邂逅輪廻



 サマンオサ北方大陸は南方同様、基本的には原住民に依る自治地域だ。文化水準で言うのであればジパングと同等か、或いはやや劣るというのが一般的な見解である。大陸全土に縦横無尽に流れる河川は豊かな土壌を与えてくれるが、同時に地域同士の連絡を断ち、明確に文明と呼べる程の発展を遂げてこなかった理由の一つとして上げられていた。
 だが、開拓精神を持つ一人の原住民が、近代的な都市を創造すべく立ち上がった。東方海岸沿いの土地を切り開き、海外の商人と共に発展させたその地は、誰とも無く、『開拓者の街』と呼ばれ、ロマリアやポルトガといった西方諸国に引けを取らない一大都市へと変貌を遂げた。
 海運量が激減し、一時期の勢いが衰えた今でも、内地開発の拠点として相応の権勢を誇っており、北サマンオサ大陸に於ける主要都市であることに変わりはない。
 尚、『開拓者の街』は諸外国の面々が使う呼称であり、地元の人間はまず使用しない。ここでは、最大の功労者である商人、ハン氏の名を取って、『ハン・バーク』と呼ぶのが最も一般的だ。


「いらはい、いらはい。旅のお供と言えば、そう薬草! 今なら謝恩価格で一つ六ゴールドのところを、更に十個セットで五十八ゴールドで御提供だ!」
「あーんなしょっぱい店で買うなんざぁ、素人の証。違いの分かる男は黙ってブンコク堂、ブンコク堂だよ」
「何をぉ。堂々と営業妨害するたぁ、いい度胸だ。表出やがれ!」
「あんだ、こるぁ、やんのか、ボケ」
「アンタ! バカなことやってないでとっとと客を呼び込んできな!」
「ごめんよ、カーチャン」
 何だか、街に入って早々、切ない家族模様を見た気がしないでもない。
「うーん、アッサラームみたいに凄く活気のある町だね。
 シス。言うまでもないけど、手を出したりしないように」
「こっちが言う前に、そういうのあり?」
「こういうのってボードゲームみたいに、相手の手の先の先の先を読むものだからね」
 尤も、シスの行動と言動は、ボードゲームみたいに規定の枠に嵌らないから困ったものなんだけどさ。
「それで、どうしようか?」
 海路の都合と、補給にちょうど良いから、そしてちょっと見てみたかったっていう理由が主で寄ったもんだから、具体的に何をしようっていう考えが希薄だった。
「やっぱり、情報収集かな?」
 新しい土地にやってきた以上、基本中の基本ではあるよね。
「その前に、アレクさんの剣を見て回りたいと思いますわ」
「あー、そーだねー」
 商業の町だし、店も多くて、良いものもありそうだ。
 唯、お師匠さんの言う通りに行動するのは、どーにも釈然としないんだよなぁ。
「まあ、いいか」
 納得はいかないけど、使い勝手の良い小剣は今の僕に必要なものだ。この際だから、軽くて便利な名剣を探し出してお師匠さんの度肝を抜いてやるんだ。
「お邪魔しまーす」
 早速、目についた武器店に入ったのは良いんだけど――。
「あなた達の相手はしません! 今すぐに帰って下さい!」
 あれぇ、初めてやってきた町で、何でいきなり門前払いを食らってるのかなぁ。
「あ、いや、すみません。人違いをしてしまいまして」
「はぁ」
 何だか、こういきなりだと怒りの感情が湧くより、呆気に取られてどうしたものか分からなくなるよね。
「誰か、来客の予定でもあったんですか?」
 話の流れから状況を推察して、何とはなしに質問してみた。
「ああ、いや、客という程のものじゃないんだ。むしろ会いたくない部類だね」
「何か、問題でも抱えてるんですか?」
 初対面で聞くようなことじゃない気もするけど、勇者という職業上、しょうがないってことにしておいてよ。
「君達は……旅人かい?」
「ええ、今日、初めてこの町にやってきました。船で、世界中を回ってるんですよ」
「それは又、今時、珍しいね」
 その件に関しましては、ある意味、今更って感じがあるんで、気にしないでください。
「うーん、それじゃ、今、この町が抱えてる黒い闇も知らないだろうね」
「黒い闇?」
 何だか、大仰な話になってきたような?
「そもそも、この町の成り立ちは知っているかい」
「え、と。原住民のお爺さんと、どこかの商人のハンさんが協力して立ち上げて、徐々に大きくなっていったっていう程度なら」
「ああ、その認識で間違ってない。では、ハン氏がどうなったかは、知ってるかね?」
「たしか、ことを独裁的且つ強硬に推し進めすぎて追放されたんでしたっけ」
 正直、伝聞情報の上、そこまで熱心に調べたって訳でもないので、これくらいが精一杯だ。
「その解釈も、表向きであれば、そこまでは外れていないね」
「表向き?」
「大義名分としてハン氏の強硬姿勢が槍玉に上がったのは事実だけどね。実際のところは、強力な力を持つハン氏に対する権力闘争が主だったという訳だよ」
 何ていうか、人間社会って奴は、何処の業界でも大差がなくて、ちょっと切なくなってくる。
「で、クーデターが成功してそれを主導していたグループが新たにこの町の実権を握った、と」
 よくある話と言えば、実によくある話ではあるか。
「問題はそのとってかわったグループでね。リーダーがスピルという名前なんだが、とんでもないことを計画してるんだ」
「と、言いますと?」
「この地からの、世界経済の完全支配、だ」
「……」
 はい、ちょっと待った。いきなりのことで、頭が思考を停止しちゃったよ。
「平たく言うと、どういうことです?」
 ついこないだ、世界に号令を掛ける自称大海賊を相手にしたと思ったら、今度は世界支配を狙う大商人が居るってこと?
 もう、これだから乱世は変なのばっかり湧いて困るんだってば。
「ムムム。この店、作りが小さいし、品揃えもそんな多くないけど、地味に良い武器があるよね。当たり外れも大きめだけど」
 何だか静かだと思ったら、君は一体、何やってるのさ。
「ところで、話が長くなるようでしたら、お茶を一杯頂きたいところですの」
 そして、アクアさんも初対面の人に通常営業はやめてってば!
 ああもう、何だかちょっと懐かしささえ感じるやりとりだけど、普通に恥ずかしいなぁ。
「おぅおぅおぅ、ジョージさんよぉ。まだ営業してるたぁ、いい度胸じゃねぇか」
 こ、この状況で、今度は何さ。
 見てみると、入口のところに、ガラの悪い青年――要はチンピラさんが二人、肩を鳴らしていた。えーと、お客さんでは、流石に無いよね。
「あなた達の相手はしません! 今すぐに帰って下さい!」
 あ、成程、ここに繋がってた訳ね。ちょっと納得。
「おぅぅ? 何だ何だ、その態度は。ジョージさん、ちょっと自分の立場が分かっていないんじゃないですかい」
 しかし、ここまで分かりやすい人達となると、こっちの行動も選択が楽だと思う。
「別に、ぶちのめしちゃっても良いんですよね?」
「そりゃまあ、死んだり再起不能の大怪我を負わない限り、それも彼らの仕事の内だからね」
「大丈夫です。僕、そこまでの体力は持ってませんし」
「んだぁ? このヒョロガキ、生意気な口叩いてっと、通りすがりの客だろうと容赦はしねぇぞ?」
「シスー。兄さんの剣、お願い」
「はいはい」
 折角だから、鞘を作ろうと思って持ってきたんだけど、流石に店内で、しかも人間相手に振り回す訳にはいかない。ここは一つ、身体だけで勝負しようかな。
「舐めんじゃ、ねぇ――」
『スカラ』
『ピオリム』
『バイキルト』
 チンピラたちがペラペラと口を動かしている内に、肉体強化呪文を三連で施し、一気に間合いを詰める。
 直接攻撃呪文なんか使わなくても、一年以上旅をしてきた僕にしてみればチンピラの一人や二人、どうってことない。
「ぐおっ!?」
 まずは片割れの土手っ腹に一発右拳を入れて、膝を折らせる。次いで左側に居たもう一方のふくらはぎを刈って、体勢をぐらつかせた。
 見れば眼前にはちょうど二人の顔面が近接していたので――僕はその片っぽを鷲掴みにすると、限界まで力を籠めてもう一方に叩き付けた。
「はぐぁ……」
 額と額がぶつかり合って、石が割れるみたいに良い音がした。
 意識を失って、その場に倒れ込む二人を見て、呪文を使う必要なんて無かったかなとも思ったけど、ま、もうちょっと強い可能性もあった訳だし、別に良いよね。
「さぁて、と。こいつら、ちょっとくらいは持ち合わせあるのかなぁ、っと」
「はい、別に身ぐるみ剥ぐ為に気絶させた訳じゃないからね」
 シスを飼い慣らすのは、どうにも難しくてしょうがない。
「それで、こんな連中に絡まれるって、地上げでも食らってるんですか?」
 とりあえず、真っ先に思い付いた可能性を口にしてみた。
「そういった類の話ではないよ。どちらかというと、仲間への誘いといったところかな」
「その……スピルとかいう人のグループにですか?」
「ああ」
「それに、なにか不都合でも?」
 世界経済を支配するとかいう戯言はともかくとして、志は高そうだし無理に敵対することも無いような。
「とんでもない。彼らを野放図にしておけば、人々は魔物だけではなく、人間からも苦しめられることになる」
「え、えーと……」
 話の核心がぼんやりとしすぎていて、どうにも全体像が掴めない。
「ちょ、ちょっと腰を据えて聞きたいんで、野暮用を先に済ませて良いですかね?」
「あ、いや、済まない。通りすがりの君達に、こんな愚痴を聞かせてしまって。いや、いいんだ。この問題は、この町の人間である私達でケリをつけないといけないんだ」
 本当にやっておきたいことがあるだけなのに、別の解釈をされちゃったよ。
「困ってることがあるなら説明しておいた方が得だよー。勇者ってのは、こういう揉め事に首突っ込んで破格で解決するのが仕事みたいなもんらしいし」
 何だか、シスの中で、勇者の職務内容が変な方向に脚色されてる気がしてならない。
「勇者……だって?」
「え、ええ、まあ一応」
 説明すると長くなるし、家業に近いってことは伏せておこうっと。
「成程、先程のあの動き……若いというのに、それなりの経験を積んでいるということですか」
 正直な話、あんなチンピラ、二週間も拳法を習えば熨せると思うけど、それも黙っておこうかな。
「君達、今晩は時間を取れるかね?」
「あ、えー、はい」
 今回、僕達はとりあえず三日は滞在し、何か予定が出来ればその都度連絡を入れると言い残して上陸した。他には、音沙汰もなく期限を過ぎたら、何かに巻き込まれている可能性が高いから捜索して貰いたいとも。何にしても、やることは先に済ませておきたいし、むしろ好都合とも言える提示だ。
「それは良かった。君達に、会わせたい人が居るんだ」
「スピルと、敵対するグループの長ってことで良いですか?」
「話の通りが良くて、助かるよ」
 ええ、まあ、数少ない特技みたいなもんですので。
「それじゃ、すいませんけど、この剣の鞘を作ってくれるような職人さん教えてくれませんかね」
 武器屋さんなら、そういう人とも繋がりがあるでしょうし。
「ああ、成程、野暮用ってのはそれかい。たしかに、そんな大剣を鞘も無く、布で巻いただけで持ち歩くなんてのは無いよねぇ。折角だし、整備も出来る人の方が良いかい?」
「出来れば、それで」
 僕みたいな素人には、凄い切れ味のまんまに見えるんだけど、何しろ、ジパングのあの暑い洞穴で三年、更にはかなりの間、海風に晒してきた訳だから、普通に考えればかなり痛んでるはずだ。ここはいい機会だから、一つ専門家に見てもらうべきだろう。
「分かった。この店の裏に、バーネットっていう鍛冶屋の爺さんが居るから、話を通しておこう。少し偏屈なところはあるけど、腕はたしかだよ」
「助かります」
 よぉし、これで目的の一つは達成、と。
「あと、他に小剣も欲しいんで見て良いですか?」
「もちろん。ここは、武器の店だからね」
 何だか、敢えて確認するまでも無いことを聞いたような気もするけど、ま、いいか。僕達は未だ意識を失ったままのチンピラ達を片付けることもなく、店内の物色を始めることにしたんだ。

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