邂逅輪廻



「姉御ー! 死ぬな、死なないでくれー!」
「おいら、姉御の笑顔を忘れないで、生きていこうと思うんだ」
「ところで、次のお頭はどうするんでゲス? やっぱり投票でゲスか?」
「あんた達、あたしの身体が動かないと思って、好き放題、言ってんじゃないわよ!」
 やっぱり、ここの海賊団のノリは、尋常じゃなく明るいって言うか、軽いよね。
「姉御はニンニクの匂いだけはどうしても受け付けないんでやんす。
 命に関わったことは無いでやんすが、身体に力が入らなくなったり、場合に依っては気を失うんで、便利に活用させて貰ってるでやんす」
「あんたも、自分とこのトップの弱点をペラペラ喋ってんじゃないわよ!」
 たしかに、それが敵対する組織にバレたら大惨事だよねぇ。
「俺、野心家でやんす。いつだって、お頭の失脚を願ってるでやんす」
「そんなんだから末席だって、いつになったら気付くのよ!?」
 しかしこんな集団を一応は取りまとめてるトランスさんが、果てしなく大物に見えてきたよ。
「まあ、皆さん、分裂する時に敢えて少数派のトランスさんについてきたんですから、何だかんだで好きなんですよね?」
「もちろんでゲス」
「姉御以上に、弄って面白い奴なんて居ないのさ」
 若干、『好き』という言葉の解釈に、相違があったような気がしてならない。
「ふぅむ。この船体、かなりの年数は経ているものの、中々どうして、整備がしっかりなされている……あなた方、海と船を愛しておられますな?」
「ケケ。そういうてめぇも、若かりし頃は海に相当鍛えられたみたいだな」
「しかし何らかの事情で一時は陸に落ち着いたものの、その情熱を抑えきれず、再び海へとやってきたといったところですな」
「ほぉ、分かりますか」
 う、うちの船長が、何か、海の男としてのシンパシーを感じちゃってるし。いや、別に悪いことでも無いんだけどさ。
「気に入りました。海を愛するものに根っからの悪人は居ません。逆に言えば、海を愛せないものに、まともな人など居ないのです。
 即ち、奴らを叩き潰すこと以上の義は無いと言えましょう」
 え、えーと、今の論法、一瞬、受け入れかけちゃったんだけど――構築材料が全て間違ってると逆に正しく思えることってあるよね。
「あぁ、もう、分かりましたよ。何がどう転んでもやっつけなきゃなんない流れになってますし、僕も乗れば良いんですよね!」
 話し合いに於いて、数的弱者はどうしようもない程に立場が無い。同時に、僕にはそれを押し切るだけの我の強さも存在しない訳で。こうなるのは、展開としては必然のことなのかも知れないね。
「では、いかにしてあの海賊団を殲滅するか、坊やの作戦展開能力に期待しましょうか」
「あー、そだねー。さすがのあたし達も、囲まれたり、玉砕覚悟の体当たりを立て続けに食らったら負けそうだし」
「良い策を期待してるぜ!」
「大義的にはともかく、物量的な問題でそこまで乗り気じゃない僕を頼るとか、あなた達はどれだけ人任せなんですか」
 何だか、前々から思ってたんだけど、この旅で知り合った人って、僕みたいな頭でっかちか、シスみたいに勢いだけで行動する人しか居ない気がしてならない。
「三十数隻、ねぇ」
 単純な戦力差、という観点ならアリアハンの山賊をやっつけた時に十倍以上を相手にした。だけどあれは夜襲に加えて洞窟の入口で待ち伏せして、まともに襲われない様にした訳で、海上戦となると勝手が違う。そりゃ、本当に只の雑魚しか居ないなら何とかなるかも知れないけどさ。腕に覚えがあるのも紛れている可能性を考えると、正面突破はリスクが高すぎる。
 ってことはやっぱり、撹乱した上での各個撃破が基本戦術になると思うんだけど――。
「あの大雨をまた呼んで、数を減らすってのはどうですかい?」
 うっう。もう、完全に狙ったことにされてて、一つ一つ否定するのも面倒な状態になってきたよ。
「大規模海戦では、陸上と同程度に有効と言える攻撃魔法はイオ系とデイン系のみ……ここは一つ、ライデインを完成させて貰いたいところではありますが」
「……」
 ん? トランスさん、何でそんな、目の焦点が外れたみたいに呆けてるんですか。
「え、あれ、ライデインだったの? てっきり農耕系の雨乞い魔法だとばっかり」
 えーえー。どうせ僕の未熟な腕じゃ、雷一つ制御出来ませんよー、だ。
「相手の命令系統は、しっかりしてるの?」
 一隻当たり四、五十人が乗り込んでるとして、三十隻強では、千人を越える。腕に覚えのあるなし以前に、指揮能力が戦力に大きな影響を及ぼすだろう。逆に言えば、そこさえ突ければ、可能性はあるとも言えるんだけど――。
「まー、何しろ先代が生きてた頃の副長だからねぇ。それなりには掌握してるんじゃないの?」
 こんな情報の曖昧さで、五倍以上の戦力差と戦おうって言うんだから、恐ろしいことこの上ない。
「人間的には、どういう人?」
「やーな奴だよ。自分の力を誇示して、お宝集めることしか興味無いタイプ」
「自信家だったりする?」
「多分、あたしよりね」
「ふーん」
 成程、そういうことなら、ちょっとは付け込む余地があるかなぁ。例え同程度の戦力でも、人間的に出来たのが上に居ると苦戦は必至だ。だけど今回はそうじゃない上、連中は僕達のことを知らない。そこをうまく使えば、戦力差を埋めることくらいは何とかなるやも知れない。
 とはいえ、具体的にはどうしたものかね。
「……」
「俺を見つめてどうしたでやんす? 海の男だからって、そんな趣味は無いでやんすよ?」
 彼が何を言いたいかについては、深く考えないことにするとして。
「トランスさん。この人、使って良いですか?」 
「あー、煮るなり焼くなりどうぞ。居なくなっても、誰も困んないはずだから」
「酷いこと言われてるでやんす。でも、癖になってやめられないでやんす」
 何だか、又しても変なことを口走ってる様な気がしつつも、敢えて目を逸らすことにする。
 さて、と。今の思い付きが本当に策として使えるのか、検討し直してみないとね。


「ほう、貴様ら、あの小娘のところから来たのか」
「へぇ、その通りでやんす。もう、あんな奴の下ではやっていけないでやんす」
 数十名の荒くれ達が取り囲む中、僕達はドンと呼ばれる男への謁見を果たしていた。
 僕が思い付いた策と言うのは、いわゆるところの埋伏の毒だ。味方の一部を寝返ったかの様に見せかけて敵陣営に潜り込ませて、内外から一斉攻撃を仕掛けて掻き乱すんだ。
 メンバー構成は、僕と自称野心家のスティーブさん、そして僕の剣の師匠であるダニエルさんの三人。この場に浮きすぎるっていう理由で女性は最初に除外された。そしていざって時に自分の身くらい守れるって意味でお師匠さん、そして外部の人間ばかりだと下手に突っ込まれた時に弁明出来ないという意味でスティーブさんを選ばせてもらった。
 僕自身が来たのは、この海賊団がどういった組織であるかを見極める為だ。多少の危険はあるかも知れないけど、いざって時はキメラの翼やルーラもあるし、これだけは人任せに出来ないよね。
「まーったく、あのトランスってのはどうしようも無い娘ですよ。脳みそまで筋肉で、金払いは悪い。おまけに色気はねぇときたもんだ。最初は流れであっちに入っちまいやしたが、こりゃどう考えても、あなた様についていった方が得ってもんですからね」
 しかしお師匠さん、こういう小物の演技させたらうまいもんだなぁ。殆ど地のまんまっていう説もあるけどね。
「そっちの坊主は、どういった理由だ?」
「特には、無いね。親父がこっちに来たいって言うから、ついてきただけさ」
 一応、設定上、僕はお師匠さんの子供ということにしてある。実の父親の記憶は殆どないし、そういう意味での抵抗は余り無かった。
「息子ぉ? 余り似てないな」
「血は繋がってない。この時代、珍しいことじゃないだろ?」
 しかし、僕ってこういういかつい男相手だと、装うの得意だよなぁ。
 僕が苦手な相手っていうと、アクアさん、トウカ姉さん、トヨ様……あれ、ひょっとして僕が苦手なのって対人交渉じゃなくて、対女性交渉なの? それはそれで、問題がある気がしてならないよ。
「元孤児、か。そういや前の頭ぁ、何で又、ガキなんざの面倒を見てやがったかねぇ。十年以上も時間を掛けて育てなくても、幾らでも食い詰めもんが集まる時代だってのによ」
 あー、ダメだ。この人の頭には、他人を無償で助けるっていう回路が一欠片として存在してないんだね。
 ま、逆に潰すのに何の遠慮も要らないから、そういう意味では問題無いんだけどさ。
「しっかしてめぇ、そんななりで本当に海賊の倅か? 腕なんか枯れ木みてぇに細いし、尻も女みてぇ――」
『メダパニ』
「あらっぱぴっぽぱー」
 荒くれの一人に腰に手を回されかけ、色々な意味で危機感を覚えた僕は、覚えたての混乱魔法を放った。年がら年中、奇異な発言をするアクアさんに掛けたら、逆にまともになるんじゃないかって、ちょっと思ってたりもするよ。
「力が無くても、目的の為に役に立つことは幾らでもある。魔法は、その一つってだけだよ」
「へん! ガキが語りやがるな」
 本音では、魔法だけ得意だっていうのに幾らかコンプレックスがあったりするんだけどね。
「それで手土産の話でやんす。前の小競り合いで捕虜になった人達を、俺達の仲間が解放する手はずになってるでやんす」
 もちろんこれは、罠にかける為の嘘に過ぎないよ。
「あんな小娘に負ける様な奴なんざぁ、どうでも良いんだがな。まあ、捨石くらいにはなるだろうから、良いとしておくか」
 うーん、ここら辺まで来ると、部下に舐められない為に虚勢を張ってるんじゃないかって気にさえなってきたよ。
「オヤビン。こいつらを本当に信用するんすか。どう考えても怪しいっすよ」
 う、やっぱり、そこのところは誰だって思うよねぇ。いや、僕なんか絶対に信用しない自信があるしさ。
「ふん。あの小娘に、そんな知恵が回るものか」
 そしてトランスさんの軽く見られてる度合いが凄いなぁ。もちろん、ここいらもある程度は織り込んで立案した訳だけど。
「とりあえずは一番下で雑用でもやっていろ。機が来たら、相応の仕事をくれてやる」
「へぇへぇ、分かりやした」
「オーケー。それでいいよ」
 今更だけど、こんな無闇に格好付けた性格にする必要があったのかについては、僕自身も良く分かってないから、深くは考えないでおこうっと。
「ふぅ」
 僕達三人に割り当てられたのは、下っ端扱いということもあってボロい小部屋一つだった。まー、長居する気は全然無いし、座る場所があれば、それで良いんだけどね。
「しかし茶も出さねぇとはシケてやがんな」
 難儀なのは、何処で聞き耳を立てられているか分からないし、下手なことを言えないところだ。打ち合わせはここに来る前に大体済ませたけど、間がもたなくてしょうがない。
「ふかふかの布団でやんす。こいつぁいいもんでやんす」
 え、そのぺったんこな寝具が、ふかふか? 普段、トランスさんのところでどんな扱いを受けているのか想像して、目頭が熱くなってきたよ。


「さて、と」
 小半刻も時間を潰したところで、次の行動に向けて準備を始めることにする。
 今更だけど僕達の目的はあくまでも内部撹乱だ。とは言え、そこそこ剣が扱えるからって、兄さんやトウカ姉さんじゃあるまいし、敵の巣窟で真っ向から大立ち回りをやる訳にもいかない。多少の時間稼ぎにはなるかも知れないけど、この人数差じゃ囲まれて潰されるだけだろう。
 それよりもここは、命令系統や統制の破壊を狙った方が遥かに効率が良い。正式な軍事訓練を受けた人も少なからず居るだろうけど、基本的には賊の群れだから、一度、秩序が乱れたら立て直すのに相当の時間を要するはずだ。もちろん、その隙にトランスさん達が総攻撃を仕掛けて、僕もコソコソと魔法主体で援護をしていこうかな、と。
 その為にも、内部事情を出来るだけ確認しておく必要がある。場合に依っては、うまく転がして有利に動かせる幹部が居るかも知れないしね。
 ちなみに、兄さんの剣は、小回りが利かない上に、まだ振り回されるまんまだから、アクアさんに預けておいたよ。
「じゃ、行こうか」
「腹が減ったでやんす。食い残しが無いか、厨房に聞きに行くでやんす」
 あぁ、何だろう、スティーブさんとは特に深い関係でも無いのに、待遇改善をトランスさんに談判しても良いんじゃないかって、本気で思えてきたよ。
「おぅ、てめぇら、なんだ、噂の新入りか?」
 廊下に出た途端、一人のいかつい男に声を掛けられた。
「そういう、あんたは?」
 この手の連中を相手にする時、無闇と下手に出るのは、舐められるだけで逆効果らしい。ここはとりあえず、強気な感じで行ってみようっと。
「この俺を知らねぇとは、おめぇ、モグリだな」
 生憎と、海賊連中はどうにもむさ苦しいのが多すぎて、見分けるのがとても難しいんです。
「問われて名乗るのもどーかと思うんだが、まあ、新入りのすることだ。軽く見逃しておいてやるよ」
 それにしても、知性が低いのかなぁ。どうにも、話の本題に入るまでの時間が長すぎる気がしてならない。
「俺は、このドン・カルロス海賊団のナンバー4、エンリコ様よ。
 ここで会ったのも何かの縁だ。俺の部下になりな。悪い様にはしないぜ」
「考えておくよ」
 成程、大きい組織にはつきものの、派閥争いもある訳ね。当然、そういう内部のゴタゴタが嫌いな人も結構居るだろうし、使えそうだなぁ。
「間違っても、ヘラルドの奴のとこになんか行くんじゃねーぞ。あいつは自分の保身と金しか考えねぇ最低野郎だ。組織全体のことなんざ、屁とも思ってねぇだろうよ。
 最初の金払いだけは良いんで騙される奴も多いんだが、入ったが最後、ボロ雑巾の様にこき使われてそれっきりになるからな」
 ほむほむ。エンリコ派とヘラルド派は対立してて、ヘラルド派の方が大きい、と。何だか、この一件が終わったらすぐさま記憶の片隅どころか、最果てまで追いやられそうな情報だなぁ。
 そして、組織全体のことを言い出すなら、少しは世界全体っていうか、人間社会の構造を考えて、賊なんて意味分からないことやめてくれないかなぁ。
「いいか、エンリコ、エンリコだからな」
 立ち去り際も、エンリコは何度となく自分の名前を連呼していた。なーんか凄く寂しがり屋で、小さな勢力しか持ってないんじゃないかって、割と本気で思っちゃったよ。

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