「ここで、合ってるよね?」 武器屋のジョージさんに教えて貰った場所にあったのは、想像していたより遥かにオンボロのあばら屋だった。正直、看板があるとか関係なく、営業してることさえ信じないレベルだと思う。 「何言っちゃってるかなぁ。こういう店の造りを拘らないとこ程、良い職人が居るってもんじゃない」 「シスのその論理に騙されて、何度、絶妙に微妙な味の定食屋に入ったか分からないけどね」 単に流行ってなくて改装費用も出せないだけだって可能性も、視野に入れておくことにしよう。 「と言いますか、この町が発展しだしたのは、ここ十年程の話ではありませんでしたの?」 「ん?」 あ、あれ、言われてみれば、勘定が全然合わない様な。 「最初から、このボロ屋を建てたってこと?」 「そんな人は居ないでしょ」 「いやー、世の中、色んな趣味の人が居るからねー。廃屋好きを極めちゃって、こういうところに住みたくなっちゃったとか。或いはあたしの同業に入られないように、カモフラージュで住んでるとか」 「あー、でもお金を持ってるのに、狙われない為に質素な生活してる人って、結構、居るって言うしね」 「おめぇら! 人の店の前で、何好き放題言ってやがる!」 当然と言えば当然だけど、店内から怒られちゃったよ。 「あ、どうも。ジョージさんの紹介で来ました。鍛冶職人のバーネットさんは御在宅でしょうか」 僕達は扉を開けて玄関に入ると、そう問い掛けた。中には全身に筋肉のついた無骨な男の人が一人、鎚を手にして座っている。年齢で言えば恐らく初老なんだろうけど、全てを威圧しそうな眼差しの迫力は、下の世代と比べても遜色あるものじゃなかった。 「カミさんも助手も無しに一人でやってるんだ。俺がバーネットじゃなきゃ誰だってんだ」 「はい、その件についても既に伺っております」 「おちょくりに来やがったのか、このガキャァ!」 いや、そんなつもりは無いんだけど、何となく話の流れで言わなきゃダメかなぁって。 「それで、この剣の整備と鞘作りをお願いしたいんですけど」 話の流れを敢えて叩き折って、テキパキと兄さんの剣を差し出した。 「そんだけ好き放題言っておいて、よく何事も無かったように続けられるな」 「世の中、商売の話には私情を挟まないのが一番です」 親指を立てて、軽い感じで同意を求めてみた。最近、勇者とか関係なく間違った方向に器が大きくなってる気がしないでもない。 「ふぅん、たしかに如何に腕があろうとも、情に溺れすぎれば商売は失敗する。ガキのくせに、少しは分かってやがるな」 そして、何故だか微妙に賛同頂けたよ。正直、ちょっと想定外だったりするんだけど。 「まあ、その剣に免じて、暴言と放言は許してやる。名剣を目にするってのは、職人にとって血がたぎることなんでな」 あー、ちょっと分かるかも。僕も魔法使い分が多いけど、他人が高等呪文を使ってるのを見るとワクワクしたりするもの。 「お、こいつぁ、ジパング製だな?」 バーネットさんは、刀身に巻かれた白布をスルスルと巻き取ると、そんな言葉を口にした。 「分かりますか」 「職人舐めんなよ、と言いたいところだが、何のこたぁねぇ。俺は若い頃、ジパングで修行したことがあってな。分かって当然さな」 成程、姉さんが言ってた通り、ジパングって鍛冶職人のレベルが高くて、聖地みたいな存在なのか。 ジパングでは、この剣を作った職人が消息不明で世話になれなかったけど、これだけ離れた地でその流れを組む人に会うなんて、人生ってのは奇縁で出来てるんだねぇ。 「刀身が曇り一つねぇってのは流石と言いたいところだが、柄の部分がちょっと緩んでやがるな。下手な使い手が、変な振り回し方でもしやがったか」 うぐっ、そ、それってもしかしなくても僕のせいですか。 うん、いや、まー、兄さんがヤマタノオロチの首を叩き切った時かも知れないし、犯人探しはやめておこうよ。 「まあ、そっちはすぐにでも直せるが、問題は鞘の方だな。ちょいと時間が掛かるぞ」 「どのくらいです?」 「二日か三日ってところか。何しろ、刀身が規格に収まらねぇ大きさと形だ」 「それくらいなら別に」 正直、三ヶ月と言われたらどうしようとか、ちょっと思ってたりしてたんだよ。 「よぉし、となりゃあ、この剣を作った職人との魂の大勝負だ。 うふぅ、血が燃えてきやがったぜ」 「え、いや、その前に、お代についての話なんかは――」 「あぁん? んなもんは終わった後で良いだろうが。邪魔すんじゃねぇ、ここからは、職人にしか分からねぇ領域だ」 よ、良く分かった。この人、腕はあるのに商売を度外視しちゃう典型的なタイプだ。そりゃ、お金が無くなってこんな酷いボロ屋でやるしかなくなっちゃうよ。 考えように依っては、僕達にとって都合が良いとも言えるんだけどね。 「良く来てくれたね」 日没から数刻が経った約束の時間、僕達はジョージさんが指定した宿屋の一室に足を踏み入れた。 「何だか、ややこしいことになってるみたいですしね」 世の全ての揉め事を解決するだけの器量は無いけど、せめて目についたことくらいは首を突っ込んで努力しようっていうのが、今の僕の目標だ。 「こちらが、私達、反スピルグループを取り仕切っているゴール氏だ。 そしてゴールさん、こちらが勇者アレクさんとそのお仲間です」 ジョージさんが間に入って、互いを紹介してくれた。 「聞けば、この世界が窮する中、全ての無益な紛争を排除する為、世界を回っておられるとか。その高い志、このゴール、感服致しております」 え、えー。ここまで持ち上げられると、流石に居心地が悪くなるんですけど。 「とりあえず、お話を伺います」 室内に据えられた円卓は、五人が掛けても尚、余裕がある程の大きさを持っていた。 この、一見すると雑貨屋のおじさんにしか見えない小男のゴールさんだけど、これだけの経済都市で一翼を担っている以上、それなりの肩書きを持ってるんだろうね。 「失礼。私の商売を説明しておりませんでしたね。この近くで、小さな雑貨店を営んでおります」 「……」 あれ? 「えー、それは町内各地に、何十店舗とかいう規模で――」 「いえ、一店舗だけですが?」 何だか、話が一気に矮小化しそうな、そんな切ない予感がひしひしとしてきたんですが。 「そんな小さな商売を営む私達ですが、奴らのやろうとしていることを見逃す訳にはいかないのです!」 ドン、と、ゴールさんは円卓を叩いて怒りを露にした。 「えー、ちょっと話の全体像が見えてこないんで、順番に説明して貰っても良いですか?」 町の小さな個人商店から世界経済の危機まで持っていくのは、僕の乏しい想像力じゃ難しすぎる。 「おっと失礼しました。では基本的なところからいきましょう。 物の値段というのは、どの様に決まっているか御存知ですか?」 「は?」 右端から一気に左端に振り回されるかの様な心情風景を反映して、頓狂な声が漏れたりもするよ、そりゃ。 「原価があって、それに携わった人の取り分を加味して決まるんじゃないですか?」 人手と手間が掛かったり、高い技術が要求されたりすれば、値段が釣り上がっていくのは自明の話だと思う。バーネットさんみたいに、自分で腕の値段を下げちゃう人も居る訳だけど。 「たしかに、それも一つ。ですがもう一つ、需要と供給が折り合う線というのも、大事な話です」 「えー、と」 何でクワットさんの時といい、僕はこう、商売の基本を教えられる立場に立たされるんだろうか。これが運命だとしても、何か認めたくない気分だよ。 「分かり易い例は、宝石でしょうか」 「宝石?」 はい、シス。光り物に対して、そう露骨に反応しないこと。 「この様に、宝石とは世の中の多くの人が興味を示すものです。ですが一部の魔力を帯びたものを除き、大多数の宝石は生活する上に於いて何の役にも立ちません。極端なことを言えば、その辺に転がっている石コロと何ら変わらないとも言えるでしょう」 「求める人が居るから、値段も上がるって話ですか?」 「そうですね。逆にありふれて誰も欲しがらないものは、値段がつくことさえない訳です」 あー、そういえばどっかで、そんな話を聞いたことがある気もする。 「そして巨大な宝石の様に、存在が稀少であれば、更に高騰します」 「それが需要と供給の折り合い、ですか」 欲しがる人の数と、売ることが出来る量のバランスで値段が決まるのか。たしかに、薬草とか凄く有用で、たくさんの人が使ってるけど、そこいらの野草で調合できるから安値で取引されてるよね。 「ん?」 あれ、何かがすごーく引っ掛かってるんですけど。 「ねぇ、ひょっとしてだけどさ。それって、売る方が出し渋れば、勝手にドンドン値段が上がってくってこと?」 あ――。 「御明察の通りです。ですが現実的に小規模でこれをやろうとしても、他の商業グループが手を出して失敗に終わるでしょう。 しかし、仮にこれを全世界規模、つまりは供給元を抑えてしまえばどうなるか」 「もしかしなくても、最近のキメラの翼の高騰って……」 「残念ながら、ここ、ハン・バークが震源です」 ああ、まさかランシールで知った出来事が、こんな世界の反対側に端を発してたなんて。お金の流れって、僕が思ってるより遥かに奥深いのかも知れない。 「御存知の通り、キメラの翼というものは、その有用性の割に、値段も手頃で色々なことに使われております。ですが反面、その安定供給の仕組みがどうなっているかを知る者が非常に少ない。それが、スピル達に目をつけられた理由です」 たしかに、キメラの翼って簡単に言うけど、キメラがそもそも何なのか、良く知らないんだよね。 「私も、完全に把握している訳ではありませんが、何でも背後には各国家が複雑に絡み合った、複合組織があるとか」 「そんなでかいもんにスピルって人は近付いてるんですか?」 何だか、僕がどうこう出来る次元の、遙か上を行ってる気がしてならない。 「キメラの翼は、あくまでも小手調べです。スピル達は、ここで得たノウハウと人脈を基盤として、いずれは世に流通する大多数の商品の値を自在に操り、僅かずつ、しかしながら莫大な富を得ることでしょう」 うん、話は大筋で分かった。その上で敢えて言わせて貰うよ。 「それで、僕達にどうしろと?」 こう、何て言うか勇者って、町のお助け屋さんみたいな側面があるけどさ。ここまで来ると、国家レベルで介入しないと、どうにもならないと思うんだよ。 「勇者様のお力で何とかなりませんかね?」 「えー、勇者というのはあくまで人間なので、神様みたいな扱いをされても無茶振りってものなんです」 もう、頭の容量を超えちゃって、言葉遣いがあやふやだよ。 「じゃあ、せめて、スピルの所在と正体を明かして貰うというのは」 「……」 ん? 「何だか、聞き捨てならない言葉を聞いた気がするんですが……スピルっていうのは、特定の誰かのことじゃないんですか?」 こう、堂々と顔役として町に君臨してるもんだと思ってたんですが。 「いや、どちらかと言うとコードネームに近いですね。その本名も、顔も、性別すら、正確に知る者は限られているのです」 「それを明かせば、何とかなるんですか?」 「奴らは必ずしも一枚岩とは言えませんので、それを暴露することで内部分裂を促すことも不可能ではないかと」 うーん、内部分裂工作は、南の海賊団で失敗した経緯があるからなぁ。そう、思った通りに動くとも思えないけど、まあ、探すくらいならやっても良いかな。 「分かりました。やるだけはやってみます」 この、何万人居るとも知れない巨大都市に隠れ住んでいる、地元の人間でさえ把握してない重要人物を探しだせとか、勇者の過大評価にも程があると思う。 でもまあ、鞘が出来るまで暇といえば暇だし、引き受けるだけなら無責任じゃないよね? 「あ、ありがとうございます。これで、これで奴らの鬼畜の如き所業を止める一筋の光明が見えました。何と御礼を言って良いものか。今でしたら、差し出せる財を全て吐き出してもいい気分です」 「……」 ヤバい。ここまで感謝されると、かるーい気持ちで引き受けたことに、凄く罪悪感を感じるんですけど。 「ぜ、善処します」 結局、いつもみたいに歯切れの悪い返答をしてしまう訳で。 勇者って、本当に何なんでしょうね。僕にはちょっと、分からなくなってきましたよ。 Next |