「ふむふむ」 ポルトガに帰ってきて、数日が経っていた。僕達は久方振りの纏まった休みを取って、思い思いの時間を過ごしている。新造船とはいえ、一年もの長い間、酷使してきたということで、ドッグで点検と補修を受けている為だ。船員達も、一年振りの故郷ということで、それぞれの場所に散っている。 アクアさんは、いい機会ということで、ロマリアに里帰りして、僕とシスは居残りだ。僕達もアリアハンに帰っても良かったんだけど、やっぱり心が折れそうだから見送った。シスの場合、ほとぼりが冷めてるかどうかまだ分かんないって理由なんだけどさ。 今、寝起きしてるのは、いつも通り、場末の安宿だ。クワットさんは泊まっていっても構わないと言ってくれたけど、豪邸過ぎると落ち着かないしね。どうせ昼はぷらぷらして、寝るのと余った時間を過ごすだけの場所だし、大した拘りは無い。 それに、あそこに泊まってたら、隙あらば商売のことを仕込まれそうで、とても気が休まりそうも無いし。 「うーむ」 僕は今、ポルトガ国営の図書館で、魔法書を読み漁っている。最初に来た時は、船をどうするかでドタバタしてて、のんびりと寄る余裕は無かったけど、いい機会だから、読めるだけ読んじゃおうと思うんだ。クワットさんのコネを使って、一般来館者が読めないものも目に出来るし、正直、かなり勉強になる。僕としては、ここらで魔法の方も一つ二つ飛躍したいところだし、今日も今日とて黙々と――。 「ねー。すっごい暇なんだけどー」 はい、図書館では、静かにしましょうね、シス。 「本がそんなに好きじゃないなら、図書館に来なきゃ良いじゃない」 一応、正論の様なことは言っておくべきかなと思うんだ。 「だって、一人じゃ退屈なんだもーん」 シスを論理的に説得するのと、バラモス退治って、どっちも遜色ないくらいの大望だと思うんだよね。 「まあ、魔法の才能が無いシスが、この書物に何の興味も湧かないのはしょうがないと言えばしょうがない気もするけど」 何か、シスが興味持てて、読み易い本とか置いてないかな。 「これなんかどう。『世界の宝石大図鑑』」 挿絵入りで、分かり易いと思うけど。 「そんなの、現物と色や形なんかが近いだけじゃん。あたしは、本物以外、何の興味も無いし」 義賊のお爺さん。あなたの愛弟子は、大きな夢を持ちつつ、凄まじいまでの現実主義者に育ちました。これが良いことなのかどうか、僕にはちょっと分からないです。 「ん?」 本棚の背表紙を流し見していると、一つ気になる表題が目に入ってきた。 「『人形使い〜ドールマスター〜読本』?」 人形と聞いて思い出すのは、モロゾフさんとトーマスさんだ。あの人達で初めて知ったに等しいけど、こんな本があるってことは、僕が不勉強なだけだったのかな。 「人形って、あいつかぁ。どーも、あれ、苦手なんだよね。見た目、殆ど人間なのに、気配がまるで無いとか、気持ち悪くて」 相変わらず、普通の人とは違う部分に嫌悪感を覚えてるよね。 「人形、ねぇ」 余り深く考えなかったけど、興味深い技術だよね。あのパーティは前衛の盾として使ってるけど、大型量産化すれば、町を守るのに使えそうだし。まあ、モロゾフさんの技術だと、極めて重要な素材がスピル一派の買い占めで入手困難らしいから、すぐさまどうこうは出来ないんだろうけど。 「ふーん」 軽く流し読みしてみると、これで中々、興味深い。何しろ、対象があのダメなおじさんなだけに、食わず嫌いで流してきたけど、これも魔法は魔法だ。一つ切っ掛けがあれば、血が騒がない訳が無い。 「人間の魔力じゃ、意志を持たせるまでは難しいけど、自立行動くらいなら――」 試しに、本に書いてある通りにやって、近くにあるペンを動かそうとしてみる。 「あんま反応ないねー。メラでぶっ飛ばした方が早いんじゃないの?」 シスに学術的意義を解させるのも、本当に難しいことなんじゃないだろうか。 「単に慣れてないからなのか、特殊なコツが要るのか、本だけじゃ良く分からないや」 たしか、モロゾフさん達は、まだこの町に滞在しているはずだ。だけど気になるって言っても、あの人に教えを請うのはなぁ。何か、話が明後日にいって、纏まらないような。あれ、でもそれは、シスやアクアさん、トヨ様辺りを相手にしてても、大差無い様な? 「じゃ、今日のところはこれで終わりにしようか」 「ういうい」 シスの相手をしてあげるのって、僕の義務だっけ。本来、盗賊を改心させるのは、神職であるアクアさんの方が適当の様な。でもまあ、アクアさんのお爺さんやトヨ様も神職だってことを考えると、必ずしもそこに拘る必要はない気もして――うん、別に勇者の仕事でも不思議ではないよね。 一見するとどうでも良いようなことでもそれっぽい理屈をつけて自己完結しないと落ち着かない性格を難儀に思いつつ、僕は小高く積まれた魔法書の山を本棚に戻した。 「くーくー……」 「えーと、一つ、根本的な質問をしていいですかね」 「どうした?」 「ジュリって、夜にちゃんと寝てますよね?」 「子供だからな」 「今も、グースカ寝てるんですけど」 今の時刻は、一般の人が昼御飯を食べるかどうかといったところだろうと思う。働き詰めでいつ寝てるんだろうって人はたまに見掛けるけど、いつ起きてるんだろうって人は子供とはいえ珍しいと思う。 「飼い猫は、餌を狩る必要が無い為、一日の七割程度を寝て過ごすという」 「猫と同じっていうのもどうなんですか」 モロゾフさんの扱いの全てが、この言葉に凝縮されてる気がしてならない。 「そーいやアリアハンじゃ、『寝ない子はメタルスライムに、寝過ぎる子はバブルスライムになる』って脅し文句があったけど、あれって結局、どういう意味だったのかな?」 「さー、僕にはちょっと」 そもそも、子供の頃から標準的な睡眠時間しか取ってこなかった僕は、余り言われなかったし。単純に、身体が硬くなったり柔らかくなったりするってことなのかな。根拠は分からないけど。 「ん……」 あ、おはよう、ジュリ。 「くかー」 また寝ちゃう訳!? 「朝は、眠い」 ごめんなさい。もう既に、殆ど昼なんです。 「昼と、夕方と、夜も眠い」 むしろ、いつなら眠くないのか言って貰った方が、簡潔で早い気がしてきた。 「そういえば、何か目的があってこっちの大陸に渡ってきたって話でしたよね」 人形云々の話だけをするってのもどうかと思うんで、少し別の話題を挟んでみた。 「うむ、例の特殊素材を通常販路で手に入れることが難しそうなのでな。原産地で直接交渉をしようと思うのだ」 「あぁ、成程」 「困ったモノですねー」 いや、トーマスさん、間違いなくあなたの為に苦労してる訳ですから、もう少し悲壮感を持ってみてもいいんじゃないですかね。人間じゃないから無理やも知れませんけど。 「その為には、やはり情報の収集が欠かせない。数日、ここに泊まりこんだのは、概ねはそういった理由だ」 「こくこく」 しかし、これだけ良く寝る子が、よく旅なんて出来るものだと思う。いや、逆に旅の疲れを癒す為に、街にいる間は全力で回復に充ててるのかも知れないけど。 「この人形って、量産とか出来るんですかね。あと、ちょっとした訓練で使いこなせるものなんですか?」 わざわざここに足を運んだ本題を、問うてみる。 「何だい。君は人形に興味があるのかい?」 「使いように依っては、町を魔物から守ったり、泥棒避けになりますよね」 「うげ」 何か反応した盗賊さんについては、とりあえず考えないことにして。 「基本的に俺は無学でね。そんな俺が古代遺物を参考にしたりして、試行錯誤の末に出来た訳だから、その気になれば誰でも出来るんじゃないだろうか」 ふむ。魔法の才能と学の深浅さは、必ずしも関係は無いんだけど、そこまで深い技術は必要ない可能性が高いかな。 「普通の攻撃呪文とかって使えます?」 「いや、それはさっぱりだねぇ。メラの様な火炎呪文で薪に火をつけるくらいならいざ知らず、魔物達への威嚇となると、とてもとても」 それは、ちゃんとした教育を受けてないからだけの可能性もあるかなって思う。まあ、魔法の才能と一言に言っても、僕やクレインみたいに攻撃呪文が得意な人も居れば、トヨ様みたいに予見や感応にその才能を発揮する人も居る訳で、一括りには出来ないんだけど。 「うーん」 唸りながら、トーマスさんを軽く小突いて、ちょっかいを出してみる。 「ふんふんふーん。この程度のコウゲキでは、セカイは制せませーん」 しかし、自我を持ってないって言っても、何でこういう性格になってるんだろう。ってか、盾なんだったら、別に喋らなくても良いような気がしないでもない。 「人形は、術士が寝てても動くのは聞きましたけど、重傷を負ったり、極端な話、死んだらどうなるんです?」 ちょっと失礼な物言いだけど、学術的な話だから許して貰おうと思うんだ。 「魔力の供給が止まったり、ある程度の距離を取ってしまえば、動かなくなるだろうな」 推定口調ってことは、試したことはないんですね。 「俺は死んだことないし、死んだ後のこたぁ確かめようが無いからこっちも想像だが、その時は本当の人形になるんだろう」 ひょっとして今のって、笑うところだったんだろうか。 「あれ、魔王側の無生物モンスターも、似た様な原理で動いてるんですよね? 供給元の魔王が死ねば、只の岩とかになったりするんですか?」 何しろ、物心がついた頃には、そこらにモンスターが徘徊してたもんで、昔は無生物モンスターが居なかったとか言われても、ピンと来ない。 「魔王や幹部クラスとなるとどうかなぁ。何しろ、トーマスとは違って、下手すりゃ俺らと同じ自我を持ってるレベルな訳だ。或いは、放っておいたら、残留魔力が消えてなくなるまで、何十年、何百年と動き続けるやも知れん」 成程ね。推察の域は出ないけど、たしかに上級魔族っていうのは、僕達の常識の外にあるし、そのくらいのことはあるかも知れない。 「それで、その重要素材の産地ってのは、近くにあるんですか?」 何しろ、こっちの大陸と一言に言っても、広く言えばネクロゴンドやダーマ辺りまで含む訳で。尤も、バハラタ以東には、現状、陸路で向かうことは出来ないんだけど。 「そこのところは問題ない。どうやらこの街から日帰りで行ける場所にあるらしいから、明日の朝にでも向かおうと思う」 へー、そりゃツイてる話と言いますか。 「ん。何でしたら、ジュリ預かりましょうか」 ふと、思いついたことを、そのまま提案してみた。 「日帰り出来る距離ってことは、遅くても数日中には帰って来る訳ですよね。どうせ僕達、しばらくは休みでこの街に居ますし、ゆっくり寝かせてあげても良いんじゃないですかなって」 打算というか、心の中の本音として、シスと一緒に遊んでくれれば、僕は本を読めるというのが、無い訳じゃない。 ってかそもそも、こんな小さい子が旅をしなければいけない理由が、未だに分からない。他人の家庭じゃなかったら、クワットさん辺りに養女として引き取って貰うことを画策するレベルだよ。 「うーむ、申し出はありがたいがね。それはやっぱり、ジュリの意志に任せたいところだな」 たしかに、それも道理かな。ジュリが旅をしていることへの懸念が、僕のお節介に過ぎないと言うのなら、それはそれで仕方の無いことな訳で。 「う〜〜!」 そして、久々にシスに唸られたけど、僕、何か悪いこと言ったかなぁ。 「ジュリは、僕達と一緒に、この町に居たい?」 まだ目が覚めきってないのか、半目のまま良く分からない方向を見てる気がしてならない。聞くタイミング、間違えたかなぁ。 「……」 無言のまま、首をふるふると横に振った。あらら。やっぱり、他所の家の事情に干渉し過ぎだったかしら。 「それじゃ、モロゾフさん、トーマスさんと一緒に、出掛けてくる?」 消去法でこれしか残らないんだけど、寝ぼけてる可能性を鑑みて、一応は聞いておいてみる。 「……」 あれ? これにも、首を横に振った。 「えっと、結局、どっち?」 と言うか、ここは一旦、御飯でも食べて、状況を整理した上で再質問した方が良いんじゃないだろうか。 「一緒に……行こ」 ジュリは僕の袖を掴むと、そんなことを口にした。今度は、僕の頭の中が訳分からないことになりましたよ、と。 「はい?」 そりゃ僕なんだから、時間差で毎度の頓狂な声も漏れ出たりしますよ。 「素晴らしい提案だ。いや、血が繋がっていないとはいえ、流石は我が娘。聡明に育ってくれているよ」 いや、僕個人と致しましては、魔法書と別れがたいものがあり、同時に、休暇中にまで遠出をする程、旅が好きな訳でも無い訳でして。 「やなの?」 小首を傾げたまま、哀願するかの様な眼でジュリはこちらを見遣ってくる。え、何、僕が悪い流れになってない? 「じゃ、まあ、人形に関しましては僕も興味が無いって訳でもないので、お付き合いさせて頂こうかと思います」 ああ、さようなら、国立図書館の魔法書達。帰ってきてから、読む時間が残ってると良いなぁ。 「アレクってさぁ。女の人が絡むと、すっごい優柔不断になるよね」 一方で、シスには凄い攻撃的な目付きで嫌味を言われるし、何だか、軽く踏んだり蹴ったりの気分だよ! 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