「シスー。賊業界って、縦関係はどうなってるの?」 敵意が無いことを示しつつ距離を詰める中で、僕はシスにそう問い掛けた。 何しろ半ば出会い頭のことなので、交渉役を誰にするかを纏めきってなかった。単純に面識があるシスにすれば良い様で、妹弟子という立場を考えると、押し切られる恐れもある。そもそもシスの場合、胆力はともかくとして、論理的な構築が出来るのかという問題があって、僕が出てった方が良いのかなとも思う訳で。 「んー、連中みたいに組織でやってるとこだったら、軍隊的な上下関係は強いけどね。 あたしにとっちゃ、元姉弟子だし、今はギルド所属の半フリー盗賊だから、どーでも良いっちゃ、どーでも良い相手かな」 だけどそれはシスの論理であって、あっちがどう思ってるかは不明だよね。 うん、とりあえず僕が前面に出て、様子を見ながら考えてみようかな。 「わたくしは、如何致しましょう?」 「初対面でアクアさんは、色々と錯誤というか、刺激が強すぎるので横に立ってるだけでお願いします」 とりあえず黙ってる限りは只の美人僧侶で済む人なので、今回は華的な扱いで行こうっと。 「ん? でも、女性から見て美人って嫉妬の対象の様な気も?」 少なくても健全な青少年にとって、必要以上に格好良い男性には妬み嫉みの感情が湧き立つものだよね? 「さて、と」 十二分以上に対象船との距離も詰まり、それと思しき女性が前面に出てきた。後は話の進め方次第で、どうとでも揺れ動く。 僕は覚悟を決めて、彼女と同様に、舳先へと足を運んだ。 「あんたら、一体、何処の賊よ!? 人が戦ってる最中に、訳の分からない茶々なんか入れて!!」 わーい。可能性は想定してたけど、やっぱりかなり恨まれてるよー。 「うっさい、トランス! 雨が降ったくらいで文句言うなら、賊の看板なんて下ろしちゃえ!」 「……」 ここで、何だか、妙な間があった。 「あー! あんた、もしかしてシス!? 何でこんなとこにいんのよ!?」 冷静に考えてみれば、シスがあの海賊団のお頭、トランスさんと離れ離れになったのは十歳の頃な訳で。五年も経った今、この距離ですぐさま把握するのは難しいかも知れない。 「手紙送ったら、あんた返事寄越して来たでしょうが!」 「昨日以前のことは、反省以外は綺麗さっぱり忘れる! それが賊として長続きする最大のコツよ!」 うーん、何て言うか、こりゃ確かにシスの姉弟子かも知れないなって思わされてしょうがない訳で。 って言うか、僕が交渉する以前に二人がヒートアップしきっちゃって、ここからどうしたものかなぁ。 「憶えてようと憶えてまいと関係ないから、とっとと例の赤い宝石を持ってきなさいってのよ!」 そして、シスに猿ぐつわでも噛ましておくべきだったかなぁ。もう、完全に交渉って次元じゃ無くなってきてるよ。 「それが人に物を頼む態度なの!? そーいうこと言うなら、とりあえず土下座でもして誠意を示しなさい!」 「はぁ、まーったく、これだから育ちの悪い奴は困ったもんだよねぇ」 いやいや、一時期とはいえ、シスも同じ師匠のもとで育てられたんでしょ。 その上、ここまでこじらせたのはシスなんだから、ちょっとは反省して欲しいかなぁ。 「っていうかさ。五年振りに会って、こんなに遣り取り出来るなんて、むしろメチャクチャ仲良いんじゃないの?」 普通、本当に微妙な関係だったら、ギクシャクするもんだと思うんだけど。 「そこんところはどーでも良いけど、どーしたもんかなぁ。 これじゃ、レッドオーブ手に入れる糸口が無いんだけど」 だから、それはシスがややこしくしたからでしょうが。 「いっそ、盗んで来ようか」 「世間的に義賊と言われてる海賊集団から、義賊を自称してるシスが盗みを行うって、何て言うか凄くシュールだよね」 しかもその当人達が、同じ義賊の師を持ってるとか、完全に戯曲の世界だし。 「うまいこと忍び込めれば何とかなると思うんだよねぇ。寝静まるのを待って、船内探して、無かったらアジトまで連れてって貰ってさ] 「はいはい、どっちにしても、盗みはダメだよ」 元々、あの海賊団がどういう経緯で手に入れたかは知らないけど、僕は僕の信念として、筋を通さないで手にするつもりは無い。 「えー、世界を平和にするのに必要なもんなんでしょ? だったら別に、義賊行為に変わりないじゃん」 何だか、ポルトガで船をどうこうしようとした時も、似た様な問答をした様な記憶があるんだけど。ひょっとしなくても、僕達って、思ってるより進歩してないのかも知れないね。 「あ、そうだ、ランシールで買った消え去り草あるじゃん。折角だから、ここで使おうよ」 「盗みで使うって公言してるのに、僕が許可する訳ないでしょうが!」 ああ、もう。何でいつも、押し問答になるのかなぁ。 「ふむ、消え去り草」 「どうかしましたか、船長」 もう、色々な意味で疲弊してるんだけど、頭を休める訳にはいかないのが辛いなぁ。 「あちらの船長をこちらに連れてくるというのはどうですかね」 「はい?」 一体、何処ら辺からそんな発想が湧いて出るんですか。素で変な声出しちゃったじゃないですか。 「いえね。このままの状況では埒があかないでしょう。ならばいっそ、こちらにお呼びだてしてしまうのは如何かと。 人質にもなり、話し合いの余地も生まれるのではないですかね」 な、何だか、妙に説得力があるような意見だけど――。 「具体的に、どうやってそれを成し遂げろと?」 何処の世界に、明確に敵意を持ってるかはともかくとして、こう微妙な空気の相手の船に乗り込んでくれるっていう人が居るんですか。 少なくても、僕がその立場だったら絶対にオーケーなんてしませんよ。 「ですから、その為に消え去り草を活用してはどうかと」 「……」 ん? 「それって、要は拉致とか略取とか言いませんか?」 「生憎、最近の若者言葉には疎くてね」 いえいえ、思いっきり昔からある言葉ですから。良く分からない誤魔化しをしないで下さい。 「で、でも、僕は一応、勇者な訳でして……」 「別に取って食おうって訳じゃないし、それくらいいーんじゃないの。盗むのがダメって言うなら、他には一戦交えて強奪するくらいしか思い付かないし」 うう……他人の意見を否定する時はキチンと対案を用意しろとは言うけれど、僕も他には何も思い付かない訳で。相対で考えてみると平和的な手段なんじゃないかって、段々、本気で思えてきたよ。 「じゃあ、まあ、とりあえず検討してみましょう」 その内、勇者としてどころか、人としてやり直しが出来ないくらいの過ちを犯しそうで怖いです。その時は、アクアさんにはまだ勝ててないと思って心を落ち着けようと思います。 「こらー、シス! さっきから何黙ってんのよ! 言いたいことがあるなら、堂々と目を見て言いなさいよ!」 トランスさんは、相も変わらず大声を張り上げてる訳で。さぁて、どうしたものかなぁ。 「海賊団のお頭なんてやってる訳ですから、当然、武闘派ですよね」 たまに街を縄張りとするマフィアの類に、頭使う方をメインにした犯罪集団は居るけど、海の上の連中じゃ、そんなことは無いだろうなぁ。 ということは、恐らく白兵戦で僕より強くて……うーん、真っ向から行ったんじゃ絶対に無理だろうね。 「消え去り草を使うにしても、ひっそりあっちに乗り込まないとダメな訳か」 キメラの翼は特殊な才能が無くても使える代わりに、ポイント指定に大雑把な面があって、狭い船体上にちゃんと移動出来るか心もとない部分がある。ちょっと間違えば、海へとドボンだろう。うまいこと乗れたとしても、海賊達のまん真ん中に降り立ったらタコ殴りは確定で――うー、頭が痛くなってきたよー。 「こういう時こそ、魔法でいーんじゃないの? ルーラなら、ヒョイって狙ったところ行って、帰ってこれるって聞いたことあるけど」 「簡単に言ってくれるなぁ」 たしかに、ルーラは熟練次第で発動までの時間を短くして、更には移動地点を狭く指定することも可能だ。だけどそれはあくまで、腕の良い魔法使いだから出来ることであって、若年の僕にどうしろと。 「うーん」 僕にとっては、ルーラもライデインと同じ練習中の呪文で、確実に成功させる自信はない。唯、目と鼻の先への短距離移動なら何とかなると言えば何とかなる。だけど、トランスさんの背後を取って、すぐさまこっちに切り返すことが出来るかと言うと――。 そもそも、シスの姉弟子ってことは、姿を消しても気配とかで察知しそうだし、本当にうまくいくんだろうか。 「とりあえず、シスはあっちの相手して、気を惹いておいて」 「ほいほい」 言ってシスは、再び舳先に立って、大きく息を吸った。 「やーいやーい、ヘッポコトランス! お前のお師匠、へちゃむくれー!」 「あんたも、同じ師匠でしょうが!!」 何ていうか、いい感じでトランスさんも同レベルだよね。 「さて、と」 消え去り草は、すり潰して身体にまぶすことで姿を消すというとんでもない能力を持ってる割に、御禁制にもならずランシールで売られ続けている。理由は幾つもあるけど、その一つは持続時間の短さだ。まだ試したことは無いけど、聞いた話ではものの数十拍で切れてしまうとか。しかも準備にはそれ以上の時間が掛かる訳で、素人には使いこなすのが難しい。 それに見えないだけであって、そこに居ることに変わりは無いから、シスみたいにモンスターレベルで他の感覚が鋭い人には余り意味が無い。何しろ、本来、人里から隔離されてるはずのエルフの隠れ里を探し出したりするくらいだし。トランスさんもそれに近いものを持っていると仮定しておくことにしよう。 「こんなもんかな?」 根菜の消え去り草から四分の一くらいを切り取り、細切れにして、ゴリゴリと生薬の様にしてすり潰す。かなり乾燥してるからペーストにはならない。サラサラと、煎った塩みたいな細粒状になれば完成、と。 「これを振りかければ――」 仕組みは良く分からないけど、何でも肉体そのものを消す訳じゃなくて、光を捩じ曲げるんだとか何とか。だから服を脱ぐ必要は無いし、生きていないものにも効果はある。とりあえず僕は、右手で摘まんで左手に掛けてみたんだけど、みるみる内に消えてしまった。 それにしても、感覚はあるのに、手首から先が見えなくなるって、すっごく違和感あるなぁ。これで攻撃魔法を放ったらどうなるんだろうとか、どうでも良いことが気になってしょうがない。 「じゃあ、ちょっと行ってきます」 僕はそう言いながら、残りの消え去り草を全身にまぶした。 個人的な意見として自信は無いけど、他に打開策らしいものも思い付かない。唯、よくよく考えてみれば、姿は見えない訳だから、失敗しても割と簡単に戻ってこれるはずだよね。面倒なのは海に落ちて消え去り草の効果が無くなったり、海賊達の中に落ちたりすることだから、そこだけは気を付けて、と。 「そーいや、トランス、昔は御伽話が怖くてぬいぐるみ抱いて寝てたけど、もう治ったのー!?」 「コラァ! この、たくさんの部下が居る中でバラすとか、アンタそれでも人間!?」 「嘘言ったんならともかく、本当のことで怒られる筋合いは無いですよーだ」 「このろくでなし! 鬼! こそ泥!」 「こそ泥って言うなぁ!!」 しかし、何だか本気で微笑ましくなってくる辺り、何だかなぁ、って気分だよ。 Next |