邂逅輪廻



「お帰り……なさいませ」
 ハン・バークに戻ってきて早々だけど、何処から突っ込みを入れたものかなぁ。
「何でジュリが、三つ指立ててお出迎えしてる訳?」
 疑念を抱くを通り越して、理解に苦しむ域だと思う。
「その件については、俺が説明しよう」
 『あ、髭面父親失格人間』って言おうかと思った。だけど客観的に考えればうちの父さんも大概、父親としてどうかと思う部分がある訳で。やっぱり、人様の家庭の事情に首を突っ込んじゃダメだよね。
「俺達はめげずに、スピルのところに直談判に行ったんだ。だけど、あの分からんちんの野郎め、けんもほろろに追い返しやがって」
 しかし、随分、古臭い言葉を使うものだと、変なところに感心しちゃったよ。
「こうなったら背に腹はかえられねぇ。いっそ、お前らの方について必要な素材を確保しようとした訳だ」
 しかし、何でこう、自分で何とかするって発想が無いんだろうか。これが大人かと思ったけど、ちゃんと自力で頑張ってる大人も多いことだし、とりあえずは保留にしておこう。
「それで、ジュリとの関係は?」
 結局、質問には一切、答えてもらって無い様な。
「手土産、だ」
「……」
 まさか、同じ言語を喋る人と相対するのに、通訳を欲することになるとは思わなかったなぁ。普段から、アクアさん辺りを相手に欲しがってる気もするけど。
「友好的な交渉を望むのであれば、貢物くらいは用意するだろう。そして、男であらば、誰でもお淑やかな女性の出迎えを喜ぶものだ」
 ダメだ。これは言語は通じるのに、会話は成立しない典型だ。
「この一件については、もう別の人に委任しちゃいましたので」
 もしそれなりに好感を持ってたりしたらクワットさんを紹介したやも知れないけど、この人じゃ、ねぇ。
「ま、そういう訳で、これ以上つきまとっても無駄ですよ」
 正直、ウザッたいと明言しない辺り、我ながら随分と優しいと思うんだよね。
「フオォォォ!」
 そしてバーネットさんは、相変わらず暑苦しいし。と言うか、ひょっとして、まだ一回もまともに寝てないってことは無いですよね。確実に隈が大きくなってるんですけど。
「俺も歳だな。若い頃なら、二日や三日寝なくても何てこたぁなかったってのによ」
 何で本気の職人っていうのは、こう明らかに無茶だって分かることをやるんだろうか。一仕事終わったら三日間寝っぱなしとか良く聞くし、非効率的この上ないと思うんだけど。
「んで、見ての通り鞘はまだ出来てねぇが、何か用か?」
「いえ、特には。唯、こまめに様子を見ておきませんと、一人でひっそり死なれてても後味が悪いので」
「独居老人扱いするんじゃねぇ!」
 いやいや。年齢と奥さんが居ない両点を鑑みるに、あなたは立派な独居老人だと思います。
「こうやって年寄りにはちゃんと刺激を与えないと、急にボケたりしちゃうからねー」
「でも、怒鳴ってたんじゃ、頭の大事な線が切れたりしちゃう気もするけど」
「てめぇら、いい度胸だ、そこに並べ。槌は俺の大事な商売道具だから勘弁してやるが、出来損ないの剣の錆にしてやる」
 何だかんだ言って、僕達はバーネットさんにかなり好かれてると思うんだ。
「まあ、無理すりゃ、明日の朝には何とかなりそうだ」
「別に、そこまで急ぐ用も無いので、少し寝て頂いても良いのですが」
 形式的にこうは言ってみたものの、今晩も寝ないんだろうなぁ、と思う。腕は良いだけに、この無茶な仕事っぷりで寿命を縮めやしないか、本当に心配だよ。
「おっと、そういや柄を直した時に、こんなもんが出てきやがったんだが」
「はい?」
 言われて差し出されたのは、一枚の紙片だった。一般に、柄と刃は一体化してるんじゃないかってくらい密接な状態だから、こんなものを入れる余裕はない。何でもこれは、滑り止めで柄に巻かれた革帯の内側に入っていたそうだ。御丁寧に樹脂の皮膜で包んで一種の緩衝材として使っていたらしく、ところどころたわんでいるものの、損傷は無いに等しかった。
「何かが書いてあるみてぇだが、読んじゃいねぇよ。幾ら俺が世俗的にどうしようもない人間でも、そんくらいの分別はあるからな」
 その件については、深く考えて頂かなくても大丈夫です。ほら、今、僕の横に居る二人の仲間が、恐らくは受取人の一人である僕の許可もなく覗き込もうとしてますから。
「ね、ね。それってつまり、アレクの兄さんが何かあった時の為に書き残したもんってことでしょ? しかも、あの仲間のお姉ちゃんにも知られない形で」
 たしかに、トウカ姉さんがこれに触れなかった以上、知らなかった可能性が高い。とはいえ、あの姉さんのことだけに、うっかり忘れてた可能性も無い訳じゃないんだけど。
「何か、物凄いお宝の匂いがするんだけど」
 君ってばパープルオーブの時といい、兄さん、姉さんからの贈り物を良く狙うよねぇ。ってか、今の今までシスが探知しなかったんだから、市場的、文化財的な価値は無いと思うよ。
「それで、何と書いてありますの?」
 しかし、仲間とはいえ、こうも遠慮が無いというのは果たして関係として良いものなんだろうか。今の僕には、ちょっと分からないよ。
「『この手紙を読んでいる君へ。どうやら、俺は我が愛剣と離れ離れになってしまった様だ。幸運にも、この仕掛けに気付いてくれたことには感謝するが、その剣の所有者は俺、アリアハンのアレルだ。武器屋辺りに下取りしないで貰いたい。後々、然るべき御礼をするから、アリアハンへ送って貰えると助かる』」
「何て言うか、大袈裟な手段で隠してあった割には、随分、色々なことを想定した書き出しだよね」
 そう言えば、こういう無駄とも言える細かい予防線とか好きな人だったなぁ。と言うか、まさか僕が真っ先に読んでいるとは、流石の兄さんも想定してないと思う。
「『仮にも一剣士として剣を手放すというのは何事にも耐え難いことであるが、人生には何があるか分からない。不本意ながらも、この様な手段で亡失を防がせて貰う』」
 この若干の理屈っぽさが、僕の兄だなぁと思わされるところだ。何だか懐かしくて、ちょっと目が潤んできたよ。
「『さて、前置きはこれくらいにして、本題に入らせて貰う。名乗った通り、俺の名はアレル。アリアハンでは、勇者として知られている』」
 何の迷いも無く自身を勇者だと言い切れるのが、兄さんが、兄さんたる部分だ。
「『知っての通り、この世界は今、魔王バラモスの侵攻に依って危機に瀕している。俺も一人の勇者として魔王バラモスを倒す旅をしているのだが、これを書いた時点では、まだ道半ばだ。もしかすると、これを読んだ時には俺が倒してる可能性もあるが、その場合は、この手紙を好事家に売って金にして貰っても構わない。唯、剣だけは返してくれ』」
「勇者アレル様には会ったことがありませんけど、随分と愉快な方の様ですわね」
 それは、アクアさんが言わないで下さい。
「にしても、随分と自信家だね〜。弟とはえらい違いだよ」
 多分、似てない部分と似てる部分を並べたら、七三くらいで似てない方が多いと思う。兄弟だからって、誰も彼もが類似点だらけじゃないよね。
「『とは言え、この俺が剣を手放すような事態に陥ってる以上、楽観は出来ないだろう。だからこそ、俺が知り得る全てを、後に続く者たちへと伝えたい』」
 そこから書かれていたものは、殆どが僕達も知っている情報だった。バラモス城に張られた結界を打ち破る聖鳥ラーミアの存在。そしてそれを目覚めさせる為に、六つのオーブが必要なこと。ブルーオーブ、イエローオーブは既に神殿に安置し、パープルオーブも手にした。他の三つは確たる場所を断定出来てないけれど、見付けたり、有力な情報を手にしたら、託す価値のある奴らに託して欲しい、と。
 兄さんは、やっぱり凄いよ。もしもの時の可能性も考えてこんなものを仕込んでおくなんて。楽観的観測しかしない僕は、自分が居なくなるって考えること自体、拒否反応がある。だけど想いをちゃんと繋げるのは、大事なことなのかも知れない。
「ん? 何、泣いてんのさ?」
「え?」
 シスに言われるまで気付かなかったけど、僕は、まるで頬に二つの小川が出来たみたいに涙を流していた。
「幾ら家族の手紙だからって、そんなダラダラ泣くかなぁ、普通」
「違うよ。これは何て言うか、兄さんは尊敬に値する勇者だって思ってさ」
 身内としての贔屓目を抜きにしても、勇者としての資質を遥かに濃く受け継いでいると思うんだ。
「ま、あたしゃ会ったことないし、何とも言えないけどねー。面白そうって言っても、アレク程じゃなさそうだし」
「ですの」
 え、君達の基準で、僕って面白い男だったの。ちょっと光栄なことではあるんだけど、少し二人の将来が心配になってきたよ。
「それで、裏は読まないの?」
「裏?」
 言われて気付いたけど、手紙はこれで終わりじゃなくて、先があるみたい。割と厚みがある紙だし、樹脂で包まれてるから透けてないし、分からなかったのもしょうがないと思うんだ。
「『さて、ここからは私事の上、余り必要が無いとも思うんだが、念の為に書いておこうと思う。いや、幾ら俺と言っても、首をもがれたり、心臓に杭を打たれて生き延びられるとも思えない。だから、あんま気は進まないんだが、生きている内に伝えておくことがあるかを、考えてみようと思う』」
 こと公務に関しては無敵に近い兄さんも、自身の死生となると確信が揺らぐ辺り、可愛いところがあるなと思ってしまう。いや、自分の兄を可愛いとか言い出すのもどうかと思うんだけどさ。
「『先ずはトウカ。あー、うん、まあ、俺が誘っておきながら、こんなことになって済まない。お前の性格からして、俺の生死に関わらずバラモス退治の旅は続けるだろうけど、余り気負うな。お前の剣は、心が入り過ぎると揺らぐ。仇討ちだとか、余計なことは考えないように。
 後、すぐには無理だろうが、ある程度落ち着いたら、一区切りつけて良い奴を見付ける様に。操を立てるとか言い出すなよ。俺もこっちで適当な奴を見付けづらくなるからな』」
 それにしても、実の兄と、姉と慕う女性の関係を覗き見るのは、何となく気が引ける。本当、女性陣はこういうの大好きみたいで、目を輝かせてるけどさ。
「『爺ちゃん。まだ生きてたら、預けておいた例のブツ、処分しておいてくれ。遺品だとか、面白がって見せたりするなよ。絶対だぞ」
 大道芸界のお約束で考えると、これはやって下さいっていう前振りになってると思う。ってか兄さん、何を爺ちゃんに預けたのさ。僕も気になってしょうがなくなるじゃないか。
「『父さん。残念だけど、俺は、意志を継ぎきることは出来なかったみたいだ。だけど少しは、勇者の種を蒔けたかなとも思う。
 まあ、俺としちゃ、父さんが死んだ証拠も、生きてる証拠も無い訳で、どう書いたもんか良く分からない所はあるんだが。もし生きてるんなら、残りの人生を母さんとアレクの為に使ってやってくれ。
 後、一度でいいから、酒を酌み交わしてみたかったよ』」
 兄さんでも、父さんの消息が掴めていないことに、胸が締め付けられるようになった。
「『母さん。子として、母親より先に死ぬことが何よりも罪深いことは、それなりには理解してるつもりだ。だけど、父さんと同じく、俺も覚悟を持って旅に出たんだ。分かってくれとは言えないけど、どうか許して欲しい』」
 仮定の話と言っても、僕達が死んだとすれば、母さんの悲しみはどれ程のものになるんだろうか。生きて帰るつもりはあるけれど、少なからずそういう可能性があることは、心を重くしてくれた。
「『最後にアレク』」
 ある程度は予測していたけど、自分の名前が出てくると、落ち着かない気分になってしまう。
「『泣き虫なところ、少しは治ったか? お前は、割と早くおねしょはしなくなったんだが、どうにも夜泣きが治まらなくてな。結局は、母さんか俺が一緒に寝て、落ち着かせてやったもんだよ』」
「流石は実兄、弟のこと、良く分かってるねぇ」
 よくよく考えてみれば、一つ二つならいざ知らず、五つも年が違う兄弟って、理不尽じゃなかろうか。ほら、兄は弟が生まれた頃から知ってるけど、弟が物心ついた頃に兄はもう十歳くらいな訳で。保持してる情報量が違いすぎて、端から勝負になんてなりやしない。世界の第二子以降の弟、妹達は、そろそろ連合して立ち向かうべき時が来ているのかも知れない。
「そういやさ。あたし達、アレクがどういう子供だったかって、あんま知らない気がするよね」
「ですわ」
 七歳までの記憶が無い人と、子供時代が全く想像できない人に言われるのもどうなんだろうか。
「別に、普通の子だったと思うよ。ちょっと魔法の話が、好きだったくらいで」
 若干、ブラコンとシスコンの気があったのは否まないけど。
「十三までは魔法使いになる気満々で、兄さん達の失踪で勇者にならざるを得なくて――何回か言った気もするけど」
「そーいうんじゃなくて、女の子に突撃してこっぴどく振られたみたいな面白話無いの」
「シスにとっての面白さの基準が今一つ分からないんだけど」
 ってか、トウカ姉さんへの恋慕みたいな感情については、話してない気がする。薄々、勘付かれてる気はするけど。
「それより、こういう話題だったらアクアさんでしょ」
 何しろ、一年以上の付き合いながら、十年前と十年後が、全く想像出来ない訳で。このままの性格の女の子とか淑女って、実際問題、浮くっていうレベルじゃないし。恐らくはきっと、ちょっとぐらいは、性格に違いがあるに違いないと思うんだよ。
「わたくしも、普通の女の子でしたわよ?」
 何だろう。この一言で、一気に僕の発言まで信憑性を失ってやいないだろうか。言葉の遣り取りっていうのは、何処までも奥深い気がしてならない。
「シスは七歳までの記憶がないけど、十歳までならトランスさんが知ってるよね」
 あんま話す機会が無かったけど、この際だから弱みの一つや二つ、握ってみたい気分になってきたよ。
「あたしこそ、ふつーの女の子だったよ。そりゃ、まだ小さかったから、家に忍び込むなんてのは無しで、金持ちからスるくらいだったけどさ」
 ここまで堂々と盗みを公言されると、嗜める気も起きなくなってくるから恐ろしい。
「そういえば、バーネットさんにも青年時代や、幼少時代、更には赤ん坊だった頃がある訳ですよね」
「てめぇは、俺を妖怪かなんかだと思ってやがんのか」
 いえ、毎度思うことなのですが、年配の方にも若い頃があるっていうのが、どうにも想像がしにくくて。逆にトヨ様なんか、いつくらいからあの喋り方と性格を身に付けたのか考えるとキリが無くなったりするんです。幾ら何でも三歳からああだったとは思えないけど、トヨ様なら五歳で有り得るんじゃないかって、無駄な夢想をしたりする訳なんですよ。
「それで、手紙はどうなってんの?」
 シスが途中で話を横道に逸らしておいて、その言い草もどうなんだろう。まあ、シスだからしょうがないと言えばしょうがない気もするんだけど。
「『この手紙に意味がある様になった時、お前が勇者になることを、俺は勧めも止めもしない。そりゃ、血縁が大望を受け継ぐのは筋論から言えば間違ってはいない。俺もそう思って、父さんを追った。だけどお前は、爺ちゃんを除けば、母さんの最後の家族だ。父さんも俺も、生きて帰るつもりではあるけど、絶対とは言い切れない。家族を第一義に考えるとすれば、お前は旅立つべきでは無いとも思う』」
 兄さんの論には一理あるとは思いつつ、きっぱりと否定の感情が湧き立った。甘いと言われるかも知れないけど、母さんにとって一番大事なのは、父さんであって、兄さんであって、僕でもあるんだ。だから、誰かが残ってれば良いっていう話じゃない。みんなで生きて帰って、初めて意味があるんだ。
「『まー、最後はお前の人生だ。目で見て、耳で聞いて、全身で感じたことを踏まえて、自分自身の意志で決めろ。トウカにも似た様なことを書いたが、仇討ちなんてのは、人生を狭めるだけだ。俺は薦めやしないね』」
 兄さんらしい物言いだと思う。旅に出たのは、最終的には僕の意志であって、他の誰のものでもない。シスや、アクアさん、トウカ姉さんなんかも、それは同じことだろう。そのことは分かっているつもりなんだけど、改めてこう言われると、ドキリとさせられる部分がある。
「『以上。繰り返しになって悪いが、あんま死ぬ気も無いんで、どうにも気が乗らない。いつの日か、笑い話として公開できればいいだろうと思う。
 あー、あと葬式とか墓とか、大仰なことはやめてくれ。十年後ひょっこり帰ったとしたら、バツが悪くてしょうがないからな』」
 たしかに、父さんも生きているという前提で行動している以上、二年やそこら音信不通だと言っても、死んだと断定するのは早計だ。父さんについては良く憶えていないけど、あの兄さんが僕より先に死ぬとは思えない。だから、明確で客観的な証拠を目にするまでは、信じていようと思う。
「それで、終わり?」
「みたいだね」
 紙というものが薄っぺらい平面構造をしている以上、表と裏にしか書き込める部分は無い訳で。流石に、これ以上は見落としようがない。
「結局、大した情報は無かったね」
 はい、僕もちょっとくらいは思ったけど、そういうことは口に出して言わない。そりゃ、面識のないシスにしてみれば、重要性は薄いのかも知れないけどさ。
「いい話じゃねぇか。俺もちょっと、うるっと来たぜ」
「ん……」
 まだ居たんですか、ダメなおじさん。
「良いんですか。こんな、客でもないどうしようも無い人を出入りさせて。只でさえ閑古鳥なのに、拍車が掛かりますよ」
「てめぇが言いやがんな」
 こりゃまた、失礼致しました。
「じゃ、明日の朝に取りに来ます」
 それまでに、やることを全て済ませて旅立とう。兄さんの手紙は、パープルオーブと同じ場所に入れて、と。
「で、あくまでもあなた達はついてくるんですね」
「うむ」
 もう、背景の一部として相手をするのもやめようとも思うけど、世間体を捨てきれる程に成熟してる訳でも無くて。ま、明日までの辛抱と思えば、我慢出来ないことも無いか。

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