邂逅輪廻



「うくぁぁぁ!」
 宿の部屋に帰ってきて開口一番、行き場のない怒りが噴出して、口から漏れ出てきた。
「うるさいよ、他の客はボチボチ寝てるんだ! 叫ぶんだったら海にでも行っておやり!」
 いえ、たしかに大声を出したことに関しましては素直に陳謝致しますが、オバちゃんの声も充分やかましいと思います。
「珍しいね、そんな露骨に荒れるなんて」
「何か、あれだけ言いたい放題言われて反論の一つも出来なかった自分にも腹が立って」
 一瞬、勇者になる為には口喧嘩も強くなければならないのかなんて本気で思っちゃったし。
「うーん、でも国を盗るって言われると、大怪盗たるあたしとしちゃ、心踊るものがあったりもするなぁ」
「シスは、あんな考え方に賛同する訳!?」
「いやいや、金で買うなんてのは全く興味無し。ってか、金で買えるもんに興味持ってる内は素人だね。
 やっぱりまともなルートじゃ手に入らないものをこっそり盗んでこそ怪盗ってもんでしょ」
 しかし、僕の仲間二人は、どうしてこんなにも頭の中身が独特なんだろうか。
「くーくー」
「ぐおー、ぐおー」
「二人共、おねむオネムでーす」
 成程、トーマスさんは術者のモロゾフさんが寝ててもそれなりに動ける自律型なんだね。これなら、野宿の時もそれなりに安心だよ。
「じゃなくて!」
「ごふっ!?」
 頭がクサクサしすぎて、もう自分でもどういったノリで接してるのかが良く分からない。
「何で、さも当然の様に僕の部屋で寝てるんですか! 自分達の部屋があるでしょう!」
 もうやだ、この寄生精神に満ち溢れたオジさん。
「何を言う。どうにもスピルに対して印象が薄かった俺にしてみれば、貴様らの情報を掴んで相手に流すくらいのことをしないとだな――」
「若輩の僕が言うのはあれですが、もう少し、自力で何とかする方法を考えて生きて下さい。ジュリの教育にも絶対、悪いです」
 アクアさんのお爺さんに会っても、さしたることを言わなかったこの僕に、他人の家庭の事情まで言及させるとは、とんだダメ人間だ。
「それで、これからどうしますの?」
「うーん」
 たしかに、スピルのやっていることは感心できない。現行の国家体制は色々な問題を抱えてはいるけれど、同時に、根底から覆す混乱を招いてまで破壊しなければならないものでもない。一種の私利私欲が理由となっているなら尚更だ。
 とは言え、じゃあ、僕に何が出来るかと言われると、それはそれで返答に窮する訳で。個人的に憤りを覚えようとも、街のチンピラよりは腕の立つ剣技と、それなりの将来性があるらしい魔法くらいしか取り柄がない僕個人に、どうこうできるものじゃない。それはシスとアクアさんも同じことで、このメンバーで何か出来るとも思えない。
 やっぱり、現実的に処理して、アントニオ船長に相談した上で、クワットさんに援助を乞うくらいしか無いんじゃなかろうか。と言うか、専門外のことだし、オーブにも、魔王退治にも、兄さんの消息にも、直接は関係ないんだから、全部委託しちゃっても――。
「一度船に乗ったら、港に着くまでは降りることが出来ないものだとも思いますわよ」
 う、アクアさんらしい理屈だ。たしかに、このまんま人に放り投げるっていうのも納得できないものがあるのは事実だし――。
「しっかし、それはそれとしてあんくらいの組織を持ってれば色んなお宝の情報が入ってくるんだろーね。
 そこんとこはちょっとうらやましいかも」
 やれやれ。シスの考えは、いつだって自分の欲求に素直というか――。
「ん?」
 何かが、引っ掛かった。
「お宝の、情報?」
 ああ見えてスピルはかなりの大商人だ。つまり色々なコネクションで、僕達の及びもつかない程の人脈や情報を一手に引き受ける立場にある訳で。
「ひょっとして、クワットさんの情報網と統合すれば、僕達が欲するものが手に入るかも知れない?」
 となると、あながち完全に無関係とは言い切れない気もする。クワットさんへの借りを利で返すという意味でも、義が無い訳じゃない。
 一方で、クワットさんにそれだけのものを与えていいものかという懸念も頭をよぎる。基本的に悪人では無いし、大物ではあるんだけど、所詮は人間だ。力を手にして欲に溺れ、スピル以上に人達に害を為す可能性が無いとは言えない。
「とは言え……」
 目下の優先事項は、バラモスの排除と、それに繋がる情報の獲得だ。スピルのやろうとしていることを放置するのは、どっちにしても良い影響は無いだろう。
「結局、僕達が汗を掻かなきゃなんないみたいだね」
 何処か達観した視点で物を見ていたけど、見返りがあるというならやる気も湧いてくる。人間って奴は、何処までも単純なものだと思う。
「ま、何にしても――」
「ぐお?」
「ん?」
「ナニするですかー」
 何の根拠も無く居座るおとぼけ三人組を廊下に追い出し、気分的にスッキリする僕なのであった。


「手紙返ってきたよー」
 次の日の朝、僕達はアントニオ船長と話し合ってクワットさんに手紙を出した。流石、商売の極意は神速にこそありと公言するだけあって、昼御飯の前には返事が来たよ。
「何て書いてあんの?」
「ん。凄い興味示してくれてるね。出来ることなら、会って詳しく話したいってさ」
「ふーん。で、どうすんの? たしかこっからならそんな遠くないし、船で行く訳?」
「いや、今回は時間が惜しいし、ルーラで行こうかな、って」
「へ〜」
 あれ、シス、ちょっと後ずさりしてない?
「じゃ、頑張ってきてねー」
「……」
 ん?
「一人で、行かせる気?」
「だって、あれでしょ。アレクって、ルーラで短距離移動ならともかく、大陸間移動なんて試したことないんでしょ?」
「だから、一人じゃ不安なんじゃない」
 物凄く手前勝手なこと言ってる気がするのは、さておくとして。
「いやー、たまにはあたしも、留守番するのも悪くないかなって。どうせ行って話して帰ってくるだけだから、晩ご飯には戻ってこれそうだし」
「あのね。君を一人にしといたら、どんな『商売』を始めるか分かったものじゃないでしょう」
 アクアさんに、シスを完全に抑えつける力が無いのは知ってるつもりだ。僧侶と盗賊という関係上、それはそれでどうかと思うけど。
「でしたら、わたくしが行きますわ」
 アクアさーん。それじゃ、尚更、シスが好き勝手――。
「む〜。分かったよ。あたしも行くってば」
「……」
 あれ?
「アレクさんは、まだまだシスさんの扱い方を御存知ありませんわね」
 何を言っているかは分からなかったけど、だったら手癖の方も何とか操って欲しいなと、ほんの少しだけ思ったよ。


「皆さん、お久し振りですね。ここ、ポルトガを旅立ってから、一年程になりましょうか」
「御無沙汰してます、クワットさん」
 何とか、生まれて初めての大陸間移動を成功させてポルトガに舞い戻ってきた僕達。息を吐く間もそこそこに、豪邸にお邪魔して一礼をした。
「ところで〜、三人共、色々と怪我をされてますが、モンスターと戦ってこられたのですか?」
「いや、あの、これはですね」
 奥さんに言われた通り、僕達三人は打ち身、擦り傷、切り傷と、軽傷とはいえ、見た目はボロボロだ。何てことはない。ルーラそのものは成功したんだけど、着地の直前に臆した僕がシスに軽く抱きついちゃったもんだから反撃を食らって、更にはバランスを崩して反対側のアクアさんの体勢にも影響を与えて――そんな状況で、まともに地に降り立てるはずもなく、絡まったまま地面に突撃しました、と。魔法障壁みたいなもので衝撃は緩和されたけど、所詮は生身の人間。さっき述べた通りの傷を負った訳です。
 もちろん、回復呪文を使えば応急処置くらいは出来るけど、帰りも同じ過ちをしたら二度手間という暴論がまかり通って、このまま会うことになりました。今にして思えば、これを受け入れた時点で、相当に焦ってたと思うんだよね。
「大して痛くも無いですし、血で汚すことも無いようなので、話を始めさせてもらいます」
 経緯を話して呆れられるのも阿呆らしい気がするし、ここは適当に流しておこうっと。
「うむ、手紙を読ませて頂きましたが、西方大陸、新興都市のスピルと言えば海を越えてその名が聞こえて来る程の名商人。期あらば相まみえることもあると踏んでいましたが、まさかこんな形でとはね」
 うーん。商人同士とはいえ、こんな遠くにまで名を轟かせる程の人だったのか。只者じゃない空気はあったけど、裏打ちされた感じだ。
「ところで、クワットさんは、スピルのことをどう思います?」
「金で国を買うという目的と、その手法についてかね」
「ええ」
「私が行う商売を正道とするのであれば、値を操作してまで儲けようというのは邪道と言えるだろう。だがこの類の金の稼ぎ方は、小規模ならば古来よりあったもの。金に貴賎は無いと考えるのであらば、それそのものを責めることはお門違いだとは思う」
「そう、ですか」
「国を手中に収めるというのも、成程、たしかに私欲あってのこと。だが真に能力があれば、或いは今の世よりも良くなるやも知れぬ。
 私はスピルに会ったことが無いので一般論しか語れませんが、商人として、そこまで道を外れているとは言えませんね」
「はぁ」
 商人の発想というのは、やっぱりついていけない。お金を儲けられれば何でもありなら、贋金でも作れば良いじゃない。国には睨まれるかも知れないけど、腐った国なら袖の下一つでどうにでもなるって。
「しかし、若干、品性に欠けているのも、又、事実」
「へ?」
 消極的肯定から、消極的否定に軸が動いたことで、変な声を漏らしちゃったよ。
「金の流れが鈍ったこの時代に、それだけの網を張れる行動力は素直に賞賛致しますが、このまま見過ごしては商人としての矜持が許しません。何しろ、我が家に入り込んで芝を踏み荒らす様なものですからね」
「と、いうことは――」
「私の商売にとって、益になることでもあるようです。ここは、スピルが持つもの全てを、叩き潰すか、取り込む方向で検討しましょう」
 当面の目標を達成したことに、ほっ、と胸を撫で下ろす。尤も、クワットさんの助力は必要最低線で、ここからが本番なんだけどさ。
「しかし、アレクさんは、色々なことに巻き込まれますな。私も商売に手を染めて長いですから、お話に値することも幾らでもありますが、この頻度では中々」
「それはまー、何て言いますか勇者の血筋の運命みたいなものでして」
 茶化してみたけど、本当、何なんだろうね。こう、代々の怨念的なものが勇者の血族にはのしかかって、行く先々で何かしらの問題にぶち当たる機構になってるのかと、突拍子も無い仮説が頭をよぎった。父さんは一代の勇者だから、意外とトントン拍子で話が進んでたりしてね。
「それでは、現況を把握、整理する時間を小半刻程頂けますかな。何ぶん、資料を部下に出させてはいますが、量が量なのでね」
「あ、はい」
 ま、傷の手当てもしたいところだし、ちょうど良かったかな。
「それじゃ〜、部屋を用意させてもらいますね〜。アクアさん、あとで一緒に、お茶を頂きましょうね〜」
「喜んで、ですわ」
 何だか、僕には一生、理解できそうもない女の友情があった気がするけど、この二人だけに適用されるものだよね、うん。

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