け、ケホッ。動揺しすぎて、ツバが気管の方に入ったよ。 「はぁ!? あの爺ぃ! いい年して、いつの間にガキなんかこさえてやがったんだ!?」 「お、お、落ち着こここ――」 ダメだ,僕が平静さを失いすぎてて、言葉がうまく出てこない。 「とりあえず、ね。これを書いたのがメロニーヤ様だって確定した訳じゃないし、決めつけるのはまずいと思うんだよ」 「ここに、署名がある」 シルビーさんが指差した先には、良く似た筆跡で『メロニーヤ』と……ああ、もう何が何だか分かんなくなってきたよ。 「だけど、まあ、あれじゃない。ほら、小さな頃に面倒を見たら、血が繋がってなくても、子供みたいなもんなんじゃないのかな」 子供も居ないし、十五、六年しか生きてない僕がそんなこと言うのもどうなのかなって思うけどさ。 「っていうか、シルビーさんとリオール君って、血は繋がってないんでしょ?」 「まー、それはあくまで、孤児院の人にそー言われただけの話で、何らかの確証がある訳でもない」 仮に本当の姉弟だった場合、リオール君の恋慕はどこに向ければ良いんだろうか。 うわ、ひょっとして僕、すごーく厄介なことを知っちゃったんじゃないのかな。これって、伝えるのと黙ってるの、どっちが親切なのか、さっぱり分からないんだけど。 「続きを読め」 「え?」 「先に進まなきゃ、何も分からねぇだろうが」 それも、そうか。何だか怖くてしょうがないんだけど、それでも読みたい感情は消えないから、人間ってのは厄介だよね。 『最初に、実の子でありながら、私が育てられないことを、深く謝っておく』 うわーい、めくった瞬間から、随分と絶望的な情報だよー。 『あれは、何年前になるか。ことは、バラモスという輩が、世界を支配せんがために動いているという噂を聞いたに端を発する。真偽は定かでないが、人の世の為にあるべき賢者として、見過ごすことは出来ない。 アリアハンの勇者オルテガ殿や、サマンオサの戦士サイモン殿と連絡を取り、情報を収集した。どうやらバラモスは実在し、イシスの南方、ネクロゴンドの山奥に住んでいるらしいことを知る。 この時点で私はバラモスに相対する決意をし、同時に、お前達に迷惑が掛からないよう、その辺りを含ませて孤児院に預けたのだ』 な、成程。筋は通ってる様な気がしないでも無い。ってか父さん、メロニーヤ様と知己だったんだ。 まあ、一応、どっちも世界的に名が知られた人だし、自然と言えば自然な接点なんだけどさ。 『しかし、いつしか二人との連絡が途絶え、後に行方不明になったと知った。このままでは、バラモスに対抗する人物が居なくなってしまうと悟る。又、私に何かがあった時、意志を継ぐ者が必要であるとも判断し、弟子をとることを決意した。 そんな折、知り合いの傭兵団に、素晴らしい素質を持った若者を見出す。私は恥も外聞も無く団長を口説き落とし、その若者、クレインを譲り受ける』 「……」 『彼はすさまじい勢いで私の魔法技術を吸収し、こと魔法使いの能力に関してはほんの数年で追い抜いたと言っても良いだろう。これで、万一のことがあっても、私の意志が絶たれることは無い』 「何という、ベタボレ状態」 「茶化すな!」 えーと、続き読んでも良いですか? 『心残りがあるとすれば、やはり二人の子供達についてだ。妻は、リオールを産んだ折に産後の肥立ちが悪く、逝ってしまった。四歳と零歳の子供が、親の愛を知らずに育つというのは、良いこととは言えないだろう。 分かってくれとは言わない。この文章が、子供達に触れられることを、必ずしも望んでいる訳でもない。だが、何処かに想いを吐露したい情動を抑えきれず、ここに書き記す。 我が弟子、クレインよ。これをお前が発見した場合、私がこの世に居ない公算が強いだろう。その時は、この事実をお前の心の内に秘めておいて欲しい。だが二人に対し、何か気を配ることを、勝手ながら望む』 「……」 えーと、思いっきり縁者二人に対して読んじゃったんだけど……こういう大切なことは、最初に書いて欲しいかなって思ったり。構成や文章の散逸さから言って、本当、勢いだけで書いた雑記に近いんだろうけどさ。 う、うん、流石のシルビーさんも、いきなりこんな出生の秘密を知っちゃったら、難しい顔をしたりもするよね。僕も、父さんと母さんが実の両親じゃ無いって言われたら、相当、驚くと思うし。 「幼少の頃より、何ゆえ、知性と気品が内より溢れ出てくるか疑問であったけれども、成程、合点がいった」 「……」 ゴメン、思ったより前向きって言うか、凄く明後日のことを考えてたよ。 「あの爺ぃ、知性はともかく、品性に関しちゃ、褒められたもんじゃねぇけどな」 「おっと、その物言いは如何なものだろうか」 「あぁ?」 「私は、あなたの師匠の娘。お嬢様と呼んで、敬語を使って貰おうか」 「ついさっき、弟子入りを申し出た人間が吐く台詞か!」 何て言うか、凄い平和だよねぇ。バラモスの問題とかさえ無かったら、僕達、ほのぼのと生きていける様な気がするんだ。 「ん?」 手にした本から、一片の紙がハラリと舞い落ちた。つづりが甘かったのかなと思ったけれど、穴が開いてない上、小さなものだったから、挟んであっただけだと理解する。これ、何だろ。 「紫、ジパング、青、ランシール、緑、テドン、赤、海賊の村、銀、ネクロゴンド、黄:??」 紙片には、色と地名が六つ、走り書きされていた。 これって何処かで見たことある様な……。 「ひょっとして、これって、オーブの所在?」 そうだ。ブルーオーブは、ランシールの地球のヘソと呼ばれる洞窟。パープルオーブは、ジパングの至宝。そしてイエローオーブは人から人の手を点々として、開拓民の町に行き渡った。兄さん達が見付けたのはその三つだけど、『??』を、場所を確定できないという意味に解釈するなら、全て合致する。 「んだぁ? オーブ?」 あれ、ひょっとしてまだ話してなかったっけ? 「うん、ほら、シャンパーニで初めて会った時、紫色の宝珠、パープルオーブを見せたじゃない。あれって、六個集める為のもので、それをレイアムランドに奉納すると不死鳥ラーミアが目覚めて、バラモス城に行けるんだってさ」 「さらりと、とんでもねぇこと言ってんじゃねぇ!」 だって、クレイン、細かい行き先なんて教えてくれなかったし、連絡の取りようが無かったからしょうがないじゃない。 「ほら、今、間違いなく伝えたし、問題は無いでしょ?」 「てめぇのその、ちゃらんぽらんな性格は、一度、徹底的に話し合わねぇといけねぇみたいだな」 えー、そんなぁ。こんな大人しくて真面目な勇者、中々、居ないと思うんだけどなぁ。 「んで、今は、幾つ集まってやがんだ。そのパープルオーブ一つだけか?」 「えっと、ブルー、イエロー、パープルで三つ」 「半分も揃ってるじゃねぇか!」 「いや、それは兄さん達が頑張ったもので、僕達はまだ一つも」 「だろうなぁ」 そうあっさりと納得されるのも、それはそれで釈然としない。 「それで、この紙に、ありかが書いてあるんじゃないかなって思ってたとこ。三つはピッタリ合うんだよね」 だけどそうすると、一つ、疑問が湧いてくる。 「何でメロニーヤ様は、ここまで調べておいて、自分で動かなかったんだろう?」 メロニーヤ様もクレイン同様、世界中をルーラで回ることが出来るはずだ。もし僕がその立場だったら、とりあえずイエローオーブ以外は手中にしているだろう。 でも、実際は弟子のクレインでさえ知らなかったっぽいし、何が何やらって感じだ。 「或いは、父はイエローオーブを含めて全ての所在が分かってから動こうとしていたのではなかろうか」 既に父呼ばわりだし、適応力高いなぁ、この人。 「ま、真偽の程は分からないけど、次に何処行くかは決めてないから、良い指針にはなるよ。 それにしても、ネクロゴンドはバラモス城の直下。テドンは……ポルトガの南にある土地だっけ?」 あの時は、北上ルートでレイアムランドに行ったから、良く知らない場所だなぁ。 「この、海賊の村って何?」 世情の不安定さを受けて、世の中に山賊、海賊、湖賊といった賊の類が跋扈しているのは知っての通りだけど、賊の村っていうのはなんだろう。 そもそも、賊が成立する為には、真面目に生計を立ててる民衆が必要な訳で……何だか、悪政しまくってる領主なんか賊と大差ないなんて思っちゃったけど、とりあえず置いておこうっと。 「うむ、それは噂の海賊団のことに違いあるまい」 あ、おはよう、アダムスさん。 シルビーさん達の問題について、この厄介な人にバレなくて良かったかなって思うよ。 「何故じゃか急に睡魔が襲ってきてな。じゃが、一眠りしたお陰で頭もスッキリじゃわい。今なら、ダーマ・スキャァニィングも、通常の三割増し程度に使いこなせそうじゃ」 「そのまま、すっきりこの世からオサラバすれば後腐れなかったろうにな」 クレインの、真っ黒な冗談も端に置いておくことにして、と。 「それで、噂の海賊団って言うのは」 「儂も話を聞いただけなのじゃがな。サマンオサの南を根城とする大規模海賊集団がおるらしいのじゃ」 「物騒な話ですね」 「必ずしも、そうとは言えん」 「と言いますと?」 「あくまでも伝え聞いた話じゃが、そやつらは悪い噂の多い領主や商人しか襲わないらしいぞい。その上、集めた財宝は戦災孤児を養う為に使っておるとか。それ故に、村と呼ばれている訳じゃな」 「いわゆるところの、義賊ですか」 それにしても、何処かの義賊モドキに聞かせてあげたい話だ。いや、何だかんだで盗みは悪いことなんだけどさ。 「そのお宝の中に、赤――レッドオーブがある、と」 ありえない話では無いよね。この情報の真偽がまずあやふやだし、例え正しくても、今もあるとは限らないんだけど。 「でも、サマンオサの南、か」 世界地図を頭の中に思い浮かべて、取るべき進路を想定してみる。 うーん。やっぱり、ジパングへ引き返して大海を渡るルートになっちゃうなぁ。殆ど世界を半周する訳だし、直通で行くくらいなら、他にも寄って色々と情報を集めながら――でも、入れ違いで売り払われたりしたら目も当てられないし。 一方のテドンも、バハラタ経由でネクロゴンドを大きく迂回しないと行けないから、殆ど世界を半周する計算だ。 三つ目のネクロゴンドは、バラモス城直下で危険な匂いしかしないから、もう少し外堀を固めてからってことになると思う。父さんが行方不明になった場所で、行ってみたい気持ちが無い訳じゃないけど、シスやアクアさん、それにアントニオさん達を軽い気持ちで巻き込む訳にはいかない。 「ん? そっか。クレインにルーラで連れてって貰えばいいんだ」 「だから、人を便利な足代わりにしようとしてんじゃねぇ!」 使えるものは、十五歳になったばかりの若造でも勇者として使うのはアリアハン人の特徴だもの。 あ、自分で言ってて、ちょっと悲しくなってきた。 「うぅむ」 「シルビーさん、どうかしました?」 いつもと違って余り口を挟んで来ないけど、やっぱりそれなりに衝撃だったのかな。 「いや、どうしてさっきからここが懐かしいのか考えていたのだけれど、もしや私は、リオールが生まれるまでここに住んでいたのではなかろうか」 「ああ、成程」 記憶に殆ど残ってないにしても、生家なら心に響くものがあるだろうね。 「つまり、この家の財産は、今となっては全て私とリオールのもの。 どうだ、そこの弟子、参ったか」 「爺ィを勝手に殺してんじゃねぇ!」 ふむ。アクアさんの言うツンデレの意味は未だに分からないけど、とりあえずクレインがメロニーヤ様のことを好きなのは理解出来たよ。 「とりあえず、家財産の所有権も確保したことだし、リオールに伝えてあげようと思う」 「あー、いや、うー、あー」 ちょ、ちょっと待って。その件に関しては、色々と複雑な事情が絡み合ってるから、もう少し様子を見てから――。 「女の相手は……疲れる……」 あ、クレインはクレインで、精も根も尽きたみたい。ぐったりとうなだれちゃったよ。 「女性なんて僕達とは別種の生き物みたいなものだから、真面目に考えると一生掛かるテーマだと思うよ」 「てめぇのその達観は、何処から出てきやがんだ」 シス、アクアさん、トヨ様、シルビーさんと、ヘンテコ極まりない女性と付き合い続ければ、誰でもこうなると思うんだけどなぁ。 「ま、とりあえずちょっと収穫もあったし、一回、ダーマに帰ろうか。 あ、詰まったら又ここに調べに来ようと思うから、僕が来ても入れるように調整し直しといてね」 「私も、私も」 「てめぇら、好き放題に言ってんじゃねぇ!」 奥深い山中にクレインの叫び声が響き渡った。 将来、頭の血管が切れて死にそうだななんて、凄く他人事なことを思っちゃったのは内緒だよ。 Next |