰せのままに致しやす」
 未だ地面に這いつくばったまんまの責任者は、おののきながら近くの鉱員に指示を出した。あ、ゴメン。色々と衝撃的なことが重なったせいで、存在そのものを完全に失念してたよ。本当、悪意とかはないんだよ、多分。
「それにしても、こんなことされて水に流すって、心が広いんですね」
 まあ、僕としても本気でケンカを売ったところで何の得も無いんで、ここらで手打ちにしても良いんですけどね。ある意味、仕事らしい仕事はしないまんま、目的は達成できる訳だし。
「何を言ってるの。私は、やぶさかでもないって言ったのよ。どう料理するかは、存分に誠意を見せて貰ってから決めても遅くは無いわ」
「……」
 成程、ジャジャ馬でも、公女様は公女様。しっかりと政に携わるものとしての心構えが染み付いておられるようで。
「こんな殺風景なところで長話も洒落っ気が無いわ。村長のところにでも押しかけましょうか。今だったら、貴賓を扱うようにしてもてなしてくれるわよ。土埃も、払い落としたいしね」
 しかしこの人も大概、良い度胸してるよ。アクアさんと同年代だろうし、案外、気が合いそうな気がする。
「じゃあ、モロゾフさん達も行きましょうか」
 そして、こっちはこっちでどういった塩梅なのかさっぱり分からないし。ああ、もう、誰か颯爽と現れて状況を説明してくれないかなぁ。

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