「い、いきなり酒席だなんて、一体、どういうことなんだい?」 「全くよぉ。ウチも忙しいんだけど、ドンのお誘いじゃ断る訳にもいかないわよねぇ。 ホセ、折角だから存分に楽しみましょう。お酌してあげるわぁ」 「は、はぁ」 ホセには悪いけど、ヘラルドには頑張って貰うことにしよう。人間、安全圏に居るからこそ、達観した意見が出るものだったりもするよね。 「まさかこのラード樽と仲良くしろだなんて言い出すんじゃねーだろうな。いくらドンだろうと、そいつぁ飲めねぇぜ」 「それはこっちの台詞よぉ。折角のほろ酔いが悪酔いに変わるから、視界に入らないでよね」 「人を、汚物みたいな扱いしやがんじゃねぇ!」 いやぁ、煽るまでも無く、既にバラバラで、こちらとしてはありがたい話だとは思います。 「うむ、皆の者、良く集まってくれた」 とここで、ドンが幹部達に向けて声を掛けてきた。 「今宵は労をねぎらう意味で、ささやかながらこの様な席を用意させて貰った。大いに飲み、楽しんで貰いたい」 「うまいでやんす。こんな御馳走は一生食べられないかも知れないから、腹が千切れるまで食べるでやんす」 「お、こいつぁ、死ぬまでに飲んでおきたい酒選手権三連覇中の、銘酒『ドラゴンスパイダー』じゃねーか。くぅぅ、羽振りの良い海賊団は良いねぇ。こういう役得が回ってくるたぁ思わなかったぜ」 しかし発案者の僕はともかく、この二人がちゃっかりこの場に居るのはどうなんだろうか。変なこと言い出さないなら、別にいいんだけどさ。 「しかし新入りも、たった三日でこの場に呼ばれるたぁ大したもんだよな。俺もうかうかしてられねぇな。おまけの二人は今一つ存在感が足りねぇが」 「んが?」 「でやんす?」 正直、この手の輩に認められても、余り嬉しくない僕が居るよ。 「ああ、全くだ。俺も少し、自分の立ち位置を考えてみようかと思うよ」 脇に嫌なものを侍らせながら、ホセがチラチラとこっちを見遣ってくる。 あー、そう言えば謀反のお誘いをしましたっけね。いえ、今日はその話じゃないんです。と言うか、そんな不審な行動を続けてると、ドンに変に解釈されますよ。僕は困らないと言えば困らないんで、良いんですけどね。 「ん、そういえば新入りって呼んできたけど、考えてみれば名前は知らないね」 「そうよ、そうよ。まあ、ウチとしてみれば僕ちゃんで何の問題も無いんだけどねぇ」 いえ、僕にしてみれば、生理的な意味でその呼称は勘弁して欲しいんですけど。じゃあ、名前で呼ばれるのが良いかと言われると、それはそれで嫌なんですが。 「俺の名は、アレク」 偽名を使うことも考えたけど、この一件が終われば又、別の地に旅立つんだし、特にその理由も無い訳で。 「アレ……ク?」 「どうかしたかい」 「いや、何か引っ掛かってな……ん! そうそう、何か似た名前の奴に会ったことがあったな」 「ふぅん?」 一応は、平静を装ってみたけど、ドキリとした。僕と似た名前って言われて、思い付くのは一人しか居ない。 「そういや髪も黒かったし、顔も何処となく……お前、アレルって親戚いねーか? 生きてりゃ二十歳くらいになってると思うんだが」 「さて、ね。エンリコには言って無かったかも知れないけど、俺は元々が孤児で、親戚と言われてもちょっとな」 こ、この話題はまずい。兄さんとの関係がバレる可能性は限りなくゼロに近いだろうけど、僕が平常心を保てそうにない。余計なことを勘繰られる前に、適当な方向に逸らさないと。ああ、でも兄さん情報を持ってるなら、ちょっと聞き出したい気も……僕は一体、どうすれば良いんだろうか。 「それで、このむさ苦しいのが、義父のダニエル」 「んが?」 「幸薄そうで、実際、碌な人生送ってないのがスティーブだ」 「でやんす?」 様々な葛藤が心の中を巡りに巡った結果、とりあえずは問題先送りでケリをつけた。エンリコとはこれっきりってこともないだろうし、後日、どうにかして情報を引っ張り出す機会もあるはずだ。幾ら何でも幹部全員が揃ったこの場で無理をするのはリスクが高すぎる。 「ふん、勇者アレルか」 とここで、ドンが口を開いた。え、意外な方向って言うか、こっちも知ってる訳? 「ん? あの時、ドンも居たっけか?」 「ああ、まだ先代のお頭が生きてた頃だな。勇者と、その仲間がやってきたのは。何でも、オーブとかいう宝珠を探しているとか言っていたな」 幸いにしてと言うべきか、こっちの思惑とは違う方向に流れてるけど、ペラペラ喋ってくれるのはありがたい。と同時に、時系列を一瞬で把握出来なくて、少し混乱した。 えっと、兄さん達がアリアハンを旅立ったのは五年ちょっと前。その半年くらい後にレイアムランドに辿り着いてオーブの情報を得て――ジパングからパープルオーブを送りつけてきたのが更にその一年半後だ。どうもオーブ探索期間は、相当、色々な地域に足を運んでたらしくて、ここもその一つだったってことになるのかな。 だけど、ここで一つ疑問も湧いてくる。今、トランスさんが持っているレッドオーブだけど、当時はまだ無かったのか、或いは単に見逃したのか。んー、幾ら兄さんと言っても、所詮は人間だからなぁ。シスみたいに、百発百中でお宝を発見できる方がおかしい訳だから、後者の可能性も否定はしきれない。 「あの時も思ったが、勇者という生き物は良く分からんな。一人、ないしは数名の力で魔王を倒すことなどが出来るものか。戦は、数の力で以ってのみ決まる。圧倒的暴力に対抗できるものは、同質の暴力だけだ。いずれは俺もその力を得て世界へと繰り出し、覇を争うことになるであろうな」 流石に、カチンと来た。そりゃ、僕は勇者として未熟かも知れないけど、その意志と能力を持った兄さんを貶めるのは納得いかない。揉める訳にはいかないから、黙ってるけどさ。 「結局は、チヤホヤもてはやされたいが為にやっていたのであろうな。女連れなどという時点で、お里が知れるというものだ」 「アリアハン人ってのはこれだからいやぁよねぇ。今でも自分達が世界の中心だなんて思っちゃってるんだから」 「うむ。過去の栄光にすがることしか出来ぬ、哀れな存在よ」 「そういえば、彼は父親も勇者なんだっけ」 「親の七光りって奴かぁ? いい女まで連れやがって、気に食わねぇことこの上無かったぜ」 「女なんか連れて旅をするなんて軟弱な証よぉ。やっぱり男一筋っていうのが、正しい道よね」 「いや、それはそれで意味が違う様な気も」 「いずれにしても、勇者などという幻想に囚われず、もっと広い視野を持てということだ」 「そうだな。あんなのを立てて、すがんなきゃなんないアリアハンも、随分と落ちぶれたってことか」 「やっぱり人間、自分の力で生きていかないとねぇ」 「一人で立ち上がることも出来ない、君が言うのもどうなんだろうか」 「ハハハ。まあ、そう言うな。ヘラルドの身体の問題など、アリアハンの体たらくに比べれば、どうということもあるまい」 何かが、僕の中でブチリと切れたかの様な音がした。何だろう。この人達をぶちのめすことが出来るなら、他のことはどうでもいいって言うか。 「ねぇ、お師匠さん」 「ん?」 もう、設定や演技を気に掛ける余裕は無かった。 「酔い潰すのも、ここで幹部連中を足止めするのも、結果としてみれば大差ないよね?」 もちろんこれは、僅かに残った理性で紡ぎ出した詭弁だ。本心は唯、目の前の全てを壊したいだけ。そんな自分に、軽い高揚感さえ覚えていた。 「ああ、俺は根っからのポルトガ人だし、アリアハンやおめぇの兄貴がどう言われようと気にしねぇがな。仮にも弟子のファミリーとなりゃ話は別だ。 つーか、こんだけコケにされたってのに、小賢しい作戦を優先させるようだったら、むしろ見限ってただろうよ」 「ありがとう……お師匠さん」 その言葉に、少しだけ心が落ち着かされた気がした。普段はだらしなさが目についてどうしようもない人に見えることもあるけど、こういう時、大人の後押しはありがたい。 「二人でコソコソ、何を喋ってるのよぉ。結局、そういうんだったら、ウチが相手してあげるわよぉ」 「少し、黙ってて……」 「あぅん?」 「少し、虫の居所が悪いんだ。余り調子に乗られると、やりすぎちゃうかも知れない」 「はぁ?」 エンリコの声が耳に入るのと同時に、僕は腰に下げた鋳型の剣を抜いた。それと共にお師匠さんも立ち上がり、ポルトガ兵時代のものだという得物を手にする。 「あーあ、それにしても俺は高ぇ酒には縁がねぇのかねぇ。だけどこんなゲスな奴らと飲むんじゃ、折角の良い酒も台無しか。 おい、スティーブ! 扉について、外から誰も入ってこれねぇようにしろよ!」 「がってんでやんす」 今、この部屋に居るのはドンを含めた幹部四名と、その近習が十名程だ。だけどヘラルドは自分では動けない為、それを守る為に数名を割くことになるだろう。ホセは恐らくこの手の荒事に進んで参加しようとはしないだろうから、実質的に厄介なのはドンとエンリコを含めた五、六人といったところ。この部屋の窓は崖に面してるから、入り口からの増援さえ防げれば、そこまで難易度の高い話じゃないはずだ。 「一体、何よぉ。剣舞でも見せてくれるって言うのぉ? そんな文化的な趣味、海賊には似合わないわよぉ」 「黙っててって、言ったよね!」 『メラミ』 怒りの言葉と共に、人の半分はある中型火球をヘラルドにぶち当てた。 「あらぁん!?」 「ヘラルド様!」 まるでゴムマリみたいにボヨンボヨンとヘラルドは壁まで転がっていく。お付きの三人もそれについていったから、残りは――。 「何の真似だ、アレクよ。幾らヘラルドといえど、打ちどころが悪ければ死ぬ時は死ぬぞ」 「その名前を、軽々しく呼ばないで。僕は兄さんの意志を継ぐ者の一人として、この名前を誇りに思っている。 あんた達みたいに、生きる意味さえ考えたことがない人に、この重みは分からない!」 そりゃ僕自身が、人に誇れる様な生き方をしてきただなんて言う気はない。だけど、良く知りもしない赤の他人を扱き下ろして酒の肴にするなんて恥ずかしい真似をする程に落ちぶれてもいないつもりだ。 「俺ぁ、頭が悪いから良く分かってねぇんだがよ。勇者アレルってのは、てめぇの兄貴ってことで良いんだな?」 「ああ、そうだよ」 エンリコの問いに、極力、感情を押し殺したまま返答した。 「んで、その兄貴を俺らがバカにしたから、頭に来た、と」 「大体は、合ってる」 「よぉし、だったらこいつぁ、肩がぶつかったかどうか程度のケンカだ。思う存分、相手してやんぜ」 単純明快、頭に配線が一本しか通ってないエンリコらしい結論だと思った。ほんの少し、そちらの理屈の方が分り易いとさえ思えたくらいだ。 「おおっと、てめぇの相手はこの俺だ」 言って、お師匠さんはずずずいっと、エンリコの前に立ちはだかった。 「どっちだって構わないぜ、かかってきやがれ! おい、てめぇらは扉の奴をやっちまえ!」 エンリコと、その取り巻きは二人が抑えてくれる流れになる。こうなると僕が相手すべきはドンとホセの二人だ。 「俺も、エンリコと同じく状況を完全には把握していないのだがな。何やら、癇に障ったというのであれば、相手をしよう。 所詮、人と人とは力でしか分かり合えぬもの。さぁ、俺を捩じ伏せてみよ」 「魔王バラモスと同じ理屈で、人を語るな!」 『ベギラマ』 僕は左手から閃熱を生み出すと、団子気味になっている残りの海賊達に放った。これは攻撃そのものより、ホセの動きを確かめるのが主たる目的だ。どう転んでも積極的にドンを守るってことは無いだろうけど、僕の反逆話をまだ真に受けているなら、とことんまでに逃げを打つ可能性もある。僕としては、そっちの方がありがたいんだけど――。 「うわらはっは」 よし。かなり不細工な演技だけど、よろめく振りをして必要以上の距離を取ってきた。これはこの件に関与しないという意思表示と見て良いだろう。これが僕への謀略っていう可能性も無い訳じゃないけど、ホセの優柔不断な性格からして考えにくい。 「ふむ、良い魔法だ。知恵同様、こちらの才能もそれなりにあるようだな。 だが、若さ故か、行儀が悪い。お仕置きが必要だな」 言って、ドンは嵌めていた手袋を放り捨てた。その中から出てきた両手の拳ダコは今までに見たことが無い程の異形で、手と言うよりは岩の塊であるかの様にさえ思えた。 「貴様ら、手を出すなよ。折檻を二人以上でやってしまっては、只の弱い者イジメだ。それでは教育にならん」 何だか、妙に律儀なことを言ってるけど、こちらにしてみれば願っても無いことだ。とりあえずこの男をのしちゃえば、指揮系統もへったくれも無くなるし、動揺も広がるはずだ。それはこの局面だけじゃなくて、夜陰に紛れてこちらに向かってるトランス海賊団にとっても有益なことに違いない。 「ふぅぅぅん!」 その瞬間、空気を媒介とした強烈な衝撃が全身を駆け抜けていった。次いで知覚したのは、破砕音と共に粉砕される長机の姿だ。 それが、ドンの腕と拳のみで成されたことに脅威を覚えたが、逆に考えれば、所詮は剣と拳だ。多少、技量に差があっても、間合いを取れる分、相殺されて――。 「うおぉぉりゃぁ!」 「な!?」 その巨躯に似合わない猛烈な突進力で、ドンは一気に僕の懐まで踏み込んできた。 や、ヤバい。この距離じゃ剣の利は活かせないし、防ぐことも難しい――。 『スカラ』 攻撃用に練り込んでおいた魔力を、瞬時に防御用に展開した。こうなったら一発を貰うのは覚悟の上だ。それで距離を取って、体勢を立て直す。 「ふんぬっ!」 「ぐえっ」 スカラで防御した上、鎖かたびら越しだっていうのに視界が暗転するくらいの痛みを左脇腹に感じた。 何てパワーだ。まともにやりあったら、殴り殺される公算が強い。どうにかして、距離をとらないと。 「小賢しさとは、時に罪悪だ。知識とは元来、その者の世界を広げる為にあるものだが、貴様の様に知識に囚われた者は世界を狭めてしまう。頭だけでは力の前に屈するものであると、骨の髄まで思い知るがよい」 くっ。こんな奴が、姉さんと似た様なことを言うなんて――絶対に許さない。何が何でも、地面に這い蹲らせてやる。 Next |