「ねぇ」 戻りの道すがら、今度はジュリが声を掛けてきた。 「どしたのさ」 「アレクって、あの盗賊とどういう関係なの?」 「はい?」 世の中、意外な方向から矢が飛んでくることがあるものだと思う。 「えっと、クリスさんが聞いた訳じゃないですよね」 「そりゃ、まあ、ね」 何しろ、顔の高さも方向も、声質までもが違う。聞き違いとするには、ちょっと無理がある。 「シスとの関係、ねぇ」 ジュリがそんなことを聞いてきたことに対する驚きはさておいて、とりあえず真面目に考えてみる。客観的に考えれば、若くして道を踏み外そうとしてる少女盗賊を勇者が保護したって感じになるんだろうか。何しろ、最初の最初に、ウマが合いそうだから旅の道連れにしたってだけだからなぁ。実際、一年半くらい一緒に居るけど、特に大喧嘩したこともないし、直感は当たってたんじゃないかって思う。 「多分、保護者と被保護者、かな。一応言っておくけど、僕が保護者の方ね」 何にしても、無難な回答をしておこう。シスに又聞きされたらふくれっ面になるかも知れないけど、それくらいならいつものことだから、気にしない方向で。 「じゃあ、あの僧侶は?」 「アクアさん?」 「そう。あの無駄に色気を振り撒いてる、煩悩刺激型破戒僧」 な、何だかさっきから性格が変わりまくってませんか。或いは、ようやく疲れが抜けて目が覚めたのかな。 「アクアさん、ねぇ。うん、まあ、美人だし、色気も多いから、最初はすっごくドギマギしたけど、今はすっかり、近所の美形だけど変わり者のお嬢さんを見る道楽爺さんみたいな感じになってます」 あれ、僕、何を言っちゃってるんだろうか。 「その、アクアって言うのは誰?」 ああそうか。クリスさんは、アクアさんを知らないのか。 「僕の仲間の僧侶です。年齢は多分、クリスさんと同じくらいで、性格という意味では、凄く独特です」 あの人の特徴を簡潔に伝えるに当たり、人間面での解釈を外せないというのは、理解して貰いたいところだと思う。 「美人で、色気があるって話だけど」 「そこって、重要なんですか?」 第一印象として心に残るっていうのは間違いないけど、こう長いこと付き合ってると、そこの部分は割とどうでもよくなってきた。 「私よりも?」 「……」 ん? 「ソコは、そんなに重要な話ナノでしょーか」 うわ。トーマスさん並に、滑舌が酷いことになってるし。 「ふふ、冗談よ。お姉さんの自慢話に、ちょっと嫉妬してみただけだから」 「は、はぁ」 どこの世でも、女の嫉妬は国さえ滅ぼす。今の言葉を額面通り受け取る気はないけど、気には留めておこう。将来、気付かない内に憎愛劇の中心に居て、良く分からない理由で刺されたりするのは御免だからね。 「うわっと」 坑道を抜けると、そこには巨大な空洞が存在していた。どうやら、ここが鉱物採取の中心現場らしい。その広さは、その気になればちょっとした騎士団が演習を出来るんじゃないかって程だ。本当、人間って奴は、欲とか利益が絡むと、とんでもないことでも出来るんだなって思うよ。 「ところで、さ」 松明を掲げて、周囲を見渡しながら、そんな言葉を漏らした。 「何処からなら、帰れるんだろうね」 半球状の空間に、蟻塚みたいにポコポコと穴が空いてるもんで、どれが外に通じてるのかはさっぱり分からない。元々は、直下の坑道に落ちてきたんだけど、その先に関しては曲がったり、多少の上下もあったりする訳で、今居る場所の真上から帰れる確証はない。そりゃ、ここで働いてる鉱夫達には自明のことなんだろうけど、初めてここに来た人への配慮ってものがあっても良いんじゃないかなぁ。 「ここまで来たら、いっそこのままモンスターを倒すっていうのもありやも知れないわ」 「本気で言ってます?」 何しろ、当初の予定から見れば人数的に半分、更に言えば、お互いのことを良く知らない急造の三人組だ。幾ら主力の剣士が二人居ると言っても、互いの腕と腹を知りきっていない状態じゃ、背中を任せるには心許ないものがある。 「……」 一応、僕も剣士扱いだからね? 魔法も使うけど、今回はあくまで前衛役だよ? 「それにしても、変な話ね」 「何がですか」 「責任者の男は、『入り口の坑道の一番奥』にモンスターが居ると言っていたのよ。言葉尻から察するに、ほぼ一本道でないと辻褄が合わないでしょ」 「言われてみれば、たしかに」 こんな複雑に枝分かれしてるなら、もっと綿密な説明が必要だっただろう。あんな簡素な言い回しはしないはずだ。 「単純に考えれば、僕達が入った穴とここは通じてないってことになりますけど」 独立した坑道なら、話の辻褄は合う。 「だけどそうすると、そんな一部が占拠されただけで、鉱山全体の動きを止めるっていうのも解せないんですが」 ここなんか、普通に皆が働いててもおかしくないよね。まあ、大量の同型モンスターが居る可能性を考慮して、避難したって言われれば納得も出来るんだけど。 「単に情報の行き違い程度なら良いんだけど、何か裏があるとすれば厄介かも知れないわね」 「……」 いや、だからジュリどうしたのさ。いつもは半分くらいしか見えない目も見開いてるし、雰囲気が完全に別人なんだけど。 「あれ?」 不意に、聞き慣れた声を耳にした。 「こんなとこで、何してんのさ」 背後から姿を現したのは、シスだった。いつも通り、あっけらかんとした雰囲気で、こっちが疑問を呈したのがバカみたいな気分になってくる。 「外に出たんじゃ無いの?」 「そのつもりだったんだけど、入り口が塞がれててさ。しょーがないから、あの穴から降りて、後追ってみた訳」 「入り口が、塞がれてた?」 何それ。話の筋が、全然見えてこないんだけど。 「そういや、モロゾフさんと、トーマスさんは?」 まあ、あの穴を自在に昇り降りするなんて、シス以外に出来る人は、そうそう居ない気もするんだけど。 「それがさー。あのトーマスって人形、いきなり動かなくなっちゃって」 「へ?」 「モロゾフのおっさんも焦点合わない顔でボケーっとしちゃったもんだから、しょうがなしに上の方に置いてきたよ」 「どゆこと?」 「あたしに聞いて、正確な答が返ってくると思う?」 たしかに、そりゃ道理だ。シスには、医学の心得も無ければ、ましてや、魔力で動く人形の原理云々の知識も無い。やっぱり、こういう時、アクアさんが居ないと不便というか、応用が利かないなぁ。 「ジュリは、どう思う?」 ここは家族たる方に、お伺いを立ててみるべきかな。 「少し、疲れたんじゃないかな、と」 「……」 ん? 仮にも、旅慣れたモロゾフさんが、何が起こるか分からない穴の中で疲れて倒れた? いやいや、普通、這ってでも外に出るまでは堪えるでしょ。なーんか、軽くすっとぼけられた気がしてならない。 「んで、何で奥の方に来た訳?」 「ああ、こっちの穴も、入り口に向かう方が崩れて埋まってて――」 シスの質問に、若干の違和を感じた。 「あれ、シスは直接こっちに来たの?」 僕達が奥へと進んできたのは、やむを得ずであって、そのことをシスは知らないはずなんだけど。 「だって、足跡が新しかったし」 ことこういう能力に関して言えば、シスって時たま、空恐ろしいくらいだよね。 「それはそれとして、これからどうしようか」 何しろ、こんな入り組んだ空間があったり、入り口が塞がれてたりと、不可解な点が多過ぎる。或いは、何かが僕達の知らないところで動いてる可能性もあるんだけど――。 「謀られたかも知れないわね」 「と、言いますと?」 「細かいことは分からないけど、村人が私達をここに封じ込めるのが目的だったのかも知れないわ」 「何の為に」 「何しろ、全てでは無いにしても国を支える礎の一つだもの。生臭い話の一つや二つ、あっても不思議じゃないわ」 やだなぁ。そういうドロドロした政争って。関わるのも面倒だし、行きずりの人間を巻き込むのはやめて欲しいよ。 「でも、その仮説が正しいとすると、僕達が生きて帰れば、その人達を悔しがらせることが出来ますよね」 「何だか、楽しそうに見えるんだけど」 「基本的に、人が嫌がることを積極的にやろうとは思いませんけど、反社会的な存在と、明確に危害を与えてくる連中に対しては適用外です」 「それについては、同意見ね」 よし、クリスさんの同意も得られたっぽいし、ここは脱出に全力を注ぐことにしよう。 「アレクって……やっぱり変」 何だか、ジュリから毒が漏れた気がするけど、それはそれとして。 「呪文は、無理だろうな」 迷宮からの脱出魔法で知られるリレミトだけど、魔力的な媒介があるだけで、物理的な移動に過ぎないから、入り口からの道が繋がってる時にしか使えない。となるとやっぱり、この無数の穴から正解を探し出すか、土砂を掘り崩して――どっちも恐ろしく面倒臭いなぁ。そんなこと言ってる場合じゃないって説もあるけど。 「ん?」 何だか、空気の質が変わった様な気がした。 シスには遠く及ばないけど、僕も一応、一年以上も旅をしてる身だ。不穏な気の流れに関しては、一般の町民とかよりは鋭いはずだ。 「何か、居るわね」 それはクリスさんにとっても、同じだったみたいで。 「シスなら、あれが何か分かるよね」 僕達が感じたそれは、この場所から見て右手奥にあるらしい。唯、僕の視力じゃ、それが何なのかについて判断することは出来ない。 「あー、一言で纏めると、モグラ?」 「……」 ん? 「モグラって、あの地面の中に居て、土を掘るのが仕事みたいなあれ?」 「そうそう」 あるぇ。現物を見たことって数回しか無いけど、あれってたしか手に乗るくらいの大きさじゃなかったかなぁ。距離がはっきりしないから大雑把な推察だけど、どう見ても大型のモンスターくらいはあるんだけど。 「たしかモグラって、目が見えないんだっけ」 何しろ、御役目上、年がら年中、日が当たらない場所で活動してる訳で。必要が無いものは切り捨てられるのが生物の摂理って聞いたことあるし、道理だなとは思うけど。 「でも、その分、耳とか鼻が鋭いんじゃないの?」 「まー、シスには勝てないと思うけどね」 これって、そういう勝負だったっけ。 「とりあえず、近付いてみようか」 もしかしたら、あれが件の坑道に巣食うモンスターやも知れない。モグラなんて幾ら大きくても、大した戦闘能力なんて持ちゃしないだろうけど、あんなのが横から飛び出してきたら驚いて逃げるのが普通だとは思うんだ。 「でかっ!?」 そこに横たわったモグラらしき生物は、僕の想像を遥かに上回る巨体だった。正直、今までグリズリーとか、マーマンとか、巨大生物型モンスターは幾つも見てきたけど、正直、これは規格外だ。大王イカくらいの全長はあるんじゃないかな。だけどあれはあくまで水中生物だから成り立つ生態で、陸上でこれは、常識外れとしか言い様がない。 「アクアさんなら、『何を食べたらこれほど大きくなれますの?』って疑問を呈しそうなところだよね」 アクアさん自身、女性的な意味合いで局部が尋常じゃなく大きいけど、それはそれとして。 「そういや、野獣型のモンスターって、単に野生の大型動物が凶暴化したのも居るんだっけ」 何度と無く斬ってきた身としては、少し考えさせられるけど、こっちはこっちで命懸けなんだから勘弁して貰いたい。不都合が無ければ、出来る限り食べることにしてるし、自然の輪の中での出来事ってことで。 「どうしようか、これ」 普通に、処理に困る問題だ。目が殆ど塞がってるから、起きてるか寝てるかは良く分からないけど、とりあえず大して動く気配はない。まあ、この短い四本の足で俊敏に動くことは考えにくいけど、牙や爪は思いのほか鋭いし、無闇に近づかない方が無難だろうね。 「あ」 「どうしました、クリスさん」 「ひょっとしてこのモグラを使えば、埋もれた場所を掘り進められるんじゃない?」 「あー」 成程、成程。たしかに、この子は、穴掘りに関しては達人中の達人だ。うまいこと誘導できれば、人が通るくらいのものは空けてくれるかもしれない。 「でも、どうやって連れてきます?」 はて、やっぱり餌で釣るのが一番なんだろうか。でも、モグラって何を食べるんだろう。っていうか、この大きさの奴も同じものを食べるんだろうか。疑問が湧いてはくるんだけど、検証しようがない。 「とりあえず、干し肉と乾パンならあるけど」 旅人必携の保存食を鼻先に突きつけてみるけど、何の反応もない。そもそも、生きてるのかさえ怪しくなってきたよ。 「そういやシス。昔、暴れ猿を屈服させたことあったじゃない」 アリアハンの山賊を成敗した時のことを懐かしく思いながら、話を振ってみた。 「んー。猿って結構、知性高いからうまくいったけど、こんくらいになるとどうかなぁ。 まー、やってはみるけどね」 言ってシスは鞭を手に取ると、ビシィと地面に叩きつけた。 一瞬、巨大モグラが身を震わせたから、生きてることは確認できたけど、それ以上の動きは見せなかった。とてもじゃないけど、調服出来たとは思えない。 「お粗末様でした」 「あ、どうも」 何でちょっとうやうやしく遣り取りしたのかは分からない。 「シスの調教能力は、そこそこ頭が良い生き物専門、と」 その内、どの程度の動物までなら可能か、一つ一つ試してみそうな自分が怖い。 「私が、やってみようか?」 ここで話に入ってきたのは、なんとジュリだった。 「やってみるって、使役を?」 「多分、要領は一緒だから」 要領? 「ん――」 言って、ジュリは右手を差し出すと、巨大モグラの鼻先に――って、危ないよ。幾ら動きが鈍いって言っても、牙もとんでもなく大きいんだから。 「お?」 次に声を漏らしたのは、シスだった。 あれ、何だかモグラが、ゆっくりと這ってる様な……。 「やっぱり、心が単純だと、うまくいく」 そう口にして、ジュリは距離を保ったまま後ずさった。正直、僕には何が起こってるのか良く分からない。 「あ……」 途端、ジュリが尻餅をついた。 「だ、大丈夫?」 「ぼへー」 あれ、何だか又、目の焦点が合ってないって言うか、元のジュリに戻っちゃった感じなんですけど。 「ねぇ、思ったことを言ってもいい?」 「どうぞ」 何故だか、クリスさんは少し遠慮気味に言葉を掛けてきた。 「あくまでも、私が宮廷内で見た経験からだから、学術的なことまでは分からないんだけど」 さりげなく、聞き逃してはいけないことを耳にした様な? 「これって、魔法使いが能力限界まで使った時の挙動に似てる気がするんだけど」 「あ……」 言われてみれば、その通りだ。僕も鍛錬の一環で、相当の域まで追い込むことがあるけど、目は虚ろで、思考力も相当落ちてて、まさにこんな状態らしい。自分の目で見てた訳じゃないから、気付かなかったけどさ。 「ってことは、ジュリは常に魔力を使い続けてるってこと?」 「かも知れないってだけよ」 え、いや、ちょっと待って。とりあえず、ジュリがそれなりの魔力を持ってるって仮定するよ。その上で、それを常時放出状態にする必然性と、今、巨大モグラが操られてる事実を混ぜて考えると――。 「もしかして、トーマスさんを動かしてたのジュリ!?」 そう仮定すると、一定距離以上離れて動かなくなったのが、合理的に説明できちゃうし。更に言えば、トーマスさんがジュリの居ないところで動いていた記憶もない。同時にモロゾフさんも居たから、そんな発想、微塵も出てこなかったけどさ。 「そういう説も……ある」 いやいやいや。状況証拠的に、そっちのが有力になってるから。 「どっちでも……大した問題じゃないんじゃないかなぁ」 一瞬、その論理を受け入れかけた僕だけど、正直なところ、是か非かについて述べてるんじゃなくてさ。 「単純に、驚いてるって言うか」 自身がかなり無力化するって言っても、十歳かそこいらで、これだけのことが出来るって素直に凄いことだと思う。ってか、トヨ様然り、リオール君然り、若年層に魔法の天才が増えつつあるのは、何かの予兆なんだろうか。いや、単に僕が会ってきた人に、たまたま多いってだけの話なのかも知れないけどさ。 そーいや、クレインは若年層に入るんだろうか。世間的に見れば充分、若い部類だろうけど、この三人とは微妙に世代が違うよね。 「あれ、そういえばチンピラ二人の助成した時も、軽くボケ……思考力落ちてなかった?」 どうも動転してるのか、言葉に出す前に咀嚼する余裕が無い。 「あれは……ギリギリのところに待機させてたんじゃないかなぁ?」 そういえばあの時は、街の中をグルグル引き摺り回されてた訳で、実はそんなに離れてなかったのかも知れない。 それにしても、あくまでも確定口調で話すつもりはないらしい。 「ま、こんな子供がそんなこと出来るってバレたら、結構、危険かも知んないよね」 「あ、そっか」 才知に溢れてると言っても、所詮は小さな女の子だ。拉致なんかされる可能性を考えれば、モロゾフさんが術者ってことにしておいた方が良い様な気もする。 「そこまでは、考えが及ばなかったよ」 「分かれば、宜しい」 あれ、何か軽く、上から見られてない? 「おっと」 こんな問答をしている内に、巨大モグラは着実に歩を進めていて、僕達が出てきた穴の入口まで這い進んでいた。うん、幸いなことに、あの巨体が引っ掛かるってことは無いみたい。ちょっと悪い気もするけど、一働きして貰って脱出を図ろうか。 Next |