「何だか、団内が騒がしいようだが、何かあったのかい?」 ホセの部屋に入るなり、そんな問いを浴びせかけられた。 「ああ、ヘラルドとエンリコが一触即発の状態になったらしくてね。とりあえずの衝突は避けられたが、今後はどうなるかねぇ」 「おいおい、穏やかじゃないな。と言うか君は、ドンに内部調和を求められたって聞いてるんだが良いのかい?」 「今日は、そこのところで少し、相談があって来たんだ」 言って、僕は周囲や扉なんかを見回した上で、再びホセに向き直った。 「この部屋は、盗聴や何かに関して完璧だって本当かい?」 「ん? ああ、これでも一応、余り他の団員には見せたくない資料なんかも扱ってるからね。そこのところはかなり本格的なはずだよ」 「じゃあ、単刀直入に言おう。アンタには、ドンを失脚させるのを手伝って貰いたい」 「……今、何と?」 間の抜けたと言うか、呆気に取られたと評するのが的確だろうか。ホセの顔は年端も行かない子供みたいに、純粋な驚きの表情を形作っていた。 「俺としては、ちまちま媚を売って、最終的な肩書が幹部だなんてアホらしくてね。一気に上を狙ってみようって思うのは、普通の心理だろ?」 もちろん、素の僕は、そんなこと面倒くさいとしか思ってないんだけどね。 「だけど、だな」 「ああ、分かってる。そんなことをしても、アンタには何の得も無いって言いたいんだろう? ところがさにあらず。そりゃたしかに今のままドンの下に入れば、海賊団が存続する限り命は保証されるだろう。だが、モンスターや、国軍とまともにぶつかり合って潰されたらどうなる?」 「それは、そうだが」 「この企みが成功した暁には、アンタが望む通り漁師に戻れる様、手配しよう。 俺にしてみりゃ、幾ら有能でも、大してやる気の無い部下なんて必要ないんでね」 忠誠心と出世欲が無く、保身が最優先行動原理の人に、この揺さぶりが通用するかは分からない。だけど、保身が第一ということは、誰かにバラす可能性は低く、行動にも迷いが出るはずだ。多少、知恵が回るホセなら尚更、ね。 「少し、考えさせてくれないか」 「ああ。決断したら、この部屋に呼んでくれ」 「手を貸すとは、限らないよ」 「それはそれで。傍観ってのも、場合に依っちゃ立派な協力だからな」 こっちとしてみれば、海賊団の頭脳であるホセを無力化するだけで、充分な価値がある。 何にしても、ここはこれで一区切りとして、僕は部屋をあとにした。 「どうも、団内の空気が不穏当な様だな」 「ああ、ドン。その件について、話がある」 「どうした?」 「下調べで色々と探って回ったんだが、どうも内部に、反旗を翻そうとしている勢力があるみたいだ」 「なんだと?」 もちろんでっち上げなんだけど、こう引っ掻き回してギクシャクした状態だと、まともに裏なんて取れやしないよね。 「うぬぬ。一体、どいつがそんな真似を」 「一応、俺の中にこれってのは居るけどな。もう少し裏を取ってから報告させて貰うことにするぜ」 「あい分かった。それにしても入団間もないと言うのに貴様の忠誠心は感服に値する。近々、恩賞で以って報いようと思うぞ」 しかし、ここまでトントン拍子で話が進むと、むしろ嵌められてるのは僕なんじゃないかって勘繰っちゃうよね。 そんなことをしても何の得も無いし、それだけ隙の無い組織だったら、とっくの昔にトランスさんの海賊団は潰れてるだろうから、有り得ないんだけどさ。 「んで、こっからどうすんの?」 二日目の晩、再びやってきたシスと共に、作戦会議を始めた。ちなみにアクアさんは、トランス海賊団での人気が急上昇中らしく、説法という名の独演会を催してるとか何とか。元人気者のトランスさんは、嫉妬してるんだろうなぁと思ったりもするよ。 「良い感じで崩れてきたとは思うんだけど、何かこう、一押しが欲しいところだよね」 「今度は、大事にしてるものを一つ一つ壊していくとか?」 それはそれで、とんでもなく極悪なことをしてるんじゃないかって思えてくる辺り、僕の器は小さいと思うんだ。 「でもまあ、人間不信って線は良いよね」 出来れば派閥内の結束も崩したいところだなぁ。それさえ成功すれば、もう組織の体を成してない訳だし。 「こういう賊達にとって、共通の敵と味方って何なのかな?」 思い付きに近いけど、組織内基板を固めるには、同じ方向を向かせるのが手っ取り早い訳で。逆に言えば、視線の先をバラバラにしちゃえば良いんじゃないかって思ったんだ。 「敵って言えば、やっぱ官憲っしょ。幾つになってもあいつらへの苦手意識って消えないし」 「一応、僕も元を辿れば、王様という最高権力者に要請されて旅立った訳なんだけど。考えように依っては政府の犬だよね」 「まあアレクの場合、何の権限も無いし、場合によっちゃ平気で国家権力に歯向かいそうだし」 その件に関しては、あんま否定しないけどね。 「そういう意味じゃ、味方ってのは居ないよねー。基本的には干渉しあわず、利害が一致すれば協力もするけど、見捨てる時はあっさり見捨てる感じ」 「それはもう、大体、見聞きして知ってる」 ある程度は想定してたけど、考えてた以上に烏合の衆だった。本当、普通に各個撃破しても勝てるんじゃないかって思えたくらい。 「共通の敵は居るけど、仲間意識は低い……でも、この土地はサマンオサの権勢が殆ど届いてないから――」 この状況で、とるべき作戦は、と。 「シス。ちょっと頼みごとしていい?」 「ん? なになに、面白いこと?」 「面白いかは分からないけど、試してみたいことがあってね」 もし、この試みがうまくいったら、ここの組織系統はバラバラになるだろう。だけど、幾ら何でも、こんなもので本当に成功するのかという疑念もあった。それでも、試せることは全て試しておくべきかなって、思うんだよね。 「おい、新入り、ちょっと良いか?」 「はい?」 潜入三日目の朝、僕達は柄の悪いお兄さんに声を掛けられた。 えーと、たしかエンリコ派の人だったかな。 「てめぇ、まだ、何処にも所属してねぇらしいな」 「ああ。まあ、一生ってのは大袈裟だけど、今後は左右するからな。ちょっとくらいは真剣に考えるさ」 これからは、女の子相手にも口からを出任せを言えるように頑張りたいです。 「良いか。これから俺らが喋ることは、あくまでも駄弁りの一環だ。たまたま耳に入ったとしても聞き流せ、良いな」 「ほぉ?」 彼らが手に持ってるのは、一枚の紙切れだった。やっぱり、食いついてくれたなぁ。何だか、釣りの楽しさに似てる気がしてきたよ。 「俺ぁ、とんでもないもんを拾っちまったんだ。下手したら、組織の根幹を揺るがしかねない程のもんだ」 実は根底はもとより、上層部も含めた全てがグラグラだなんて残酷すぎて言えやしない。 「これを見てくれ」 言って舎弟は、手にしていた紙を広げた。 「昨日の騒動の余波でエンリコのアニキの部屋を片付けてる時に見付けたんだがな。こいつぁどう見てもサマンオサ王国広域治安軍の密書だ。順当に考えてアニキがサマンオサと通じてるってことになるんだが、アニキがそんなことをするとは思えねぇ。俺は一体、どうすれば良いんだ」 言うまでも無いけど、この密書と思しきものは、僕とシスが夜なべして作ったものだよ。 「これから口にするのは、俺の独り言だ。壁が喋ってるとでも思ってくれ」 一応、設定には付き合ってあげるのも人情だと思うんだ。 「個人的な意見としては、静観ってのが良いと思うぜ。何しろそいつがもし本当なら、ここの力関係どころか、全てをひっくり返す程の大事だからな。安易に他の幹部に知らせたりしても、身の安全が保証されるとは限らない。裏を取るまでは、慎重に動いた方が良いだろうな」 「そ、そうだよな。そもそも、エンリコのアニキがこんなことする訳ねーしな」 それはたしかに正解。だけど世の中って、もっとタチが悪い悪意が満ちてたりもするんだよね。その張本人である僕が言って良いのかは知らないけど。 「すまねぇな、参考にさせて貰うぜ」 「ま、俺としても独り言ってのは嫌いじゃないからな」 ちなみに、この怪文書とでも言うべき書類は、鉢合わせない程度に何枚もバラまいてある。利だけで繋がってるヘラルドのところなんて、どうなることやら。はてさて、一体、どれくらいの効果を、波及させてくれるかね。 「頃合い、かな」 三日目昼、思っていたより遥かに浮き足立ってる構成員達を目の当たりにして、そんなことを独りごちた。何か、あんな胡散臭い紙切れ一枚でこうも忠誠が揺らぐってのもどうなんだろう。食い詰め集団だから、必然って言えば必然なのかも知れないけどさ。 「よっ、と」 キメラの翼で、トランス海賊団に手紙を送る。内容は、今晩、夜襲を掛けて欲しいっていう要請だ。 まだ様子見って感じだけど、現状でどれだけ動けるのかは確認しておく必要がある。本当に崩れきってるなら、現有戦力での撃破も不可能じゃないだろうしね。 「しかし前の海賊団も懐かしいよなぁ。遥か昔のことのようだぜ」 お師匠さん、お師匠さん、一体、何を浸りきってるんですか。そもそも、貴方の今の所属は僕達の船でしょうが。そんなに海賊暮らしが気に入ったって言うなら、置いていきますよ、全く。 「ドン、いきなりでなんだが、今晩、幹部と近しい者を集めて軽い酒宴を開いてみたいんだが、どうだい」 「酒宴、だと?」 「ああ。例の裏切り者なんだが、詰めの裏取りが欲しくてな。一通り集めて煽ってやれば、ボロを出すんじゃないかと思ってな」 「うむ、良い案だな。早速、通達することとしよう」 「もし来ないなんて真似をすれば、疑いが強くなるってことくらいは分かってるだろうからな。全員、出てくると思うぜ」 もちろん、この誘いの真意は、幹部を酔わせて機能を低下させることだ。これはこれで、腕の見せどころになるのかな。 Next |