僕達の次なる目的地は、メロニーヤ様が記した緑の宝珠があるとされる地、テドンだ。地図を見れば、海賊達が跋扈するサマンオサ南方からは海を一つ越えて、川を遡るだけの近場に見える。だけど海流や風の流れもあって北回りでグルリと周回しても日数的に殆ど変わらず、又、船員の負担も少ないんだそうだ。折角だから、兄さんがイエローオーブを手にした開拓者の街に寄った後に、ポルトガにも寄港して、ここまでの成果を報告するってことで纏まったんだ。何だかんだでもう半年以上、この船のお世話になってるし、一度、ちゃんとした修繕もしないとね。 「で、と」 この船旅での僕の目標は、対カルロス戦で一回だけ放ったらしいライデインの完全取得だ。正直、記憶が曖昧すぎて、実感が無い上、どうも今一つ再現性に欠ける。って言うか、ぶっちゃけると、あれっきり一回も成功していない。 何が違うんだろうなぁ。僕としては特段、変化があるとは思ってないんだけど。 「状況を完全再現してみたらどう?」 「完全再現?」 シスに言われて、あの時の状況を思い起こしてみる。えーと、たしかドン・カルロスに――。 「後ろから、羽交い締めにされてたんだけど」 「やったげようか?」 「シスの体格で?」 僕より頭一つは大きいカルロスだったから足が床に付かなかった訳で、むしろ気持ち小さいシスがやったら、抱っこと表現するのが的確だと思う。 「おぅ、現場に居た一人として、俺がやってやろうか?」 「まあ、エンリコの戯言は聞こえなかったことにするとして」 「てめぇ、そういう性格だったか?」 潜入時代の演技についても気にしないことにして。 「あの時は、星空が綺麗だったなぁ」 いや、流石にそこは関係無いと思うけどさ。 「あれ、そーいや、昼夜をひっくり返す呪文があるって聞いたことあるけど」 「ラナルータのこと?」 昼夜逆転呪文ラナルータは、魔法使い系としては最上級に近いものだ。今の僕に使えるものじゃない。戦闘とは直接関係ない訳だからクレインでもどうかなぁ。 「あれって死ぬまでに一度見てみたいんだよねー。こう、太陽がぐぐっと動いちゃったりするのかな」 「そういえば、知識としては知ってるけど、僕もどうなるかは良く知らないかも」 ここが、独学魔法使いの弱いところだよね。この船にも、特段、詳しいって人は居ないし、本当、どうなるんだろうか。 「と言うか、シスが悪さしようとしたら、昼にしちゃえば良いってことになるのかな」 「あー、そっちの方に話持ってくの?」 むしろ、シスが自らこっちに持っていこうとしてた気がしないでもない。 「ってかさ。この呪文、どういった理屈で作り出された訳?」 「ん?」 「だって、使えるのは、世界でも限られてるんでしょ。その上、力を溜めるのにも凄い時間が掛かって、戦闘にも役立ちそうもないじゃない」 「更に言うなら、色んな人に迷惑を掛けるよね、確実に」 はて、たしかに言われてみれば、偉大であっただろう昔の大魔法使い様は、『何の為に』この呪文を開発したんだろうか。 「あたしの考えるところじゃあれだね。知り合いに盗賊が居たと見るね」 「はいはい」 まあ、シスの意見は想定の内側にずっぽりと入ってたから受け流すとして。 「でも局地戦っていうか、小さな戦局じゃ使えないけど、攻城戦とか割と大きな局面ならもしかしたら」 いきなり夜にしたりすれば、兵士は確実に動揺するよね。 「でもそれって、相手に同じ使い手が居たら、すぐにもう一回使われて意味ないんじゃない?」 「情報を周知徹底させておけば、それ程までに士気に影響があるとも思えませんわ」 「うーん」 本当に、何が何だか分からなくなってきたよ。 「そーいや、例えばだけどさ。同じ場所で、二人の魔法使いが同時にラナルータ使ったらどうなるの?」 「ん、んー?」 シスの発想力は、一般常識が欠けてる影響か、とにかく枠が無い。えーと、昼夜逆転呪文を、二人同時に発動させると――。 「相殺されるのか、ぐるっと一周りするのか、或いは魔力の高い方が優先されるのか……実に興味深いところではあるね」 段々と、シスの思想に染まっていきそうで怖いです。 「そーいや呪文って言えば、昔から気になってたんだけどさ」 「今度は何?」 「ほら、アストロンってあるじゃない」 「あるね」 ちなみにアストロンっていうのは、魔法使い、僧侶の両系統から外れた特殊呪文の一つで、味方全員を鉄の塊にして、こちら側から何も出来ない代わりに、全ての攻撃を無効化するっていう、究極の防御呪文だ。 「あれって何をされてもダメージ受けないっていうのは良いんだけどさ。モンスターや人間の知性に依っちゃ、足とか手を縛られたり、はたまた水の中に捨てられたり、完全防御って言うにはちょっと無理があるって思うんだけど」 どうして君は、そう粗を見つけ出すのが得意なんですかね。 「僕も使ってるところを見たことある訳じゃないけど、乱発厳禁で、大火力の攻撃を受けそうな時にだけってのが正解に近いってのは聞いたことがあるよ」 局面さえ間違えなければ、便利そうな呪文ではあるんだけどね。 「ってか、あれって勇者系の呪文で、割と難易度低くなかったっけ。アレク使えないの?」 「あのね、シス。多分、勘違いしてるんだろうけど、『勇者系』なんて呪文系統は存在しないんだよ」 「そなの?」 「うん。呪文として系列が纏まってるのは、『僧侶系』と『魔法使い系』の二つで、それ以外のものは、それ以外としか表現しようがないの。 勇者っていうのは何でも出来る人が多いから、そういうのも割と楽に習得出来るってだけ」 そう、系統に属してる呪文は、才能の問題もあるけど、線で繋がってるから地道な努力で積み重ねていける部分も多い。それに引き替え非系統呪文は飛び石といった具合で、むしろセンスを要求されるというのが一般的だ。ちなみに、下手に非系統呪文に手を出すと系統呪文の習得に支障が出るっていう俗説もあるけど、僕はあんまり信用していない。 「ってことは、魔法の才能が有り余ってれば、賢者みたいに両系統だけじゃなくて、知られてる全ての呪文を使える可能性があるのかな」 「ま、理屈の上ではね。唯、大賢者とまで言われたメロニーヤ様でさえそういう話は聞いたことないし、歴史上、一人居るか居ないかって感じなんじゃないかな。 それに、無理して全部使える様になるよりは、二系統を応用して練度を増した方が有用な気がするしね」 勇者が飛び飛びで習得することが多いのは、実用的な部分に絞ってるからだろうとも付け加えておく。 「で、問題はシスが言うところの『勇者系』呪文、ライデインなんだよ」 何だか、話が変な方に行き過ぎたし、ここは一つ、元に戻しておこうと思うんだ。 「たしかに、魔法を使わない人から見ると、デイン系は勇者が使うものっていう印象は強いんだよね」 僕がライデインの習得に躍起になってるのは、それが大きな理由だしさ。 「結局、話を纏めると、アレクが自分で思ってる程、魔法のセンスが無いってだけの話なんじゃないの?」 ぐはっ。折角、その可能性を自己否定し続けてきたのに、魔力自体を持ってない人に言われちゃったよ。 「もしくは、追い詰められないと真の力を発揮出来ないタイプとか」 「締め切り間際の作家や画家みたいな話だね」 だけど、ちょっと理屈としては興味深いところではあると思う。何せあの時は完全に落とされる寸前だった訳で、火事場的に能力が開放された可能性はある。 「つまり、纏めると、この鞭でキュッと締めてあげれば、もしかすると、もしかするかも知れないって思う訳よ」 パチィンと、手にした刺のムチを小気味良く鳴らした。 はい、それは人の首を締めるための物ではありませんからね。武器は正しく使いましょう。 「あ、そういえば、武器って言えば――」 ドタバタしてて後回しにしちゃったけど、アリアハンでの師匠に貰った鋳型の剣がポッキリと折れちゃったんだよなぁ。 別段、名剣って訳でも何でも無いから、直してまで使うものでも無いっていうのが大方の見解だし、僕もそう思う。ずっと使ってきたものだからちょっと惜しい気持ちもあるけど、ここまで一緒にやってきた戦友として、しっかり供養してあげることにした。 「これで、兄さんの剣を使わざるを得ないってことだよね」 「てめぇは、そういう詭弁を使う訳か」 あれ、船の上でのお師匠さんが、何か言ってますよ。 「悪いことは言わねぇ。俺の剣をくれてやるから、これを使え」 「いいですよ。それって、お師匠さんがポルトガ兵士時代に使ってたのを譲って貰ってきたんでしょう? そんな大事なもの頂けませんって」 「良いんだ。正直俺は、既存の兵士の枠には収まらない程の器だから、武器なんぞどうでもいい。 だがお前は、尻に殻がついたまんまのヒヨッコ。どう考えても、優先されるべきはそっちだろう」 好き放題言われるのは割と慣れてるけど、ここまで来たらどう対処したもんか割と本気で悩みそうになるよ。 「だから、いいんですって。僕としてはむしろ、良い機会だとさえ思ってるんですから」 「ほぉ、そうかそうか。ではアレク君。君のその素晴らしい剣技で以って、この板を真っ二つにしてみてくれないかね。 ああ、いや、君を信用していない訳じゃないんだが、手を失うのは御免だからね。宙に放り投げたものを頼むよ。 なぁに、師の言うことを聞かずに我流を貫く自信があるというなら、余裕だろう、な」 それにしても、何でこんな子供っぽい人がこの船で一番、剣の腕が立つんだろう。一部で、剣や魔法で研鑽することが人格に良い影響を与えるっていう意見もあるけど、僕は全く信じてなんかいないよ。 「いーですよ。そこまで言うんなら、兄さんの力を借りてでもやってみせますから」 一方で、幼少から魔法を嗜んできた僕も、まだまだ大人にはなりきっていないようでして。 「一応、言っておくが、真っ二つってのは大体二等分のことだからな。端っこの方がちょっと欠けたくらいでそう言い張るのは、素人のすることだぞ」 うぐっ。先んじて言い訳を潰してくるとは、流石はお師匠さん、侮れないものがある。 「ふぅぅ」 多少、腕力がついてきたと言っても、兄さんの剣は腕にズシリと重量感を感じさせてくれる。実際、素振りでも振り回されっぱなしだし、僕の上背に比肩するこの大剣は、適正な武器とは言えないだろう。 それでも、兄さんが残し、トウカ姉さんが想いを繋げるものとして託してくれたんだ。ここはビシッと使いこなして、最低限の水準にあることを証明してみせる。 「んじゃ、放ってやるから、ちゃんと打ち込めよ。一応言っておくが、あらぬ方向に飛ばして、俺やお嬢ちゃん、それと船員に怪我なんぞをさせないようにな」 しかし、何て言うか、本当に人として尊敬出来ない人だよね。大体、そんな船の端まで行くんじゃないかってくらい間合いを取らないでも良いじゃないですか。ってか、シスやアクアさんもそんな遠ざかっちゃって。本当、信用ないんだから。 「ほらよ」 うわっ、ちょっと、心の準備くらいはさせて――なんて考えてる間に、木片は始動をしなければ叩き込めない位置にまで迫ってきていた。 ええい、もう、どうにでもなれ。 「うりゃ!」 気合と共に、下段から剣を一気に振り抜いた。 カツーンという音と、両の手に、たしかな衝撃を知覚した。剣の何処かに当たったことは、間違いない。問題はそれで木片がどうなったかだけど――。 「シス、どうなったの?」 基本的に嘘を言わない上、目が一番良いシスに問い掛けた。お師匠さんに聞いたら平気で無茶苦茶な捏造をしそうだって思う辺り、僕の方もあんま信用してない気がする。 「うーん、難しいとこだねぇ」 「何さ、それ」 「アレクは、この棒を真っ二つにしたかったんだよね?」 「そうだね」 「で、普通、棒を真っ二つって言ったら、長さが半分になることじゃない」 シスは人差し指を棒状の角材に見立てて、第二関節辺りをもう一つの人差し指で突っついてる。 え? 何、一体、どういうこと? 「足元を見てみれば分かると思うよ」 促されて、恐る恐る視線を動かしてみたけど、そこには、何事もなかったかのように木片が転がっていて――いやいや、当たったのはたしかだから、それはおかしいって。少なくても、何処かに傷くらいは付いてないと理屈に合わないって。 「後は、左足の横」 「ん?」 ちょうど黒刀の影に隠れて気付かなかったけど、そこにも良く似た木片が転がって……あ、あれ? 「ん、あー、そういうことか」 上から見てたんですぐには分からなかったけど、よく見てみたら厚みが足りない。どうやら、薪割りみたいにパッキリと縦に切れちゃったみたいだ。 「これも間違いなく、真っ二つだよね?」 「狙った訳じゃねぇだろうが」 「ハハハ、お師匠様、嫌だなぁ。僕の狙いなんか関係なく、事実、お師匠様が口にした通り、木が殆ど半分になった訳ですから、どう考えても目的は達成されてますって」 「うぐぐ」 精神年齢が低い人相手に、こっちも下げていくと堂々巡りになる気もするけど、ちょっと溜飲が下がるから困ったものだよね。 「よぉし、分かった。てめぇがそこまで言うなら、好きにするが良いさ」 やっほー。ようやく許可が下りたよー。 「だがな、こうなった以上、てめぇとそいつは一心同体だからな。飯食う時も、寝る時も、用を足す時もその鞘の無い剣と一緒に居やがれよ」 本当、この人、どうしてここまで大人気ないんだろうなぁ。 「そうさ。そいつを担いで町に入るってことは、それだけで奇異の目で見られる訳だからな。小賢しいてめぇが、その羞恥に耐えられるか、じっくりと見物してやるさ。 もちろん、ちょっと低い天井での室内戦があったとしても責任を持って使いやがれよ」 何だろう、そろそろうざったさの感情を突き抜けて、哀れみに転化してきた気さえするよ。 「分かりましたよ。次の町に着いたら、何か適当に小回りのきく護身用の剣を買いますから。あくまで、副武器としてですけどね」 そして、ここで折れてしまう辺り、僕はダメなのかなって思う訳で。 「当たり前だ。てめぇが意固地になって使いたがるのは分からねぇでもないが、武器ってのは汎用性なんだよ。 んな、野外での対大型モンスターを前提とした様な大剣一本で、全局面を乗り切れるとか思ってんじゃねぇぞ」 「始めっから、そう諭してくれませんかね」 一応、これでも理論派のつもりなんで、訳の分からない条件付けとか、子供みたいな駄々を捏ねられるより、よっぽど合点がいくんですけど。 「はぁ……」 結局、今日もライデインは完成しないのかなと思う、とある日の昼下がりの出来事だった。 Next |