邂逅輪廻



「今更だけど、本当に貰っちゃって良かったのかな?」
 店を出て小半刻くらい町を散策した末に、本当に今更な疑問を口にした。
「いーんじゃないのー。剣なんて換金しないなら使ってナンボなんだし。
 剣の方だって、あんなじーさんより、アレクみたいな若者の方が良いって思ってるだろうしさ」
 シスって時たま、発想がオヤジ化することがあって困るよね。
「良き剣は良き鞘を選び、良き僧衣は良き僧を選ぶという言葉もありますわ。きっとイヅナも、アレクさんに出会う時を待っていたのではと思いますの」
 何かこう言われるとアクアさんがちゃんと聖職者に見える辺り、人間って不思議だよね。
「やいやいやい、てめーら」
 不意に、声を掛けられた。
「えーと、どちら様ですか?」
 声の方向を向いてみると、品の良くない青年が二名――あれ、何処かで会ったことあったっけ?
「てめぇ! ジョージの店でのされたのは昨日の話だぞ!」
「ああ、すいません。町のチンピラとか、山賊、海賊の類は、似た様なのが多すぎて、顔を憶えるのを諦めてるもので。
 ほら。頭の容量の無駄遣いじゃないですか」
「こいつ……とぼけた顔のくせに、とんでもなく口が悪いぞ」
 良く言われますけど、気にしないことにしたのです。
「それで、今日は御礼参りですか」
 はぁ、あんだけ実力差見せておいて、掛かってくるなんて、これだから程度の低い人達は困るなぁ。
 いや、僕達がバラモス倒そうとしてるのも、似た様な無謀っぷりって感じもするんだけどさ。
『マホトーン』
「んあ?」
 不意に、呪文を封じ込められた。
 な、何だ? こいつらにそんな真っ当な知性があるとは思えないし、大体、奴らより後ろから――。
「へっへっへ。昨日、てめぇにやられたのは、猪口才な強化呪文のせいよ。純粋な体力勝負なら、ガキ一人と女二人に遅れをとる俺達じゃねぇ」
 身体的な強さなら、僕よりシスやアクアさんの方が上かも知れないって言うべきかなとも思ったけど、面倒だからやめておいた。
「ま、何でも良いや。ほら、掛かってきてよ」
 世の中、話せば分かるなんて能天気なことを言う人も居るけど、僕の考えはちょっと違う。と言うか、話して分かる相手の方が少ないんだから、そういう時は力で圧倒した方が手っ取り早い。
「舐めんなよ!」
 良い剣は、場合に依ってはその持ち主よりも的確に戦いの場を心得てる様な気がした。
 僕がその空気を理解するよりも早く、僕の右手はイヅナを引き抜いていて――電光石火の様な一閃を、襲い掛かってくる二人に浴びせていた。
「……」
「……」
 時が止まったかの様な沈黙と硬直が場を支配した。
 一振りで、空間さえも変質させるような威圧感。軽々に力を誇示することすら躊躇われ、ある種の畏怖さえ覚える程だった。
「てめぇ……一体、何をしやがった」
 全身を固まらせたまま、チンピラの片割れがそう口にした。
「安心して。痛みを感じないまま四肢を切り落としたりなんてしてないから」
「んな真似、人間に出来てたまるか!」
 そうかなぁ。トウカ姉さんクラスなら、割とあっさりやりそうな気もするけど。
「今の僕に出来るのは、これくらいだよ」
 一陣の風が、舞い込んだ。
 ふわりとマントがたなびくと共に、チンピラ達のズボンがパラリと地面に落ちる。そう、僕は今の一撃で腰紐を切り落として、留めボタンを弾き飛ばしたんだ。
 劇なんかで良く見る演出だから一度やってみたかったんだけど、本当に出来るとは思わなかったなぁ。出来ると確信したから、身体が勝手に動いたんだろうけどさ。
「しっかし甘いよねぇ。折角だから下着の紐も切っちゃえば、晒し者に出来たのに」
 はい、シス。年頃の女の子がそんなはしたないこと言っちゃいけません。
「まだやる? まあ、次はあの子が言った様に、本当に下着までずり落とすことになると思うけど」
「ち、ちくしょー! 憶えてやがれよー!」
「大丈夫、大丈夫。あんた達が視界から消えたら、綺麗さっぱり忘れる自信があるから」
 片手でズボンを抑えつつ、不恰好に走り去ろうとするチンピラ達にそんな声を掛けておいた。あ、片一方が裾踏んで転びかけた。
「何か、昔読んだ小説だかで、毎回、特に理由もなく襲ってくる小物達が居たのを思い出したよ」
 イヅナを腰の鞘に収めつつ、そんなことを口にした。そう言えば、今のがこの剣にとっての初陣になっちゃった訳だけど、そういう意味ではどうだったんだろうね。
「あれ、何か忘れてない?」
 新たな相棒の素晴らしさに意識がいっちゃったけど、何か予定調和から外れる出来事があったような?
「ひょっとして、魔法封じのこと? あたしにゃ、全く関係無いけどさ」
「あ、そうそう」
 正直、あの程度の相手だと呪文なんて無くても勝てるから、すっかり忘れてたよ。
「結局、あのマホトーンは何処から――」
 砂埃が舞って視界が遮られているけど、一目見渡すだけで発信源は知覚出来た。近場の露店の横で、杖を持ったまま立ち尽くしている子供がそれだろう。麻製と思しきマントと一体化したフードで顔が隠れている為に、細かい年齢や風体は判別出来ない。
「どう、思う?」
「んー。たしかにあいつらが逃げた後も残ってるのはおかしいよねぇ」
「でもこっちを攻撃する気なら、援護で色々呪文を使ってきたはずだよね」
 マホトーンで僕とアクアさんの呪文を封じたっきり、何もしないでそこに残ってるとか不自然極まりない。
「こういった時は、深く考えた方が負けですわよ」
 言って、スタスタと例の子供に向かっていくアクアさん。何と言うか、神経の質からして僕とは違うんじゃないかって思えてくるよ。
「……」
 手を伸ばせば届くんじゃないかっていう距離まで近寄っても、その子供は身動き一つしなかった。もしかして強力な呪文を撃とうとしてるんじゃないかと警戒したけど、魔力の波動を感じず、呪文の詠唱も聞こえないから、考えすぎだと判断する。
「ん? この子が持ってる杖――」
「シス、何か知ってるの?」
「あんま世間には流通してない型で、変な力があるかも。さっきの魔法封じって、これの力じゃないかな」
 しかしこの子は、どうしてそういうのが分かるんだろうか。
「ってことは、ひょっとして警戒する必要全く無いってこと?」
「さー? 子供と見せかけて、実は只の小男で、暗殺拳法を極めてる可能性もある訳だし」
 そこまで能力のある人間だったら、あんなチンピラの手駒にはならないし、大体、白昼堂々、襲撃もしてこないと思う。
「んーと」
 前かがみになって、フードの中を覗き込んでみる。女の子、なのかな。多分、トヨ様と同年代なんだろうけど、あれくらいはっきり女装束を纏ってる人ならともかく、面立ちだけで性別を判断するのは難しい年頃――。
「くーくー」
「……」
 今、何か不穏当な声が聞こえなかった?
「ひょっとして、寝ておりますの?」
「あんまり認めたくないんだけど、どうもそうみたい」
 この子も、アクアさんみたいに神経が人とは掛け離れてるんだろうなぁ。
「もしもーし、朝ですよー」
「……おはよう、ございます」
 あ、声から察するに、完全に女の子だね。女声の少年の可能性も無い訳じゃないけど、キリがないし女の子ってことにしちゃおうよ。
「ここ、どこ?」
「……」
 女の子は、キョロキョロと周囲を見回しながら、そんなことを口にした。
 何だろう、この霧を相手に剣を振るってるみたいな徒労感。まるで、アクアさんを相手にしてるみたいだよ。
「えーと、君はどうしてあの男達の手伝いをしたのかな?」
「……」
 数拍の間の後、ようやく現状について合点がいったのか、ちょっと驚いたみたいな表情を作った。
 つ、疲れる。まさか、このテンポでしか話せないなんて言い出したりしないよね。
「頼まれた、から」
「僕達の呪文を封じるのを?」
「街を荒らす、悪者だって」
 ビシッと、僕達に指を突き付けて、そう断言した。
 成程、素性は分からないけど、騙されて来た訳ね。善悪を語るなんておこがましいことはしたくないけど、少なくてもあんな分り易い男達の言い分を信じるって、無垢というか、何というか。
「あのね、僕達は流れの旅人で、そんな大それたものじゃないから」
 逆に考えれば、そんな大物に見えるってことなのかも知れないけどさ。
「スピルも、そう言ってた」
「……」
 あれ、何か聞き流せない単語があった様な。
「スピルって、あのスピル?」
「どのスピルのことを言っているかは知らないけど、この街で一番有名なスピル」
 わーお。何だか知らないけど、ことの核心に近付いて来た気がしますよ。
「あいつらがスピル系グループの末端なのは明白だったけど、下っ端すぎて何も知らないだろうから捨て置いてたんだけどなぁ」
 世の中、何処に何が繋がってるか分からないものだと思う。
「それで、君はそのスピルとどういう関係の訳?」
 直接会ったことがあるみたいだし、ここは聞けるだけ聞いておかないと。
「さぁ?」
「さぁ、って」
 あれ、何だかちょっと風向きが悪くなってきた気がしますよ。
「私は父さんと一緒にその場に居て、頼まれただけ」
「スピルの、年齢や容姿は?」
 せめて、そのくらいの糸口は欲しい。
「覆面をして、お付きの人を介して喋ってたから、何とも」
 幾ら有名人だからって、そんな胡散臭い人を信じるかね、普通。やっぱりこの子、相当のレベルの純粋さだ。
「トヨ様と友達になって貰いたいよね。ほら、年も殆ど一緒みたいだし」
 意地の悪い見方をすれば捻くれ人間の極地であるトヨ様と、素直を極めたみたいなこの子がどんな会話をするのか、ちょっと聞いてみたい。
「で、任務が失敗して、どうして逃げない訳?」
 と言うか、うたた寝とはいえ寝付くとか、選択肢としてありえない。
「若干の、誤解が」
「ん?」
「私が頼まれたのは、呪文を封じることだけ」
 つまり、一仕事して、脱力感でちょっと寝入ったのが正しい、と?
 いや、この手のお仕事は、安全地帯まで逃げきって完了の様な。微妙に、定義に行き違いがある気がしないでもない。
「はぁ、どうしようか」
 何かもう、完全にだれちゃったなぁ。多分、この子は本当にこれ以上のことは知らないだろうし、無理矢理聞き出そうとするのもねぇ。見返りと周囲の視線を秤に掛けたら、現状維持を選択しちゃうよ。
「ところで、君のお父さんって何してる人?」
 とは言え、ここだけは抑えておこう。ひょっとしたら、スピルに近しい人だったりするかも知れないし。
「あなた達と同じ、旅の冒険者」
 うーん、結局、日銭を稼ぐ為に雇われたってだけかな。となると、この子が会ったスピルが本物かも分かったものじゃないよね。影武者の一人や二人、居そうな感じだし。
「分かった、じゃあこれで帰っていいよ」
「ん、それじゃ」
 言って女の子はトテトテと歩き去っていった。何て言うか、普通に出会ったならすぐにでも友達になれたんだけどね。今回はちょっと、利用させて貰おうかな。
「んで、追う訳だね」
「そうそう」
 勘が良さそうな相手ならシス一人で尾行して貰った方が安全だけど、あの子なら三人でも大丈夫だよね。
「悪い男だよねー。あんな小さな子でも、容赦なく弄んで利用するだなんて」
 何だか、えらく酷い言われようだけど、気にしないよ、うん。

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