「それじゃ、レッドオーブは頂いていきます」 あの戦いから数日、大まかな後処理が終わったということで、僕達はこの地から旅立つこととなった。 かなり深入りしちゃったけど、そもそもの目的はこの真紅の宝珠だ。初めて自分の力で手にしたオーブだけに、トランスさんに手渡された時は、ちょっと感涙しかけちゃったよ。 「むー。すっごい気に入ってたんだけど、約束だししょーがないか。 それ持ってるだけで子供達のお腹が膨れる訳でもないしね」 何はなくても、子供達の心配か。今は単なる義賊の集団だけど、いつの日か良い領主になるやもね。 「この土地が、人々にとって住みよい場所になればいいですね」 「その為にも、ちゃっちゃとバラモス倒しちゃってよね。幾らあたし達が頑張ったところで、そっちがポシャっちゃ意味ないんだから」 で、出来うる限り善処の方向で、検討させて頂きたいと思います。 「師匠! 別れは辛いけど、俺はこの地でやっていきます!」 「う、うん、頑張ってね」 あの後、あの手この手で説き伏せて、ホセをトランス海賊団に残すことに成功した。たしか、『まともに人に誇れる仕事を成し遂げない内に門下に名を連ねさせるつもりはない』とか何とか、適当なことを言ったような。場の勢いって、怖いと思う。 だけど、志は高くても事務的な部分というか、細かい処理が苦手なトランス海賊団に、ホセは必要な人材だと思う。厄介払いの口実っていう気がしないでもないけどね。 その他、元カルロス海賊団千名が進んだ道は様々だ。血の気の多い、いわゆる武闘派の百名程はトランスさんの直下に再編されて、これからも海に出ることになる。書に強く、頭脳労働向きの五十名はホセの下で陸に残り、長期的な生活設計や揉め事の仲裁なんかを担当する。残りの八百名余りは、農業や近場の漁業で生計を立てることを目標とするらしい。当面の生活費はカルロス海賊団の備蓄を切り崩すことで賄うとか何とか。一日も早く、本当の意味で独立出来れば良いと思う。 カルロスとヘラルドは、地下の獄に繋がれている。カルロスはあれで信奉者がそれなりに居るようで、担ぎ上げられる可能性を考えると、一定の人心掌握をするまでは暫くはこうせざるを得ないという判断だ。ヘラルドに関しては、その手の人間が全く居ないんだけど、何しろ一人では動けないもんだから、まずは痩せさせないといけないみたい。 あー、そうそう、もう一人の元幹部エンリコについてなんだけど――。 「よー、これから出航だってのに、何しみったれた顔してんだ」 何故だか、僕達の船に乗り込むことになっていた。 「割と本気で経緯が分からないんだけど」 「何を言ってやがる。こいつの身体能力は大したもんだから、俺が仕込めばかなりの使い手になると言ってやっただろう。言うなれば、お前の弟弟子だぞ」 「だから、そういう結論に達した思考回路が分からないって言ってるんです」 あの戦いで何かが芽生えたのか、お師匠さんはエンリコにポルトガ流の剣術や体術を教えることにしたらしい。いや、やっぱりどう考えても、意味が分からない。 「なぁに、心配するな。こいつは単に頭がド真っ直ぐ過ぎて、海賊という生き方に何の疑問も持たなかっただけだ。人が人と関わっていくことの素晴らしささえ知れば、もう誤った道は歩きやしないさ」 「そういう言い方すれば、聞こえは良いですけどね」 とはいえ、生活の不安定さと教育の貧困がここ一帯の海賊業を盛んにしてしまった一因なんだから、必ずしも間違っちゃいないんだけどさ。だけど、そんな重い問題を全部抱えられるかと言われると、全く自信が無い訳で。 「んじゃトランス。そろそろ出るみたいだけどさ。あたしが居ないからって枕濡らしちゃダメだかんね」 「誰がそんなことするのよ!」 「あ、それと寂しいからって、この年で人の寝床入ったりしたら、色々と洒落にならないからね」 「それは、シスの方でしょうが!」 結局、何だかんだでこの二人は姉妹みたいに仲が良いってことでいいんだろうね。実の兄弟は兄さんしか居ない僕には、今一つピンとこないんだけどさ。 「ま、あたしとしちゃ、国造りとか、トランス程度にゃちょうどいい目標って感じもするんだけどね」 「言ってくれるじゃない」 「そりゃ、あたしは世界を股に掛けた大義賊だからね」 シスの見解だと、世界トップクラスの義賊の方が一国の領主より格上なのね。まあ、国って一言に言っても、ピンキリと言えばそれまでなんだけど。 「死んだりしないでよ。一応は姉弟子として、心配くらいはしてあげるからさ」 「大丈夫、大丈夫。あたしはバラモスが世界を滅ぼしたとしても、最後に死ぬ人間になるって決めてるから」 一応は、勇者の仲間としてその考え方はどうなんだろうか。まあ僕も、この戦いで死ぬ気はさらさら無いんだけどね。 「うぉぉい、そろそろ船が出るぞぉ」 「お別れは寂しいでやんす。でも、この海賊団を辞めるつもりは無いでやんす」 聞くところに依ると、何年か前、まだ先代のお頭が健在だった頃、スティーブさんは野垂れ死ぬ寸前まで行ったんだとか。そこを拾ったのがトランスさんなんだってさ。そりゃ、ちょっとやそっとくらいのことじゃ、恩返ししきれないよねぇ。 「そうそう。あんたはあたしが年老いて死ぬまで扱き使ってあげるから、覚悟しなさいよ」 「痛いでやんす。背中をポンポカ叩かないで欲しいでやんす」 ま、楽しそうは楽しそうだし、あれはあれで関係として成立してるんじゃないかな。 「それじゃ、またねー! 元気でやんなさいよー!」 「うん、そっちもねー!」 段々と、小さくなっていくトランス海賊団の面々に、手を振り返す。次にこの場所を訪れた時、一体、どんな変貌を遂げているんだろうか。人間にとっての未来は、希望に満ちたものであると信じたい。 「あーあ。これでトランスとも、しばらくお別れかー」 「あれ、シスにしては、随分と感傷的だね」 「まねー。あんなんでも一応、同じ御飯食べてきた間柄だし、少しくらいは思うこともあるよ」 「何だったら、残ってもよかったんだよ? 元々シスって、アリアハンでやらかした罪のほとぼりを冷ます為に出てきた訳だし」 ちょっとだけ、意地悪く言ってみた。 「あー、それはないない。こーいうのって、たまに会ってしんみり思うから良いんであって、年がら年中一緒に居たんじゃケンカにしかならないって」 「そういうもの?」 「そーいうもんだよ。特にあたし達の場合、何か似てるとこ多いしね」 近親嫌悪って奴かな。たしかに、僕みたいに理屈っぽいのが年中近くに居たら、ちょっと落ち着かない様な気もする。 「いい潮風ですわね」 あ、海賊団の人気者になった僧侶さんだ。 「こうして三人でのんびりとするのも、久方振りの様な気がしますの」 「そうだね」 アリアハン以来、数えるくらいしか別行動をしてこなかった僕達だ。数日に渡った今回の一件は、少し新鮮にさえ思えた。 「何か、思うことがありますの?」 「ど、どうして?」 「顔付きが、少し違いましたので」 どうもこの人には、トヨ様同様、心の奥底まで読み切られてるんじゃないかって思えてしょうがない。 「うん、僕は一応、理性的な人間だと思ってたんだけどさ――」 「ケホッ」 はい、シス、いきなりむせ返ったりしないこと。 「でも今回は折角、色々と仕組んだのに最後は衝動的になって終わらせちゃって――結果としてカルロス海賊団が想像以上に脆い組織だから勝ったみたいなもので、もっと手強かったら僕の行動は許されるものだったのかな、ってさ」 バラモスの居城が近付くに連れて、そういったギリギリの選択を迫られることが増えるはずだ。僕は本当に、今のままで良いんだろうか。 「難しいところですわ。たしかに、衝動的に暴れてしまうというのは褒められたことではありませんの」 はい、全く以ってその通りで御座います。 「ですが肉親を貶められて心の平静を保てるというのも、情に欠ける話ですわ」 それって、聖職者が言っていいことなのか、ちょっと考えさせられるんですけど。 「結論と致しましては、十年後、お酒を飲む席で、『あの頃は若かったよなー』と言えるようになるのが宜しいのではないかと思いますの」 「アクアさんらしい御提言で」 何だろう。この人に言われると、本当、真面目に悩んでたのが馬鹿らしくなるね。実は凄い人なんじゃないかって思えてしょうがない。 「おぅ、てめぇ、こんなところにいやがったのか。船も問題無いみてぇだし、とっとと今日の訓練に入るぞ」 「アクアさん、ついでに、こういう一本線の男に懐かれた時の対処法なんかを教えてくれないかな?」 「頑張れ男の子、ですわ」 やれやれ、本当、大人物なのか、只の適当な人なのか。一年以上、一緒に旅をしてるけどさっぱり分からないや。 「もけーもけー」 遠くで、海鳥が鳴く声がした。蒼天から降り注ぐ陽の光は、相も変わらず強烈だ。 自然って奴はいつも変わらずそこにある。その受け止め方が変わった時が、人の価値観が変わった時だって聞いたことがあるけど、僕にとっての自然は、旅に出た時と同じく敵以外の何者でもない。 僕の心がまた別のものを映し出してくれるのは一体、いつの日のことか。そんなことを思いながら、お師匠さんが待つ舳先へと足を運んだ。 Next |