邂逅輪廻



「この坑道の一番奥に、件のモンスターが居る。どうやら奴は鉱物を餌にする特異なモンスターらしく、場合に依っては繁殖するやも知れん。故に、一刻も早い排除が求められるのだ」
 鉱山の責任者である男性に、簡単な状況の説明を受ける。話を聞く限り、つがいの二匹以上、居るってことなんだろうか。いや、世の中、一匹で殖えるモンスターも居るらしいしなぁ。
「尚、この中で何が起ころうと、我々は一切、関知しない。君達はあくまで、警備の目を盗んで勝手に入り込んだという扱いになるので、あしからず」
 そして、勤め人らしい、実に割り切った扱いで。まあ、勇者として旅立ったその日から、こと自分の命に関して、誰かに責任を取って貰おうと思ったことは無いから、別に良いけどね。
「何処の地域でも、流れの冒険者の扱いなんてこんなものよ」
 クリスさんが、物憂げな顔でそんなことを口にした。その表情の意味を理解したのは、もう少し後の話な訳で。
「ところで、クリスさんは何で新しい剣が欲しいんですか?」
 坑道に入って幾ばくかした頃、僕は当初から抱いていた疑問を口にしてみた。
「喋りたくないなら、別に良いですけど」
 唯、僕が見る限り、腰に帯びている長剣は、それなりの品の気がする。使い慣れた愛剣があって、わざわざ新しいものを欲しがるのには、理由があると見るのが妥当だよね。
「どうしても、討ちたい仇が居るのよ」
「仇?」
「ええ、剣の師を殺したモンスターをね。その為には、特別な力を持った霊剣が必要なの」
 成程。本当のことかどうかは分からないけど、一応、筋は通ってるかな。
 それにしても、剣の師匠ねぇ。僕にとっては、アリアハンのお爺さんと、元ポルトガ兵のダニエルさんか。ことダニエルさんに関して、どうかなったとしても、仇討ちをするか怪しい自分がちょっと情けない。
「その為に一人旅を?」
 仲間がいる可能性も考えてたんだけど、この段階になっても現れないってことは、ほぼ断定して良いと思う。
「こういったことは、身軽な方がいいのよ」
 父さんや兄さん、それにトウカ姉さんの縁でここに居る僕だけど、復讐心があんまないせいか、そういう物の考え方は良く分からない。
「それで、あなた達はどうしてヒヒイロカネを?」
「ええと」
 この件に関しては、一応、他パーティの重要事項になる気がするので、チラリとモロゾフさんを見遣った。
「うむ、このトーマスの維持補修に、どうしても必要でな」
 まあ、この人相手に、そんな気遣いが必要かどうかは、今一つ分からないんだけどさ。
「気にはなっていたんだけど、これって、人間じゃないの?」
「ああ、トーマスは、人形だ」
「人形、ドール、マリオネットでーす」
「ふーん……」
 何やら、クリスさんは興味深げにトーマスさんを見詰めた。
「私に惚れると、ヤケドでアチアチでーす」
「良く出来てるのね」
「俺にとっては、奇跡と言って良い水準の傑作だろう」
 むぅ。そう言われると量産化して、護衛に使うという僕の構想が崩れるんだけどなぁ。尤も、世には悪い人が居るもので、略奪に使う人が出るやも知れないから、必ずしも増やすことが良いことかどうかも分からないんだけど。
「ん?」
「シス、どしたの?」
「いや、今、なーんか嫌な予感が」
「もうちょっと、具体的にならな――」
「あ」
 シスの違和感を掘り下げようとした瞬間、平衡感覚が狂い、視界が揺らいだ。耳に入ってくるのは、怒号の様な轟音。それが足元の地面が崩れ落ちた為のものだと理解するのには、もうちょっと時間が必要だった訳で。
「あたた」
 幸いにしてと言うべきか、僕が降り立った場所は、さほど深くも無い別の坑道だった。いや、そもそも、近くに坑道なんかあるから穴が空いたとも言うんだけどさ。
「アレクー、生きてるー?」
「死人は、返事しないと思うよー」
 とは言え、ほぼ無傷だったのは運の良い話だったかな。この崩れた土が、良い緩衝材になってくれたみたい。
 何にしても、この暗さじゃ何をするにも心もとないし、予備の松明は、と。
「むがー、むがー」
 不意に、声を聞いた。
「何さ?」
 急いでメラで松明に火を付けて周囲に翳してみると――。
「むががー」
 そこには、器用に頭だけを土の中に突っ込んでるジュリの姿があった。
 って、放っておいたら大変なことになるから!
「死ぬかと……思った」
 普通、ここまでの状況になったら自力で出てくると思うんだけど。腕力が足りなかったのか、危機感が足りないのか、僕にはちょっと分からない。
「それにしても、厄介なことになったものね」
 おっと、クリスさんも一緒に落ちてたのか。さっき上から、シスの声を聞いたから、後は――。
「シスー。そっちに、モロゾフさんとトーマスさん居るー?」
「うん、残念なことにー」
 さりげなく、とんでもない毒が漏れ出た様な?
「うーん」
 松明を掲げて、穴を照らしてみても、上の天井までは届かない。上の方の松明も、この距離じゃロウソクみたいだ。こりゃ思ってたより距離があるみたいだなぁ。
「紐を垂らしたら、届くと思うー?」
 当然のことだけど、シスは商売が商売だけに、その類の便利道具はたくさん持ってる。まあ、普通の冒険者にとっても、必需品だとは思うけど。
「一応、もう垂らしてるんだけどー」
 ひょっとして、あのかなり上の方でフリフリと動いてる様に見えるものの話だろうか。
「肩に乗るとか、この土を盛るとかでどうにかなるような高さじゃないよなぁ」
 こういった時、空を飛ぶ呪文の開発が進んでないのが悔やまれる。ルーラは……やめておいた方が良いかな。只でさえ制御が難しいのに、下手な勢いがついたら頭をぶつけて又、ここまで落ちてくることになる。折角、無傷で済んだのに、わざわざそんな危険を冒す必要はない。
「そっち降りようかー?」
「いや、ここも坑道なんだから、どっかに出口があるでしょー。とりあえずは、一回、外に出て合流しよー」
 別に、いつまでと期限を切られた仕事じゃないし、明日に跨いだところで大した問題じゃない。そりゃ、早いに越したことは無いけど、ここは安全第一だ。幸い、上の坑道とはほぼ平行みたいだし、今来た方へ進めば外に出られるでしょ。
「りょーかーい。あんま変なことしないでよー」
 変なことって何さ。どうにも、シスが言うことは今一つ理解しきれない。
「という訳で、こっち行って、外に出ましょう」
 ジュリとクリスさんにとっても、この提案を拒否する理由は無い訳で。僕達は、一旦の離脱を目指して、歩を進めることになった。


「ねぇ」
「はい?」
 道すがら、今度はクリスさんが質問してきた。
「あなた、結構、魔法使えるでしょ」
「どうしてそう思うんです?」
 質問に対して質問で返すのはどうかと思うけど、まあ、これで質問権的なものを相殺したってことで。
「腰の剣がそれなりの品だっていうのはさておいて、身体の使い方から言って、腕そのものは甘めに見ても中程度だもの。だというのに、年齢に見合わないその落ち着いた物腰。他の部分に、相当の自信があると見るのが妥当だわ」
 落ち着いてるかどうかはともかく、こののんびりとした性格は生来のものです。自信云々は余り関係ありません。
 ってか、僕の動きを見ただけで剣の腕まで推察できるって、クリスさんってひょっとしてかなりの達人なんだろうか。
「でも、松明を使うのよね」
「……」
 ん? 何の話?
「洞窟や、採光の悪い塔なんかに良く入るから思うんだけど、何で周囲を照らす呪文が無いのかしら?
 メラなんかだと扱いが難しいし、熱いし、気を食い潰すし、余り効率的とは言えないわ」
「純粋に、光だけを生み出すってことですか?」
「戦闘では目眩ましくらいにしか使えないけど、私達冒険者にとっては、多様性があるものよ」
「は〜」
 いや、割と本気で感心した。成程、たしかに現代の魔法系統は戦闘の役に立つものが主流で、そういった細かい補助呪文はないがしろにされている。洞窟とかに入ることが少なかったせいか、その発想は無かったよ。
「面白そうなんで、将来の研究課題にさせて貰います。まあ、あくまでこの旅を終えられればですが」
 今の僕にとって重要なのが、その戦闘に特化された呪文だっていうのが、ちょっと皮肉というか、残念な話だと思う。
「魔法学者志望なのかしら」
「漠然とした夢の一つってところですが」
「夢があるのは良いことよ」
 その言い様に、復讐に身を染めた自嘲を垣間見た気がして、次の言葉を継げなくなってしまう。
「お嬢ちゃんは、何か夢って持ってるのかしら」
「……ん」
 そんな僕に気を遣ってくれたのか、クリスさんは話をジュリに振った。
「家族が……欲しい」
「あら、お嫁さんってことかしら。随分とおませさんね」
「……」
 その言葉に、ジュリはプルプルと首を振った。
「家族は……家族」
「だから、旦那さんを見付けて一緒に暮らしたいってことでしょ?」
「……」
 もう一度、ジュリは首を横に振った。
「家族」
「そ、そう。分かったわ、家族ね」
 結局は、クリスさんが折れて、この話題は打ち切りとなった。
 僕も何だか、良く分からない話だったなぁ。だって、義理とはいえ、モロゾフさんは父親な訳で。トーマスさんは……何だか分からないけど、家族ではあるって、ジュリも認めてたし。
 ま、ジュリにはジュリなりに、譲れない一線みたいなものがあるんだろう。だったら別に、それを無理に壊したりする必要は無いよね。
「あら」
 不意に、クリスさんが声を漏らした。前方を凝視して、僕もすぐさま、その理由を把握する。
「あちゃー」
 眼前にあったのは、土の壁だった。どうやら、ここもさっきの穴同様、天井から崩れ落ちてきたらしい。唯、決定的な違いは、さっきの穴はかろうじて通路を塞ぎきらなかったけど、ここは完全に埋まってる点だ。ここが出口に繋がってるとすると、かなりまずい状況と言える。
「鉱山って、こんなしょっちゅう崩れ落ちるものなんですかね」
 入り際に、危険があっても自己責任である旨を告げた責任者の顔を思い出す。そりゃまあ、モンスターとの戦いならある程度は腹も括れるけど、こういう人災に近い形となると、納得しきれないものがあるなぁ。
「ポルトガって、王国自体が随分と腐敗してるから。ここの鉱山も、鉱夫の都合も考えず、結構な無理をしてるのかも知れないわね」
 言葉を選んで、『都合』とか『無理』って言ってるのは分かるけどさ。こんな環境じゃ、ちょっと間違っただけで大怪我で、更に間違っちゃったら死んじゃう訳じゃない。幾らポルトガの主要産業の一つだからって、これは無いと思うんだよ。
「とまあ、言うだけなら只なんだけどねぇ」
 憤ってみたところで、その感情だけで世の中を動かせる器量や力がある訳でも無くて。世の中っていうのは、難しいよね。
「とりあえず、戻りますか」
 この土砂を掘り崩して進むのは、最後の選択肢だ。労力がそもそもバカにならないし、更に崩れてくるかも知れない。ここは、坑道全体を把握するのが先決だ。もしかしたら、他の穴に通じてる場所があるかも知れないしね。
「それが、次善策といったところね」
 ま、さっきの場所に戻れば、上からの穴が通じてる訳だし、どうにでもなるよね。僕は呑気に、そんなことを考えていた。

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