邂逅輪廻



『イオ』
 初歩爆裂呪文を、ドンに向けて撃ち放った。主目的は、撹乱を含めた一種の威嚇だ。着弾直前に狙いを定めて、時限で爆発する様、設定したんだけど――。
「ふぅぬぅん!」
 ちょ、一気に踏み込んで、下から拳を突き出して弾き飛ばすなんて無茶しないでよ!
 本来、ドンの眼前で破裂するはずだった魔力の塊は、ちょうど天井でその時を迎えた。何だか、すっごい爆発音がした気もするけど、視線をそっちに向けて確認する余裕なんて、今の僕には無い。
『ヒャド』
 こうなったら、狙いは足元だ。氷塊をただ撃つんじゃ蹴飛ばされる恐れがあるから、氷結重視で気温を下げまくって――。
「ぬぅ!?」
 よし。足を固定させるまでには至らなかったけど、床一面を凍り付かせることには成功した。
「のわぁ!」
 案の定、すぐさまバランスを崩して背中から倒れ込んでくれた。
 これで、僕の勝ちだ。すぐさま走り寄って、喉元に剣を突き付ける。
「何の、真似だ?」
「何、って。見ての通りだよ。命が惜しかったら、投降してよね」
 同時に、人質としての価値も見込んでいる。幾ら人間関係が酷いと言っても、目の前でドンを見捨てられる程に腹を括っている人も居ないだろう。唯一、何をしでかすか分からないヘラルドも、幸か不幸か打ちどころが悪くて意識が無いっぽいしね。
「甘い、甘いぞぉ! ここまで優位な状況を築いておきながら、何たる甘ったるさ! 関節を極めたらすぐさま折る程度の覚悟もなく、海賊となれるかぁ!!」
 そう叫んだ後、ドンは大の字の体勢のまま、両腕に力を籠めた。僕としては何をしたいのか理解できなくて、少し混乱したまま、皮一枚分、喉を切り裂く為、半歩だけ足を動かそうとしたんだけど――。
「ううぅるあぁ!」
「な!?」
 なんとドンは両の拳で剣を叩き潰すことで、パッキリと折ってしまったのだ。幾ら一年以上使い続けて摩耗してるからって、金属の塊を鉄甲を着けてる訳でもない素手でへし折るなんて。
「だから貴様は甘いと言うのだ! 自分の知る限りのことで世界の枠を決めつけるなどという愚を犯すからこの様なことになる!」
「くっ」
 剣が半分になってしまった以上、至近距離を保つことには何の利もない。ここは一度退いて、魔法で何とか進展を――。
「どぅふ!」
「ぎゃ!?」
 僕が動き出すよりも早く足を絡め取られてしまい、今度はこちらが体勢を崩してしまう。そしてその数瞬でドンは勢い込んで立ち上がり、僕を羽交い締めにしてしまう。
「俺は蛮勇そのものを嫌うつもりはない。エンリコなどは、その典型とでも言うべきものだからな」
「おいこら、ドン! さりげなく人を扱き下ろすな!」
「おぉっと、余計な余所見は、戦場では命取りだぜ」
「へっ、軍隊式の戦い方が通用するのは、大規模戦闘でだけだ。この手の乱戦で勝つ奴ぁ、ケンカに強い――ぐべっ」
 お師匠さんが蹴飛ばした金属カップが、見事にエンリコの顔面に直撃した。
「ああ、とりあえずケンカが強い奴は、戦闘中にペラペラ喋ったりはしねぇよなぁ」
 とりあえず、こっちはお師匠さんに任せておけば大丈夫っぽい。
「ここから先は、一歩も通さないでやんす」
 一方、扉前のスティーブさんは、ちょっとした一騎当千っぷりを披露していた。襲い掛かったエンリコの部下全員と、ホセとドンの部下数名をことごとく薙ぎ払い、床を舐めさせていたんだ。
 あ、あんなに強かったのか。何で下っ端なんてやってるんだろう。世の中、分からないことが多すぎる。
「ふぅむ、貴様の連れは、思ったよりも出来るようだな」
 それよりも、問題は僕の方だ。只でさえ体格差が大人と子供くらいあるのに、こう両肩をきっちり固められたんじゃ、動きの取りようがない。
「どうだ? 騒ぎを起こしたことを素直に謝罪し、改めて忠誠を誓うと言うのなら、さして咎めはせんぞ」
 僕がもし、本当の意味で賢明だったら、この提案に乗ったことだろう。この状況で、逆転の手を生み出すのは、容易なことじゃない。
「冗談じゃない。勇者は別に、誰かに賞賛される為にやってるって訳じゃないし、好きになれないって言うならそれも良いさ。だけど本気で世界を憂いてる人を、一方的に馬鹿にするなんて許せるものか!」
 僕にだって、意地がある。只、奪い壊すことしかしない海賊なんかに、命を張ってる兄さん達をコケになんかさせない。
「それは、残念だな」
「ぐげ、が――」
 ギリギリと、両の肩を締め上げられて、鈍痛を覚えた。
 こ、これはヤバい。痛いのもそうだけど、二の腕から先に血が行かなくて、全然力が入らない。ビリビリとした痺れが指先から広がってきて、抵抗する僅かな力さえも奪われていく。
「ふぅん!」
「ぐげっ」
 左肩から、生木を折るかの様な異音が放たれた。同時に、痛みを痛みと認識出来ない程の衝撃を近辺で知覚する。外れたのか、或いは変な折れ方をしたのか。考えが、全然、纏まらない。
 ああ、何だか痛みと共に意識さえも薄らいできたような……まるで草むらでのんびりと寝転がってる時みたいに、ぼんやりと満点の星空を見上げて――。
「……」
 星、空? 室内に居るのに、何でそんなものが――あ、さっきのイオで天井に穴があいたのか。月が……綺麗……だ……な。
「おいおい、あんたんとこの大将、完全にぐったりしちまったぜ。こりゃ、勝負ありじゃねーのか」
 エンリコの声が、遠くに聞こえた。
「はん! あいつを甘く見るなよ。そりゃたしかに、身体は貧相で力が無い上、俊敏性もねぇ。かと言って、剣の太刀筋や読みに光るもんがある訳でもねぇし、基本的に甘ちゃんだ」
 お師匠さんの声も、聞こえた気がした。
「だがな、あいつの魔法の才能だけは本物だ。素人の俺が見ても分かる、奴は、格が違うんだよ」
「あぁ? 魔法だぁ? ざけんなよ。あんな体勢から、どんなのが有効に放てるってんだ。その上、ドンのタフさじゃ、一発で仕留められる様なのは限られてるんだぜ?」
 ま……ほ……う……?
 そう、だ。 僕が僕である為の、唯一の拠り所。兄さんの強さにも、姉さんの剣技にも遠く及ばないと悟ったあの日、僕は魔法使いになることを決めた。師を持たず、今でも自分に自信は持ちきれていないけど、これをなくしちゃったら、ここに居る意味さえあやふやになってしまう。
「……」
 全てが、静かだった。人の声も、物が発する音も、ううん、見えるべきもの、匂うべきもの、味わうべきもの、肌で感じるべきもの、全部が遠くに押しのけられて――だけど僕という自己だけが隼の様な速度で肥大していた。
『ライ――』
 迷いは、無かった。
 さざ波も立たない、ベタ凪の様な心持ちの中、精神と魔力が完全に同調し、解放の時を待っているのを理解出来た。思えば、系統の違う新たな呪文を初めて使う時は、いつもこんな感じだった気がする。まだ誰も足を踏み入れていない新雪の中を歩くかの様な高揚感。今、僕の心の中は、確かにその思いで満たされていた。
『デイン!』
 空が、切り裂かれた。
 無明の虚空から放たれた一筋の雷光は、轟音と共にジグザグの軌跡を辿ってドンの脳天へと達した。
「うぬぅ!?」
「くっ」
 呪文を使った際の魔力放出で軽減はされるものの、この至近距離だと完全に免れるという訳にはいかない。
 それでも、ドンへの衝撃は僕のそれを遥かに上回ったらしく、がっちりと肩を固めていた両腕が外れて、僕はその場に尻餅をついた。
「はぁ……はぁ……」
 精神と肉体が、完全に覚醒しきっていた。動悸の一つ一つが、力強く叩かれる太鼓みたいにみたいに耳へと届いて、他の音が掻き消されてしまう。
「痛っ――」
 次いで感じたのは、左肩に走る激痛だった。そうだ、痛い目に合わされたんだっけ。触っただけじゃどうなったか診断しきれないけど、とりあえずホイミで鎮痛だけはしておこう。
「おいおい、ライデインだと?」
「あれは僧侶系でも魔法使い系でもない独自系統の呪文だぞ。あの若さで使えるとか、どんな才気だよ」
 ヘラルド一派と思しき人達の声が聞こえた。
 ああ、そうか。僕は、ライデインを撃ったのか。現実感が余りになさすぎて、理性の部分がまるで追いついてこない。今は、あれだけの力を放った満足感よりも、虚脱感が先行して、このままぐったりと倒れたい心持ちになってしまう。
 だけど、まだ戦いは終わっていない。右手で左肩に掛けていた回復魔法を中断して、状態を再確認する。うん、感覚は余り無いけど、痛みも殆ど無い。魔法なら右手だけでも放てるから、充分以上だ。
「ふぅぅ……」
 短く刈り上げた髪の毛をチリチリにしながらも、ドンは仁王立ちでそこに立ち尽くしていた。今なら、どんな魔法でも当たるはずだ。得意な、メラ系かギラ系を――。
「!?」
 魔力を、集中させることが出来なかった。幾ら初めてのライデインで普段の数倍摩耗したと言っても、あれくらいでマジックパワーが尽きる程、柔な力は持ち合わせていない。多分、ホイミを含めて立て続けに使ってしまったせいで、一時的な枯渇状態になっているんだと思う。
 無茶な鍛錬をした時に何度かなったことがあるけど、実戦の消耗度は想定の上を行ってくれる。
「これが勇者の力か。成程、侮れないものを感じるな」
 言ってドンは、ユラリと足を半歩だけ前に出した。
「だが俺も、この海賊団を束ねる身。この一撃だけで倒れる訳には行かぬわ」
 うくっ、何て意志の力だ。僕を含めて、皆で軽く見ていたけど、この人はこの人で確固たる信念の基で海賊をやっているんだ。敬意は持てないけど、それ相応の相手として見なくてはいけない。
「てぇへんだ! てぇへんだ!」
 不意に、廊下から、静寂を打ち破る声が飛び込んできた。
「ドン! てぇへんなことが――」
 その下っ端が扉を開けて飛び込んできた瞬間、スティーブさんの強烈な拳が顔面に入って、伸びてしまった。
「ここは、誰であろうと通さないでやんす」
 えー、と。何か重要なことを伝えに来た気がするんだけど、良いのかなぁ。そりゃ、あのスティーブさんに細かい状況判断が出来るようにしっかり命令するってのも、それはそれで難題なんだけどさ。
「ふ、ぅん。何やら邪魔が入ったが無粋なことよ。この男と男の勝負、誰にも邪魔はさせ――ぐおっ!?」
 風を切る音がした。それが、中天から伸びてきてドンの首に巻き付いた紐状のものが発したものだと理解するのに数拍の間を要した。
 あれ、あの紐、何処かで見たことある様な……?
「やっほー、アレク。元気してた?」
 天井の穴から聞こえてきた声の主は、やっぱりシスだった。
 そっか、トランスさん達と一緒に乗り込んできたのか。何で僕がここに居るのが分かったのかは謎だけど、シスだったら別段、珍しいことじゃない。
「いや、ね、シス。助けて貰ったのは嬉しいけど、一応、僕はいわゆるところの男の勝負の真っ最中だったんだけど」
「ん? だいじょぶ、だいじょぶ、あたし、そーいうの興味ないし」
 うわ、見事なまでにバッサリだし。
「賊の本分は、勝ってナンボだからね。国や宗教だって、勝ったから大手を振って外歩いてる訳で、負けてたら歴史のどっかで消えてるでしょ」
 そしてアクアさんが居たら小一時間は説教を食らいそうなことを平気で言わないの。
「このオッサンも賊だって言うなら、とんだ甘えん坊さんだね。御託はとりあえず勝ってから言う。それが基本でしょ」
 キリキリと、ムチを締め上げる腕に力を籠めながら、そんなことをシスは口にする。
 いや、シスも結構、勝つ前からペラペラ喋る方だよね。割と高確率で結果が伴うのが、凄いところだとは思うんだけどさ。
「うぉのれ、小娘。こんなチャチな紐如きで、俺をどうにか出来ると思うなよ!」
 言ってドンは、右腕を上げてムチを手に取ると、シスを引きずり下ろす為に力を籠めた。
 わ、わ。あの体格差じゃ、どう考えても綱引きじゃ負けちゃうってば。
「へっへーんだ」
 だけどシスは、そんな僕の考えを嘲笑う様に、ムチからパッと手を離してしまう。
「あんたみたいな筋肉バカと、まともに勝負する訳ないでしょーが」
「ぬぅ!?」
 握っているのが一人になった今でも、ムチはピーンと張ったままだった。
 あ、成程。端を何処かに縛り付けてる訳ね。抜け目が無いと言うか、悪賢さでは追随を許さないシスらしい発想だ。
 よし、じゃあこっちはこっちで――。
『メラ』
 シスが作ってくれたこの間で、魔力はそれなりに戻っていた。今打てる最大級のものは無理にしても、基本的な呪文くらいなら――。
「ぐふぅ!」
 うし、土手っ腹にクリーンヒット!
 首に巻きついたムチは、片手で簡単に外せるものじゃないし、動きが大幅に制限されてる以上、必然とも言えるんだけどね。
『ギラ』
「うぐもぉ!?」
 高熱を帯びる二種類の呪文を連続で放つのは、基本戦術の一つだ。例え呪文の力が消えても、焼き切った神経が与える苦痛は、歴戦の戦士と言えども簡単に耐えられるものじゃない。
「中々やるな。だが俺もこの程度で倒れる様な――」
『ヒャド』
「ぐお!?」
 こう、頭の上に氷塊を産み出して衝突させるのって一度やってみたかったんだよね。実戦だと相手も動くから中々難しいんだけどさ。
「うががが」
 あ、膝が折れたせいで、ムチが首に食い込んだ。意外な効果があったものだと思う。
「ふ……意外な死角があったものだが、まだまだ――」
「よっ、と」
「げがぐぎぎ」
 何処から持ってきたのか、今度はシスが顔面くらいの石を落としていた。本当、この子ってば敵に対して容赦が無さすぎる。
「あれ、ひょっとして動かなくなった?」
「これくらいで許してあげようか」
 正直なところ、僕の癇の虫って言うか、怒りの感情も大分収まってきたし。他の面子も、戸惑っているのか、僕の方に襲い掛かってくる気配はない。
 あ、お師匠さんは相変わらずエンリコと漫才みたいな戦いを続けてるけどね。
「甘いですよ、坊や。こやつらは海の男の名を汚しに汚しまくってる下郎共。容赦することはありません」
「あれ、アントニオ船長、早かったですね」
 一応、この本拠地には千人くらいの人が居るはずなんですけど。
「ハハハ。海の男ソウルが欠けてる奴らが何人掛かってこようとも、物の数ではありませんよ。ちぎっては投げ、投げてはちぎる快刀乱麻を、御覧頂きたいくらいでしたよ」
 はぁ、何だか分からないですけど、凄そうですね。
 ってか、あれ? 何かを忘れてるような?
「ここから先は、誰も通さないでやんす!」
 あー!? そういえば、誰も命令解除してなかった!?
「くぉらぁ! あんた敵と味方の区別くらいつけろって、いつも言ってるでしょうが!」 
「ぶべ!?」
 あ、トランスさんの飛び膝蹴りが、スティーブさんの顔面に入った。
「姉御、勘弁してくれでやんす。晩御飯が海藻だけの刑は嫌でやんす」
「だったら、何度も言ってることくらい、ちゃんと守りなさいってば」
 グリグリと、拳で一番硬い中指の付け根を頭蓋に押し込むトランスさん。
 それにしても、あれだけ強いスティーブさんを掌握してるって、もしやトランスさんって凄い大物なんじゃなかろうか。
「使えない部下しか居ないなんて、トランスも大変だよねー」
「うっさい! ニヤニヤしながらこっち見んな!」
 こうシスと掛け合ってるのを見てると、普通の女の子なんだけどね。あの海賊団、同年代で同性の子が殆ど居ないみたいだし、やる気とかとは別に、色々と溜まるものがあるんじゃないかなぁ。
「それで、大勢はどうなってるんです?」
 頭目と船長がここに居る時点で、検討はつくけどね。
「制圧は大体、完了ってとこかな。だーから言ったでしょ。こんな奴ら、数が幾ら居たって大したことないって」
 一応、幹部をここに留めて、全体の士気を下げた僕の功績も認めて欲しいなって、思ってみたり。
「ま、こっちに移ったのは、元が食い詰め者か、目先の小銭に釣られた、考えようによっちゃ被害者も多い訳だからね。
 何とかこいつらを食わせてく方法を考えないと、結局は元鞘で、イタチごっこだから頭痛いなー」
 うわ。何だ、トランスさんって、只のヤンチャ娘に見えて、ちゃんと国家観を持ってるんじゃない。
 シスもことの本質を見極める目はちゃんとしてるし、二人を育てた義賊のお爺さんって、ちょっと会ってみたかったなぁ。
「ふうぅぅ。何だてめぇ、意外とやるじゃねぇか」
「お前も、な。基本はなっちゃいねぇが、良い反射神経してやがるぜ」
 あれ、そういやお師匠さんとエンリコって、まだやりあってたんだっけ。何か、若干、友情が芽生えたりしてない?
「スティーブ。何か暑苦しいから、あの二人のしていいよ」
「了解でやんす」
 わ、わ、わー。僕も多少はそう思うけど、そんな理由は流石にダメでしょうが。
「ちょっとアンタ達ぃ。ウチのこと忘れてなぁい?」
 ごめんなさい。割と本気で記憶から消えてました。
「こうなったら、ウチにも意地があるわぁ。ちょっとあいつらをやっちまいなさい」
 今の今まで自分の身を守る為に動かなかったのに、この期に及んで何なんだろうか。まあ、人手も居るし、今なら数人くらいどうってことないけどさ。
「何すっとろいこと言ってんだ、このデブ!」
「ドンに勝てる様な御方を俺らがどうこう出来る訳無いだろうが、このビックピッグが!」
「きゃ、ちょっと、やめてよぉ」
 あらら。ついに仲間割れを始めちゃった。取り巻き四人で、ヘラルドに殴る蹴るの暴行を加えてるんだけど――。
「ちくしょう、なんじゃ、この脂の層は」
「全然、人間を殴ってる感じがしねーぞ」
「アンタ達、そんなんじゃマッサージにもならないわよぉ」
 しかし腕と足が殆ど埋もれて、攻撃力は限りなくゼロに近いのに、防御力って言うか、打たれ強さだけは凄いなぁ。僕が魔法連発すれば戦闘不能には出来るだろうけど、今更どうでもいいか。 
「さて、と」
 残る幹部は、一人だ。
「君は一体、何者なんだい?」
 ホセに問われ、返答に迷う。はて、この場合、僕は一体、何者になるんだろうか。
「通りすがりの……勇者、かな?」
 我ながら、随分と間の抜けた表現だと思う。だけどこれ以外に思い付かなかったのも事実な訳で。
「そだねー。勇者って言ったら余計な厄介ごとに首を突っ込んでこそって感じがするもんねー」
 はい、シスのそれこそ、余計な一言だからね。
「まあ、カルロス海賊団はこれで終わりだろうからね。後は漁師に戻るなり、好きに生きれば良いと思うよ。
 だけど、今度もし悪事に加担する様なことがあれば、世界の裏側からでもやってきて懲らしめるからね」
 アリアハンの山賊をやっつけた時もそうだけど、僕って賊退治するたんびに、説教してる気がしてならない。
「その若さで、何という器の大きさだ。
 それに比べ俺はカルロスなんかの暴力に怯えて、自分の命を言い訳に、何てことをしてきたんだ!」
 い、いや。そこまで大仰に反省されると、それはそれでむず痒いんですけど。
「頼む! 俺をあんたの旅に同行させてくれ!」
 へ? イマ、なんとオッシャイマシタ?
「罪滅ぼしという意味もあるけど、それだけじゃない。君という男の大きさを間近で見ることで、俺は俺の生き様というものを見詰めなおしてみたいんだ」
 正直な所、ホセが何を言っているのか良く分からないです。
「と、とりあえずですね。今は興奮状態と言うか、いきなりのことで混乱してる面もあるでしょうから、ここは少し時間を置いた方が」
 こっちが混乱して、敬語なんて使っちゃってるよ。
「いや、俺は本気で君に感服したんだ。これからは、人生の師匠として仰いでいきたい」
 成程。知恵は幾らか回っても、こういう単純な性格だからいいように使われてきた訳か。僕としても、能天気な生活してるんだったら、冗談で弟子にしてもいいんだけどね。
「あのね。僕は勇者って言ってもまだまだ駆け出しみたいなもので、人様に何かを教えられる立場じゃないの。年齢だって、十六になったばかりだし」
「年なんていーんじゃないの? トランスだって、あたしと三つしか違わないのに、海賊のお頭やってるし、ジパングのあれなんか五つくらい下だった訳だし」
 人を纏めるのと、物を教えるのは、全くの別物ですから。それにトヨ様みたいな規格外を、僕なんかと一緒にしないで欲しいです。
「えーと、ここまで来たら全部ぶっちゃけるけど、僕達は魔王バラモスを倒す為に旅をしてるところでね。本当、そんな余裕は全然無いって言うか」
「おぉ。只者ではないと思っていたら、やはりそういうことか。しかも、かの勇者アレルの実弟。俺の見る目に、狂いは無かったと言うことだな」
 ダメだ、この人、さりげなくかなりのバカだ。
「ハハハ、坊やもついに慕われる立場になりましたか。うんうん、大きくなったものですねぇ」
 ええい、船長、他人事だと思って、適当なことを。
「おっと、こんなところでのんびりしてる場合じゃありません。まだ残党退治が残っているんでした」
 そして、雲行きが変になってきたからって、逃げ出さないで下さい。あなたは本当に大人なんですか。
「んじゃ、あたしもこれで。折角だからカルロス殴ってやろうかなって思ってたけど、意識無いんじゃ楽しくも何ともないしね」
 うわー、トランスさんまで、僕を置いてけぼりにしないでってば。
「師匠! これから、宜しくお願いします!」
 人生、何処で何がどうなるか分かったもんじゃない。そんなことを、本気で思わされてしまったよ。

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