「うちの海賊団はのぉ。ドン・カルロスを筆頭に、腹心のホセ、三番手にヘラルド、四番手がエンリコと続く。 ピラミッド構造と言うよりは、それぞれに付き従う部下達の数の順番と言った方が的確じゃろうの。ホセも表向きは腹心を装っておるが、いつだってドンの寝首を掻く気で満々じゃよ」 僕達は、プラプラと歩いている内に会ったお爺さんに、この海賊団の内実を教わっていた。 推察通り、必ずしも一枚岩って訳でも無いみたいだね。そういう意味では、こっちの戦力の方が纏まってはいるかな。まあうちの場合、トランスさんファンクラブと、海の男シンパシーっていう、絆なんだかなんなんだか良く分からない繋がりなんだけどさ。 「それにしても、そんなペラペラ喋って良いのかね。 俺達は、得体の知れない新入りだぜ?」 何だか、あまりに気さくに事情を語ってくれると、勘繰りたくもなる訳で。 「良いんじゃよ。儂は何処にも所属しとらんから、誰に目を付けられるという訳でもない。 そもそも、目を掛けていた若いもんがこっちに来たからついてきただけで、この海賊団そのものを肯定している立場でも無いからの」 「おいおい、そんなことを言うかね、普通」 少し、意地悪に問い掛けてみた。 「儂は単なる老人だからの。組織を正す力も無ければ、加担したことを悔いて己の命を捨てる勇気も無い。浮草の様に漂い、末路を自身で決めることも放棄しておるのじゃ」 力なくそう言い放つお爺さんに、違和を覚えた。 たしかに、組織を潰すにしても立て直すにしても、その労力はとんでもないものになるだろう。ましてや、この年齢ともなると、腕力や体力の面で、心もとないのは間違いない。 だけど、本当に諦めた人間がこんな目をするんだろうか。何かを求めてすがってるって言うか。 「爺さん。俺らに情報を与えて何かをさせようってんなら、お門違いだ。自分の願いは、自分で成すんだね」 とりあえず、真っ先に思い付いた可能性を口に出してみた。 生憎、僕の器は自他共に認める程に小さい。自分と、精々が身の回りの人間のことで精一杯だっていうのに、行きずりに近いこのお爺さんのことまで手に負えるかと問われれば、答えはノーだ。 「でもまあ、たまたまこのタイミングで何かが起こるってことも無いとは言い切れない。その時は、爺さんの望みが叶うってことも、あるやも知れないな」 それでも、唯、希望を奪うだけというのも後味が悪い辺りが、僕の甘いっていうか、徹しきれないとことだと思う。 「うむうむ。人生とは、往々にしてそういう偶然に巡り合うものじゃ」 結局、このお爺さんどうこうに関わらず、僕達がやろうとすることに変わりは無い訳で。 何はともあれ、別れを告げると、特に当てのない散策を続けることにした。 「僕ちゃん。どうも、色々と嗅ぎ回ってる様だけど、一体、何が狙いなのかしら?」 「新入りが、内部事情を把握する為に汗を掻くのは、悪いことなの?」 色々と歩き回ってる内に、僕達は目を付けられる立場になったらしい。ナンバースリーとされるヘラルド一派に声を掛けられ、その溜まり場である大部屋へと連れ込まれてしまった。 「ふぅん、口は達者な様ですね」 それにしても、この男とも女ともつかない喋り方は何とかならないかなぁ。正直、生理的に受け付けない部分がある。 「でもね、僕ちゃん。ウチはドンみたいに脳味噌まで筋肉で出来てないの。 僕ちゃんみたいに怪しいのを信用なんてしないわよぉ」 大樽みたいにブクブクと肥え太ったヘラルドを見て、『じゃあ、貴方は頭に脂身が詰まってるんですね』、と思う。もちろん、口に出しては言わないけどさ。 「信頼は、言葉じゃなくて行動で示すものだろ。何をしろって言うんだい?」 ここまで来たら、毒を食らえば皿までだ。踏み込めるところまで踏み込んでみよう。 「そうね。それじゃ、ホセの弱みでも探ってきてもらおうかしらん」 「ホセって言うと、ドンの腹心っていう?」 「そうよ。あいつは本当にやな奴」 「へー、そうなんだ」 「だってウチが幾ら誘っても、なびきゃしないんだもん」 「……」 とりあえず、深く考えるのはやめておこうかなって思うんだ。 「エンリコの方は、良いのかい?」 何しろ、順番で言えば直下の派閥だ。上と同じくらい、潰せる内に潰すっていうのが、常道ではあると思う。 「良いのよ。エンリコは声が大きいだけで、本当に頭悪いんだもん。手下も似た様なのしか居ないから、今の規模で頭打ちよ。 大体、全然、ウチの趣味じゃないしね」 しかし、エンリコの評価は予想通りに低いなぁ。何か、凄く使える情報の気がしてきたよ。 「じゃ、ホセのところに行ってみるよ」 何にしても、ここから逃げ出す口実が欲しかったところだ。ここら辺で切り上げることにしようっと。 「幾らホセがいい男だからって、ウチより先に手を出しちゃやーよ」 「しないよ」 しかし良い男ってのもいうのも、色々と大変なんだなぁ。完全に他人事だから、気楽な感想も漏れてきちゃうよ。 「ふぅ……」 初めて目にしたホセの風体は、想像とは大分違っていた。いや、たしかに顔の造形は整っていて、知的なものも感じるんだけど、何か生気を感じないって言うか。野心家で、ドンの寝首を掻こうって人には見えないなぁ。 「お前らが、例の新入りか」 「あぁ」 「済まないが、腹痛に効く薬を持っていたら分けてくれないか? 良い療法を教えてくれるんでもいい」 「……」 え、いきなりなんですか、その質問って言うか、要望は。 「どうにも、心配事が溜まるにつれて、胸の下が痛くなってしょうがないんだ」 それは精神性の負担に依って一部の臓器に負担が掛かってるんだと思います。医者じゃないんで、確たることは言いませんけど。 「これだけの海賊団の腹心ともなると、苦労が耐えないってことか」 まー、これも他人事だし、適当なことを言わせて貰おうっと。 「……」 あれ、いきなり周囲をキョロキョロ見ちゃって、どうしたのさ。 「ここだけの話だ。誰にも言うなよ?」 ん? 「俺は、別に好きで腹心なんかやってる訳じゃないんだ」 「は?」 いきなり予想外のことを言われて、素に近い声を出しちゃったよ。 「元々は友人に巻き込まれて入っただけなんだがな。少しばかり頭が回るせいで、あれよあれよと祭り上げられて今の状態って訳なのさ。 だが、ナンバー2とはいえ、所詮は中間管理職。上からはこき使われ、下からの突き上げもキツい。あぁ、町で漁師をやってた頃が懐かしい」 世の中、色んな過程を経て、今の境遇になった人が居るんだなぁ。 「ドンを倒してやろうって話も聞いてるけど?」 「あぁ、それは単に、いっそ一番上の方が気も楽かなと思って言った与太話だ。そんなやる気やエネルギーは俺にはねぇ」 噂って、いつも無駄に大きくなるものだよね。って言うか、多分、何だかんだで一番上が面倒事や重圧の面でも一番だと思うよ。僕には、一生、縁の無いことの様な気もするけど。 「ところで、どうして俺にそんな話を?」 初対面だと、逆に喋りやすいってことはあるのかも知れないけど。 「何故だろうなぁ。お前さんからは、どうにも俺と同じ匂いがしたもんでな」 正解。少しは頭が回って、分不相応な役職を与えられたって意味では、似た立ち位置ではあるんだよね。 「何にしても、こんなもんでも、何かの縁だからな。また遊びに来いや」 「ま、愚痴くらいは聞いてやるよ」 こんな気弱な人を罠に嵌めないといけないと思うと心も痛むけど、やっぱ海賊に加担した時点でしょうがないよね。 そう自分に言い訳をして、ホセの部屋もあとにする僕達だった。 「ふーむ」 一通り、主要な幹部に対面してみると、これはこれで面白い人間関係があるなぁ、なんて思ったりもする。 良くも悪くもまっすぐで、足元なんて気にしないドン・カルロス。頭脳派だけど気弱で、とても人の上に立つ器じゃないホセ。その身体付きと同じく、人としての欲望を抑えることが出来ないヘラルド。脳みそまで筋肉と評され、突撃することしか知らなそうなエンリコ。やっぱり、あんまし纏まった組織とは評せないし、突っつきように依っては、良い感じに崩れてくれそうな気がする。 問題は、具体的にどうしたものかという点だ。やっぱり、うまいこと口先で引っ掻き回してみるのが手っ取り早いだろうか。でも、胡散臭い新入りの僕を信じてくれるかと言うと――。 「どうしたでやんす? 幾ら見詰めても、愛には応えられないでやんすよ?」 うん、この際だし、いっそ舐めきった感じで試してみよう。別に、トランスさん、スティーブさんを始めとした、一直線な性格の面々を参考にした訳じゃないからね。 「ぬぁにぃ!? ヘラルドの奴が、俺らに狙いを定めて準備しやがってるだとぉ!?」 この手の内部撹乱に於いて、真っ先に対象になるのはどうしても単純明快な人の訳で。深く考えるまでもなく、エンリコに決定したよ。 「あぁ、流石のヘラルドも日の出の勢いのあんた達は捨て置けないと判断してるみたいでな。まだ数で上回ってる今の内に叩き潰そうとしてるみたいだな。 俺達にも、『もうすぐ負け犬になるあんな奴についていっても、良いことなんてないわよ』って誘いがあったくらいさ」 「あんの、ビア樽め。ブヨンブヨンの身体を紐で縛ってポンスレスハムにしてやろうか」 しかし、ここまでさっくりと信じてくれると、策を弄する甲斐が無いなぁ。そしてあんな脂身しかないハムなんて、個人的には食べる気がしないよ。 「それにしても良く知らせてくれたな。嬉しいぜ」 「ああいうグジュグジュした奴は趣味じゃなくてね。やっぱり男は、エンリコみたいにまっすぐじゃないとな」 心にも無いことだからこそ、ペラペラと舌が回ることもあるんだと、一つ人生勉強をしましたよ、と。 「うんうん、そうだろ、そうだろ。男はさっぱりしてないとな」 実際には、頭の方がさっぱりだなんて、残酷すぎて言えやしないよ。 「んで、わざわざ報告してくれたってことは、俺んとこに来るってことで良いんだな?」 「まあ、有力な候補であることには違いないかな。唯、ヘラルドは無いってことは伝えておこうと思ってね」 こういう時は、思わせぶりに、且つ明言は避けて、味方だと思わせるのが常道だよね。 「お前、いい奴だなぁ。よしよし、飯食ってけ、飯」 ゴメンナサイ。表面取り繕ってるだけで、裏では色々画策する、すげーやな奴なんです。 「旨そうでやんす、食卓に肉があるなんて、歓迎会以来でやんす」 だけど、素で可哀想なスティーブさんが居るから、それで相殺ってことで。どういう弁明なのか、僕にも良く分からないんだけどね。 「なんだって、ヘラルドが?」 「あぁ、ホセがどうにも思い通りにならないって言っててな。どうやら、力づくでどうこうするつもりらしいぜ」 具体的にどうやって力を使うのかについては、色々と恐ろしいから、想像しない方が良いよね。 「たしかに、前々から俺のことを見る目が怪しいとは思っていたが――」 この件に関しては、必ずしも嘘を言ってるとは限らない辺りが、重要なポイントだと思う。 「んで、どうする? 正直、俺はヘラルドのことは好きになれなくてな。あいつが困るってんなら協力してやるぜ」 ホセみたいに知恵が回るタイプには、エンリコみたいに同調するんじゃなくて、利害を説いて協調を促す方が良いんだと思う。しかし実地でこんな寝技を学ぶなんて、人生、何があるか分かったもんじゃないなぁ。 「そうさなぁ。相手が相手だけに藪をつついて蛇を出すなんて真似は最悪だが、俺も貞操は大事だ。どうしたもんかねぇ」 しかし貞操なんて言葉が出ると生々しくて困ったものだと思う。 「よし、ここは俺が、うまいこと言って矛先を逸らしてやるよ」 問題は、この海賊団の誰も利することのない逸らし方をしてるところなんだけどね。 「具体的に、何をする気なんだい?」 「それは聞かない方が良いな。万一試みがバレた時、あんたに迷惑が掛かることになる」 当然、腹の中に何の方策も無いからなんだけど、ついでに恩を着せる効果もあるよね。 「済まないな、相棒。俺のことをそこまで考えていてくれるなんてな」 うわ、いつの間にか相棒に昇格してるし。 何だろう。人を騙すにはまず脅して心を動揺させてから優しさを見せるといいって聞いたことあるけど、その類型なのかなぁ。 いずれにしても、こっちもちょっとは信頼を得られたみたいだし、ここまでは順調かな、と。 Next |