「『心』って、一体なんなんだろうね」 「はい?」 翌朝、半ばなし崩し的に旅に出た僕達だけど、その道すがら、ふとそんなことを口にした。 「ほら、トーマスさんって、いわゆる心は持ってない訳じゃない。極端なこと言えば、僕達の言葉とか行動に反応してるだけって言うか」 「ハイハイ、全くモッテ、その通りデース」 まあ、これはこれで凄い完成度って言うか、高度な機構なのかも知れないけどさ。 「でも、僕達、普通の人間も、入ってきた情報を処理して、返してる訳じゃない。この、処理の部分の煩雑さって言うか、やり方の違いが心の有無の差なんだとしてさ。何処からそうなるって線が凄い曖昧な気がしない?」 「昨日から難しい顔してたと思ってたけど、そんなこと考えてた訳?」 一度考え始めたら止まらない、何処までも学者体質なものでして。 「例えば、今みたいに晴れてれば、空が青いじゃない。これを見て、普通の人だったら、綺麗だなぁとか、爽やかだなぁって思うんだけど、心が無ければ、青いで終わりな訳で」 ここの変換が合理的に行われてるのだとすれば、それは単に、技術的な洗練度の差であって、本質的な違いじゃない。手押し車と馬車の値段は全く違うけど、車であることに変わりは無いのと似てるかも知れない。 「他にも、雨って好き嫌いが分かれるじゃない。あのしとしと感が悪くないっていう人も居れば、湿っぽさが受け付けなかったり。心を持ってる同じ人間なのに、どうしてこうなるんだろうとか。今までの人生での経験の違いと言えば、理屈は通るのかも知れないけどさ」 「……」 あれ、ジュリが何だか、小難しい顔してるんだけど。 「アレクって……いつもこんな感じ?」 「まー、概ねは」 割と本気で語ってみたのに、反応、それ? 「難しい話は分からないけど、トーマスは、仲間」 言ってジュリは、トーマスの袖を取った。 「ジュリは可愛いコト言いますねー」 え、何、また、僕が悪い流れなの? 「父さんも、仲間」 「ハハハ」 何だろう。この人達、アクアさんなんかとは違った意味で、凄く扱いづらい様な。ま、考えように依っては、こういった人達と付き合うのも、良い経験かなとも思うんだけどね。 僕達が目的としていた村は、ポルトガ城下町から徒歩で数刻のところにあり、昼前に辿り着くことが出来た。何でもここは複数の鉱脈が交わってる世界でも珍しい地域らしくて、ポルトガという国が発展できた一因にも挙げられているらしいんだ。 「ところで今更なんですが」 「うん?」 「トーマスさんの維持に必要な素材って、結局、何なんです?」 本当に今更な件については、触れないで欲しい。いや、ほら、本格的に興味持ったのは昨日の話だし、何だか聞く機会が無かったんだよ。 「うむ、ヒヒイロカネという金属でね。本格的な採掘と精製をしている地域は、ここを含めて、世界に幾つあることやら」 ん? ヒヒイロカネ? 何だか、何処かで聞いたことがある様な? 「ひょっとして、ジパング特産の?」 たしか、トヨ様との会話で、ちょこっと聞いたことがある気がする。まあ、特産って言っても、国外に持ち出す分はほんの僅かで、殆どが国内の祭事なんかで使われるって話だったけど。 「そのヒヒイロカネだ。こう、魔力を受けて全身に伝播する核の様なものにどうしても必要でね。経年で摩耗する為に、どうしてもある程度で交換しないといけないんだ」 成程、ね。たしか、相当の高級金属らしいから、買い溜めも難しいだろうし、こんなことになると想定もしてなかったと。 「でも、こういうところって、鉱山の持ち主が採掘権を握ってるから、現場に来てもしょうがないんじゃ?」 この自分でも驚くくらいのんびりと疑問を呈する辺りが、僕らしいよね。 「最高級の純度を誇るものや、巨大なものであれば、そうだろう。だが、それなりの程度で良ければ、現場の判断で何とかなることも多い」 何か、引っ掛かるところがあった。 「それって、袖の下で回して貰うってことですか?」 「はっきりと、贈賄と言って構わない」 年端も行かない娘の前で、この人は何を言ってるんだろうか。 「ぞう……わい?」 はい、ジュリ。これは大人の話だからね。あと何年かしたらじっくり学んでもいいけど、今はとりあえず目を背けておいて良いよ。 「贈賄ってのはね。特定の権限を持ってる人相手に現金なり、価値のあるものを渡して、その権限からお零れを貰うことかな」 「ふーん」 そして何でシスが懇切丁寧に教えてるのさ。もしかして、悪の道ってか、そっちの世界に引き込もうとしてない? やだよ、面倒見る人がこれ以上、増えるのは。 「ハハハ、なーに。俺としては粗悪品とまではいかなくても、ヒヒイロカネであれば多少、質が悪かろうと問題は無くてね。その程度の便宜を図って貰うことは、そんなに悪いことではないさ」 論拠が薄い気がしてならないけど、まあ、僕の手が汚れる訳じゃないし良いかなぁと思ってみたり。 性格が、日に日にちゃらんぽらんになってる気がしてならないけど、ここは懐が広くなったって言葉に置き換えて誤魔化そうと思うんだ、うん。 「無理だった」 「早いですねぇ」 僕がシスやジュリと昼御飯を食べている間、モロゾフさんは件の責任者を探しに行ってたんだけど、出されたスープが冷める前に食堂に帰ってきた。本当に働いてきたのか、勘繰っちゃうよ。 「作戦を、練り直そう」 「だから早いですって」 幾ら村の規模がそこまで大きくないからって、この小半刻で本当にやれることをそれなりにやったのか。色々と、言いたいことが湧いてきてしょうがない。 「要はヒヒイロカネがそこそこ手に入れば良いんでしょ?」 「はい、シス。盗みはダメだからね」 基本的な遣り取りは、出来得る限り短く終わらせるとして。 「鉱山の中で一年くらい働いたら、流石に代償でそれなりに分けて貰えるんじゃないですか」 「余り、真面目に考える気概を感じないのだが」 「そんなことないですよー」 余り発展性を感じないし、おざなりな態度はこれくらいにするとして。 「そもそも、現場に来れば何とかなるという発想が甘かったんじゃないですか」 大好きな魔法の勉強を邪魔された怒りが、今になって湧いてきたよ。ジュリの、捨てられた子犬みたいな表情にかどわかされた事実は、この際、さておくとして。 「まあ、ここまで来たら一蓮托生の間柄だ。少し、落ち着いて状況を整理しようじゃないか」 一体、いつから一蓮托生になったんだろうか。大体、その気になれば、歩いて行ったところで、日が暮れる頃には、ポルトガ城下町に帰れる状況にある訳で。 「あなた達、ヒヒイロカネが欲しいの?」 不意に、声を掛けられた。 「いえ、欲しいのはこっちのおじさんであって、僕はそれ程でも」 厄介なことに巻き込まれるのは御免なので、一応、責任はなすりつけておこうっと。 「それで、合ってる?」 「概ねはな」 僕達に声を掛けてきたのは、長身のお姉さんだった。年齢は、アクアさんと同程度だろうか。美人と言えば美人なんだけど、短めに切り揃えた金髪とその凛々しい顔立ちの影響で、どちらかというと格好良さが先行して印象に残る。白銀の胸当てに手甲、そして腰に帯びた長剣からして、恐らく白兵戦主体の戦士なんだと思う。その毅然とした態度から、多分、僕よりは強いんだろうなと、何となくだけど察することが出来た。 はて、それにしても、一体、どういった理由で話し掛けてきたんだろうか。 「自己紹介がまだだったわね。私の名前はクリス。見ての通り、旅の剣士よ」 「僕はアレクです。こっちの女性がシスで、小さな女の子がジュリ、ヒゲの人がモロゾフさんで、長身のがトーマスさんです」 とりあえず、話も聞かずに無視というのも無礼すぎる気がするので、通り一遍の応対はしておく。決して、僕の女性に対する優柔不断さが発現した訳じゃないからね。 「それで、ヒヒイロカネが欲しいというのであれば話があるんだけど、座ってもいい?」 「まあ、話くらいでしたら、断る理由もありませんけど」 その瞬間、シスが座ってる方向から、妙な殺気を感じたのはさておくとして。 「おかみ。フルーツジュースを貰えるかしら。種類は何でも構わない。この土地ならではのものがあれば、そちらの方が良いけどね」 クリスさんは店のおばちゃんに注文をすると、すっと椅子に腰を降ろした。 「それで、御用件は」 経験上、とっとと話を聞かないと、どうでも良い方向にばっかり行くから、ちゃかちゃか進めよう。 「私も、ヒヒイロカネが欲しくてね。理由は、剣の素材にする為よ」 「剣?」 「ええ。剣の素材として有名なのは、神話に出てくるオリハルコンよね。現実的に手に入れられるもので上等と言えるのは、ジパングのタマハガネや、サマンオサのミスリル辺りかしら。 ヒヒイロカネは、武器そのものの質はその二つより劣るけど、霊力を帯びるから好んで使う人も居るのよ」 へー、それは知らなかったなぁ。 「と言いますか、武器を使う人が、先ずは素材探しからっていうのも珍しいですよね」 幸いにしてイヅナを手にした僕の論理かも知れないけど、それは普通、鍛冶屋さんの仕事だと思う。或いは、専門の問屋さんか。まあ、ここに居るおじさんがわざわざ大海を渡ってまで手に入れに来てるんだから、何事にも例外はあるってことなんだろうけど。 「そこで、折り合いさえ合えば手を組まないかって思ってね。話を聞いた限りじゃ、そんなたくさんは要らないみたいだし、私も、剣で一本か二本分あれば充分だから」 「それは悪くない提案ですけど、何か当てがあるんですか?」 正直、僕個人のやる気が余り無いという障害は深く考えないとして。 「ええ。実は今、この村の鉱山の一つが、魔物達に巣食われて大変なことになってるらしいの。 回りくどいのは嫌いだから平たく言うけど、それを退治してくれるならヒヒイロカネを回してもいいと、責任者に話を通してあるわ」 何と言うか、何処かで聞いたことある様な分り易い話だなぁ。 「成程。村がどうにも落ち着かない雰囲気だったのはそのせいか」 モロゾフさんの情報収集能力に、多大な疑問が生じた瞬間だった。無事、この村に辿り着けたこと自体、奇跡的なことだったんじゃなかろうか。 「と言ってますので、モロゾフさん、頑張って下さい」 正直、ヒヒイロカネが欲しいのはモロゾフさんであって、ここまでついてきただけで相当のお人好しだと思うんだ。 「ハハハ。『メタル族に、すんでのところで逃げられる』って言うだろう? ここまで来たら、最後まで付き合った方が、後々スッキリすると思うぞ」 人間の言語が通じないって辛い。 ちなみに、メタル族云々っていうのは、『苦労して積み上げたことが無為に帰す』っていう意味で、転じて、『八割方で挫折するのは、下手に手を出さないより釈然としない』という意味でも使われてる格言だ。 「まー、それはそれとして」 冷静に、現状を分析してみよう。何にしても思うのは、パーティバランスの問題だ。クリスさんの剣の腕がそこそこだと仮定して、前衛にトーマスさんと共に置くとしよう。そして中衛にシスとジュリが援護に回って、僕とモロゾフさんが後衛で後ろからの攻撃に備えれば、そんなに悪く無いようにも思える。ジュリは、留守番してても良いと思うし。 だけどアクアさんが居ないから、回復役が居ないというのが結構、キツい部分だと思う。一応、僕も回復呪文が使えるは使えるけど、初歩のベホイミくらいが限度だしなぁ。 「行かないの……?」 又しても、小首を傾げたままジュリは僕に問い掛けてくる。 うっ、だから、その顔は反則だってば。シスはああ言うけど、こんな状況で断れるのは、相当の冷血漢だけだと思うんだよ。 「うん、分かった。洞窟に篭ってるモンスターくらい、僕に任せておいてよ」 そう遠くない将来、僕は女の人を庇って死ぬんじゃなかろうか。或いは、この経験が免疫となるのか。若輩の僕に、男女の奥深さは理解しきれないや。 Next |