邂逅輪廻



「俺の名はレイドール。旅の吟遊詩人さ。
 最近は、歌って踊れる奴の方が受けが良いことに気付いてな。踊り子としての技能を得る為にこのダーマにやってきたのさ」
「はぁ、そうですか。やっぱり、時代の流れって奴なんですかねぇ」
 どうしよう、これでもかってくらいに興味が湧いてこない。
「最近の歌の流行りは、どの様なものですの?」
「こんな時代だからね。明るく、陽気な、前向きになれるものが受けると思うだろう?
 ところが実態はさにあらず。逆に陰気で破滅臭がして、自虐的なものの方が大勢を占めているんだ。
 人間の心って奴ぁ、一体、どういう風に出来てるのかねぇ」
 何だか、余り実になる情報が手に入りそうも無いし、ここはとりあえずアクアさんに任せて、近場の他の人に話を聞くことにしよう。
「儂はピチピチギャルになりたかった……なりたかったんじゃ……」
 え? その全身を打ち振るわせる様に、後悔に満ちた言葉は何なんですか。まさかとは思いますけど、人生に於ける最大の目標だった訳じゃないですよね。
 っていうか、さすがのダーマでも、性別転換は無理だと思うんだけど、僕の認識、間違ってないよね?
「ここで会ったのも何かの縁だし、化粧くらいはしてあげようか。流石に、ピチピチまでは無理だけどね」
「……」
 エルフの隠れ里での一件を、いい加減、忘れさせてはくれないかなぁ。
「はぁ……」
 やっぱり、適当に端から話し掛けるんじゃ、情報収集の効率は悪いのかなぁ。だけど誰が何を知ってるかなんて分からないし、せめて年配か、経験が多そうな人から順繰りに――。
「あれ?」
 何かが視界に入り、違和を感じた。
 それが、人ごみの中に、かつて会ったことがある人で居る為だと気付き、すぐ様、そちらに駆け出した。
「君達――」
「こんなところで出会うとは、何という奇縁」
「……」
 ポルトガで知り合った、魔法使いと賢者の姉弟だった。
「えーと、こんなところで、何してるの?」
 気の利いた質問とは言えないけど、どこから触れたものかも分からないので、無難なところを聞いてみた。
「君には、ここで優雅に散歩してるように見えるのかい?」
 そして相変わらず、男の子の方には嫌われたままの様で。
「こちらのお二人は、どなたですの?」
 シスとアクアさんが合流するやいなや、真っ先にそんなことを聞いてきた。
「そちらこそ、どちらさん?」
 更には女の子にも問われ、僕は先ずシスに向けて掌を向けた。
「えっと、こっちが僕の仲間のシスとアクアさん。盗賊と、僧侶なんだ」
 余り盗賊って紹介はしたくないけど、他に適当なのも思い付かないし、仕方がない。
「そして僕はアレク。このパーティのリーダーをやってるんだ。
 それで、こっちの二人は姉弟で――」
 ここで、結局、今までに一度として名前を聞いてないことを思い出した。
「私はシルビー。見ての通りの魔法使い。
 そしてこっちのむっつりさんはリオール。一応、賢者の卵ということになっている」
 女の子、シルビーさんがフォローする格好で自己紹介してくれた。
「唯、一つ、認識に相違が」
「はぁ?」
「リオールは私を姉さんと呼ぶけれど、血は繋がってない。同じ孤児院出身で、姉弟的に育ったというだけのこと」
「大丈夫。年がちょっと上の昔馴染みを姉さんと呼ぶのは、魂の呼称みたいなもんで、男の子なら誰でも通る道だから」
 何だか、こんな可愛げの無い子でも親近感が湧いてきたよ。
「いい年して、変なことを言い出す人だね」
 あくまでも、一方的な好感だけどね!
「ちなみに私は、ダーマ七大老が一人――」
 えぇ!?
「になれたら良いなと、日々、妄想中」
「……」
 クワットさんといい、この自分の肩書きを誇大に吹聴するのって流行ってる訳?
「それはそれとして、結局、何でダーマに居るの?」
 この広い世界で二度も出会うなんて、確率で言うと奇跡の範疇に含めて良いと思う。
「私達は人探しの為、世界を旅している」
「人探し?」
「ダーマは、私達の活動拠点に近いから、ちょくちょく寄って情報収集場所として活用している」
「成程、ね」
 ポルトガで会ったのは何ヶ月くらい前だったかな。日数から考えて、あれから結構な国を回ったんじゃないかと勝手な想像をしてみた。
「それにしても、前に話した時と比べて、随分と雰囲気が変わった」
「そ、そう?」
 ほんのちょっと話しただけなのに、そんな一見して分かるくらいに?
 やっぱり、ジパングでの一件は、僕にとって大きかったのかなぁ。
「言ってみたかっただけ」
「……」
 そうだ、こういう人だったっけ。
「随分と、変わった方ですわよね」
 はい! アクアさんが言うのは、説得力と言うか、資格の面で間違ってるからね!
「ところで、人探しって、具体的にどんな人を探してるの?
 あ、もちろん、言いたくないなら良いけど」
 一応、これでも世界をそこそこ回ってるから、知ってる情報があるなら提供するのは問題無いし。
「どうということはない。私達が探しているのは、一人の魔法使い」
「魔法使い?」
 余りに対象が広すぎて、ピンと来なかったんだけど――。
「名をクレインという」
「……」
 け、ケホッ。
 余りに驚きすぎて、むせかえしちゃったよ。
「その反応、有罪と見た。知ってることを、洗いざらい吐きたまえ」
 どうして僕はこう、対人間だと交渉力がからっきしなのかなぁ。
「い、いや、知ってるって言っても、シャンパーニの塔とアッサラームの町で会ったことがあるだけだよ」
 厳密には、ポルトガでも一瞬だけ一緒だったんだけど、話がややこしくなりそうだから伏せておこう。
「って言うか、クレインに何の用?」
 世界中を股にかけて探すとか、ちょっと尋常じゃない理由があると考えるのが普通だ。
「彼は、私達の師父の仇敵」
「……は?」
 思わず、ヘンテコな声が漏れちゃったよ。
「きゅーてきって何?」
「カタキとかアダって言い方もするけど、要するにクレインがこの二人のお師匠さんに害を与えて、恨まれてるってことかな」
「あー、まあ、あの男なら分かる気もするけど」
 全面的にシスに同意しそうになったけど、とりあえずは飲み込んでおいて――。
「冗談、じゃないよね?」
 シルビーさんの性格からして、一応の確認はとっておく。
「私達の師父は、現在、あの男の為に獄に繋がれている」
「ビクッ」
「どしたの、シス」
「いやー、職業柄、獄とか繋ぐって言葉には、どうしても警戒しちゃうっていうか」
 何でこう、この子のエピソードは、心温まるものが無いのかなぁ。
「それにしても、シャンパーニ、アッサラームの順で出没したからには、順当に東へ進んでいると考えられる」
「たしかに、東に向かうとか言ってた気はするけどねぇ」
 ルーラで、世界中、大体の地域に行けるクレインを探すとか、砂漠の中で豆粒を探すみたいなものだと思うけどなぁ。
「あ……」
 何だか、視界に、見てはいけないものが入ってしまったような。
「よもやあれは、クレインさんではありませんの?」
 だー、もう! アクアさんの空気の読めなさは、そろそろ国宝に指定されても良い気がしてきたよ!
「あぁん?」
 うーわ、クレインの方とも、バッチリ目が合っちゃったし、気付かなかった振りはもう絶対に無理だ。
「てめぇら……まさか俺をつけてるんじゃねぇだろうな?」
 二度ならず三度目ともなると、クレインの方も大概、呆れ顔だ。
 あー、えー、この場合、僕は一体、どうしたら良いんだろうなぁ。
『ラリホー』
『マホトーン』
『ボミオス』
『スクルト』
『ピオリム』
『マホカンタ』
『マヌーサ』
『ルカニ』
 そんな僕が結論を下すより遥かに早く、二人は補助魔法を幾重にも渡って連呼した。
 対象がクレインの魔法の内、効果があったのはマホトーンとマヌーサだけだったみたいだけど、戦闘力の激減という意味では、充分以上の効果と言える。
「んが!?
 な、何だ、いきなり!?」
 傭兵経験を持つクレインも、こう人があふれる場所で急襲されるとは思ってなかったのか、或いは単になまっているのか。
 とは言え、理力の杖を手にしたクレインは、魔法抜きでも充分に強い。ここから二人は、どうするつもりなのか。
 そして、僕は一体、どうすべきなんだろうか。
「おい坊主。状況を説明しろ」
「大丈夫。僕も良く分かってないから」
 何が大丈夫なのかこそ、今一つ分からないんだけどね。
「ちょっと聞いた話だと、クレインに用があるみたいだよ」
「どう考えても、友好的な話じゃねぇだろうが!」
 その件に関しては、僕に文句を言われても困るんだけどなぁ。
「世界中を捜し回って、我が家からこんなにも近い場所で見付かるとは、まさに一階の宝箱を取り忘れた気分」
 何か、嫌な表現だなぁ。僕の場合、父さんや兄さんがアリアハンに帰ってるのに、気付いてないみたいな感じじゃない。
「ともあれ、感謝する。恐らく、あなたの意志とは関係無いだろうけど、これはきっと縁を導く力が呼び起こしたもの。確率的に考えて、偶然で片付けられるはずのものではない」
「……」
 あれ、もしかして僕が『宿縁の宝珠』であるパープルオーブを持ってるから?
 いや、幾らなんでも、そんな都合の良い力がある訳無いか。
「おい、ガキ二人。ここまでにしときな。
 これ以上のことしやがったら、こっちも本気で応対すんぞ」
 如何に魔法を封じようと、理力の杖は魔力を物理的な攻撃力に転化する。そして傭兵上がりのクレインの実力は、一人前の戦士に匹敵する。魔法で幾ら強化しようと、肉体派には到底見えない二人で対抗できるかには、疑問符が付く。
「どうにも、会話が通じてない気がしてならない」
「あぁん?」
「私達は別に、あなたを倒そうと思ってなどはいない」
「んだとぉ?」
 あ、ダメだ。毎度のことと言えばそうだけど、シルビーさんが何を言っているのか、さっぱり分からない。
「魔術師クレイン殿。どうか私達を、弟子として認めて欲しい」
「……」
 はぁ!?

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