邂逅輪廻



「ニヤニヤ」
「……」
「ニヘラニヘラ」
「しょーじき、男が夜な夜な、剣の手入れしながら悦に入ってるのって、相当、気持ち悪いよ?」
 いーじゃない、本人が満足なら。こういうのって、女の子には分かって貰えないのかなぁ。
「ってかさ、魔法にしか興味無いみたいな顔してたのに、そんな嬉しい訳?
 そりゃたしかに、高い剣だけどさ」
「何だろうなぁ。値段どうこうじゃないんだよね。長年追い求めてた身体の一部を手に入れたみたいな、そんな感じかなぁ」
「ふーん」
 あれ、何か今の相槌、微妙に棘が無かった?
「ま、別に良い剣があるからって、剣士として急激に強くなる訳じゃないしねー」
 それを言われると辛いものがあるけど、折角、いい気分なんだから、別にいーじゃない。
「で、これからどうすんの?」
「どうしようか?」
 質問に質問で返すと何の発展性も無いんだけど、凄い行き詰まり感を覚えちゃったんだからしょうがない。
「夜だし、ちょっと諜報活動でもしてこようか?」
「この広い街を、シス一人で?」
 幾ら優秀だからって、それはちょっとどうかなぁ。ってか、こっちの動向が結構、漏れてるみたいだし、あんまし単独行動は好ましくないと思うんだよね。
「やいやいやい、てめぇら!」
 不意に、ガラの悪い声が遠くから聞こえた。
「この宿に、二人の女を連れたガキが泊まってるだろう? とっとと出せや、ボケェ」
 急いで廊下に出て、階下を見遣ると、そこには知能程度が低そうな男が二人――あれ、何処かで会ったことあったっけ。
「やかましいよ。客は疲れを癒す為に、うちに泊まってるんだ。営業妨害が目的だったら、すぐに出ていきな」
「うっせぇ、ババァ。てめぇは黙って質問に答えり――アイチチチ」
「レディに対する口の聞き方がなってないねぇ」
「は、話の途中で関節極めるレディが何処にいやがる」
 何だか、受付のオバちゃんと乱入者が揉めてるけど、何だったんだろうね。
「ひょっとしてあれ、弱いくせに粋がってたチンピラじゃない?」
「あー、そういえば、そんなのが居たような」
 あんな何処の街にも処分に困るほど余ってる若者より、イヅナとモロゾフさんの人形作成技術の方が衝撃的だったせいで、通常の三割増しくらいの速度で忘却しちゃってたよ。
「あっ、このガキ、んなとこに居やがったな。そこで待ってやがれよ」
 あちゃー。早々と部屋に戻っておけばオバちゃんが何とかしてくれそうだったのに、見付かっちゃったよ。
「どうした、どうした」
 そこに、一階に部屋をとっていたモロゾフさん一行が姿を現した。
「眠い……」
 ジュリが、頭をフラフラさせながらそんなことを言っているのが聞こえた。正直な所、眠いなら素直に寝てれば良いと思うんだけど、どうなんだろう。
「あー! この熊親父とチビガキ。何でこんなとこに居やがる!?」
「てめぇら、実はグルだな、あぁん?」
 いえ、その件に関しましては、その様に取り扱われるのは実に心外です。
「やれやれ、バレてしまっては仕方がない。今すぐ帰って、下っ端幹部にその様に伝えてくれたまえ。俺達は、どんな巨大な組織であろうと、真っ向から受けて立つぞ」
 そして、何で何事も無かったように運命共同体みたいな扱いにしてるんですか。あの作戦とも言えないしょうもないものを実行するつもりなら、三人……いや、ジュリは可哀相だから、トーマスさんと二人でやって下さい。僕達は御免ですからね。
「けっ、これだけ失敗して、手ぶらで帰れる訳ねーだろうが!」
「せめててめぇに縄付けて、責任を全部なすりつけてくれるわ」
 さりげなく、凄く切ない発言があった気がしてならない。いや、それで矜持が維持できるって言うなら、別に僕として言うことは無いんだけどさ。
「うおぉぉりゃぁ!」
 相も変わらず、拳の握り、体重移動、そして拳速と、全てに於いて凡俗以下の能力を披露するチンピラ一号。折角だから、モロゾフさんがどう捌くか、見物しようかな、と。
「オッホー」
 なんて思っていたら、トーマスさんが間に入って、文字通りの壁になった。成程、危険が迫ったらこうやって二人を守るのが役割な訳ね。
「つぁ!?」
「全てが甘チャンでーす」
 まともに顎に入ったのに、トーマスさんはびくともしない。
 と言うか、顎は確かに人間にとっては弱点だけど、この場合、トーマスさんだから効かなかったのか、チンピラの方に力量が足りなかっただけなのか、判断に困る。
「まだ殺るというのなら、反撃シマースよ」
「おい、こいつ、何だか色々ヤバくねーか!?」
 その危機判断能力がありながら、見境無く噛み付く辺りが、知性の欠落だと思うんだよね。
「ええい、どうせこのまま帰ったら、どんな仕置きを食らうか分からねーんだ。二人で一斉に掛かれば、どうにかなる」
「お、おう」
 先人曰く、『無能な働き者は組織に害しか為さないので、切り捨てるか、飼い殺すか、抹殺しろ』と。良く分かった。無いとは思うけど、将来、僕がたくさんの部下を使う立場になったら、ああいうのは雇わないよ。
「こんにゃろぉぉ」
「ずりゃあぁぁ」
『メダパニ』
「ゴフッ!」
「ガッ!」
 瞬く程の短い時間に、チンピラ達の右拳が、互いの顔面に入って、二人共その場に崩れ落ちた。
 一瞬のことで情報の処理に幾らかの時間を要したけど、どうってことはない。ジュリが取り出した三本目の――あれは剣なのかな? 何はともあれ、呪文効果を持った特殊武器で混乱させて同士討ちになりました、と。
「真の賢者は、自分の手は汚しまセーン」
 人形らしからぬ、物騒なことを言ってるトーマスさんはさておくとして。
「どうするんですか、これ」
 階段を降りながら、至極当然とも言える質問をした。
「うむ、これでスピル陣営と全面的な抗争となることが確定した」
 だから、僕達を一方的に巻き込まないで下さい。
「こいつら埋めちゃえば、証拠無くなるんじゃないの?」
 シスが物騒なことを言ってるけど、とりあえずこれも置いておくとして。
「全く。街が発展するのは良いけど、こういう輩が増えるのが困るねぇ」
 あ、オバちゃん。御迷惑をお掛けしました。
「本来、こういうのは顔役が締めて、治安を安定させるもんなんだけどねぇ。街の変化が急速すぎて、仕組み作りが疎かになってるのは、余り良くないことだよ」
 長年、この街に住んでいるだけあって、考えさせられる言葉ではある。
「まあ、あたしとしちゃ、客は守るだけだけどね。あんたらの過去がどれだけ後暗かろうと、宿客としては何の関係も無いってもんさ」
 いえ、それは誤解ですと言おうと思ったけど、賊方面に関しては、恨みを買ってるという観点で、そこまで間違ってないことに気付いて言葉を飲み込んだ。
「全く。ジャネットの奴、本当に何を考えてるんだろうねぇ」
 聞き馴染みの無い名を、耳にした。
「そのジャネットさんっていうのは、どちら様なんです?」
「ん? ああ、あたしの幼馴染でね。顔見知り以外には、スピルって言った方が通りが良いかね」
「……」
 えーと、とりあえず、どこから処理したものなのかな。
「小さな頃から何を考えてるんだか分からない奴だったけど、ここんとこは拍車が掛かっててね。スピルなんていう妙な暗号名を使って、町を仕切りだし始めたのさ。
 幸か不幸か、商売に関しては才能があったもんだから成功しちまったって訳さ」
「ジャネットというのは、女性の名に思えるんですが?」
「ああ、あいつは女さ。小さな時分、一緒に風呂に入ったこともあるよ」
 何処のオバちゃんにも、若借りし頃や少女時代があるというのがピンと来ない辺り、僕もまだまだ、人生修行が足りないと思う。
「今も、連絡取ったりしてるんですか?」
「いや、ここんとこは、さっぱりだねぇ」
 一応、一縷の望みを託して聞いてみたけど、そりゃそうだよねぇ。
「だけど、何処に居るかなら知ってるよ」
「本当ですか!?」
 つい勢い良く食いついちゃったけど、何だろう、この微妙な心持ち。僕の中で、納得できないものが色々と駆け巡ってるんだけど。
「教えてやるのは構わんけど、もう夜も遅いよ。明日じゃダメなのかい」
「明日まで待ってたら、何がどう動くか分かりませんし」
「それもそうだね」
 僕達はオバちゃんから所在について聞き出すと、手早く準備を済ませて、宿を後にした。


「ここで、合ってるよね?」
 紙切れに走り書きして貰った住所を頼りに辿り着いた先にあったのは、極々、普通の道具屋だった。時間的に深夜に近いから、灯りも完全に落ちていて、周囲は静けさで満ちている。
「一杯食わされたんじゃないの?」
 うーん、あんまそういうことする人には見えなかったけどなぁ。大した得も無いだろうし。
「って言うか、ブンコク堂って何処かで聞いたことある様な?」
「俺は、記憶にねぇなぁ」
 そして、何で普通にモロゾフさん達もここに居るんですか。ジュリなんて、完全に寝ぼけ眼で何処か良く分からないところを見てますよ。
「俺達は、奴とは決着をつけなきゃならんのだ」
 格好付けて言うのは自由ですが、僕達に便乗しないで下さい、本当。
「ところで、スピルに会ってどうしますの?」
「ん?」
 アクアさんの問い掛けに、ふと我に返る。
「えー、と。まあ、それについては、会ってから考えるってことで」
 割と、僕ってその場凌ぎの考え方をしてる気がしないでもない。
「こんばんはー。薬草一つ、下さいなー」
 敢えて、普通の客を装ってみた。いや、特に理由は無いんだけどさ。
「今日はもう終わりだよ。欲しいものがあるなら明日にしな」
 幾らかの間があった後、接客用の小窓から、中年女性が返答してきた。
「じゃあ、スピルを一つお願いします」
「!」
 明らかに女性の表情が変わり、少なくても関係者である確信を得る。
「あんた達、それを知ってるとは只者じゃないね」
 いえいえ。そんなことはありません。通りすがりの、勇者の息子ですから。
「そうさ、あたしがスピルだよ!」
 扉を開けて、女性――スピルがその姿を現した。何だか、余りに何処にでも居る普通のオバさん過ぎて、どう返したものかが分からない。
「あれ、そう言えば、ブンコク堂って、この街に入った時に見た様な?
 たしか、向かいの道具屋とケンカしてて、旦那さんを叱りつけてた記憶が」
「ふん、使えない奴で困ってるよ」
「成程、町の経済だけじゃなくて、家庭をも抑えつけているということか」
 何だか、モロゾフさんが綺麗に纏めてやったぜと言いたげな顔をしていて、ちょっと不快なんですが。
「と言うか、本物なんですか?」
 自分から積極的に正体をバラすだなんて、正直、影武者の一人なんじゃないかって思っても良いよね。
「ハハッ。悪の首領ごっこも飽きてきたからね。そろそろ公開しても良いかって思ってたとこだよ」
 え、そんな理由で隠れてたの。本気で探してたゴールさん達の立場はどうするのさ。
「もうこの街の主要な面々は抑えちまったからね。例えあたしを殺したところで、計画は止まりゃしないよ」
「うむ、ならば仕方ない」
 モロゾフさん、諦め、早っ!?
「ところで物は相談だが、俺としてはどうしても必要な素材があるんだ。それを少し横流ししてくれれば、敵対しないことをここに誓おう」
 そして自分の利益だけ、きっちり確保しようとしないで下さい。温厚な僕でも、そろそろ本気で怒りますよ。
「ところで、一つどうも分からないところがあるんですが」
「何だい、坊や」
「そんなにお金を儲けて、どうするんです?」
 クワットさんと出会ってから早一年弱。ずっと頭の片隅に残っていた疑問だ。
 いや、クワットさんの場合、儲けたお金をポルトガの発展を含めて、社会に還元するって目的もあるみたいだけど、それとは別に、お金を儲け続けるのが商人の本能みたいなことも言ってたし。正直、学者寄りの僕には良く分からない。
「はん、愚問だね。あたしゃ、世界を買いたいのさ」
「世界を、ですか?」
 又しても、理解できそうもない世界だ。
「そもそも、貨幣というのはどうしてその価値があるんだと思う?」
「お金だから?」
 はい、シス。流石にそれは、理屈が子供っぽすぎますよ。
「経済学的に言うのであらば、国家がその価値を認定しているから、ですわね」
「そうさ。今、この世界の通貨は世界に覇を唱えていた頃のアリアハンが使っていたものをそのまま引継ぎ、各国の責任で鋳造されている。普段は余り気に掛けちゃいないだろうが、厳密に言えば、アリアハン・ゴールド、ロマリア・ゴールド、イシス・ゴールド、ポルトガ・ゴールド、エジンベア・ゴールド、サマンオサ・ゴールドの六種で流通の九割以上を網羅している。一応、ランシールやダーマ、バハラタ、ジパングなんかでも造られてないこともないんだがね。世界各国、等価で使える六種のゴールドに比べると、どうしても地域が限定されて、価値が低いってのが現状さね」
 さて、何で僕は、今日も今日とてお金にまつわる話を聞いているんでしょうか。
「金塊を溶かして鋳造されてる高額貨幣なんかはともかく、普段の生活で使う小銭なんか、金属としての価値は微々たるもんさ。それが立派に貨幣として使えるのは、他ならぬ六大大国が作って保証してるものだからさ。何の後ろ盾も無いお前らがそこらの石コロを金だと言い張っても、飯は食えないだろう?」
「小さい頃なら、一回くらいは妄想するけどねー」
 多分、それはシスだけだと思う。
「逆に言えば、この金の価値を六つの国家で安定させるってのは大変な作業なのさ。例えば、王侯貴族の放蕩で財政が傾いたりすると、国家の信頼が下がって、貨幣の価値も下がる。そうすると逆に物の価値が上がって、庶民の生活は苦しくなる訳さ」
「歴史的に、そういう時期もあったらしいですね」
 たしかエジンベアだったかな。散財に散財を重ねて、エジンベア・ゴールドだけ、やたらと信用を失った時期があったらしいんだ。他の五国がエジンベア・ゴールドの価値を三分の一に下げる協定を結ぶ寸前までいったらしいんだけど、まあ、何とか持ち直して現在に至ったとか何とか。でも、そんなことがあったせいで、お金持ちは余りエジンベア・ゴールドで貯蓄したがらないらしいんだよね。
 ちなみに僕達が持ってるお金は、王様から頂いたアリアハン・ゴールド、アッサラームで稼いだ、ロマリア・ゴールド、イシス・ゴールド、クワットさんから貰ったポルトガ・ゴールドと、結構、ゴチャ混ぜだよ。お釣りで貰った小銭も含めれば、多分、六大ゴールドは網羅してるんじゃないかな。
「詰まるところ、国って奴は金で以って、国そのものを切り売りしてるという訳さね」
 ややもすると痛ささえ覚える冷涼な冬の夜風が、更にその鋭さを増した気さえした。
「国を、お金で買う、ってことですか?」
「察しが良いねぇ」
 貨幣の価値が国家の信頼と連動している以上、ある一定以上のお金を集めるということは、国家の信頼を握り締めるのと同義だ。更に突き進めれば、王族以上の権勢を振るい、国そのものを買い取ることも、理屈の上では不可能じゃないかも知れない。
 だけど現実的に考えて、六大王国がそれを許すはずがない。全部が全部、一蓮托生と呼べる程に友好的な関係とまでは言わないけど、共通の敵が出てくれば、それに対するくらいの親密さはある。こんな一介の商人の目論見なんて、あっという間に打破――。
「!!」
「ほぉ、その顔は気付いたかい。随分と知恵の回る坊やだ。部下に欲しいくらいだよ」
「あなた、達は――」
 意識するよりも早く、スピルの胸ぐらを掴んでいた。感情の昂ぶりを制御できない。海賊の幹部達に兄さんをなじられた時と同様に、僕が僕でなくなる程に心が揺り動かされていた。
「魔王軍が世界に侵攻して国家間の連携が取れない今だから、こんなことを」
 想定しうる幾つかの事象が頭に浮かんだけど、最も納得がいった理屈は、最も反社会的と思えるものだった。
「金を儲けるということはそういうことだよ。世界にある富がさほど変動しない以上、ほころびを見つけて掠め取る術を見出すのが常道ってものさ。これは全ての商人が多かれ少なかれやってることで、咎められる様なことじゃない」
「商道の理屈は、僕には分からない。それでも、人としての矜持を捨て去ってまで進まなければならないものだとは思えない」
「知恵は回っても頭が固いよ。思い込みってもんが、商売をする上で一番、邪魔なもんなのさ。
 人が魔王軍に侵略される時代だから、世界平和の為に一致協力しなきゃなんないなんて大抵の奴が考えるからこそ、今までに無い儲け話が転がってるってことになるんだよ」
 僕の中の冷めた部分が、『考え方の違い』という割り切った言葉を囁いてきた。だけど、共通の敵が居るこの状況で、ここまで違う方向を向いている人が居ることを、認めたくなかった。シスを子供扱いしておいてなんだけど、これを受け入れることが大人なら、大人になんてならなくて良いとさえ思った。
「ところで、そろそろその手を放して貰えないものかね。若い子は嫌いじゃないけど、好戦的すぎるのは趣味じゃないよ」
「うくっ」
 勢いのままに詰め寄ってみたものの、無抵抗のおばさんを殴りつけるのには抵抗があった。不本意だけど、言われるがままに右手の力を抜いて、拘束を解く。
「言っただろう? 仮にあたしを殺したところで計画は滞りなく進む。
 尤も、勇者の息子であるあんたに、そんな問答無用な力の行使が出来るとも思えんけどね」
 そこまで、調査済みなのか。
「更に言えば、あんたらの後ろ盾である、ポルトガのクワットってのは、少し出来そうだからねぇ。むしろ派手に暴れてもらって、足元を掬う材料にしたいくらいのものさ」
 こちらの素性が殆どバレているというのは、余り気持ちの良いものじゃない。まるで宵闇の中で誰かに見られている様な不気味さを感じて、背筋に冷たい感覚が走った。
「あんたら戦士の類は、暴力的な力が一番強いと思ってるかも知れないがね。世の中、綿密に組織を運営できる裁量と、金の力が最強なのさ。
 魔王軍の問題は、いずれ国を根底から作り変えた後に、腰を据えて対処すれば良い。どの道、今の国家体制だとジリ貧なのは、大抵の奴らが認めてることだろう?」
 う、た、たしかに何処の王国も、長年の戦役で疲弊してて余力は少ないけどさ。世の中の仕組みを根本から変えるなんてしてたら、それこそ付け入る隙を与える様なものじゃない。
「とりあえず、確実に一つ、間違ってますわ」
 アクアさんが、スピルの言葉を遮った。うん、ここは一つ、バシッと言ってやってよ。
「この世界で一番と言えるものは、主の愛に他なりませんの」
 いつものこととはいえ、この人に何かを期待した僕が馬鹿だった。
「はっはっは。面白いお嬢ちゃんだねぇ。
 だけどあたしゃ神なんて信じて無くてね。合理を突き詰めた先に、そんな不確定なもんは存在しないよ。
 奇跡なんてもんも、僧侶が使う呪文を、大仰に演出しただけのもんだろう?」
「それはまだ、貴女が気付いていないだけの話ですわ」
 うーん、しかしここまで明確に神様の存在を否定する人も珍しいかも。
 僕も不信心な方だと思うけど、居るとは思ってるもの。レイアムランドの巫女さん達も、そんな存在を匂わせてたし。
 大体、魔王なんて訳分からないものが出てきた訳だけど、あれが世界最高位の存在だとも思えないからね。バラモスが一番強いなら、人間なんてとっくの昔に全滅させられてると思うし、少なくてもこんな不心得者が幅を利かせる余裕なんて残してはくれないはずだよ。
「ま、そんな話はどうでもいいよ。あたしが、あんたらの説得に応じるような奴じゃないことは分かっただろう?
 今日のところは、大人しく帰んな。商売上の妨害だったら、幾らでも好きなようにやってくれ。出来るだけ、人の道を踏み外した外道な方法が良いねぇ。あたしゃ、それを全力で潰してやるよ」
 ここまで言われても、反論する材料を持ち合わせていなかった。そもそも、道を外れていると言っても、スピルには相応の覚悟がある。何とは無しにフラフラとここに来た僕とは、雲泥とも言える差があるんだろう。
 屈辱的な敗北感を胸に、僕達は一旦、宿へと戻ることにした。

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