邂逅輪廻



『ルーラ』
 高速移動呪文ルーラのイメージは、地面からの解放だ。この世界の、ありとあらゆる物質に掛かっている大地からの束縛を断ち切り、無限の大空へと飛び立つ感じかな。
 恐らくは、昔の偉大な魔法使いが、天空を自在に舞う鳥に憧れて生み出したのが雛形だろうというのが一般的な解釈だ。生憎、現代に於いては移動部分が先鋭化しすぎて、夢もへったくれも無くなってる気がするのが難点だと思う。
「う……く……」
 傍から見たら一瞬のことかも知れないけど、ルーラを自分で制御しようとすると、魔力と共に集中力を極限まで高めないといけないので、尋常じゃない長時間に感じる。まるで時の流れから置き去りにされたかの様にゆっくりとした動きの中で、着地点への狙いを微調整して――。
「げ!?」
「むぎゃ!?」
 えー、何と言いますか、トランスさんの背後に颯爽と降り立とうとした僕ではあったのですが、若干の目測違いがあったと言いますか。平たく言うと、トランスさんの真上に降り立ちましたです、はい。
「な、な、な――」
「姉御、いきなりコケてどうしやした」
「姉御って言うな! って言うか、何、この重さ……何だか、背中に人が乗ってるみたいな……」
 まったくもってその通りです。と、とりあえず、ここから降りて体勢を整えないと――。
「うぎゅ!?」
「今度は何でがんす?」
「い、い、い……」
「い?」
「今、何かがあたしの身体を揉みしだいてまさぐった!?」
 いや、僕の名誉の為に言っておくけど、身体を動かす時、ちょっと触れた位の話なんだよ。
 本当だからね?
「姉御ぉ。だからいい加減、男作った方が良いって言ってるじゃないすか」
「そうでゲス。完全に欲求不満でゲス」
「姉御言うな! そして話を下品な方に持ってくな!」
 何て言うか、もしかしてこの海賊団、僕達と同じくらい能天気な集団なんじゃないかって、本気で思っちゃったよ。
「ところで姉御。いつから三本腕になったでやんすか」
「だーかーらー……三本腕?」
 うげげ。しまった、着地の弾みか時間切れか、右腕が半分位見えちゃってるし。
『ル、ルーラ』
 こうなったら、当初の予定通りに、ことを遂行するとしよう。
 僕はトランスさんの手首を掴み、急ぎ、高速移動呪文を口にした。
「うにゃあぁぁ!?」
「あ、姉御が空を飛んだ!?」
「海賊の次は空賊って訳ですかい! 流石は姉御、いつだって俺達の度肝を抜いてくれるぜ!」
「あんた達、後で憶えてなさいよ!」
「大丈夫です! 昨日以前のことは、反省以外全てを忘れるってのが、姉御の口癖じゃないですか!」
「……」
 完全無欠に論破されて、ぐぅの音もでないトランスさん。
 僕も完璧に納得しちゃって、感嘆の声の一つも漏れでてきそうだよ。
「よっと」
「お帰りなさいませ、ですわ」
「はにゃ〜……」
 帰還は、特に問題なく着地成功っと。後は、トランスさんを無力化させないと。
「はっ、あ、あんた達、何のつもりでこんなこと――」
『ラリホー』
「くーくー」
 正気に戻った矢先に、アクアさんの催眠呪文が見事に決まり、今度はお昼寝タイムへと突入する。
 うーん。何て言うか、立場を考えると同情したくもなるけど、こっちにも目的がある訳だし、とりあえず手足は縛らせて貰うとして、と。
『ザメハ』
「みぎゃあぁぁぁ!?」
 ザメハは、神経を直接弄るようにして覚醒を促す呪文だ。この不快感は、実際に受けたものにしか分からない。ガラスを爪で引っ掻くと言うか、傷口を海水で洗うと言うか。感覚が鋭いだろうトランスさんには、尚のことだろうねぇ。
「ぜぇ……ぜぇ……て、テンタクルスが、テンタクルスが真っ赤になって襲ってきたし……」
 一体、この短時間でどんな夢を見てたんだろうか。ちょっとだけ興味が湧いてきたよ。
「……」
「やぁ、トランス。久し振りだけど、結構、元気みたいだね」
「両手両足を縛って対面するのが、五年振りに会った姉弟子に対する仕打ち!?」
「戦時中の交渉は、双方の武力情勢で優劣が決まるのは、世の中のじょーしきじゃん」
 物凄く真っ当なことを言ってるのに、シスの口から出てると思うと疑わしくなる辺り、困ったものだと思う。
「んで、レッドオーブについてなんだけど」
「こんなことされて、口にすると思ってんの?」
「別に喋んなくてもいーよ。大体、当たりはついてるから」
 言ってシスはトランスさんの胸元に腕を突っ込んで――って、いきなり何してんのさ!?
「ちょ、くすぐったいって、そこはマジやめてってば!」
 えー、こんな時に何なんですが、男の子の煩悩って、面倒なものですよね。
「よっと」
 胸に巻いた薄衣の中から取り出されたものは、握り拳程度の赤い宝玉だった訳で――あれ、えーと、うーんと……。
「とりあえず、何でこんなところに入れてたか教えてくれると嬉しいんですが」
「最初は首飾りにしようと思ったんだけどさ。穴どころか傷一つ付かないし、紐が首に引っ掛かったりしたら危ないから懐に入れとこうって思ったってだけ」
 か、神様が作ったって話の宝石に穴を開けようとか、やることが無茶苦茶すぎて、やっぱりシスの姉弟子だなって思わされる訳で。
 それと世間では、胸と服の間に放り込んでおくことも、『懐に入れる』って言うんだろうか。また一つ、無駄な疑問が増えたよ。
「つーか、返せ! それ、凄く綺麗で気に入ってるから、誰にも渡す気なんて無いんだからね!」
「へへーんだ。あたしの商売忘れちゃったの?
 義賊が海賊から物盗んで、何が悪いって言うのさ」
 いや、何がどういう状況だろうと盗み自体は基本的に悪徳だと思うよ、うん。
「これの何処が義賊なのよ! 完全に強盗じゃない!」
 それにしても、自称義賊と海賊の頭目が言い争ってる様って、考えさせられるものがあるよね。
「えーと、トランスさんにも色々と言い分はあると思うんだけど、僕達、どうしてもこれが必要なもんで、何とか譲ってくれないかなって。
 お金で何とかなるんだったら、出来る限りのことは考えるし」
 とりあえず、アッサラームで荒稼ぎした分は殆ど手を付けてないし、場合に依ってはクワットさんに支援を求めるという手段もあるんだけど――。
「こんな真似しといて商談とか、あんた頭おかしい訳!?」
 うん、僕もこれが普通の反応だって思うよ。
「なーんか、立場を分かって無い気がするなぁ。素直になるように、色々しちゃおうか」
 そして仲間のシスの意見の方が同調しきれないってのも、どうなんだろうなぁ。
「ちなみに、具体的には何をする気?」
「くすぐりとかはどう? 変わってなければ、一応、弱いとこ一通り知ってるし」
 君は、何でそう、ナチュラルに扇情させる発言をするかなぁ。
「ねぇ、どうしてそれが必要なのか、聞いときたいんだけど」
 不意に、トランスさんが問い掛けてきた。
「世界を救いたいからかな」
「あんた、ふざけてんの?」
 え、物凄く真面目な話なんだけど。言葉を省略しすぎたのはまずかったかも知れないけどさ。
「これはオーブって呼ばれる宝珠でね。ほら、こっちの紫のと同じ大きさでしょ」
 トランスさんに見せる為に、パープルオーブを取り出して並べてみたけど、寸分違わない上に、輝きから感じる神秘性も引けを取らない。どうやら、これがレッドオーブだっていうのは、ほぼ間違いないみたいだね。
「これが世界中に六つ散らばっててね。全部集めるとバラモス城ヘ乗り込む為の聖鳥、ラーミアが目覚めるんだ」
 何だか最近、この説明ばっかりしてる気もするけど、納得して貰うには包み隠さず言っちゃった方が良いと思う。
「……」
 一方、僕の言葉をどう受け止めたのか、トランスさんはその目をパチクリとさせていた。
「シス。あんた、バラモス倒そうとしてんの?」
「うん、どーも話の流れから察するにそんな感じみたい」
 アリアハンを旅立ってから一年以上が経ったけど、シスの意識改革は余り進んでいない。
 まあ、らしいって言えばらしいから、良いんだけどね。
「という訳で、僕達はどうしてもこれが必要なの。要望には出来るだけ応じるから、譲って下さい」
「う〜。世界を救うとか言い出したら、あたしらの海賊団じゃ、理念的に断れる訳ないじゃん」
「理念?」
「うん。『迷った時は子供達の笑顔を最優先』っての」
「何だか、シスより大分、立派なんだけど。今、すごーく、手足を縛ってることに罪悪感が湧いてきたよ」
「えー、あたしもそういう意味では、大差無いと思うけどなぁ」
 時たま、自分を知らないって、恐ろしいことだと本気で思う。アクアさんを含めてだけどね。
「でも、ちょっとタンマ。よくよく考えてみたら、今の話が本当かどうかなんて、証拠が全然無いじゃん」
 それを言われると、ちょっと弱い部分があるんだよなぁ。
「ほら、こんな色だけ違う、そっくりの宝石があるって、割と後押ししてると思わない?」
「いや、そこんとこはどーでもいいんだよね。
 単に兄ちゃん、どう見ても強そうじゃないってのが気になって気になって」
 本当、いつになったら少しくらいは風体で武闘派の扱いをして貰えるんだろうなぁ。
「どんな崇高な理念があっても、それを成す力が無ければ何の意味も無いってのがあたし達の考え方だからね。
 とりあえずは、その力を見せて貰おうかな」
「具体的に、何をしろって言うのさ?」
「ほら、さっきあたし達と小競り合ってたショボイ奴らいたじゃん。あれって先代のお頭が死んだ時に分派した連中なんだけど、本当、どうしよーもない下衆でさ。いっそこの機会に潰しとこうってことになったの」
「へー」
 お家騒動ってのは何処でもあるものなんだね。父と兄が勇者なこと以外、特に変わったところがない一般人の僕には良く分からないや。
「それ、ちょっと手伝って貰えるかな」
「……」
 そうですよね。話の流れを正しく解釈すると、どうやってもそうなりますよね。
「ほら。バラモス倒すことに比べれば、あんなしょーもない連中ぶちのめすの、ちょちょいのちょいってもんでしょ?」
「うーん、たしかにそれは一理あるねぇ」
 えーと、シスが何だか、余計とも言える同調をしてるんですけど。
 いやいや、アリアハンには、『それはそれ、これはこれ』っていう、ありがたい格言があってだね。
「な、何だか、勇者らしいっちゃ、勇者らしい話だけどさ」
 世間的には、こういった小競り合いを解決して民の信を得るのも、勇者の仕事ということになっているらしい。ノアニールの件で一念発起してその能力も鍛えようと思った僕だけど、よくよく考えてみれば、それ以来の話の気もするなぁ。
「ア、アクアさんは、どう思う?」
 とりあえず年長者に振って、冷静な意見を仰ぐのが良いと判断したんだけど――うわ、何かものすごーく笑顔なんですけど。
 そうでしたね。アクアさんには、世界各地の悪辣な賊を成敗するっていう、もう一つの目的もありますものね。聞くまでも無かったですね。
「ちなみに、その荒くれ海賊団って、どれくらいの規模なの?」
「さっき潰した分で十分の一ってとこかなぁ。残りは全部、本拠地に集結してるって聞いてるけど」
 つまり、残りは大体、三十隻弱ってことなのかな。
「それで、こっちの戦力は?」
「ん? あそこにいるので全部だけど?」
「……」
 えーと、僕らの船を足したとしても五隻な訳で、その比率はざっと五、六倍……。
「いやいや、幾ら何でも、一気に潰すのは無理だって。
 って言うか分派って話だったけど、むしろ切り離されたのはトランスさん達じゃない」
 失礼と言えば失礼だけど、ここはきっちりしておきたいところだと思う。
「分かってないなぁ。後継者ってのは、規模の大小じゃなくて、魂を受け継いだかどうかなんだよ」
「それって、少数派が必ず言うお題目だよね」
 『宗教でよくある展開かな』と付け加えようかと思ったけど、アクアさんが所属するアリスト派はマイノリティなことを思い出して自重した。
「じゃ、少数精鋭で良いや」
 早くも、魂部分がどうでもよくなってる気がするのは、僕の勘違いじゃないよね?
「まー、数の部分で負けてるのは認めるけどさ。連中は所詮、うごーのしゅーって奴だし、船の整備もまともに出来ないから。
 さっきみたいに、大雨の一つも降らせれば戦闘能力無くなるよ」
 ゴメンナサイ。別にあれは、意図してやった訳じゃないんです。
「そういや、一つ聞いておきたいことがあったんだけど」
「ん?」
「何で、お師匠さんのところから飛び出した訳?」
 ダーマで彼女のことを知ってここまでの航海で、何度となく頭をよぎった疑問だ。
「考え方ってか、主義主張の違いだって、シスに聞かなかった?」
「ちょっとは、ね」
 でも細かい部分は当の本人しか知らないし、そもそもシスにそういう機微を説明出来る訳無いじゃない。
「義賊のお爺さんのところを飛び出して、今はかなり義賊寄りの海賊をやってるって、あんま変わりが無いような気がしてさ」
「あー、そゆこと。
 うーん、何て言うかあの爺さん、職人気質って言うかさ。『義賊だなんだって言っても盗みには変わりない』とか言っちゃう訳よ」
「それは、間違ってないよね?」
 おかしいな。お師匠さんがこれで、何でシスはこんなに残念なのさ。
「いや、あたしとしちゃ、結果がそれなりなら別に問題ないと思ってるのよ。
 だけど爺さんは、『手を汚す責任を負えるのは、自分とせいぜい数人の弟子だけだ』って言っちゃってさ。
 完全に頭来て、だったらいっそ大義賊団のお頭になってやろうって飛び出した感じ」
 若さが成せる勢いって、恐ろしいものがあるよね。僕も年齢的にはそう変わらないんだけどさ。
「だけどまあ、実際問題、どうなんだろうね」
 本来、今は人間がその力を結集して魔物達に立ち向かわなければならない時代だ。だけど現実には私腹を肥やすどうしようもない大人もたくさん居る訳で。そんな富を少しでも子供達に還流出来るとなると、トランスさんのやってることもあながち間違いとも言い切れないような……。
「なーんか、あたしと扱い違わなくない?」
「そうかな?」
 たしかに、今みたいな葛藤が湧いてくると同時に、シスには盗みから足を洗って欲しいと本気で思っている自分が居たりもする。
 あれだね。もう長いこと一緒に旅してるから、家族的な発想になってるんだと思う。自分の中の合理的な部分で必要悪を認めておきながら、身内だけは手を染めて欲しくないっていう身勝手さって言うか。多分、そんな感じかな。
「兄と義姉しか居ない僕にとって、シスは妹みたいなものだからかもね。あ、トヨ様もか」
 仮にも一国の主にそんなこと言うのはどうかなとも思うけど、親愛の情ってことで許して貰おうっと。
「……」
 あ、あれ。僕としては近しいってことを強調したつもりなのに、何で目が本気で怒ってる訳?
「ふーん、シス、そゆこと」
 そしてトランスさんが訳知り顔なのも、一体、どういうことなのさ。
「あんたも大変だねぇ」
「うっさい。ニンニクの油漬けを口に突っ込むわよ」
「うげげ。そ、それだけは勘弁して」
 何か、段々と和気あいあいの仲良し姉妹に見えてきた僕は、感性が間違ってるのかなぁ。
「しっかし、こんなもやしの何処が良いわけよ?」
 もやしって何の話? って、シス、そんな怒った顔のまんま、何処に行くのさ?
「もしかして、本当に気付いてない訳?」
「結局、どういうこと?」
「こりゃ、シスも苦労するわね」
 え、文脈的に判断すると、シス『で』苦労するじゃなくて、シス『が』苦労するって意味だよね。
 何だか、失礼極まりない話だなぁ。今まで、シスのせいでどれくらい頭を痛めてきたことか。まあ、シスの超感覚に助けられてきた部分も大きいから、トントンとも言うんだけどさ。
「あんた、長生きするわ」
 そして、魔王バラモスに敵対して、明日をも知れぬ身の僕にそんなことを言うなんて、これまた随分と失礼な話の様な。
「あ、シス、お帰り。その手に持ってる瓶、何?」
 何だか、独特の香ばしいと言うか、鼻につく臭気が漂ってくるって言うか。
「ニンニクの油漬け」
「ふ、普通、本当に持ってきたりしないでしょ!?」
 前略、母さん。この旅の中で僕も十六歳になりましたが、この年にして何となく男と女は別の生き物なんだなぁと思わされることが多々あります。え、僕の周りに居る女性が特別ですって。その可能性については、極力考えないようにしていますです、はい。
「と、とにかく、協力してくんない限り、その宝石は渡さないから――ギャー! 本当、やめて!」
 瓶の口を鼻先に近付けるだけで絶叫にも似た悲鳴をあげるトランスさん。
 うーん、シスの保護者としては止めるべきなんだろうけど、子猫同士のじゃれ合いに類似するものだと考えると野暮の様な気も……。
「ま、もう文字通りの乗りかかった船だし、作戦会議くらいは参加させて貰うけどね」
 やっぱりこのまま一方的に奪うのは気がひけるし、どうも相手の海賊は只のゴロツキっぽいしね。一応は勇者として、話は聞いておくべきだろうと思う。
「う、うーん……ぐふっ」
 何か悩んでる内にトランスさんが気を失っちゃったけど、僕のせいじゃ無いってことでね。

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