邂逅輪廻



 この世界に広がる大地が有限のものであると人々が知ったのは、アリアハン統治時代よりも遡るらしい。まあ、世界を統一したなんて半ば御題目でも言う以上、その最大値は認識してないと話にならないよね。尤も、更に時代を遡ると、アリアハン大陸を掌握しただけで世界を制したなんて記述もあるらしいんだけど。
 史上、初めて世界を一周した航海者の名前は、歴史を少しでも嗜めば一度は耳にする。唯、その航海者は夢半ばで客死していて、帰港したのは生き残りの仲間達なんだけど。
 以来、世界は未曾有の大航海時代を迎えた。当初は設備等の不備から数多の難破船を出し、他にも謎の奇病が蔓延したりして、順風満帆とは言えなかった。だけど、造船や航行技術が向上したことや、謎の奇病の原因が新鮮な野菜や果物の不足からくるものだという事実が判明したことなんかで、少しずつ安全な航行距離を伸ばしていく。それは同時に民族間紛争激化の幕開けでもあったんだけど、やがて世界はアリアハンを中心とした一つの国家へと纏まっていった。
 後に再び世界は複数の国家へと分かたれるけど、バラモスがこの世界に現れる前までは交易量もそんなには減少してなくて、充分な準備と資金さえあれば、世界一周も、それ程に危険なものじゃなくなっていた。だけど、ここ五年という縛りをつけるならば、これを達成した船は数えるくらいしか無かっただろう。それ程に、世界の海運量は激減していて、危機的な状況にあるってことなんだろうね。幸いにして、船の上でそこまで危険な目に遭ったことは無いからピンと来ないけど、それなりに凄いことなのかなとは思う。
「ふわぁ」
 一年以上も船旅をしていると、これで中々、船の上に愛着も出てくる。一仕事終えて、甲板の上で寝転がってると、何だか小さな子供の頃からこうしていたような錯覚にも陥ってくるし。実際は、家の中で本を読んでることが多い幼少時代だったんだけどさ。
「しっかしさぁ。考えてみれば、この船旅する必要あんの?」
「んあ?」
 シスにそう声を掛けられて、僕はやる気なく上半身だけ起こした。
「だってポルトガにはルーラで行ける訳だし、あっちで休むなり、情報収集するなりして帰港を待ってても良かったんじゃないの」
「まー、それも一理あるんだけど、一応はこれで世界一周になる訳だしさ。区切りと言うか、ちゃんと締めたいなって思って」
 ポルトガに始まり、レイアムランド、ランシール、バハラタ、ジパング、ダーマ、海賊の村、ハン・バークと、比喩無しに世界一周の海路を進んできた僕達だ。最後の最後でその行動を取るのは、ちょっと手抜きの様にも思えて、躊躇われるものがある訳で。
「まー、分かんないでもない様な、そうでも無い様な。別に、何か貰える訳でも無いし、どっちかって言うと、どうでもいいって方が強いかな?」
 シスが冒険家のロマンを理解するのは、どうやら無理みたい。
「ま、いっか。今日の分の素振りしようっと」
 イヅナを頂いて以来、兄さんの剣を振るう時間は半減した。いや、七割、八割減かなぁ。筋力強化という名目で、何とか頑張ろうとも思うんだけど、どうにも気が乗らない。それ程に、僕にとてイヅナは蠱惑的で、離れがたい魅力を持っていた。
「何つうか……お前、見た目や物腰と違って、割と適当な性格してるよな」
 いきなり何ですか、お師匠さん。
「何を言うんですか。お師匠さんと別れがたかったことも、この船旅を選択した一因だと言うのに」
「そういう台詞を、臆面も無く言える辺りがだよ」
 わーい。完全無欠に、論破されたよー。
「ついこないだまで人の忠告無視しまくって大剣振るってたと思ったら、新しい小剣を手に入れた途端、そっちに乗り換えるとはな。こりゃあ、女を次々とポイ捨てする、恐ろしい才能を秘めてやがるぜ」
 幾らポルトガ兵時代に、こっぴどい形で女性に捨てられたからって、そういう八つ当たりはやめて頂けませんかね。
「だが、前に比べて、見違える程にキレが良くなったのも事実だ。これも常々、俺が鍛えてきたからだな」
 そしてその自己陶酔もどうなんですか。それでお師匠さんの精神が安定を取り戻せるなら、僕が大人になって黙ってても良いですけど。
「あれだな。やっぱ『スライムにはスライムベス』とか言うし、理想の伴侶ってもんはどっかに居るもんだよな。うんうん、前向きが一番ってことか」
 と言うか、この人が子供すぎるだけって感じもする。何で僕の二倍以上も生きてて、この発想と立ち振る舞いに至るんだろうか。いや、僕がこの人くらいの年になって、初めて分かることなのかも知れないけどさ。
 ちなみにスライムベスっていうのは、キメラと一緒で、言葉だけは誰でも知ってるんだけど、確認した人は居ない謎の存在だ。
「つー訳でアレだ。陸に上がって、三十前後の良い女と知り合いになった場合、何を置いても俺に紹介する様に。これは師匠命令だ」
「地味に難しい課題を課してくれますね」
 大体、あんま大きな声では言えないけど、普通、三十歳で良い女って言ったら、結婚してる人の方が遥かに多いと思いますよ。或いは、宗教上の理由なんかで結婚しないとか、性格に致命的な問題があるとか。むしろ年上好みの若い人を狙った方が効率的な気がしないでもないくらいで。お師匠さんの恋愛事情なんて、割と本気でどうでも良いんだけど。
「一応言っておくが、二十五以下のガキは興味ねーからな。お前も年食えば分かるだろうが、女は三十過ぎてからだ。それまでは所詮、熟成期間なんだよ」
 何だか、剣の手ほどきをしてくれる時よりも、真剣な眼差しで語られてる様な気がしてならない。
「ん……何の話?」
 あ、ジュリ。
「このおじさんの話はね。一生の内で一度として役に立つことは無いだろうから、軽く聞き流すのが一番だよ」
「分かった」
「おいこら、そこの不肖の弟子。ガキに何吹き込んでやがる」
「生憎、お師匠さんの発言に関して、剣の技術以外のことは、全部、右耳から左耳へと通り抜けてますので」
「んだと、このぉ!」
 お師匠さん、怒りの指導棒を、すんでのところで躱す。うーん、さすがにこれだけの期間、真面目に実戦と修行を繰り返してると、それなりに腕が上がるものだよね。ちょっと前まで、軌道を読み取ることも出来なかったもの。こんなところで成長を実感するっていうのも、それはそれでどうなのかなって、思わなくも無いけどさ。

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