クレインのルーラで連れられてやってきたメロニーヤ様の住まいは、ダーマ神殿から見て北方に当たる山の中にあった。世界に名の知れた大賢者としてはこじんまりとしたものだけど、使用人も居ないらしいし、生活の利便性を考えればこんなところが妥当なのかも知れないね。 「ここが二人の、愛の巣」 「下らねぇこと言ってんじゃねぇ!」 本当、会ったばかりだってのに、この二人も仲が良いなぁ。 「あのチビの方にしときゃ良かったか?」 「まあ、男四人で御家探索ってのも何だし、華だと思えば良いんじゃない?」 「ガキのくせに、こまっしゃくれたこと言いやがって」 まあ、華と言っても、食虫植物辺りの珍種ではあるけどね。 「それじゃ、失礼して――」 バチンっ! シルビーさんがドアノブに手を掛けた途端、弾けるような音がした。 「割と本気で、痛い」 「魔力結界、じゃの。それもかなり強力なものじゃ」 「たりめぇだろ。こんな物騒な時代、何処の世界に、施錠もしないで外出する阿呆が居やがる」 クレインとメロニーヤ様のどちらも家の中に居ない場合、勝手に掛かる仕組みになっているとも付け加えてくれた。 「さぁて、家も見せたことだし、そろそろ神殿に帰るとすらぁね」 あぁ、まーたクレインの屁理屈が始まった。 「そんな詭弁が、通じるとでも?」 「チッ。本意じゃねぇことさせられてんだ。口先くらい抵抗させやがれってんだ」 何て言うか、クレインって、何処までも精神年齢が残念だよね。 「ほらよ」 クレインが杖でドアノブに触れると、そこを起点に家を包んでいた魔力が消えて行くのを視認出来た。 へー、便利な仕掛けだなぁ。ノアニールで兄さんがやったみたいに、クレインの魔力に反応する仕組みなのかな。これを一般的な技術として広めれば盗賊の憂いは減るだろうし、良い商売になりそうだね。 「では、改めて失礼」 「その、コソ泥みたいな忍び足はやめやがれ!」 言って、クレインは理力の杖でシルビーさんを叩こうとしたんだけど、直前で躱されてしまう。 「ふっ、甘いな。その攻撃は既に見切ってある」 嗚呼、たった四人なのに、相変わらず話が進まないなぁ。 「宝じゃ、宝じゃ、ふいっひっひひ」 「アダムスさんって、本当にダーマの要人なんですか?」 失礼とか何だとかいう以前に、素直に思っちゃったんだからしょうがないじゃない。 「お邪魔しまーす」 誰が居るという訳でも無いのに、何とはなしに挨拶してしまう。 「あれ、意外と片付いてる」 「どんな状態を想定してやがった」 「クレインがこまめに掃除する性格だとは思えないじゃない」 実際、シャンパーニの塔も、そんなにすっきり纏まってた訳じゃないし。 「舐めんなよ。たしかに俺と爺ぃは、掃除という言葉を口にするだけで寒気がするくらいに好きやしねぇ」 だったら、メイドさんでも何でも、雇えば良いじゃない。世界に名を知られたメロニーヤ様なら、それくらいしても誰も怒らないよ。 「そこで俺らは考えた。物が散らかるのは何故か。それは必要なもんと、そうでないもんがゴチャ混ぜになってるからだ」 「はぁ」 「出た結論として、必要なもんには自然に所定の場所に戻る魔法を掛けた。こうすりゃ、多少、物が散逸してようと、そこらにあるもんは不必要なもんだけだからな。後はバギか何かで吹き飛ばして、燃やしちまえば良いって寸法さ」 「何でその努力ってか、労力を、日頃の掃除に回せないの?」 こういう偏った人の考えることは、今一つ分からない。 「てめぇの尊敬する、メロニーヤの爺ぃの発案だぜ」 「うん、最近、ちょっと悟って来たから大丈夫。高い能力を持つ人って、大抵の場合、人格を犠牲にして、その領域にまで達したんだよね」 トウカ姉さん、クレイン、トヨ様――ほら、僕の理論、間違ってないよね? 「僕もバラモスを倒す力を得る為に、人の道を外れないといけないかと思うと、気が滅入ってくるよ」 「てめぇは、端から充分に変人だろうが」 えー。打倒バラモス連盟、最後の良心を自認してる僕に、何を言っちゃってるかなぁ。 「むむむ。この魔道書は、アリアハン統治時代のもの。失われた魔法体系を知る為の、重要な史料ではないか」 「こっちには、レア鉱物として名高いピュアミスリルがあるぞい。一欠片で黄金一抱えと交換出来る程の稀少さじゃ」 「てめぇら、ちったぁ大人しくしやがれ!」 それはこの人選をした時点で無理な話だとは思うよ。じゃあ、誰だったら穏便に済んだかと言われると、僕の仲間二人が論外な時点で思い付かないんだけどさ。 「んでぇ、そっちの魔女っ子。結局、何が目的でここへ来やがった」 「うむ。魔女っ子という表現が気に入った。今後、そう名乗ってみることも検討してみる」 「下手な話の逸らし方してんじゃねぇよ」 理力の杖を手に、クレインはズズイっとシルビーさんに詰め寄った。正直、何を企んでるかは僕も知りたいところだし、ここは様子見させて貰おうかな。 「実はメロニーヤ様のファンで、自宅を拝見出来ればな、って」 「ほぉ、だったらもう満足だな。真のファンなら、これ以上は迷惑になることくらいは分かるだろう?」 「いやいや、あっしなんぞは軽薄なもんでして、迷惑と分かっていてもやめるにやめられず――」 「再犯を繰り返す窃盗犯か何かか!」 やれやれ、こりゃダメだ。しばらくは、はぐらかされて何も進まないね。 折角だし、僕もちょっとそこらを調べてみようかな。 「やっぱ基本は本だよね」 文字という発明は、人が死後も知識を継承出来るという意味で、歴史的に大きな分岐点だった。魔法や何かで映像を残すという手段が無い訳じゃないけど、期間は魔力依存だし、かなりの熟達した腕が無いと出来ない。その点、本というのは特別な才能を必要としない上、キチンとした保管をすれば数百年だって残すことが可能だ。 ここにある本は、かの大賢者メロニーヤ様が集めていたものだ。稀少で高価だというのはともかくとして、何よりも魔法使いとしてタメになる情報が詰まっているに違いない。 「こういう時、アリアハン人っていうのがちょっと得だったりって思うよね」 魔法の世界で本を書き記す場合、アリアハン語を使うというのが基本になっている。これは、かつてアリアハンが世界を統治していた頃の名残だ。世界が再び分断され、各地の言語が分化し始めてるけど、意思の疎通が困難になるという理由で、学術の世界では厳格な適用が定められている。この道に入ったばかりの人は微妙なニュアンスとかで苦労するらしいけど、僕にとっては便利この上ない。幾らか文面が、固すぎるなぁって思わなくも無いけどね。 「ん、『イオ系魔法の威力を上げる方法』……?」 何か、凄く実用的なタイトルが目に入ってパラパラと読んでみたんだけど――。 「一言で纏めると、『気合でどうにかしろ』って書いてあるんだけど、どうしよう」 いや、言葉に出して文句を言わないと、やりきれないことってあるじゃない。 「ひょっとして、結構、玉石混交だったりする訳?」 うーわ。一つ一つ読んでくのは大変そうだし、ここはアダムスさん辺りに、貴重で役に立ちそうな本を聞こうかな。 こういう時、知識は無くても、どういう訳か価値判断は得意なシスが居ないと不便だよね。 「ヒャヒャヒャ、宝じゃ、宝じゃ、お宝じゃ。 これを全てダーマ神殿に納めれば、七大老筆頭の地位も夢じゃないぞい」 ダメだ、完全に欲に飲み込まれてる。役に立ちそうもないや。 「昔の賢者は言いました。 『メラで焼肉。ギラでロースト。イオでミンチ肉。バギでスライス。ヒャドで長期保存。嗚呼、魔法とは何と素晴らしいことか』と」 「肉ばっかりじゃねぇか!」 「僧侶じゃないし、節制する必要など無い」 「そういう問題じゃねぇ!」 「あれ、どこらへんから夫婦漫才に変わったの?」 「いやぁん、夫婦だなんて、そんな」 シルビーさん、一瞬で頬を染められるとか器用だなぁ。 「こういう暗い世の中だし、色んなところで二人して笑いをとって回るのとか良いんじゃない? ほら、リオール君だと、逆に気分が落ち込みそうだし」 「成程。魔法使いが生業にならないのであれば、そういうのもありやも知れぬ」 「ねぇよ」 一言でバッサリと切り捨てられた。 笑いそのものには疎いかも知れないけど、クレインは、ことの本質を見極める能力は高いし、訓練次第では良い線行くと思うんだけどなぁ。本人のやる気は無視するとして。 「で、結局、何でここに来たかったの?」 「実は、私達の前の師の、更に師に当たる方の秘宝が、ここに保管されていると聞いたもので」 「吐くのかよ!」 「いや、何だか、はぐらかし続けても意味が無いかなって感じがして」 そりゃ、まあ、ねぇ。 「んで、その宝ってのは何なんだ。物によっちゃ、縁切り銭代わりにくれてやる」 「それは、じっくり吟味した上で考える」 「あぁん! 今のもフカシか、クルァ!」 三歩進んで五歩下がる。人生も、往々にしてこんなものなのかも知れないねぇ。 「ところでクレイン」 「どうした」 「この、魔力で厳重に封をされた部屋って何なの?」 片隅にある扉を指し示しながら、そう問い掛けた。家の構造から考えて、そんなに大きな空間ではないだろう。その一角に張り詰めた魔力は、家に掛けられていたものとは比べものにならなくて、手を近付けただけでも圧力を感じる程だ。 「メロニーヤ様の、男としての秘蔵品が隠されてるとか、そういう話じゃないよね?」 積極的にこんな冗談を言う辺り、僕も随分、こなれてきたものだと思う。 「あぁ、そこは開けたことねぇし、何が入ってるのかも分からねぇ。 普通にやったんじゃ、家をぶっ壊しても傷一つ入りやしねぇから、とりあえず放っておいてある」 「メロニーヤ様しか知らない、特別な鍵が必要ってこと?」 「さぁな」 何か気になるなぁ。愛弟子にも伝えてないってことは、凄いものが眠ってるんじゃないの? メロニーヤ様とクレインを攫った魔物達さえも放置したってことになるんだから、意外と、本当にどうでもいいものなのかも知れないけど。 「バラモスを倒せるヒントになるものが、入ってるかも知れないよね?」 「何処ぞの童話じゃあるまいし、んな都合の良いことがあってたまるかよ」 でも、もしそんなことがあれば、シルビーさんが言うところの『一階の宝箱を取り忘れた心境』だよね。 「ちょっと失礼」 不意に、シルビーさんが割って入ってきた。 「もしや、ここの中にこそ、私達が求めていたものがあるのではなかろうか」 「阿呆。だから、んな都合の良い話があるわきゃ――」 『ウォン』 突然に、扉を覆っていた魔力が小さな音を立てて消えた。 「たまには、うまい話もあるみたいだね」 「納得いかねぇ……」 うん、シルビーさんの何に反応したかは不明だけど、抵抗がすっかり消えてる。このまま、扉を開けられるかな。 「女性である私が解除の鍵だったと仮定すれば、若干、いかがわしいものの可能性も鑑みるべきではなかろうか」 「あぁ、そういう意味じゃ、中を見るのは躊躇った方が良いかもな」 なんて言いつつ、二人とも開ける気で満々な辺り、笑いの基本が分かってるよね。 「あいや、待たれい! 中身について、このアダムスがまず改めて――」 『ラリホー』 「ぐがー、ぐがー」 「若干、うるさいと感じたので眠らせた。とりあえず、反省はしていない」 僧侶系魔法って、基本的なものでも、有用なのが多いから困ったもんだよね。僕ももうちょっと力入れてみようかな。 「さて、と。んじゃ、厄介なのが眠ったところで」 「私が鍵となった訳だから、その功績については評価されてしかるべき」 「ま、俺にとっちゃ無かったも同然の品だからな。大したもんじゃなきゃ、持ってきゃいいさ」 本来の持ち主であるメロニーヤ様が居ないと思って、言いたい放題だなぁ。ま、僕も見てみたいところは変わらないし、積極的に口にしないってだけで同類なのかも知れないけどね。 「お邪魔しまーす」 どうにも、後ろめたい気持ちがあるからか、何とはなしに挨拶してしまう。 クレインとシルビーさんが妙な目で見てるけど、どう考えてもそっちの方が変人なんだからね! 「ん?」 室内をざっと見渡してみたけど、ちょっと狭いだけで、実に普通の部屋だった。書棚や、宝物があるといった訳でもなく、普通に人が住む為のものっていうか。 何で、ここを封印する必要があったんだろう。 「……」 「シルビーさん、どうしたの?」 いつも変な行動とってるのに、そう神妙な顔をされちゃ調子が狂うんだけど。 「何となく……懐かしい感じ」 「あぁん?」 「どゆこと? 昔、住んでた部屋に似てるとか?」 案外、ちょっと雰囲気が近いだけで、そういう感覚になったりするものだよね。既視感って言うんだったかな。 「そういった次元じゃ、ない」 言って、シルビーさんは部屋の中を探り始めた。 うーん、何を言ってるかは分からないけど、僕もちょっと調べてみようかな。 「と言っても、特にめぼしいところも無いよね」 部屋に置かれているのは、一人用の寝台に、服を収めるクローゼット、それに小さな作業机くらいだ。本当、シンプル過ぎて、生活感が無いと言えば無さすぎる。 「特に、服が入ってる訳でもないしね」 普通に、客間として使うつもりだった可能性も考えてみる。魔力で完全に封じ込めちゃえば、汚れる心配も無いとか、メロニーヤ様なら、考えたかも知れない。 でも、クレインが使ったところを見たこと無いって言ってるし、それは無いのかなぁ。単に、お客さんを泊めることが無かったなんて、寂しい話の可能性もあるんだけどさ。 「ん?」 クローゼットの下、引き戸になっている部分に、違和を感じた。何これ。厚さの割に、内側の深さが全然、追い付いて無い様な――。 「よっと」 引き抜いてたしかめてみたけど、やっぱりおかしい。この構造になる為には、指三本分くらいある板を使わないといけない。他の作りが割と安っぽいことを考えても、これは不自然だ。 「何してんだ?」 「いや、何か変な感じだから――」 言いながらひっくり返してみると、ギギギと妙な音がした。 成程、薄い板で二重底にしてた訳ね。今の音は、それがズレて出たみたい。何か引っ掛けられるものは――作業用のナイフで良いかな。隙間に差し込んで、引き抜く形で外しに掛かった。 「本?」 板に挟まっていたのは、紙を綴って作られた、手製の本だった。何か日記っていった感じだけど、読んでもいいのかな。 「ほほぉ、こいつは面白そうなもんが隠されてやがったな」 「早く読んで、早く読んで。むしろ私が読もうか」 この人達の辞書に、モラルとか、常識という言葉は無いんだろうか。ま、そのお陰で僕の罪悪感は減りそうだし、この際、乗っからせて貰おうかな。 『親愛なる我が子、シルビー、リオールへ』 「……」 「……」 「……」 Next |