邂逅輪廻



「あら、僕ちゃん。ホセの方は、どうなったのかしら?」
 さて、と。幹部で最難関なのは、このヘラルドだよなぁ。そもそも、どういう脳構造してるかすら良く分からないし、今まで接したことの無いタイプなもんで、どっちに跳ねるかさえ想像が付かない。
「よくよく見てみるとあんたも可愛い顔してるわよね。ちょっと年いってる方が好みだけど、充分、守備範囲よぉ」
 イレギュラーっぷりと言うか、不規則発言の度合いはアクアさんに匹敵しそうだなぁ。勝ってるとは言わない辺り、アクアさんを信じてると思うよ。
「まだあんたのことを良く知らないからな。こういうのは気持ちが大事だろ?」
 とりあえず、適当なことを言って矛先を逸らしておこうと思うんだ。
「あら、ウチは結果だけでも、そんなに気にしないわよぉ」
 うわー。これはもしかしたら、余計な発言だったかも知れないね。
「そ、それより今は、ホセの話だろ?」
「そうよね。やっぱりデザートの前には、がっつりメインディッシュを堪能しないとね」
 肥樽って言うか、キャラピラーそっくりな生き物に捕食される前に、全力で逃げ出さないといけないと思ったよ。
「俺が見る限り、ホセの方も少なからず好感を持ってる様だったけどな。
 唯、接し方が分からなくて、ちょっとつっけんどんな態度になってるって感じなんだろうな」
 ホセには悪いけど、ここは生贄になってもらおう。まずは保身、何よりも自分の身の安全。
 大丈夫、大丈夫。たしかに比喩的な意味で取って食われるかも知れないけど、命には別状ないはずだから、多分。
「いやぁねぇ、ホセってば、実は照れ屋さんだったのね。ウチ、勘違いしてドギマギしちゃったじゃないのよぉ」
 しかし、これが女の子の反応だったらまだ許容範囲だと思うんだけど、同性で、外見が個性的すぎるっていう理由で生理的嫌悪感を覚えるのは、差別的な話なのかなぁ。いや、どんなに薦められても食べられない珍味は存在する訳で、しょうがない話なんだよ、うん。
「だけどどうしたものかしらねぇ。ウチってば繊細だから、そんなこと知っちゃったら、恥ずかしくて顔を見せられないじゃない」
 棍棒で全身をボコボコと叩いてもダメージを吸収出来そうな風体で、良く言ったものだと思う。
「そう深く考えるなよ。案外、ああいうタイプは勢いで押せば、崩れるもんだぜ」
 ゴメンね、ホセ。今、最も優先すべきなのはこの海賊団をシッチャカメッチャカにすることなんだ。
 とはいえ流石にここまですると、心がシクシクと痛んでくるよ。
「それもそうね。それじゃあちょっと、頑張ってみようかしら」
 あんまり、宗教そのものには興味が無い僕だけど、この時ばかりは祈りを捧げる心持ちになった。人間の業って、何処まで行っても深いものなんだなぁ。


「うむ。どうやら貴様、ホセより知恵が回るようだな」
 ドンの夕食に招かれて言葉を交わす中で、こんな遣り取りがあった。
 うーん。基本、脳筋だらけの海賊団の中では少し頭の切れるホセより上って言われても、褒められた気がしないなぁ。
「そりゃ、どうも」
 もちろん、おくびにも出さないで社交辞令は返しておくけどね。
「やる気と忠誠心次第では、近い将来、俺の側近になるやも知れんな」
 いえ、僕と致しましては出来うる限り早く用を済ませて、逃げ帰る気で満々なんですけどね。
 それと、エンリコは良く分からないけど、ホセは嫌々働かされてるし、ヘラルドも自分のことしか考えていない。ドンの人物査定には、相当の疑問が残る訳で。
「で、何をしろって言うんだい?」
 そんな、数々の考えを全て飲み込んだ上で、腹の内を読み解く。つまりは、信頼を得る為、そして能力を証明する為に、一仕事しろという前振りだって考えるのが妥当だろう。
「ふん、話が早くて助かるな」
「幸い、頭は親父に似ずに済んだんでね」
「んあ?」
 しかし演技とはいえ、お師匠さんの弄りやすさは便利極まりないなぁ。
「単刀直入に言おう。ホセ、ヘラルド、エンリコの間を取り持って欲しい」
「ほぉ?」
 一瞬、ヘラルド的な意味での話だと思ったなんて、内輪でさえ口に出せないよ。
「個性的であるのは良いのだが、それが奴らにとっては不和の要因でな。
 今後、世界に向けて動きだす俺達にとっては、不安の種は取り除いておきたいところなのだ」
 何て言うか、僕が知らない間に、世界は随分と狭くなったんだなと思った。そもそも、普通に考えれば千人って多いかも知れないけど、まともに国軍に当たったら一揉みだよねぇ。散発的且つ、網の目を掻い潜る様にしてきたからこその勢力なのに、拡大してどうするんだろうか。
 もしかして、支配地域に比例して、規模も大きくなるとか夢見てるのかな。それならたしかに、優秀な部下が必要になるっていうのも分かるけど、質がちょっと、ね。正直、多少、取り巻きを作ることは出来るけど、それだけの面子にしか見えない訳で。
「オーケー、了解した。やれるだけのことはやってみるよ」
 ま、僕としては公的にチョロチョロ動けるお墨付きを頂けたみたいなもので、断る理由は無いけどね。
「うむ、この任が成功した暁には、十指に入る待遇を約束しよう」
「破格の扱いでやんす。これはやる気出るでやんす」
 いやー、海賊業界でどれだけのことかは知らないけど、個人的には食指が動かないなぁ。そもそも、出世には全くと言って良いほど興味無いんだよね。何だか、面倒くさそうで。
「ふん、すぐにでもあんたの足元まで行ってやるよ」
 それでも、一応のポーズを取る辺り、やっぱりこなれてきたと思うよ。


「良い月……だなぁ」
 窓辺に腰を下ろして、ぼんやりと空を見上げると、意識せずにそんな言葉が漏れてきた。旅に出る前は殆ど思った事ないのに、こりゃ、確実にトヨ様の影響だね。幼少期に形成された価値観は一生変わること無いなんて冷めた説をちょっと信じてたけど、どうもそんなことは無いみたい。
「ぐがー、ぐがー、今晩は尻尾じゃない魚が食えるでやんす。贅沢でやんす」
「マティルダー、俺を、俺を捨てないでくれー。何でもする。家事全般だけじゃなく、奴隷の様に従事するから頼む!」
 しかし寝言と言っても、男二人のこんな台詞を聞くと風情が台無しだなぁ。
「ん?」
 何だろう、月に小さな影がかかった様な? ちょっと曇ってきたのかななんて思ってたら、それはみるみる内に大きくなり、一目でそれと分かる陰影を作り出して――。
「わ!?」
「元気してた?」
「こんばんわ、ですの」
 窓の縁にすたっと降り立ってきたのは、シスとアクアさんだった。余りに驚きすぎて椅子から転げ落ちそうになったけど、騒がれるのは困るし、根性で持ちこたえた。
「な、何で二人がここに居るのさ」
「ん? キメラの翼で、こう、パーッと」
 お約束の勘違いをありがとう。
「そうじゃなくて、どういった理由でって意味」
 とりあえず潜入工作はここまで順調っぽいのにさ。変に勘繰られる危険性を押してまでこっちに来た事情を聞いてる訳。
「だってもう夜だよ? ここからは、あたしが本領発揮する時間じゃん」
「……」
 そうでした。この子は、僕が想像している以上に思考が単純明快なんでした。
「それで、具体的にどうするつもり?」
 もう、シス相手にまともな論争が通用しないことは分かってるので、ここは妥協点を模索することにしようと思うんだ。世間的には、諦観って言う気もするけど、あんま気にしないでおくよ。
「要は戦力削りまくれば良いんでしょ。あっちこっちで騒ぎ起こして、寝不足にするとかどう?」
 こっちがセコセコ内部撹乱を狙ってるのがアホらしくなるくらい真っ向勝負の作戦だと思う。
「ザメハを無差別に掛けるという手段もありますの」
「少し、睡眠妨害から離れない?」
 そりゃ、二日三日続ければ、意識も朦朧とするだろうし、ラリホーなんかも効きやすくなると思うけどさ。現実的にそれが実行可能なのかって疑問が湧いてきたよ。
「後はお宝的なものを盗みまくって、戦いどころじゃなくするとか」
「それは完全に君の私欲でしょ」
 何て言うか、半日しか経ってないのに、随分と懐かしい掛け合いになってきた気がする。
「ん? でも、ちょっと待って」
「お、ひょっとして、理解示してくれた?」
「そーじゃなくて」
 単にお宝と呼べる物を盗み出した場合、真っ先に容疑者となるのは新入りの僕達だろう。そうなると、今まで掻き乱してきた分が無になる可能性もある訳で。
 その上で、導き出される作戦は――。
「シス、ちょっとお願いしたいことあるんだけど良い?」
「ほっほー。その顔、良い悪だくみ思い付いたみたいだね」
 何が、『ほっほー』かなぁ。
 って言うか、盗みをさせる気は無いんだからね。そこのところは、はっきりと認識してよ。


「うぐぁぁぁぁ! ねぇ、ねぇぞ!」
「どうしたんだい。朝っぱらからそんな大声出して」
 翌朝、偶然、通りがかったかの様にしてエンリコの部屋に入り込むと、そう声を掛けた。
「俺のお宝が、何処にもねぇんだよ!」
「ふーん?」
 あまり興味が無い風を装ってるけど、もちろんこれは僕達が仕組んだことだ。とりあえず二人には帰ってもらって、僕は僕で内部工作を続けることで纏まったんだけど、シスにはその前に思いつく限りの仕事をして貰っている。
「ちなみに、何が無くなったんだい?」
「宝石飾りが幾つもついた短剣だ。価値はそりゃ大したもんらしいんだが、それより切れ味が凄くてな。
 げやぁぁぁ! 一体、何がどうなってやがんだ!」
 シスの何が凄いって、初めて入った部屋で、価値があるものを一瞬で見極める点だよね。僕と最初に会った時もパープルオーブを嗅ぎつけたし、どういう感覚してるんだろうか。
「何処かに置き忘れたって可能性は?」
「ある訳ねぇだろ。俺は大体、あいつを抱いて寝てるんだからな」
 大の男として、それはそれでどうなんだろう。
「となると、盗られたって線が濃厚か。
 そんな不届きな奴が、この海賊団に居るのかねぇ」
 敢えて事実に近い可能性を示唆して、矛先をこちらが望む方向に誘導する。エンリコの直情的な性格からして、ここで導かれる結論は――。
「ヘラルドしか居ねぇに決まってんだろう。あの野郎、叩きのめしてやる!」
 やっぱり、こうあからさまな対立があると工作がしやすいよね。ちょっと楽しくなってきちゃったよ。
「おいおい、そんなこと大声で言って良いのかい?」
「構わしねぇよ! ちくしょうめ、どうしてくれようか」
「ふぅん、エンリコってば、そんなこと言っちゃって。アンタも偉くなったものねぇ」
 不意に、台車に乗ったビア樽――もといヘラルドが廊下から声を掛けてきた。余りに肥えすぎた結果、自分では動けなくなったらしいんだけど、海賊として完全に失格の域だよね。
 ちなみに、ここを通り掛かったのは偶然じゃない。ホセについての話があると言って呼び出しを頼んでおいたんだ。
 さぁて、男だらけの修羅場ってのも珍しい気がするけど、ここからどうなるのかな、っと。
「てめぇ、俺の剣、何処にやりやがった!」
「何、言ってんのよ。ウチはあんな趣味悪いものに興味なんて無いわよぉ」
「んだと、このタコ。やんのか、オラ?」
「まあまあ、落ち着けよ。証拠がある訳でも無いんだろ?」
 心の中で舌を出しながら、敢えて疑念を煽る言い回しをしてやる。これならどっちの味方をしているという訳でも無いし、良い感じで双方の溝を深められたと思う。
「ドンもホセも、わざわざ俺のもんを取り上げる程、器は小さくねぇよ。可能性があんのはこいつくらいだ」
「ムカつく筋肉ねぇ。ウチの心はこの身体と同じく、無限大の大きさを持ってるのよ」
 そんなブヨンブヨンの心なんて、幾ら大きくてもどうかなぁ。
「そういうこと言うならウチも言わせて貰うわ。
 さっき、ウチが着替えようと思った時、下着が幾つか見当たらなかったのよぉ。片付け間違いかと思って気にしてなかったんだけど、アンタが盗んだんじゃないのぉ?」
「誰がんな廃棄物盗るか!」
 シスの恐ろしいところは、単に市場価値が高いものだけじゃなく、その個人にとって大事なものも見極められる点だと思う。唯、まあ、何て言うか、あんなものを手にしなきゃならなかったことについては、悪かったかなって思わなくも無い。
「失礼しちゃうわねぇ。この海賊団に女っ気なんて無いんだから、手を出すのはおかしくないでしょ? そんな照れ隠ししなくても良いじゃない」
 いやいやいや。例え十年単位で女の子の居ない生活してようとも、ヘラルドにそういう感情を抱くことは有り得ませんから。ここは本当、宮廷の採用試験に出るくらいの勢いで重要なところだからね。
「二人共、冷静になりなって。別に、ブツが互いの部屋から出てきたって訳でも無いだろ?」
 言いながら、又しても心の中で舌を出した。ここまで来ると、誘導なんかしなくても良い気がしないでも無いけど、軽く後押しくらいはね。
「それもそうよねぇ。アンタ達の部屋を探してもいないのに、こんなところで言い合っててもしょうがないわぁ」
「んだと、じゃあ、こっちも調べるが文句ねぇんだな?」
「別に良いわよぉ。やましいことなんて、一つも無いしね」
「おい、てめぇら、人数、掻き集められるだけ掻き集めてこい。総力で家探しだ」
「こっちもよぉ。ウチ達の結束力、見せてあげるわぁ」
 何だか、想像以上に物凄い勢いで対立を深めていく二つの派閥。もしかして、僕がわざわざ引っ掻き回さなくても自然崩壊したんじゃないかって思ったけど、ま、ここは少し自惚れておこうかな。
「ふん、趣味の悪いもんばっかり集めやがって」
「あら、武器と身体を鍛える器具しか出てこないアンタ達に、この芸術を分かって貰おうとは思わないわぁ」
 次から次へと出てくるヘラルドの異次元彫刻が芸術だって言うんなら、僕は一生、芸術なんて理解できないでも良いかなって思うんだ。
「ヘ、ヘラルドさん! 探してるものって、たしかヘラルドさんの下着で良いんですよね?」
「ピンクのレースの奴よぉ。お気に入りなんだから」
 当然だけど、精神衛生に物凄く良くないから、想像なんかしちゃダメだよ。
「そして、エンリコ一派は、宝剣を探してる、と」
「物分りの悪い子は、嫌いよぉ」
「い、いえ、そうではなくてですね――『エンリコの』ベッドの下から宝剣が出てきたんですが……」
「はぁい?」
 そう。僕が選択した作戦っていうのは、各幹部のお宝を、その部屋内で移動させるというものだ。これなら盗みにはならないし、下手に他の部屋から見付かるより遥かに気まずい。唯の勘違いで言われなき嫌疑を掛けたことになるんだからね。
「さぁて、エンリコ。この落とし前、どうつけてくれるのかしらん?」
「くっ……」
 窮地に陥って、エンリコは声を詰まらせる。大丈夫、大丈夫、僕の読みだと、もうそろそろ――。
「エ、エンリコのアニキ。ヘラルドの洋服棚の奥から、それらしき下着が出てきやした!」
「何だと!?」
 もちろん、これも僕達が仕組んだことだ。さて、ここで僕が出来る一押しは、と。
「誰にでも、勘違いはあるってことだね」
 ここは軽く仲裁に入るのが正解に近いと思う。下手に殴り合いに発展してエネルギーを消費させるより、鬱屈した気持ちを溜め込ませた方が有効かな、って。
「ケッ。今日のところはお互い様ってことでこれくらいにしておいてやる」
「なぁに言っちゃってるのかしら。元はと言えば、アンタが騒ぎ立てたことでしょ?
 いつか絶対、痛い目見させてあげるわよぉ」
 かくして、海賊団内、第三勢力ヘラルド一派と、第四勢力エンリコ一派の対立は決定的なものとなった。
 いやー、こうもうまくいっちゃうと、こっちとしても楽しくてしょうがないなぁ。

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