ダーマ神殿。バハラタの北方、ダーマ地方に建築された壮美な神殿のことである。これがどの時代に建てられたものであるかについて明確な史料は存在せず、アリアハンが世界を席巻していた時代より更に遡るともされている。 歴史的に貴重な建物ではあるのだが、ここに四季を問わず来訪者がやってくるのは、観光が目的ではない。この神殿が、転職の為のものであるからである。 ここでいう転職とは、有り体に言ってしまえば、習得する戦闘技能の方向性を大幅に改めることを指す。具体的には、昨日まで剣を修めていた戦士が、魔法使いとしての道を歩むこともあれば、盗賊が何かに目覚めたのか、賢者となることもある。 もちろん、独自の修行で多方面の能力を手にすることも可能だが、ダーマでは基礎的な手ほどきをしてくれる上、公式の認定証も発行してくれる為、重宝するのだ。当然、ここには無尽蔵とさえ言える戦闘技術が蓄積されており、仮に全てを修めることが出来れば、人間の枠を超えることが出来るとさえ言われている。 魔王軍の立場から見れば最優先で潰さなければならない施設の一つではあるのだが、常にその道の手練れが集結する地である。容易い作業で無いことは容易に想像出来、事実、幾度とない侵攻を防ぎきった堅牢の地でもある。 日々、新たに生まれる次世代戦士の卵達は人々の希望であり、魔王軍にしてみれば頭痛の種なのだ。 アレク達がこの地に上陸し、得るものは、一体、何なのか。まだ見ぬ地で、新たな探求が始まろうとしていた。 「儂が、ダーマ七大老の一人、アダムスじゃ!」 海路でダーマ神殿にやってきた僕達だけど、トヨ様の紹介状を担当者に渡したところ、即日でお偉いさんに会うことが出来た。うん、コネクションって、何処の世界でも凄く便利なものだって思わされたよ。 それと、どうでも良いけど、うちの爺ちゃんといい、僕の周りには濃いお爺さんしか寄って来ない気がするんだけど、何かの呪いなのかなぁ。 「何でも、アリアハンの勇者で、バラモスを倒す為の旅をしておるとか。誠にあっぱれ!」 「は、はぁ」 早くも勢いに飲まれそうなんだけど、どうしたもんかな。 「それで、何ゆえ、このダーマに参った? 新たな技能の習得を求めてかな?」 「あ、いえ、特別な用は無いんですけど、旅人がたくさん集まる場所なんで、世界の情報を得られれば良いかな、と」 駆け引きする理由も無いし、素直に本音を口にした。 「うぅむ、成程のぉ。じゃが、折角、ダーマに来たのじゃ。査定を受けていきなされ」 「さ、査定?」 何それ。試験でも、受けさせられるって言うの? 「なぁに、難しく考えることはない。儂ら七大老は、独自の魔法を使って、そなた達の大まかな能力を読み取ることが出来るのじゃ」 「そんなものがあるんですか」 「これが、ダーマがダーマたる由縁の一つじゃよ」 歴史だけで、世界でたった一つの組織を維持することは出来ない。それ相応の力と技術が要るってことなのか。 「ところで、何の職業で調べて欲しいんじゃね?」 「……」 はい? 「便宜上、儂らは技能レベルを、勇者、戦士、武闘家、僧侶、魔法使い、賢者、盗賊、商人、遊び人などに分類しておっての。総合で調べるのは、中々に難しいのじゃよ」 「えー……じゃあ、勇者で良いですか?」 職業が何かと問われたら、一応、それに分類されるはずだし。 「本当に良いんじゃな?」 「は、はい?」 「勇者の査定は厳しいぞ。何しろ、剣に優れ、タフネスに優れ、更には攻防の魔法をそれなりに習得せねばならんのじゃからな」 「それじゃ、とりあえず、戦士と魔法使いで」 ここで少し引き下がる辺り、まだまだ覚悟が足りないかなぁって思ったりする訳で。 「では行くぞ」 「どうぞ」 『ダーマ・スキャァニィング!』 言って、アダムス老は両目を見開き、僕を見詰めた。同時に、後光が射した様な気もしたけど、多分、魔法の効果だよね。 「あの」 「なんじゃい」 「今の掛け声って、必要不可欠なものだったんですか?」 「儂は雰囲気を大事にする主義でな」 ダーマ、本当に大丈夫なのかな……。 「それで、儂らの査定方法じゃが、基本的にはシンプルじゃ。まず、その道に入ったばかりの駆け出しのレベルを一とする。ある程度を修め、一人前と認めてよい数値を二十とし、達人級と呼べるのは三十から四十の間といったところか。四十を超えたものは、神域と言っても過言ではないやも知れんのぉ」 「な、成程」 「ちなみに、このダーマで転職が認められるのは、何らかのレベルが二十以上の者だけじゃ。最低限のことも身に付けておらん半端者にそうそう技能を譲り渡す程、甘くは無いからのぉ」 「それは分かります」 生兵法は怪我のもととは言うけれど、中途半端にしかことを修めていない人にほいほいと認定証を渡していたら、ダーマ自体の信頼にも傷が付く。客観的に見て、妥当な処置って言えるだろうね。 「その上で、アレク殿の魔法使いとしての技量は中々のものじゃ。レベルで言うと、ちょうど二十といったところかの。これならば、他の職に就くと言われても、太鼓判を押せるわい」 「とりあえず、その予定は無いですけどね」 あれ? 僕は戦士、魔法使いの順で言ったはずなのに、何で魔法使い査定を先に言われたの? 「そして戦士じゃが……おまけして七といったところじゃな」 「……」 現実って、いつだって非情なものだよね。 「ちなみに、ですが。これを勇者に換算すると幾らくらいになるんでしょう?」 人間って、どうしてこうも、怖いもの見たさの感情が消えないんだろうか。 「本当に、聞きたいのじゃな?」 「ど、どういう意味ですか?」 あれ、何でこんなに、心臓がバクバク言ってるんだろう。 「後悔しても、儂は知らんぞ」 「も、問題無いですって」 大丈夫、大丈夫。戦士が七でも、魔法使いが二十あるんだから、大体、その間くらいには――。 「三、くらいじゃのぉ」 「……」 結論。世の中には、知らなくて良い現実が、相当に多くあるんだね。 「勇者査定は厳しいと言ったじゃろう。御主の様に能力が不均衡な者は、どうしても高くは付けられんのじゃよ。 じゃが、魔法使いとしては間違いなく一人前じゃから、旅を続ける上で、それ程に不都合は無いじゃろうて」 正直、ここのところ、剣の修業に重点を置いて頑張ってきたのに、何でこんなことになってるのかなぁ。 「まあ、折角なんで、シスとアクアさん――後ろの二人もやってって下さい」 「ふっ、儂を甘くみるなよ。先程の、ダーマ・スキャァニィングで三人纏めて診断済みじゃ」 あれ、結局、最初に職業を選ぶ意味って無くなってない? 「そっちの小さいお嬢ちゃんは――」 「あたし?」 「見た目通りの盗賊じゃな。レベルで言うと二十二程か。まだ若いというのに、大したものじゃな」 「えへへ〜」 まあ、シスはどう考えても天分に恵まれた根っからの盗賊だもんね。この際だから、それ自体の是非は言わないけど、何とか真っ当な方向での更正方法を考えないとなぁ。 「そして、美人のお嬢さんの方じゃが――」 「どうして、いきなり小声になるんですか」 「言って良いものか、はばかられるものがあってのぉ」 何を今更。僕の勇者レベルを言っちゃったんだから、もう全員、晒しちゃって下さい。 「僧侶レベルが二十三あるのは順当とも言えるのじゃが――同時に、遊び人レベルも二十程ある」 「ですの?」 「……」 何だろう。赤の他人のアダムスさんが唸るのは分からないでも無いけど、僕としてはむしろ納得できる部分の方が大きいんだけど。 「それは、アクアさんだからです」 「そういうものなのかの」 「そういうものなんです」 うん。自分で言っておいてなんだけど、これ以上に納得できる理屈も無いから、順応って恐ろしいよね。 「しかし、若いパーティだというのに、全員が一人前と認められる力を持っているとは、中々に前途有望じゃの」 「そうとも言えませんよ。こういう時代ですから、バラモスを倒せる力が無い以上、結末は同じでしょうし」 「かも知れんのぉ」 盛り上がれる話題では無いけれど、見ておかないといけない現実は現実として処理しないといけない。僕も前よりは直視出来る様になったし、真面目に考えないと。 「それで、本当に転職は良いんじゃな?」 「勇者レベル三じゃ、一人前とは言えないでしょう?」 別に、いじけてなんかないんだからね。 「あたしも良いかな〜。魔法の才能なんて無いし、戦闘特化ってのも向いてないだろうし」 たしかに、盗賊という呼称はともかくとして、お宝発見器や、索敵屋としてのシスは今のままで充分以上に重宝する。無理に道を外れる必要性は感じられなかった。 「わたくしは、神に仕える者ですから、言うに及ばずですの」 半分遊び人だと、公的にお墨付きを頂いたのに、まだ足掻いてる人が居ます。 「ところで、世界の情報についてなんですけど」 そろそろ、話を本筋に戻さないとまずいよね。 「うむ、その件なのじゃが、このダーマに居る以上、儂の頭には相当量のものが詰まっておる。 じゃが、それは所詮、伝聞で蓄えたものじゃ。こと信憑性にかけては怪しいものと言えるじゃろう。 ここは、まず冒険者達に話を聞いた後、足りない部分を儂が補う方がいいじゃろうて」 「……」 あれ、それってつまり、先にアダムス老に会った意味が無いってことじゃない? 何だか、『ダーマ・スキャァニィング』って言いたかっただけなんじゃないかって、本気で思えてしょうがないんだけど、どうしたもんかね。 「さて、と。大広間に行くのは良いとして、どうしようか。 手分けして聞き込みする?」 大広間、と一言に言っても、そこは世界中から集まった旅人が一堂に会する場所だ。一周りするだけで小一時間は掛かるし、中にどれだけの人が居るかなんて、数えたくもない。 「別にそこまですることは無いんじゃないかな。たしかにそっちの方が、単純な情報量は多くなるかもしんないけど、それを纏めるのが手間だし、一人じゃ気付かないことも、三人だったら閃くかもしんないし。そもそも、そこまで急ぎの用がある訳でも無いしね」 「四人居るのであれば、二人づつというのもありやも知れませんが、三人ですのでわたくしもそう思いますわ」 「そういえば、シスの手癖を監視する役目も必要だっけ」 「何でここで、そういうこと言うかなぁ」 冗談めかして口にしたけど、僕の中でこれは随分と重要な問題の訳で。本当、ここの人達にその手の知恵がないか、聞いて回ろうかなとも思うよ。 Next |