邂逅輪廻



「御飯、御飯、御飯が美味しい〜♪」
「いつものことだけど、テンション高いよね」
 それにしても、朝食を口にしながら変な歌も同時に発するシスは器用だよね。
「そういえば、シスって盗賊ってことになってるよね?」
「その言い方は心外だなぁ。あたしは、正真正銘、純血の盗賊だってば」
「色々と、恨みも買ってる立場のはずなんだよ」
「悪い奴からしか盗らないから、むしろ勲章だけどね〜」
「いや、考えように依ってはいつ毒を盛られてもおかしくないのに、よくパクパク食べられるなーって思ってさ」
 食事を運ぶ手がピタリと止まったのは、ちょっと面白かったりする。
「だ、大丈夫、大丈夫。あたしの所属はアリアハンギルドだよ? こんな遠くまで刺客はやってこないでしょ」
「それって、世界的義賊だって標榜してるシス自身と矛盾しない?」
「むぅ」
 たまには、シスをいじっておちょくるのも楽しいかなって思わなくもない。
「経口系の毒に、毒消し草って効いたっけ?」
「僕が知る限り、大体の毒には対応してた気がするけど」
 よくよく考えてみたら、それも凄い話だよね。バブルスライムだろうと、ポイズントードだろうが、腐った死体だろうが効果を発揮するって、キメラの翼並にとんでもない発明品だと思う。それが安価で市場に流通するって、先人は偉大だなぁ。
「毒消し草とキアリーって、どっちが先に開発されたんだっけ?」
「正確には、把握しておりませんわ」
「どっちも無かった頃って、バブルスライムなんかでも相当の脅威だったんだろうね。世に出回った時は、相当、時代の変化を感じたんじゃないかなぁ」
 あれ、何の話だっけ?
「そういった生活に密着した必需品の値を釣り上げようとしている方々を許す訳にはいかないという話ですのね?」
「うん、いや、まー、そういうことで」
 うまいこと話を繋げてくれたアクアさんに、ちょっと感謝することにして。
「具体的に、何をしようか?」
 繰り返すけど、この町には何万人といった人が居る。しかもクワットさん並の情報収集力を持っていると仮定すると、下手な動きを見せればすぐさま相手に伝わることだろう。ってか、既にバレてるかも知れないのに、こっちは何の情報も無いとか、悪条件にも程がある。
「もう、いっそやるだけやったことにしてゴメンナサイしようか?」
 世界経済の危機も大事だけど、そこはクワットさん辺りの専門家に任せるのが筋じゃないかなぁ。そりゃ、出来ることなら何とかしたいけど、下手な期待を持たせるのも残酷な気もするんだよ。
「一度引き受けた以上、やることはちゃんとやるのが筋ですわよ」
「やっぱりそうですよねー」
 何だか、わざわざたしなめられる為にやる気の無さを出した様な。
 ま、男の子って、そういうところがあったりするよね?


「ふぅん、スピル、なぁ。そんな奴が居やがるたぁ、末世って奴は嫌だねぇ」
 とりあえず僕達は、数少ない顔見知りであるバーネットさんの所にお邪魔していた。
 どうやら、殆ど寝ていないみたいで、目の下にくっきりと隈なんか作っている。年が年なんだから無理しないで欲しいんだけど、止めるのは無理なんだろうなぁ。
「何か、手掛かりになりそうなこと、知りませんかね」
「さぁてなぁ。商工会には付き合い程度にしか顔を出さねぇから、そういった世情はちと分からん」
 僕が言って良いものか分かりませんけど、もう少し目の前の仕事以外のことも考えた方が良いですよ。
「まあ、最初からそんな当てにはしてませんでしたから」
「連日おちょくりに来るたぁ、いい度胸だ」
 何と言うか、僕なりの親愛の情のつもりなんだけど、理解はされないだろうなぁ。
「と言いますか、今のは只の枕でして」
「あぁん?」
「今日は、バーネットさんが作った剣を見てみたいなぁって思いまして」
 ジョージさんの所を含めて何件か武器屋を回ってみて、それなりの品は幾つかあったんだけど、どれも決め手に欠けていた。折角だから、どの程度の腕か拝見させて貰えればと思った訳で。
「てめぇに、剣の良し悪しが分かんのか?」
「良し悪しを論ずるのはおこがましいことだと思いますが、好き嫌いなら言えます」
 医者とかもそうだけど、結局、僕みたいな一般人にとって信頼の原点って、好みのレベルの問題だと思うんだよね。シスやアクアさんと旅立ったのだって、そこが出発点だし。
「正直な奴だ」
 言ってバーネットさんは、近くの麻袋から小剣を五本引き抜くと、玄関の土間に突き立てた。
「俺はどうにも商売には徹しきれねぇ性格でな。四十年の職人生活で何本か作れた会心の作は卸しもしねぇで、こうして手元に置いてある」
「もしかして、譲って貰えるんですか?」
「話は最後まで聞け」
 はい、ごめんなさい。先読みしすぎるのが僕の悪いところです。
「こいつの中から、てめぇが一番、好きな剣を選びな。それが俺と一致したらくれてやる。
 但し、助言は無しだ。何だか知らねぇが、そっちの嬢ちゃんからは碌な気配がしやがらねぇ」
「ん?」
 職人道を歩いていると、シスみたいな訳分からない嗅覚を持った人を見抜けるようになるのかしら。まあ、最初から自分で選ぶつもりだったから、別にどうでも良いんだけどさ。
「じゃ、失礼して」
 膝を折ってしゃがみこんで、順に流し見た。一見した限り、どれもかなり良い剣だ。爪に軽く触れただけで薄く削ぎ取れる刃の鋭さと、生半可な衝撃では折れそうもない強靭な刀身。成程、これを会心の作って言うバーネットさんの話は、正しいみたいだね。
「――」
 次いで、左端の一本を引き抜くと、横薙ぎに振るってみる。
 ヒュン。
 風切り音が、耳に届いた。
 うわ、これ、本当に上等な剣だ。初めて手にしたっていうのに、長年慣れ親しんだあの鋳型の剣くらい違和感無く振るうことが出来てるし。
 続け様に、二本目、三本目も同じ様に扱ってみたけど、感想は似た様なものだった。バーネットさん、本当、商売を抜きにすれば良い職人なんだなぁ。世の中、どれだけ埋もれた人材が居るのかと、ちょっとだけ壮大なことを考えてみる。
「で、と」
 四本目の柄を握った瞬間、今までにない感覚が全身を走り抜けた。
 今の、何? まるで身体の器官が一つ増えたみたいだ。切っ先に触れる空気の流れを、指に感じることが出来る。剣を本格的に習い始めて三年以上経つけど、こんなことは今までに無かった。
「はぁ……はぁ……」
 気分の高揚が、吐息に漏れる。や、ヤバいって。これじゃ只の危ない人だよ。
 湧き上がってきた感情を無理矢理に理性で抑え込むと、五本目に手を掛ける。これも悪くない剣だ。だけど四本目の衝撃の強さのせいか、物足りなさを覚えて、すぐさま地面に戻してしまう。
「聞くまでもねぇかも知れねぇが、どれが一番気に入った?」
「この、四本目の、です」
 今までの僕にとって、剣っていうのは最低限の護身具に近かったはずだ。だけど、この剣は違う。剣士として未知の領域に運んでくれそうな、そんな印象さえ受けた。
「これは一体、何なんですか? 明らかに、他の四本とは違いますよね?」
 思ったことを素直に口にしていた。たしか剣の好みが合致したら譲ってくれるって話だった気もするけど、そんなことはどうでもいい。唯、この剣の素性を知りたかった。
「そいつぁ、俺の師匠が作ったもんだ」
「は?」
 只今、状況を整理中――。
「何て面してやがる。全部、俺が作っただなんて言った憶えはねぇぞ」
 せ、セコイ。頑固な職人がこんな引っ掛けをするだなんて、もう、誰も信じられなくなるよ。
「そいつは、『イヅナ』と言って、形見分けで貰ったもんだ。俺の職人としての半生は、そいつを超える為のものだったと言っていいだろうよ。
 だが、自信作と思っている四本の剣でさえ、遠く及ばねぇ。てめぇみたいなヒョロガキに、一発で見破られるほどにな」
「シス、そんなに違う?」
 自分の感覚を信じきれない辺り、僕ってとことん小市民だなぁって思うよ。
「聞かれなかったから言わなかったけどねー。平たく言って国宝級だと思うよ。このじーさんが悪い奴だったら、間違いなく盗もうって思うくらい」
 さらりと、酷い発言が混じってるけど、ここは軽く聞き流すことにして。
「時たま思うんだ。一生を費やし、積み重ねてきた技工の全てを注ぎ込んでも超えられない壁がある。生きるってのは、こんなもんなのかねぇ」
 うーん。こんな重い話題を振られるとは思ってなかったから、どう返して良いか分からないや。
「別にいーんじゃないの。そりゃ、市場的な価値とか、武器としての値打ちで見りゃ勝ち目無いかもしんないけどさ。じーさんにしてみれば大事な生きた証でしょ?」
 し、シスが人をフォローしてるとか、明日は天変地異でも起こるんじゃなかろうか。
「へんっ! こんな嬢ちゃんに励まされるたぁ、俺も耄碌したかね」
 弱音を漏らしておいてその言い草もどうなんだろうと思ったけど、名誉の為に黙っておいてあげようと思うんだ。
「だが、その理屈も一理ある。何処まで行っても、俺は俺。誰かの代わりにゃ、なれねぇってことか」
 言葉が、心に突き刺さった。
 僕は勇者の代わりとして、故郷を旅立たされた。トヨ様に言われた通り、今でも尚、兄さんを超えることは難しいという引け目も感じている。それでも、僕は僕なりに勇者としてやっていくと決めたんだから、この道を歩き続けるしかない。
「『イヅナ』は、持っていきな」
「へ?」
 この、予想してない展開があると頓狂な声を漏らしてしまう癖を治したいです。
「言っただろう? てめぇと俺の好みが一致したらくれてやるってな。
 何だかんだ言って、俺の半生はそいつと一緒にあったんだ。もう、カミさんみてぇなもんだよ」
「いやいや、そんな素性だったら、簡単には受け取れませんって。しかも師匠の形見とか、何ですか、その重さ」
「くれるというのであれば、断らないのも礼儀というものですわよ」
 流石は一般的な常識を全て打ち砕く破戒僧のアクアさん。普通、ここは立場上、止める局面でしょうが。
「良いんだよ。今までの俺は、ちと師匠とイヅナに拘りすぎてた。齢六十を間近で伸び代があるとしたら、そいつらから離れたところでしか有り得ねぇ」
「な、成程」
 何となく、勢いに押されて納得した様な気分になっていた。だけど頭の中はこの剣が自分のものになるという事実で混乱していて――次の言葉を構築することが出来なかった。
「で、では、ありがたく頂戴させて頂きます。今はどういった形が適切か分かりませんので、御礼は後日ということで」
 もう完全に事態を飲みきれなくて、何を言っているかも良く分かってないよ。
「ああ、そこら辺は、適当にやってくれ」
 言って、バーネットさんは中途になっていた鞘作りを再開する。
 邪魔をしてはいけないかなという建前と、どうしたものか分からない本音が交錯して、僕達はとりあえず一礼だけして、鍛冶屋バーネットを後にしたんだ。

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