邂逅輪廻



 建前上、アリアハンの北東に位置する二つの大陸はサマンオサの領地ということになっている。だが王都が山に囲まれている上に、北方、南方、共に独立した民族が多数ある為、実質的な支配域は半分にも満たない。
 その少数民族が単独で自治を維持出来れば、それはそれで問題ないとも言えるのだが、魔王軍に依る情勢不安を受け、人心は揺らいでいた。当然の如く治安は悪化し、略奪の類も頻発し始める。だが地方の領主や豪族もさしたる対策を講じることもなく、むしろ助長し上前をはねる有様であった。
 そんな折、大陸の南端近くに、一つの勢力が台頭し始める。その集団は海賊を自称し、たしかに略奪行為を行っていた。だが、一般人への被害は限りなく零に近く、又、悪銭を溜め込んでいる船舶ほど被害が大きかった為、地元での認識は義賊という方が近かった。
 内部規律は厳しく、分け前を無断で掠め取る様な真似や、単独での賊行為は処罰の対象となっていた。更には親を失った子供達への支援を行っていた為、評判はむしろ良いとさえ言えた。
「これがシスの姉弟子がお頭をやってる海賊団の風評、ねぇ」
「それ、どーいう意味?」
 いや、そのまんまの解釈で良いと思うよ?
「仮にこのお頭さんのが、教育方針の不都合で飛び出していった場合、シスの方がそれなりに思想を受け継いだ賊ということになるよね」
「うん?」
「つまり、お爺さんの義賊としての価値そのものも疑わしいって話になる訳じゃない」
 いや、僕の場合、それなりに知られてたらしい義賊であるお爺さんの最後の弟子がシスってこと自体、あんま釈然としてないんだけどさ。
「まー、義賊なんて究極的に言えば自己満足なんだから、死んだ後の評価なんて知ったこっちゃ無いってのが本音なんじゃないかなぁ」
 それは実績のある義賊ならともかく、シスが言っても説得力が微妙極まりないなぁ。
「とはいえ、こっちの目的もレッドオーブの有無だけだからね。賊としての理念とか、とりあえずどうでも良いって言えばどうでも良いか」
「自分で振っておいて、そういう言い方もどうなのさ」
 正直、シスをおちょくりたかったってのが無かったって言ったら嘘になると思う。
『船だぁ! 船が見えたぞぉ!!』
「ん?」
 見張り台から、声が響きわたった。
 何度も言うようだけど、魔物達の横行で、世界の海運規模は減少する一方だ。他の船とかち合うこと自体、物凄く珍しいことなんだけど――。
『骸骨旗だー! 海賊船だぞー!!』
 流石に、海賊に遭遇した経験は絶無だなぁ。
「うわ、本当に骸骨旗だし」
 甲板に上がって船のある方向を見遣ると、古めかしい外装の中型船が三隻確認出来た。しかしこんなコテコテというかオーソドックスな海賊船に会えるだなんて、旅を続けてると色んなことがあるもんだよね。
「野郎ども! あれはポルトガの、それも新型船だ! ポルトガが碌な国じゃねぇのはてめぇらも知っての通りだ! 好き放題に奪いやがれ!」
 耳を澄ますと、海賊の頭目と思しき男の声が何とか聞き取れた。しかし風上からとはいえ、この距離から聞き取れるってどんな大声なんだろうか。そして扇動も、国単位で仮想敵扱いっていうのは、稚拙極まりないと言うか。海賊船に狙われてる事実より、そういうどうでも良い部分が気になった。
「船長。明らかに敵船ですけど、どうするつもりですか?」
「ふーむ。生憎とこの船は移動が目的で、若干の物資以外、大して金目のものは無いのだけどね。それを説明したところで、解してくれる知性は無いだろう」
 さりげなく、とんでもない毒が漏れた気がした。
「砲門とか見当たりませんし、三倍の兵力だろうと、只の賊にうちの船乗り達が負けるとも思えませんけど」
 後方支援として、僕とアクアさんの魔法があれば更に磐石だ。
「いやいや。最近の賊というのはあれで意外に腕に憶えがあるのが紛れてたりするものでね。余り甘く見ない方が良いと思うよ」
 そういえば、アリアハンの山賊にも一人、騎士崩れの人が紛れてたっけか。アクアさんのラリホーが効いたから事なきを得たけど、真っ向勝負となったらどうだったかなぁ。
「まあ、とりあえずは全力で逃げてみるよ。こちらは新造船だし、一隻だ。相手がバラける様であれば、そこで迎撃を考えるのも一つの手段だしね」
「ですね」
 権限の問題もあるけれど、こと海の上に関してアントニオ船長はベテランだ。特に無茶なことを言っている訳でも無いし、ここは追従しておくところだろう。
「ところでシス。あの海賊団が、姉弟子さんの身内だって可能性は――」
「あたしは、あんなヒゲ面軍団養うくらいなら、素直に一人で活動するけどなぁ」
 いやいや、シスの個人的嗜好はどうでも良いから。って言うか、この距離で個々の顔を識別出来るって、相変わらず、無茶な視力してるなぁ。
「じゃ、僕は船底に行ってくるから」
 全速前進ということは、基本は総出でのオール漕ぎだ。僕は船員じゃないけど、男手は一人でも必要なんだよ。思いっきり邪魔者扱いされてるなんてことは無いんだからね。
「いや、ちょっと待ってくれ」
「どうしました?」
 アントニオさんに呼び止められて、足を止める。あんまり、のんびりしてる時間は無いと思うんだけど――。
「真逆の方向からも、船が近付いてきているね」
「はい?」
 只でさえ珍しい他船との遭遇だっていうのに、今日は一体、どういう日なんだろうか。
「シスにはどう見える?」
「んー。船の数で言うと四つで、海賊船よりちょっと大型で新しいかな。乗ってる人も、あっちはむさ苦しいオッサンだらけなのに、こっちはそこそこサッパリしてる感じ。持ってる武器も少しはマシって感じかな」
 自分で促しておいてなんだけど、シスの感覚はこういう時は恐ろしいくらい役に立ってしょうがない。
「いやぁ、お嬢ちゃんは本当に素晴らしい五感をしているよね。女じゃなかったら、海の男として雇いたいくらいだよ」
 まあ、何というか、生物学的に考えて、どうやってもシスは海の男にはなれはしないかな。
「それで、こういった状況になりましたけど、どうしましょうか」
 単純に海賊船から逃げ出すことを考えるのであれば、海原の只中であるという条件からして、真逆に逃げれば良いだけだった。だけど今はそっちに正体不明の船が四隻ある訳で――敵の可能性も考慮すると、素直な進路は取りにくい。
「東南の方向に進行することにしよう。海賊船から逃げることだけ考えればロスが生じるけど、不明船の動きから目的が読めるかも知れないしね」
「了解です」
 現状、海賊船は概ね北側に位置し、不明船は南側だ。東南に逃げるということは船長の言う通り真南に逃げるより追いつかれやすいけど、同時に不明船の動向も洗い出せる。急旋回してでもこちらに向かってきた場合は僕達の船が狙いで、そのまま直進したのであれば海賊船に用がある、反転したならば無関係の通りすがりっていうのが、大体の目安かな。
「じゃあ、僕は船底に行ってきます」
「ああ、宜しく頼むよ。お嬢ちゃんは見張り台に上がって、状況の変化を事細かに伝えてもらおうかな」
「オッケー」
「わたくしは、如何致しましょう?」
 うわ、アクアさん、一体、いつからこの場に居たのさ。本当、神出鬼没っていうか、気配を読みきれないって言うか。
「そうだね。戦闘になった場合に備えて甲板に待機と言ったところかな。坊やも、その時は上がってきて戦って貰いたい。但し、剣は振るわず、魔法主体でお願いするよ」
 本当、何と言うか、誰一人として僕を剣士として認めてくれないのが尋常じゃなく遣る瀬無い。


「肉が食いたいー、えんやこーら♪ お魚さすがに食い飽きた♪」
 いや、別にふざけてる訳でもなんでもなくて、ちゃんとした船乗りの歌なんだよ。そりゃ、僕だって最初に聞いた時はちょっと驚いたけど。
「しかしお前は、真面目に力仕事を続けてる割に、腕力はイマイチのまんまだな」
 お師匠さん、無駄口を叩かず、せっせと漕いで下さい。
「よぉし、お前ら、小休止だ」
 不意に、小団長が命令を出してきた。
「どうしました?」
「良くは分からんが、どうやらどっちの船もこっちには向かって来てないらしい。距離も充分にあるらしいから、とりあえずはこの場所に待機して様子見ってとこだな」
 言われて、小窓から外の様子を伺ってみる。
 うーん、角度的に、ちょっと外を確認するのは難しいなぁ。
「ちょっと、上に行っても良いですか?」
「おぅ。どうせ居なくても、そこまでの差は無いからな」
「……」
 別に、イジメられてるなんてことは無いよ、うん。

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