邂逅輪廻



「……」
 女の子を追跡して、一刻は過ぎただろうか。何だか、同じところをひたすらグルグルと回っているっていうか、平たく纏めると道に迷ってるんじゃ――。
「相手を撒く時は、こう似た様な道筋を使って感覚を狂わせるのが基本ではあるよね」
「そこまでする子には見えないけど」
 シスの論理を受け入れる為には、あの眠っていた段階から計算ということになるんだけど、幾らなんでもそれは無いと思う。
「あ、またコケた」
「これで四回目だっけ?」
「五回目ですわ」
 何も無い、平坦な道で足を絡ませられるって、一種の才能なんじゃないかなって思わなくも無いよ。
「ん? 何かキョロキョロしてるよ」
「唇を読む限り、『ここ、どこ?』って言ってるみたいだけど」
「迷ってるのに、今気付いた訳?」
「いやー、あたし達を騙す為の演技かも知れないよ」
 シスはどうあっても女の子を謀略家にしたいみたいだけど、何か恨みでもあるのかな?
「と、誰か近付いてるよ」
 どうやら、ちょっとくらいは進展があるみたいだ。
「おぉ、ジュリ、こんなところに居たのか」
「父さんが居るっていうことは、ここはどこ?」
「ハハハ。相変わらずジュリは方向感覚と記憶力が大らかだなぁ」
 どうやら、女の子の名前はジュリというらしい。そしてあの熊みたいな中年男性が件の父さん、ね。
「しかし、普通、方向音痴ですぐ記憶が飛ぶ子に、あんな仕事を任すかなぁ?」
 何だか、色々と疑問が湧きすぎて、逆にどうでも良くなってきたよ。
「ヘイ、ボーイ」
 不意に、後から男性の声を知覚した。
「!?」
 幾らあの父娘に集中していたとはいえ、背後を取られるなんて余りに間が抜けている。反省と共に何歩か後ずさると、イヅナに手を掛け、声の発信源を視認した。
 年で言うと、三十前後といったところだろうか。逆立った短髪が特徴的で、僕より頭一つは大きい上背とその肉付きの良さから言って、相当の体力を持ち合わせているんだろう。何の意図で声を掛けてきたのか、目元から感情を読み取ろうにも、黒眼鏡が邪魔をして何も得ることが出来ない。
「……」
 あれ、何だかシスが、随分と緊迫した顔してる様な?
「こいつ、相当、ヤバいよ」
「どしたのさ」
 これだけ本気な目をしてるのって、姉さんとヤマタノオロチが居た火山洞窟に潜った時以来じゃなかろうか。
「あたしが、全く気配を感じなかった」
「はぁ?」
 シスの五感は、正直なところ人間を辞めている域なんだろうと思う。分かり易く言うと、野生の獣と同等というか、ヘタをすればそれ以上というか。
 そんなシスが、たかだか人間が歩いてくるのを認識出来ないだなんて、有り得ないことと言っていい。
「ハハハ、ドモドモ、驚かせてシマッタようだね」
 急に右手と口元を上げて、愛想よく振舞ってきた。な、何だこの人。気配が無いだけじゃ飽き足らずに、頭の方まで危ないの?
『ボミオス』
『ルカニ』
 困った時は、とりあえず戦力の弱体化が基本だ。僕とアクアさんで、素早さと守備力に枷を嵌めようと波状で呪文を掛けたんだけど――。
「効かない!?」
 敵を対象とした呪文が、結果として効果を及ぼさないことはよくある。でも、それはあくまで、精神力ではねのけたり、魔法障壁で押しのけられることが原因だ。
 だけど今のは、そのどちらでも無かった。まるで呪文そのものがすり抜けていくかの様な、そんな感触だ。
「ホッホッホー。無駄でございやーす。アッシは、只の人形ですかーら」
「は?」
 に、人形? いきなり、何の話なのさ。
「うりゃ!」
 不意に、シスが勢い良く振り返ると、斜め後ろに向けて鞭を振るった。
「おっとっと。威勢のいい嬢ちゃんだ」
 その先には件の熊面オヤジが――くっ、黒眼鏡に気を取らすぎて、こっちへの注意を怠った。
「こっちはちゃんと人間っぽい気配があるし、やりやすいなぁ」
 そこが重要なポイントだっていうのが、僕にはちょっと理解出来ない。
「まあ、待ちたまえ。私は、君達に敵対するものではない」
「はい?」
 そう言われても、完全に戦闘モードだし、張り詰めた糸は緩まない。
「ふぅむ、話し合いは無理か。ジュリ、頼むよ」
「ん、分かった」
 言って女の子は、杖を突き出してきた。
 呪文封じ!? いや、来ると分かってればそれなりに対応できるし、そもそも全戦力を無力化する訳じゃない――。
『ラリホー』
「な!?」
 想定とは外れた呪文が飛んできたことに、動揺の色を見せてしまう。
 この一瞬の心の隙を許してくれないのが呪文の厄介なところだ。ああ、何か頭がクラクラとして――。
「ギャ!?」
 いきなり背中に痛みを感じ、眠気が吹き飛んだ。どうやら、シスが鞭をぶち当てたみたい。
「寝ちゃいそうな時は、仲間割れが基本だよね」
 若干、言葉の使い方に間違いがあったけど、とりあえずはお礼を言っておくよ。
 唯、次があったらもうちょっと手加減して欲しいかな。鎖かたびら越しに、棘が突き刺さったみたいな衝撃があったよ。
「あれ、失敗?」
 女の子は、小首を傾げて今の状況を把握しようとしてるみたいだ。
 よくよく見てみれば、彼女が手にしている杖はマホトーンの時は違う。な、何本も持ってるなんてズルい。って言うか、次に何が飛び出してくるか分からないってことじゃない。
「良い連携だ。信頼関係というものを、感じ入らせてくれるな」
 そりゃまあ、何だかんだで一年以上、一緒に旅してるからね。
「その力を見込んで頼みがある。スピルを排除する為に手を組まないか」
「……」
 ん?
「えーと、質問が幾つか」
「構わないよ」
「あなた方は、旅の冒険者と、その女の子、ジュリちゃんに聞いているんですが」
 立場的に、僕達と似ていると言えば似ている。
「そして、スピルに仕事を請け負って、あのチンピラに加担した、とも」
「その認識で、合っているね」
 は、話が全く繋がらない。ジュリが言う通り、限りなく中立に近い立ち位置っていうのは辛うじて通らないことはない気もするけど、排除するって何さ。
「何はともあれ、ここは人目につきすぎる。河岸を変えないかね」
 何処か密室みたいなところで話をするっていうのは、こっちとしても乗りたいところではある。
 だけど、何も分からないまま敵の巣かも知れない所に乗り込める程、僕は自信家でも無い訳で。
「場所は、こっちが指定していい?」
「問題は無い」
 こうして、僕達は事情を掴み切れないまま、ジュリを含めた謎の一団と、会談をすることになったんだ。


「なんでぇ、てめぇら。数を倍に増やしてゾロゾロやってきやがって」
 この街に馴染みが無い僕達にとって、鍛冶屋バーネットは、それなりに安心して話せる数少ない場所なんだからしょうがないですよ。いや、ジョージさんのところでもいい気がするけど、商売の邪魔しちゃ悪いじゃない。
「ここなら、急な来客とか無いし便利なんだよねー」
 そして、僕が心の内に留めておいたことを、平然と口に出せるシスは只者じゃないと思う。
「それじゃ、自己紹介から。僕はこのパーティのリーダー、アレク。こっちの小柄な子が盗賊のシスで、美人の僧侶がアクアさん」
「むぅ」
 どうやら、アクアさんに余計な形容をしたことが、御立腹の原因みたいです。
「ついでに、このおじさんが快く場を提供してくれた鍛冶屋のバーネットさん」
「ついでだの、快くだの、失礼極まりないことを言ってんじゃねぇ!」
 他人の心理を読むことはそれなりに出来ますが、人を立てるのは苦手だったりします。
「俺はモロゾフ。一応は、リーダーになるんだろう。そしてこのチビが親代わりで養ってるジュリだ」
「ん、どうも」
 あ、父娘っていっても血が繋がってる訳じゃないんだね。似てないにも程があるから、気にはなっていたんだけど。
 まあ、話の本筋には全く関係ないし、わざわざ触れはしないけどさ。
「そして、この黒眼鏡が俺の人形、トーマスだ」
「ハハハ、ドモドモ」
 はい、第一の疑問点が出てきましたよ。
「人形って何ですか」
「さまよう鎧や爆弾岩というモンスターを知っているだろう? あれは上位魔族が、鎧や岩に魔力を籠めて自立した意志を持たせている訳だ。
 魔族に出来ることが、人間に出来ない訳が無いと思った俺は、造形師に精巧な人形を一つ作って貰って、魔力を吹き込んだんだ。
 尤も、試作段階の上、魔族程の魔力も持っていない訳だから、人間の様に明確な意志を持っているとは言い難いけどな」
「ゴキゲンよろしおすー」
 す、凄い発想だ。同時に、将来、この技術が確立されたら、お金持ちが擬似戦争で暇潰ししそうで怖いとか、飛躍したことを想像してしまう。
「道理で、気配が全く無い訳だよ。どっちかって言ったら、完全に物だもん、こいつ」
 そして、普通、気配って言ったら、物が動く様子を感じ取ることだと思うんだけど、シスの場合、生命反応を感知してる訳なの? 又一つ、知る必要があるのか怪しい情報が蓄積されてしまった。
「そう遠くない未来、女性に縁の無い方が、これで擬似的な彼女をお作りになる可能性はありますわね」
「それはそれでどうなんだろうなぁ」
 あれ、何の話だったっけ?
「大儲けの匂いがすることはさて置くとしまして、何でこんなものを仲間に?」
 もう、失礼だとかそういうことを真面目に考えるのはやめようと思うんだよ。
「世間は子連れ冒険者に厳しい。俺とジュリだけでは戦力としては足りないが、それを補う仲間も見付からず、言わば苦肉の策だ」
 そこまでして一緒に旅をしなくてもとは思うけど、他人の家庭の事情に口を突っ込めるほど偉くはないし、ここはぐっと飲み込んでおこう。あと、アクアさんの益体もない妄想が、必ずしも外れてない辺りが恐ろしいと思う。
「どうせだったら、女性型にして、お母さん代わりにすりゃ良かったのに」
 うちの女性陣は、思ったことをポンポカ口にするから、多分、僕より遥かに無礼だと思うんだ。
「うむ、それも考えた」
「考えたんですか!?」
「だが、前衛として盾となるのが役目になる為、断念した」
「痛い痛いデース」
 正直、もう、何が何だか良く分からない。
「一流の職人や芸術家が、全てを注ぎ込んで作った作品には魂が籠もるとは言うけどねぇ」
 魔力を使って、他人の造形物に意識に近いものを芽生えさせるっていうのはどうなんだろう。
 うーん、と言うか、思いっきり魔法業界の禁忌に触れてそうな……いや、世界情勢が世界情勢だし、こんな私的利用にまで目を光らせる余裕なんて無いんだけどさ。
「へん!」
 おっと、そしてここはその一流の職人さんの家でした。ちょっと軽率な発言だったかなとも思う。
「ところで、トーマスさんは強いんですか?」
 呪文が効かないのは利点だとも思ったけど、良く良く考えてみれば補助呪文が無効化されるだけで、直接攻撃呪文には格好の的なんじゃ。
「耐久性に掛けては、一級の戦士に匹敵するものがあるな。問題は回復呪文が効かず、自然治癒も望めないところだ」
 考えてみれば、ある程度、戦闘を行う度に、モロゾフさんが夜な夜なトーマスさんを修復してることになるのか。想像しなければ良かったとも思うよ。
「スピルを排除せねばならんのは、そこに理由がある」
 え、この話、そこに繋がる訳?
「トーマスはこれで、一部が特殊な造りになっていてな。その素材をスピルが買い占めているらしいんだ」
「あ、そういうことですか」
 成程、只の旅人が何で首を突っ込むのかと思ったけど、そういうことなら納得出来る。正直、義憤とか、正義の為とか言い出す方が信用出来ない辺り、僕も勇者の適性が無いと思う。
「それで、スピルに近付いて、僕達の情報も得た、と」
 この話を信用するとすると、やっぱり既にスピルは僕達の動向に気付いてるんだなぁ。案外、この会話も、聞かれてたりして。
「バーネットさん、密偵だったりしません?」
「そいつぁ、小説でもお目にかかれねぇドンデン返しって奴だな」
 一応、万一の可能性を鑑みて鎌をかけてみたんだけど、反応が薄いね。まあ、本物の密偵ならこんなことくらいで動揺なんてしない気もするし、あんま意味無かったかも。
「本気で白黒付けたいんなら、知ってる限りの責め苦を試してもいーけど?」
「ダメだよ。お年寄りは衝撃に耐性が無いんだから、加減を間違えてポックリ逝っちゃうかも」
「そっかなー。色々と鈍いんだから、痛みも大分経ってから気付くんじゃないの?」
「てめぇら、ちったぁ、年寄りを労りやがれ!」
 うん、何だか、このノリで、いつもの調子が戻ってきた気がするよ。
「それじゃ、スピルについて知ってる情報をキリキリ吐いて下さい。そちらから振ってきた話なんですから、当然の理屈ですよね」
「中々、いい度胸をしているな」
「わたくし達の、リーダーですもの」
 いやぁ、僕の根性なんて、アクアさんの心胆に比べれば、グリズリーに対する一角兎みたいなものですから。
「だが、筋は通っているな。良いだろう、俺達が持つものを、全て分け与えてくれる」
 話の通りが良い人って、嫌いじゃないよ。
「スピルは、この街の何処かに居る!!」
「……」
「……」
「……」
 え、僕の耳が誤作動を起こした訳じゃないよね?
「そのくらいのこと、あたし達でも知ってるんだけど」
「奇遇だな、俺達もそれしか知らん」
 何だろう、このどうしようもないまでの遣る瀬無さ。人間、期待をするからこそ落胆もするって真理を見た気がするよ。
「父さんは、たまに大袈裟」
 大袈裟って言うか、無闇とノリが良いって言うか。
「何しろ、俺達が会ったってのは、間違いなく影武者だからな。ジュリに理解させるのは手間が掛かり過ぎると思って、本人だってことにしておいたが」
「うん、うっすらとは、把握」
 しかしジュリの周囲だけ、何か時間の流れが違うみたいにのんびりとしてるよなぁ。
「で、結局、何の進展も無かった訳だけど」
 どうしよう。この人達と絡めば、何か突破口の糸口くらいは見えると思ってたのに、世の中は甘くないよね。
「いやいや、そうでもない」
「と言いますと?」
 モロゾフさんの物言いに、何やら含みを感じたんだけど――。
「この街に、スピルの手下は山の様に居る。そいつらを片っ端から薙ぎ倒していけばいずれ幹部級に相対するか、重要な情報を持つ奴に会えるに違いない。
 俺達三人では厳しいが、六人で効率的に叩きのめせば――」
「それは、下策の中でも、更に最下層に位置するものです」
 何かと思ったら、とんでもない力押しが提案されたものだ。敵の本拠地で、相手の正確な数も分からないってのに、無茶にも程がある。
 大体、仮にも人の親として、娘をそんな危険な策に乗っけようという神経が今一つ分からない。
「それじゃ、僕達はこの近くの宿屋に泊まってますから、何かあったら又どうぞ」
 何か良い情報でも持ってればジョージさん達に引き合わせるというのも選択肢にあったんだけど、これじゃどうにもなりそうもない。ここは、適当にお茶を濁してお引き取り頂こう。
「で、何でついてくるんですか」
 バーネットさんの店を出てからも僕達に随行する三人に、そう問い掛けた。
「いや、今晩の宿をまだ決めていなくてな。折角だから、同じ宿を利用しようかなと」
 何だろう、この、人気の玩具に、誰も欲しがらないものも抱き合わせで売る商売みたいな話。
 どうして僕には変な人ばっかり寄ってくるのか。日頃の行いは良いはずなのに、不思議な話もあったものだよね。

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