「どういった経緯でそういう結論が導き出されたかは知らねぇが、ノーとだけは言わさせて貰うぜ」 「まあまあ、とりあえず話だけは聞いてみて」 うん、正直なところ、そこのところは僕も聞いてみたい。 「とはいえ、理由は実に単純。あなたが、世界で最高の能力を持つ魔法使いの一人に他ならない」 「だったら、最初からそう言やぁ良いだけだろうが。何であれだけの補助魔法を掛けやがった」 「ルーラやそれに準ずる移動魔法で逃げられない為――説明としては充分だと思うけど」 若き賢者リオール君が、淡々と言葉を吐いた。 「出来れば、ラリホーで眠らせて縛り付けるのが理想的ではあったのだけど」 「それが人に物を頼む態度かぁ!」 こんなにもクレインに同意するだなんて、世の中、何があるか分かったもんじゃないなぁ。 「ってか、ついさっき、クレインが師匠の仇とか言ってなかった?」 口を挟むのもアレかも知れないけど、やっぱり疑問を解消したい気持ちには負けてしまう。 「たしかに、私達の師は、彼の為に獄に繋がれている。 だけどそれは自業自得。脅されていたとは言え、地方の有力者に禁忌魔術の研究を強要され、それに逆らえなかった。 メロニーヤ様が彼と共に、全てを白日のもとに晒し、裁きを受けたというだけのこと」 「あぁ……そういや、昔、んなことやったような……良くは憶えてねぇが」 「お陰さまで、過度の重圧でガリガリに痩せていた師匠も、今ではすっかりふっくらと」 「話を聞く限り、仇って感じじゃないんだけど」 「結果としては投獄された訳だし、仇には違いないけれど、恨んでるとか、復讐をしたいと口にした憶えは無い」 どう考えても、その紛らわしい言い回しが、誤解を生む最大の要因だよね。 「しかし、困ったのは残された私達。 当然のことながら捕縛された瞬間、修行も投げ出された訳で、どう研鑽して良いのか分からない日々。 最初は、大賢者たるメロニーヤ様に責任を取って貰おうかと思ったけれど、行方不明らしいし、弟子のクレインでも良いかな、と」 「んな言い方されて、誰が弟子入りを認めるってんだ!」 「大丈夫、大丈夫。 クレインはツンデレで有名だって、業界では専らの噂だから」 「ですわよね」 久々に、謎の言葉を聞いちゃったなぁ。 「優れた術者は、その技能を後世に伝える為、後継たる弟子を育てなくてはいけないのは、この世界で生きる者ならば誰もが知ってる常識。 大賢者を師とするクレインが、知らないとは言わせない」 「うぐっ、口が達者な奴だな」 「諦めた方が良いよ、クレイン。所詮、男が女に、口喧嘩で勝つなんてのは不可能ってもんなんだから」 「したり顔で、人生を投げ出すようなこと言ってんじゃねぇ!」 事実を事実として受け入れる方が、人として成長出来ると思うんだけどなぁ。 「よぉし、そこまで言うんなら認めてやらんでもねぇ。 だがなぁ。只で何かを貰おうなんて世を舐めた真似ぁ、俺には我慢ならねぇ」 「そんな。見返りに身体を要求するなんて、何たる鬼畜。しかもあまつさえ、こんな年端のいかない男の子にまで」 「誰がんなこと言ったぁ!」 完全に、シルビーさんのペースだなぁ。 「幾ら責務があるったってなぁ。打っても響かねぇもんを叩く程、俺も暇じゃねぇ。 最低限の才能があることを、今ここで証明してみやがれ」 「具体的には、何をしろと? ちなみに、レベル査定なら、魔法使いで十七だけど。僧侶は八で頭打ちだった」 「賢者で、十四」 「あんな、爺ぃ達が趣味で付けてる数字なんざ、何の参考にもなりゃしねぇよ」 あくまでも目安なんだし、そこまで扱き下ろすのもどうなんだろうなぁ。 「そうさなぁ。そこの坊主に、魔力勝負で勝つことが、最低線だ」 「……」 僕? 「何で、僕なの?」 「近くに居たから以外に、説明が要んのか?」 クレインって、結婚出来たとしても、偏屈頑固オヤジになる可能性が実に高いよね。 「一番単純な火力勝負で良いだろう。メラぶっ放しあって、威力の高い方が勝ちだ」 「こんな、人ごみの中で?」 「変なとこいきそうになったら、ちゃんとヒャドで消せよ。 俺ぁ、魔法封じられて、どうにも出来ねぇからな」 外に出れば済む話なのに、何でそんな無責任なこと言うのかなぁ。 「と言っても、ここに居る人で、メラくらいで大事になるなんてことはないか」 この道を極めると、メラ一つで屋敷くらいは燃やし尽くせるらしいけど、あくまでも噂だしね。そんな人、本当に存在したのかさえ怪しいよ。 『メラ』 魔法使いを志す者にとって、メラはある意味、象徴的な魔法の一つだ。弟子入りして最初に教わることが多いし、日々の鍛錬にも良く使われる。他にも、初心者の才能を推し量る為に用いられたり、今回みたいに習熟者同士が力を競ったりもする。 ちなみに、僕がメラを使えるようになったのは九歳のことで、平均から見てもそれなりに早い方らしい。 自慢じゃないよ? 『メラ』 シルビーさんも、呪文と共に両手の内に火球を生み出した。見た感じの火力は、僕と同程度かな。後はどれだけ魔力を練れてるかだけど――。 「メラと言いつつ、こっそりメラミを仕込むなんて真似を、しようかと思ったけど自重した」 「そんなこと、出来るの?」 「さぁ?」 何だか、会話が微妙に成立してない様な。 「何はともあれ、ゴー」 「それじゃ、こっちも」 開始の合図と共に、火球をほぼ同時に射出する。今回は、威力比べが目的だから、速度は殆ど出さない。互いに最高速で射ち出すと、弾き合って、明後日の方向に飛んでいく恐れもあるからだ。あくまでも、どちらか一方の火球が他方を飲み込むかどうかが勝負の鍵だ。 チロチロと熱気を放つ火球が、ジリジリとにじり寄って、音も無く接触する。メラ系魔法の場合、エネルギーの源は球状の中心、俗に核と呼ばれる部分にある。だから、表面が触れただけで急激な反応が起こることはなく、そのままジワジワと重なりあっていって――。 『ボワゥ!』 核同士の距離が臨界を超えた時、取り込むかの様に一体化するのが一般的だ。今回は、僕の方が勝ったみたいで、火球はシルビーさんに向けてノロノロと歩みを進めていた。 『ヒャダルコ』 シルビーさんは残った火球に杖をかざして、寒波を伴なう氷柱を、中空から突き刺した。火球は一瞬にして鎮火され、石畳の上に山盛りの氷塊が残される。 ヒャ、ヒャドで充分なのに、ひょっとしてちょっと怒ってる? 「まさか、純粋な魔力勝負で勇者に遅れを取るとは。看板を下ろすことも、考えないといけない」 「安心しな。この坊主、家業で勇者やってるだけで、中身は九割、魔法使いだからな」 そのことについては、僕が一番認めてると言えば認めてるんだけど、やっぱり他の人に言われると釈然としないなぁ。 「何にしても、これで弟子入り審査は不合格だな」 「また、来週の受験に向けて勉強をし直さないと」 「何で毎週開催することになってやがんだよ!」 「ちょっと待って。ひょっとしなくても、今ので僕がクレインに弟子入りする権利を得たんじゃない?」 「おぉ」 「てめぇも混ぜっ返してんじゃねぇ!」 とりあえず、困った時にしっちゃかめっちゃかにしてお茶を濁すのは、僕が学んだ処世術の一つだよ。 「弟子の一人や二人、良いんじゃない? もしかしたらクレインより強くなるかも知れないし、そこまでいかなくても、後継者が居ないよりは良いような」 「他人事だと思って適当なこと言ってんじゃねぇよ」 だって、基本的にはその通りだし。 「よぉし。だったらこっちにも考えがある。坊主、てめぇを俺の弟子にしてやる。そしてそっちの二人は、お前が弟子として迎え入れろ。孫弟子なら、折衷案として申し分ないだろ。もちろん、俺ぁ、何の面倒も見ないがな」 「何さ、その免状乱発して、小銭を稼ぐ真似」 「弟子の一人や二人とか言い出したのはてめぇだろうがよ」 うーん。それにしてもクレインって、魔法使いとしての能力はともかく、人格的に、人を育てる立場は無理なんじゃ。 ま、これを見て二人が幻滅してくれたら、それはそれで良いんだけどね。 「この際、人間的な問題は考えていない。この、実に危うい世界情勢の中、求められるのは純粋に才能のみ。むしろ人として破綻している位で、ちょうど良い」 「持ち上げてる様で、むしろ扱き下ろす高等テクニックを聞いた気がする」 「完全にバカにしてるだろうが!」 解釈に依っては、そう取れるかも知れないね。 「大体、試験に落ちておいて、何でまだ食い下がってやがんだ!」 「ちょっと気になったんだけどさ。一応、今回は僕が勝った訳だけど、もし負けてたら、素直に弟子入り認めてた訳?」 「そん時ぁ、俺が直々に試験という名の嫌がらせをしまくって、蹴落としたに決まってんだろうが」 うわぁ。いたいけかどうかは知らないけど、いい大人が十歳くらい下の姉弟にすることじゃないよね。 「いやぁん。そんな、苛めるだなんて。でも、師匠が言うなら――」 「どんなに能力が高かろうが、バカを矯正する教本はねぇ!」 あぁ、もう。加担しておいてなんだけど、もう何が何だか分からないなぁ。 「大体、てめぇに素質で勝てる魔法使いなんざ、この世界を探したところで数えるくらいしかいないだろうがよ。 そこまでの力があんだったら、特別な師匠なんざ必要としねぇ」 「……」 ん? 「あれ、ひょっとして今、ちょっと褒められた?」 「自覚ねぇのか、てめぇは」 「自分のことは、あんま自信無くて……さっきも、勇者レベル三って言われたばっかりだし」 「魔法使いは?」 「に、二十」 「年上の私より、上とな」 そういえば、そうだったね。 「だろう? 師匠なんざ関係無しに、伸びる奴ぁ、勝手に伸びんだよ。まあ、俺ん場合は傭兵やってた訳だから、素質を見出すという観点で意味はあったかも知んねぇが、ある程度より上は才能の世界だ。師をわざわざ選ぶとか、未熟者のすることじゃねぇ」 「そこを、何とか」 「お願い、します」 あれぇ、何だろう、この食い下がり方。何考えてるんだか分からないシルビーさんはともかく、リオール君まで頭を下げるなんて――。 「もしかして、この二人の目的、他にあるんじゃない?」 「ギクリ」 今時、そんな分り易い言い回しをする人が居るなんて、思いもしなかったよ。 「とりあえず、魔法使いとしての能力以外、クレインに尊敬出来る部分なんて無いから――」 「おい、こら」 「あ、ゴメン。戦士としても、下手な兵士よりは上だよね」 「てめぇが俺をどう思ってるかは、良く分かった」 あれ、そんな間違った話でも無いと思うんだけど。 「後、何か考えられるとしたら――メロニーヤ様関係かなぁ」 「ギクギク」 ここまであからさまだと、逆に嘘なんじゃないかって思えてくるよ。 「個人的には、メロニーヤ様の蔵書とか見てみたいよね。後、魔法具とか、どういったもの使ってたとかさ」 「そ、その位で良いのではなかろうか。これ以上は、私の精神がもたないやも知れぬ」 僕としては、そこまで冷や汗ダラダラ流す人なんて、今後の人生で見ることは無さそうだし、もうちょっと弄っていきたいなぁ。 「爺ぃの持ち物だぁ?」 「よもや、御自身への興味が無いことを知って、残念に思っておられますの?」 「やかましいわ!」 元祖混ぜっ返しの達人、アクアさんはこの際、端に置いておくとして。 「そりゃ、魔法使いの肩書きを持ってるなら、メロニーヤ様の私物は誰でも興味があるよね。ってか、無関係の人だって、売り捌けば一財産築ける位のお宝って言えるだろうし」 「お宝?」 あ、こっちはこっちで、余計なセンサーに反応させちゃった。 「ま、という訳だから、クレイン。僕達の総意ってことで、ちょっとメロニーヤ様の私邸に連れてってよ」 「てめぇは……!」 「弟子は大切にしないと、ねぇ」 「そうそう。孫弟子も粗末に扱うべきではない」 「だぁらっしゃぁ!」 慎ましさは美徳というけれど、案外、世の中、図々しい人のゴネ得がまかり通る。良いことかどうかの議論は、ここでは置いておくことにするよ。 「で、メロニーヤ様とクレインって、何処で修行してたの?」 「俺が素直に言うとでも思ってんのか?」 「いや、是が非でも吐いて貰うぞい」 話に割って入ってきたのは、七大老の一人、アダムスさんだった。 「大賢者メロニーヤの所有物となれば、間違いなく天下の至宝。メロニーヤ様自身の行方が分からぬ今となっては、我らダーマ神殿が、責任を持って管理しようぞ」 「てめぇら、物乞いかなんかか!」 まあ、客観的に見れば、クレインの怒りも尤もだよね。 「そんな態度をとって良いのかの?」 「あぁ?」 「余りに無下が過ぎると、金銭的援助を打ち切るぞい」 「うぐっ」 「……」 ちょっと待ってね。考えを纏めるから。 「え、何、クレイン、ダーマに支援して貰ってるの?」 「しゃーねぇだろうが。旅をすんにも、魔道書を読むにも、先立つものは必要だからな」 まあ、僕達だってアリアハンで資金援助して貰ったし、今はクワットさんがスポンサーみたいなものだから、大差は無いか。 「それで、何で、ダーマ? どういう関係?」 「爺ぃが、昔、世話してやってたらしくてな。顔が幾らか利くんだよ」 「ちなみに、バラモスを倒して英雄になった場合、百倍返しということで纏まっておる」 「つまり、クレインがバラモスを倒せる確率は、百回に一回くらいと踏んでる、と」 「いかにも」 「したり顔で、何、無礼なこと言ってやがる」 いやぁ。僕達が負けたら、こんな投資、灰燼に帰す訳だし、賭けてもらえるだけ、良いと思うんだけどなぁ。あ、自画自賛じゃないからね。 「仕方、ねぇな。金止められたんじゃ動きが取れねぇし、見せるだけならな」 「本当?」 幾らクレインが意固地でも、これだけの人数だと押し切れるもんなんだね。 「だがな、条件がある」 「っていうと?」 「連れてくのは、魔法使いの嬢ちゃんと腐れ爺ぃ、そして坊主の三人だけだ」 スポンサーを腐れとか呼べる精神は、ある意味、凄いことだと思うんだ。尊敬は出来ないけど。 「何で、人数制限?」 「何処の世界に、賊と分かって自宅に招き入れるアホが居やがる」 「ん?」 あ、不本意ながらも、納得。 「あとはゾロゾロ引き連れたら、纏まるもんも纏まらねぇ。一つの団体に一人の代表ってのは、妥当な話だと思うがな」 「成程、ね」 たしかに、これ以上グズグズ話を引き伸ばしてもしょうがないし、この位で矛を収めた方が良いかな。 「私も、了承した」 「儂は元々、独り占めする気で満々じゃからの」 「この爺ぃ……」 ダーマの未来については、偉い大人達に任せることにしようかなって思うんだ。 「それじゃ、ちょっと行ってくるね」 「む〜、何か釈然としないけど、しょうがないかなぁ。おみやげ宜しくね」 「だから、何もやるつもりはねぇって言ってんだろうが!」 いやぁ、シスとクレインって、本当に仲が良いよね。 Next |