邂逅輪廻



「個人的な見解としましては、前衛が欲しいところではありますわ」
 僕達は、大海の向こう側、サマンオサの南方へと向かう為、差し当たってジパングへ戻る航海に入っていた。
 クレイン達と別れた後、数日を掛けて情報収集したんだけど、結局、大した情報を得ることは出来ず、当初の決心通り、海賊の村へ行くことになったんだ。
 特に海が荒れることもなく、いつも通りの、割とのんびりした船旅だった。そんな中、今後について話し合っていたんだけど、アクアさんがそんなことを話題として口にした。
「たしかに、随分と偏った感じはあるよね。僕が魔法使い寄りで、シスは肉弾戦が不向きの盗賊、アクアさんは僧侶って、バランスで言うと無茶苦茶かも」
 更に言うと、元傭兵で戦士の経験があるとはいえ、魔術師のクレインに、純粋な魔法使いのシルビーさん、賢者のリオール君と、あっちも大概だと思う。
「トウカ姉さんが戦えれば一番良いんだけどなぁ」
 まあ、無いものねだりに近いし、しょうがないかな。
「ここは一つ、アレクさんの、見違える程の変貌を期待したいところですわ」
「う……努力は、するよ」
 相変わらず兄さんの剣は重すぎて、実戦投入出来る状態には程遠いよ。
『うおぉぉい! ジパングが見えたぞぉ!!』
 穏やかな一時を切り裂く様に、見張り台から声が響きわたった。
 うーん、まさか、こんなに早く戻ってくるとは思わなかったなぁ。って言うか、旅に出てから二度、同じところに立ち寄るってロマリア以来かも。とっても変わってるアクアさんのお爺さん、元気にしてるかななんてとりとめの無いことを考えつつ、上陸の準備をする為、自室へと戻ることにした。


「よぅ戻ってきたのぉ。
 詰まるところ余に会いたかったのであろう? うむうむ、苦しうない」
「あはは……」
 良いか悪いかはさておいて、久方振りに会ったトヨ様は、今日も全力でトヨ様だった。
「うぅぅ! ふぅ!」
 そして、シスも元に戻ったみたいで、実に相変わらずだよ。
「あ、でも物資補給の合間に顔を見せに来ただけで、すぐに出ますから」
「ダメですわよ、アレクさん。ここはそんな事務的な言葉ではなく、『君に会いに来た』と言うのが正しい男の子ですの」
 ごめんなさい。そんなことを平然と言える程、人間的に成熟というか、達観なんてしてないんです。
「いずれにしても、宴に出る程の時間はあるのであろう?」
「宴って、あれ、何か、お祭りの時期なんですか?
 あ、収穫も終わったっぽいですし、それに感謝する何か――」
「何を言うておる。お主の誕生祝いじゃよ」
「は?」
 全く想像してなかったことを言われて、間の抜けた顔と頓狂な声を晒してしまう。
「あ、そーいえば、一昨日、だったかな」
 指折り数えて確認してみたけど、うん、間違いない。僕の誕生日は二日前だ。
「いや、ゴタゴタしてすっかり忘れてて。そっか、もう十六歳なんだ」
 アリアハンに於ける一般的な成人年齢は十六で、兄さんも、その年で旅立った。僕の場合、特例的に一年繰り上げた訳だけど、これで兄さんが旅に出た時と、同じ年になったのか。
 少しは追いつけたんだろうかと思ってはみたものの、照れくさくなって、すぐさま頭を振った。
「こうしてほぼ時を同じくしてこの国にやってきたというのも、余の日頃の行いがよいからじゃろうのぉ」
「あはは」
 僕はトヨ様の下で、乾いた笑いを学んだ気がするよ。


「宴って言っても、大広間を使っての大宴会って感じじゃないんですね」
 トヨ様と従者に連れて来られた先は、五、六人が寝泊まりするのがせいぜいの、さほど広くない部屋だった。
 うん、個人的に知らない人が多すぎると緊張するし、これくらいがちょうど良いかな。
「お主のことじゃ。余りに大掛かりなことをやろうとも、気後れするだけじゃろうからの」
 わーい、流石はトヨ様。僕の考えてることなんて、余裕で見抜いてますよー。
「ま、とりあえず文句は、御馳走食べてから言おうかな」
 うーん。招待されておいて文句を言う算段をするシスって、もしかして大物なんじゃないかって思っちゃったよ。 
 だけど、アクアさんに教育を任せて感化しちゃったら、それはそれでむしろ厄介だし、僕が矯正するしか無いのかなぁ。
「何じゃ、そなた、また面倒事を増やしておるのか」
「あ、分かります?」
「知恵は回るが器は並の男じゃからのぉ。溢れでたものが顔からポロポロと零れておるわいな」
 え、本当ですか。いや、トヨ様のことだから腹の中を読んだだけの可能性も――それはそれで、充分に恐ろしい話ではあるよね。
「では宴を始めるとするかの。こまい挨拶は抜きじゃ。お主が世に生を受けたことを祝し、乾杯じゃ」
「乾杯」
 言ってサカズキに唇を当て、ジパング酒を一口だけ含んだ。うん、果実酒や蒸留酒じゃなくて穀物酒らしいけど、口当たりが柔らかくて、結構、好きな部類かな。
「それで、一体、何を心に溜めておる」
「あー、まあ、簡単に言うと、勇者ってなんなのかなぁ、って」
「ほぉ。中々に、面白げな問いじゃの」
 今更だけど、トヨ様って、良い性格してるよね。
「ほら、普通、勇者って言ったら父さんみたいに、その腕で実績を作って自然と認められるものじゃないですか。
 僕みたいに大人の思惑で勇者って称号を先に与えられて、後追いで目指さなきゃならない場合、指針が見当たらないって言いますか」
 兄さんなんか、その成功例と言えるのかも知れない。だけど正直な話、兄さんと僕じゃ、性格的にも能力的にも方向性が違いすぎて、あまり参考にはなりそうもない訳で。
「世間的に言うのであれば、勇気を持つ者であるとか、勇気を与えるものであるとか言うがのぉ」
「父さんは知りませんけど、兄さんの持論は後の方ですね」
「じゃが、これを論ずるのであれば、その前に厄介な問題があるであろう」
「と、言いますと?」
「そもそも、勇気とはなんじゃ?」
「う、うーん。たしかに、何なんでしょうね」
「死を恐れぬ心のことじゃろうか。
 じゃが、容易いこととは言わぬが、人が命であることを放棄し、心を捨て去れば死を死とは感ぜぬ様になるものぞ」
 それって宗教国家の長が言って良い台詞なのかなぁ。
「だったら、自己を保ち、何かを成す為に恐れを抱かないって言うのは――」
「匹夫の勇という言葉もあるでのぉ。
 猪武者の有り様を勇気と呼ぶのは、ちと違うのでは無いかえ」
 あ、あれぇ。そういや勇者になって一年くらい経つのに、勇気についてちゃんと考えたことって無かったような。
「人が背負う、希望の象徴、とかはどうです?」
「余も似た様なものであろうが」
 自分でキッパリ言い切れるトヨ様って、能力が伴わなければ本気で痛い子だよね。まあ、現状でも大概と言われれば否定しきれないんだけど。
「アクアさんは、僕が勇者だって言ったけど、あれって何が根拠だったの?」
「気持ちの問題、ですわ」
「……」
 感覚至上主義者の意見は、議論の場に於いて全く役に立たないことがしばしばあるよね。
「シスにとって、勇気って何?」
「んー。盗賊にとって、大胆さってそんな大事なもんじゃないからなぁ。むしろ普段通りの仕事が出来る平常心と、細心の注意が主って言うか」
「どの様な時でもことを成せるとは、胆力寄りの発想じゃの。」
 勇気とは恐れる心を飲み込む器量のことやも知れぬわいな」
「き、器量……」
 い、一番、自信が無い部分を突いてこられた気がしてならない。
「或いは、単に鈍いだけやも知れぬがな。
 自信や希望とは楽観的勘違いと言うたのは誰であったかの」
「何だか、勇気なんてものは存在しないみたいな気分になってくるんですが」
「存外、真理やも知れぬぞ。言うなれば心に勇気という虚構の殻を纏い、言い訳とする。
 とはいえ、ことがそれで円滑に運ぶのであらば、問題は無いとも言えるがの」
「うーん」
 仕立て上げられたと言っても、勇者の身で勇気の存在を否定するのは、感覚的なしこりが残る。でも、論理的には妙な説得力があるしなぁ。単に、トヨ様個人の威厳に依る補正って気がしないでもないけど。
「まあよい。いずれにせよ、ゆーしゃのことを考える様になったと言うのであれば、随分と進歩したものじゃ。
 月夜の晩、悶々としておったあの頃とは比べ様も無い」
「あの時は、本当にもう、何て言いますかお恥ずかしいところを――」
 ここまで言ったところで、ハッと気付いてしまう。
「月夜の、晩?」
 シスが威圧するかの様に、そしてアクアさんが興味深げにこっちを見ていることに。
「ゴシップ好きの血が、騒ぎますわ」
 仮にも僧侶として、それは本当にどうなんだろうか。アクアさんのことを僧侶と認めてる人が居るのか、そこから議論しなくちゃいけないって気もするけど。
「よいではないか。男と女の間に、秘め事はつきものぞ」
 そしてトヨ様も無駄に煽らないで下さい。いや、この人の性格からしてわざとの可能性も充分以上にあるんだけどさ。
「ふーんだ。あたしなんか、最初に会った日の晩、部屋に盗みに入ったくらいなんだからね」
 何で対抗してるのかは分からないけど、それって、何かの自慢になるのかなぁ。
「わたくしは、実家に泊めて頂きましたわね」
 う、その件に関しましては、今となっては良い思い出ということで処理したいところです。
「お主、至る所に粉を掛けておるのか。甲斐性という意味で悪いとは言わぬが、程々にせぬと命を縮めることになるぞえ」
 それは、完全に誤解というものなのですが、女性陣が喋ったこと自体に偽りは無いので凄く否定しづらいです。
「よもやすると、それがお主にとっての勇気なのやも知れぬが、の」
「何だか、うまいこと言ったみたいなしたり顔をしないで下さい!」
 はぁ。何て言うか、僕は女性にはどうあろうと勝てないのかな。
 いつものことと言えばいつものこととも言える感想が胸を去来し、何とはなしに溜息をついた。


「ん……」
 頬に触れる冷たい風で、意識を揺り動かされる。
 あれ、僕、寝ちゃってた? お酒に酔った記憶はないから、満腹になって疲れが出たってところなのかな。
「おぉ、済まぬの。起こしてしもうたか」
 顔を上げて声の方を見遣ると、トヨ様が窓から外を見上げているのを確認出来た。
「お月見、ですか」
「うむ、こう寒ぅなってくると、空が澄んでおる」
「たしかに、そうですね」
「中秋の名月と言うての。前にお主が来た時期が、最も良いとされる頃合なのじゃ。
 とは言え、季節ごとの月を楽しめぬようでは、まだまだ青いと言わざるをえんがの」
 この人は、一体、何に対抗しているのかなぁ。
「よっと」
 掛けてもらった敷布をひっぺがし、むくりと起き上がった。
 焦点の合わない瞳のまま辺りを見回すと、僕と同じようにシスとアクアさんも寝潰れていた。
 シスなんか折角の敷布を蹴飛ばしてお腹なんか出してるけど、そのまんまじゃ風邪ひくよー。
「やれやれ」
 トウカ姉さんを考慮に入れると、実質的に三人兄弟の末っ子みたいな僕だけど、下の子が居たらこんな感じなのかなぁ。
「そなたは、ほんにおなごに優しいのぉ」
「そうですか?」
 シスの敷布を掛け直す僕を見て、トヨ様はそんなことを言ってきた。
「余はさして気にせぬが、事と次第によっては恨みを買うこともある故、重々、気をつけてたもれ」
「それは口にした時点で気にしてると思うんですが」
「そういうものかえ?」
 トヨ様の場合、素なのか空っとぼけてるのか、アクアさん並に判断が付きづらくて困る。
「ちょっと寒いですね」
 トヨ様の隣に立ち、外の風を直に浴びると、思わずそんなことを口にしてしまう。ちょっと、今の今まで寝入って冷え切った身体には辛いものがあるかなぁ。
「もうじき冬じゃ。寒ぅなるのは、至極当然の話じゃろうて」
「うーん、でも旅をしてて、季節の移ろいより早く気候が変わったことが何度もあって、どうもそこら辺の感覚が曖昧になってます」
 ポルトガからレイアムランド、ランシールにバハラタ経由でジパングへやってきた時なんか、その象徴的な事例だ。
「余はジパングに生まれて十年、ジパングはおろかこの都からそう離れたことも無いでのぉ。話に聞くだけでは、今一つ分からぬわ」
「あ、でも僕も一年前に旅立つまではそんな感じでした」
「うむ。いずれ特使や親善の名目で回ろうと思っておるが、当面は叔母上の一件で揺らいだ国内を纏めねばならんでの。口惜しいことじゃ」
 勇者として、もっと大きなことをやらないといけない立場なのに、何だか凄くスケールがでっかいなって思っちゃったよ。
「その時は、アリアハンにも寄って下さいね」
「何を言うておる。ヌシはその折、余のぼでーがーどとして側におろうが」
「……」
 ん?
「ま、まー、それはそれとして」
 というか、軽く流さないと残念なくらいに話が進まない訳で。
「とりあえず僕達は、世界の反対側に行ってきます」
「心寂しきことよの。ジパングには当分の間、やって来れぬのであろう?」
「多分、そうです」
 もちろん、キメラの翼やルーラを使えば、一度立ち寄った場所なら何処へなりとも行くことは出来る。だけど用も無いのにそんなことをするのは旅の筋を曲げてしまう気がして、躊躇われるものがあった。
「まあよい。待つ女というのも趣があって悪くはないものじゃ。国事に忙殺されておれば、いずれ魔王打破の報を聞くことになるであろう」
「ぜ、善処します」
 最近、期待を掛けられても、受け流しきれずに曖昧な返事をしてしまうことがあるのは、僕の中に何か変化があるからなのかなぁ。
「じゃが、何も無しに時を刻むというのも芸が無い。ここは一つ、担保でもとっておこうかの」
「担保、ですか?」
 はて。何か愛用の道具でも渡せば良いのかな。パープルオーブをお目こぼしして貰ったし、それくらいは構わないと言えば構わないんだけど――。
「本来ならば口づけと言いたいところじゃが、嫌々されても居心地が悪いでの」
「……」
 さらりとこんなことを言える辺り、五つ六つ年下とはいえ、女性という奴は本当に末恐ろしい。
「そうじゃの。これを預けるとするか」
「ん?」
 言って、トヨ様は身につけていた首飾りを外して僕に手渡してきた。
「何です、これ?」
「神代の頃、これなる国を産みたもう地母が眠りし霊山より切り出した珠玉を削りて――お題目はともかく、要は国宝じゃな」
「マジですか」
 言われてみると霊験あらたかで、おごそかなものに見える辺り、僕の器も知れたものだと思う。
「どうじゃ。これを返しに来ぬ限り、余はお主と共に国賊となってしまうことを理解出来たかの」
 成程。これは間違いなく、『担保』と呼ぶに相応しいものだ。
「無論、余は手渡し以外、認めぬでの。翼を使うなどの横着は許さぬぞ」
「りょ、了解です」
 流石はトヨ様。そういう小手先の揚げ足取りなんて、真っ先に潰してくれますね。
「尤も、生きておる限り、追われる身であることも事実じゃがの」
「まー、あんま死ぬ気も無いんで何とかして返しにきます」
 こういう言い方をするのが正しいかは分からないけど、魔王が居て、それと刺し違えるのには何の美学も感じない。魔王の目的が人を苦しめられることだというのなら、少なくても死んだ勇者と周りの人は不幸だろう。結局、生きて帰らなければ、完全な勝利なんて言えないんだ。
 だから僕は、父さんと兄さんを諦めない。トウカ姉さんを含めて、全員がアリアハンに帰ってこそ、僕達は魔王バラモスに勝てたと言えるんだろうと思う。
「うむ、余もこの年で後家になるのは、流石に参るでのぉ」
 あれぇ。何だか、思った以上に関係が進んだりしてませんか?
「では宴もお開きとするかの。このまま寝かせたのでは、身体に良くあるまいて」
「あ、はい」
 ところで、シスとアクアさんって、どうやって運べば良いの?
 自慢じゃないけど、僕に引き摺るだけの腕力があるかは微妙だよ。
「心配せずとも、近習に送らせるわいな。お主に力仕事を頼むほどに不明ではない」
 何かフォローされてるようで、物凄く馬鹿にされたっていう解釈で良いんですよね。
「どうじゃ。折角の晩じゃし、閨を共にするかの」
「まー、何て言いますか、そういうことを僕以外に言わないって言うんなら、嬉しいと言えば嬉しいですけどね」
「軽くあしらわれてしもうたかの」
 何とはなしに身についたスキルの一つ。結局、女の子の本気度なんて僕には分からないんだから、こっちもはぐらかしていけば良いかなぁ、とか。
 そんなことばかりしてたら、ここ一番で悲惨なことになりそうな気もするけどね。


「う…うぅん……」
 ジパングを出立して、早数週間が経過していた。僕は日課である素振りを終え、特にすることもなくて甲板に寝転がって空を見上げていた。世間的には既に冬に近いんだけど、この航海で取ったルートは、世界の中心線だ。基本、四季の概念が乏しく、陽気としては常に夏に近い。海風と相まってそう不快な気分にはならず、何とはなしに、雲の動きなんかを見詰め続けてみる。
「なーんと言うか、さ」
 不意に、一服ついていたお師匠さんが声を掛けてきた。
「お前って、若者らしく無いよな」
 それが愛しい弟子に対して言う台詞ですか、師匠。
「具体的には、どういったところがですか」
「とりあえず、その何でも論理的に解釈しようとするところだ」
 そりゃ、何と言いますか、自ら墓穴を掘ったもんだなと思います。
「他にもだな、旅の仲間が年の近い女二人だってのに、特に粉掛ける気配もない」
「一応、僕はバラモスを倒す為の旅の最中なのですが」
「英雄色を好むとも、旅の恥は掻き捨てともいう」
 それは、海の男が言うとシャレになってないと思うんですけど。
「基本的なとこだが、お前、男として大丈夫か?」
「何ですか、そのいわれなき批判は」
「それとも、誰か特定の想い人でも居るってのか?」
「……」
 言われて、つい返答に詰まってしまう。
 僕は、誰かを大切にしたいと思う気持ちは分かる。それは家族に対して今も抱いているし、トウカ姉さんに感じていた淡い気持ちも、今にして思えば似た様なものだったんだろうと思う。
 じゃあ、人を好きになるってどういうことなんだろうか。トヨ様に求婚と思しきことはされているけど、僕の中ではまだ消化しきれていない。
「あぁん? てめぇ、その面、やっぱ誰かいやがんな」
 どうでも良いけど、お師匠さんの人間心理を読む能力は、限りなく零に近い。
「ちきしょー。俺なんか兵士時代に結婚しても良い女が居たってのによぉ。
 『あんたの将来はバブルスライムより安定性がない』とかなんとか言いやがって。今でも一人もんだってのによ」
 あれ、どこら辺で愚痴を聞くっていう主旨に変わったんだっけ。
「何にしても女は、男の俺らから見れば下手な魔物より恐ろしいからな。深みにだけは嵌るんじゃねーぞ」
「大丈夫です。概ね、理解してるつもりですから」
 どことなく、ニュアンスの違いを感じながらも、敢えて聞き流すことにした。
 大人と付き合うのは、同性であろうと女の子並に骨が折れる。そんなことを思う、旅の中の一日だった。

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