「それで、朝餉を食ろうてから、半日も部屋に篭もっていると言うのか」 「まー、今日は休養日ってことにしてたから、何しても勝手っちゃ、勝手なんだけどさ」 「あれだけのことがあっただけに、少し気掛かりではありますの」 「案ずるでない。奴は余が認めた男ぞ。何だかんだですぐに立ち直るわ」 「そっかなー。見た目通りに打たれ弱いから、長引く気がするんだけど」 「こういう時は、お酒で誤魔化すのが一般人の作法ですわよね?」 「アレクって、幾ら飲んでも酔わないんじゃなかったっけ」 「うむ、題目はともかく、酒席という部分が気に入った。神酒を用意させようぞ」 「あー、もう、うるさいなぁ!」 フスマと呼ばれる引き戸式の扉を開け、廊下で駄弁る女性三人組に、抗議の声を上げた。 心配してくれるのは嬉しいけど、井戸端会議なら、僕に聞こえない場所でやってよね。 「あれ、結構、元気そうだね」 「シスは僕に、寝込んでて欲しい訳?」 「そういう訳でもないけど、予想が外れたのは悔しいかな」 何て言うか、正直すぎて、掛ける言葉も思い付かないなぁ。 「気分は、宜しいんですの?」 「うん、ちょっと一人で、気持ちの整理をしたかっただけだから。思ったより時間が掛かって、気を揉ませちゃったのはごめんなさい」 悪いと思える部分は、素直に謝るのが人間関係の基本だよね。 「それで、結論は出たの?」 「いいや、あんまし」 心情的な衝撃が大きすぎて、完全に平常心まで戻るっていうのは無理だった。 「でも、もう涙は出尽くしたし、身体も重くはないから、充分、戦えるよ」 「ふーん、んじゃまあ、次、何処に行くか決めようか」 「そうだね」 正直なところ、ジパングで何があったかを知ることに頭が占領されてて、この後をどうするかなんて考える余裕が無かったのが本音だ。一度、じっくり方針を練り直さないといけない。 「今のところ、僕達の捜し物って、兄さんと、姉さんを元に戻す方法、それに後三つあるオーブってことで良いのかな?」 何か、偉大な力を持つはずの宝珠の優先順位が低い気もするけど、深く考えないでおこうっと。 「わたくしとしましては、わたくし達以外の、力を持つ人材と知り合いたいとも思いますわ」 「そっか。クレインみたいに強い人が野に居るとすれば、別個に戦うより、共同戦線を張る方が効率良いよね」 トヨ様は人並み外れた霊力を持っているけど、肉体的に追いついてないから、今回は除外、と。 「ところでトヨ様。当たり前の様に僕達の作戦会議に参加してるのはどういった理由ですか」 「余は、面白そうなことには、とりあえず首を突っ込む主義じゃ」 『好奇心は猫を殺す』っていう格言があるんだけど、黙っておこう。 「それに御主の姉上に関して力になれんでのぉ。他に助力となれることを探しておる」 そう、流石のトヨ様も、魔物と人間が融合した場合の対処法は知らないらしい。ほんのちょこっとだけ期待してた身としては残念だけど、こればかりはしょうがないよね。 「しかし、その、おーぶとやらは初耳じゃな。一体、何の話なのじゃ」 う……神がこの世界に振り撒いた至極の宝珠の一つ、パープルオーブは本来、ジパングの至宝だ。三年くらい前に色々あって兄さん達が手にした訳だけど、何とかその部分を誤魔化して説明するには――。 「えーと、こう、握り拳くらいの宝玉なんですけどね。これを六つ集めないとバラモス城に乗り込めないらしいんですよ。今は、青、紫、黄の三つが集まってて、残りは、赤、緑、銀らしいです。何か心当たりの情報、ありませんか?」 「口で言われても分からんのぉ。既に三つ集まっておるのであれば、手元に一つくらいはありやせんのか?」 「そう、ですよね」 大丈夫、大丈夫。このパープルオーブは、大巫女しかその所在を知らないって姉さんが言ってた。ヒミコからトヨ様へ正式な引継ぎがあった訳でも無いし、現物を見たことは無いはずだ。だからここで普通に出しても、何の問題も――。 「くくく、案ずるでない。仮におーぶがジパングに縁があるものであろうとも、咎めたりはせぬわ」 そんな僕の心の内は、トヨ様にあっさりと読み切られていた訳で。 「何で、分かりました?」 「そなたが嘘をつく時、或いは本当のことを言わぬ場合に目を合わさぬことくらい、会ったその日から割れておるわ」 姉さんにも言われたけど、今後、交渉事があることを考慮に入れると、この癖、何とかした方が良さそうだなぁ。 「面白い男よのぉ。こやつ、これでも遊戯の駆け引きでは強い方なのであろう。それがこの様な無様さを晒すとは、とても同一人物とは思えん」 だって、数値化されたゲームなら、僕という人格を遮断すればほぼ平静でいられるけど、こういうのは人間対人間じゃない。感情を遮断したら事務的すぎて不自然だし、難しいなぁ。 「ふむ、これが『ぱーぷるおーぶ』かえ。成程、人知の及ばぬ強い力を感じるのぉ」 「やっぱり、そうなんですか」 ふーむ。言われてみればそんな感じがしないでもないけど、僕にはやっぱり、ちょっと大きいだけの宝石にしか見えないなぁ。 「どうじゃ。咎めはせぬが、黄金一抱えで交換してみようとは思わぬか?」 だー! クワットさんといい、真顔でそういう提案はやめてってば! 「冗談、じゃよ」 冗談っていうのは、笑えるもののはずだったと思うんだけど、僕の解釈は間違ってるのかなぁ。 「済まぬが、これと類似した宝珠のことは聞いたことが無いの」 「そうですか」 まあ、ジパングには既に一つあった訳だから、ここにもう一個あるっていうのは、考えにくいかな。だって、纏まってたら、試練としてのオーブに、意味があるんだか無いんだか分からなくなっちゃうもの。 「それじゃ、何か情報を手に入れたら、連絡下さいね」 「うむ、国家の長として約束しようぞ」 いえ、そんな大仰な話じゃなくて、一友人としてで構いませんから。 「んー、ってことはとりあえず、次の目的地を決めないとなぁ」 アリアハンから世界の主要国家が密集する大陸へと渡り、次いで船を手に入れる為にポルトガに行って、兄さん達の足跡を追ってレイアムランド、ジパングに来た訳だけど、この後となると、明確な指針が無い。とりあえず、キメラの翼やルーラで行ける地域を増やす為にも、色んな土地に行っておきたいなぁ。 「何処か、行きたい場所ってある?」 世界地図を広げて、現在位置を再確認する。ジパングは、最大の大陸の東端にある、独立した島国だ。更に東の大海を渡れば、サマンオサと呼ばれる武装国家のある大陸に行き当たる。唯、サマンオサは高い山脈に囲まれた堅牢の地で、簡単には辿り着けないと聞いている。 南に向かえば僕とシスの故郷、アリアハンだけど、とりあえずは置いておこうかな。あ、でも、もしかするとオーブの情報があるかも知れないし、一度戻った方が――んー、でも、バラモス倒すまで帰らないって決めたしなぁ。 「あたしは特に無いけど、暑くなくて寒くもなくて、ご飯が美味しいとこが良いなぁ」 シス。それは充分に要求してるから、特に無いとは言わないと思うよ。 「わたくしとしましては、たくさんの国の方に主の愛をお伝えする責務もありますので、何処へなりとも参りますわ」 そういえば、そんな目的もありましたっけ。 「ところでトヨ様。アリスト派について、御興味はありませんの?」 だー! 独自の宗教で成立してるこの国に、余計なちょっかい掛けないで下さい! 国際問題になりますから! 「余の人心掌握に一役買うのであれば、考えておこうぞ」 うまいこと躱されたのか、割と本気なのか、随分と怖い話になっちゃったなぁ。 「あれ、そう言えば――」 地図を見ていて、ふと、思い当たったことがあった。 「バハラタから直行でこっちに来たけど、ジパングとの間に、何か有名な場所ってあったっけ?」 地図には幾つか都市が点在しているけど、特別に知られた国は無い。って言うか、ここら辺はそれなりの領土を持った国家と言うより、都市がそれぞれ勝手に自治してる感じで、今一つ把握しきってないってのが本音だ。 「ここの山あいに、ダーマがありますわ」 「ダーマ?」 あれ、何かちょっと聞いたことある様な。 「転職の為の、神殿ですの」 「職業訓練場ってこと?」 自分で言っておいてなんだけど、何か俗っぽすぎて、違う気がしてならない。 「概ねは間違っておりませんが、生活の為の技術を得ると言うよりは、わたくし達の様に、戦うことを念頭においた方の為のものですわね」 「魔法使いが戦士になったりするってことでいいの?」 「ですの」 あー、そういえば賢者になる為には、何処か特別な場所で修行しなきゃいけないって、聞いたことある気がする。勇者になるって決まって、すっかり忘れてたけど、そっか、ダーマのことだったんだ。 「ねぇねぇ」 「シスも、何か知ってる情報あるの?」 「そうじゃなくて、さ」 「うん?」 「そこで盗賊に再転職したら、前科って消える?」 この子の発想は、もう少し有意義な部分で消化されるべきものだと思うんだよね。 「多分、無理だと思うよ。話を聞く限り、基本的な技術や心得を教えてくれるってだけの場所っぽいから」 「ちぇ」 はい、そこ、本気で悔しがらないこと。 「ってことは、あたし達には、あんま関係ないかな。とりあえず今んとこ、誰か職替えするって訳でも無いでしょ」 「そうでもないよ」 「ん?」 「いや、転業の為の施設ってことはさ。世界中から、腕に覚えがある人達が集まってくるってことでしょ?」 「あ、そっか」 要は、僕達以上に旅慣れた人がわんさか居るってことだ。情報を得ることを求める僕達にとって、これ以上の場所はない。 「世界中の武具とかお宝が、一堂に会してるって奴だね」 うん、分かってたけど、手を出したりしちゃダメだよ。 「成程、ね」 最終的な目標や、通らないといけない経緯に関しては大まかに見えてるけど、当面、何をすればいいか分からない僕達にとって、ここは手頃な土地なのかも知れない。地図を見る限り、ジパングからそんなに離れてないしね。 「よし、それじゃダーマに行こう」 旅の極意は、考えるよりも行動あるのみ。早速、アントニオ船長のところに行って、相談してこようっと。 「わたくしは、異論ありませんの」 「ご飯が美味しいといいな〜」 「それじゃ、トヨ様。僕達、明日の朝一で港に行きますね」 これで、ジパングやトヨ様とはとりあえずのお別れだ。何度となく繰り返してきたことだけど、やっぱり少しは切なくなってしまう。 「うむ、出来ることなら余もついて行きたいのじゃが、やはり国主が軽々に離れる訳にはいかんでのぉ」 さりげなく、とんでもないこと言わないで下さい。 「天が与えたもうた才を、これ程までに憎んだことはなかろうて。余も、一人のおなごとして生きたいものじゃのぉ」 いやいや。知力と霊力は高くても、トヨ様、旅と戦闘を出来る体力は無いでしょうが。肩書き関係無しに、無理ですってば。 「冗談、じゃよ」 結論。女の子の冗談は、必ずしも笑えるものとは限らない。殆どの知り合いがそうなんだから、多分、間違ってないと思うんだ。 「手紙は極力、高頻度で送るのじゃぞ。倉にあったキメラの翼を、ありったけくれてやるでの」 「あ、はい」 言われて渡されたのは、一抱えはある麻の袋で――あれ? キメラの翼がこれだけあるなら、いっそ、会いに来た方が早くない? ってか、ルーラを憶えちゃえば、必要すら無い様な……うん、深く考えるのはやめておこう。 「目的地が決まったのであれば、次にやることは一つじゃの」 え、他に何かあるんですか? 細かい打ち合わせは船長に会ってからで良いし、それ以外となると一体……。 「旅立ちの折には、酒席を以ってはなむけとするのが、世の常識というものであろう」 「……」 えーと、さっきも凄い違和感があったんだけど、この場合、僕が言うべき言葉は――。 「僕とシスはギリギリ良いとしまして、流石にトヨ様がお酒を飲むのは色々と問題があるような」 常識的且つ、面白みもへったくれも無いものだった。 「こまいことは気にするでない」 そんな僕の言い分は、この一言で一蹴された訳で。 「ま、いっか」 これを今生の別れとするつもりは無いけれど、一期一会の精神というものもある。トヨ様の、気が済む様にしてあげるべきだよね。 この夜、僕達はゆるゆると酒を飲みながら、子供の頃の遊びや面白い友達についてなんかを語り合った。楽しい時は流れるのも早く、気付いた頃には皆、眠気に耐えきれないまま、その場で横になっちゃったけど、たまには、こういうのも良いかなって思えた。 トヨ様が僕に匹敵する、とんでもない酒豪だったことは、ま、余談ってことで。 「なぁ、アレク」 「はい?」 ダーマに向かう船の中、日課となった素振りをこなしていると、剣のお師匠さんが声を掛けてきた。 「今日はお前に、働き者な二匹のスライムの話をしてやろう」 「えーと……」 いきなり、何を言ってるんですか? 「その二匹のスライム……名前はなんだったかな。まあ、スラリンとスラきちで良いだろう。 知っての通り、スライムって奴ぁ、数あるモンスターの中で、最弱と言っていい立場にある。弱肉強食が基本のモンスター界じゃ、使いっ走りも良いところさ。朝から晩まで働かされてて、得られる報酬はせいぜいが生き長らえるのに足るかどうかといったもの。人間社会も似た様なもんだから偉そうなことは言えないが、世知辛いもんだよ」 「あの、その話、長くなりますか?」 出来れば、先に素振りを終わらせたいんですが。 「まあ、最後まで聞け。 スラリンとスラきちは苦労し続けた訳だが、ある時、転機が訪れる。二匹の住む地域の大ボスが変わってな。スライムが最下層であることに変わりは無かったが、バブルスライム、一角うさぎ、おおありくいや、ホイミスライムなんざといった感じで、一気に種類が増えた。 何十種類と細かく区切られていたヒエラルヒーを、四種類くらいに再構築したんだな。それは単に、ボス側が管理するのに都合が良いだけだって話だったんだが、スライムにしてみりゃ、事実上の昇格だ。二匹とも、それ相応に嬉しがった訳だ」 「……」 本格的に、どう反応したら良いか分からなくなってきたんだけど、どうしたものかな。 「で、だ。そこでスラリンとスラきちは別の道を歩き始める。具体的に言うと、スラリンは現状を維持し、スラきちは上の階級を目指し始めたんだ」 「スライムが、昇格ですか?」 「俺らから見りゃ、十把一絡げなモンスター達だが、それなりに差があるんだろう。努力と才能次第じゃ、大ボスは無理にしても、小ボスくらいにはなれる可能性くらいはあるんだろうな」 まあ、そういうことにしておこうかな。何か、真面目に口を挟んだら、終わるものも終わらなくなりそうだし。 「スラきちは、そりゃあ、努力したさ。大ボスに媚びを売る為に、率先して汚れ仕事をこなして、どんどんと信頼を勝ちとっていったんだ」 「……」 何、このちょっとした、ツッコミの我慢大会。 「一方のスラリンも、待遇がちょっと良くなったお陰で生活に余裕が出来てきたんだが、特に欲を出すことなく、日々を堅実に過ごしていた。 そして、ついにスラきちが、下から二番目に昇格する日がやってきた。これはその縄張りの、スライムに限って言えば初めての快挙でな。そりゃもう、スライム族全体から持てはやされたもんだよ」 何だか、見てきたような物言いだけど、これって物語だった様な? 「しかし、人生って奴ぁ、そう一筋縄じゃいかない。スラきちを取り上げてくれた大ボスが、あっさりと失脚してな。新たな大ボスがこの地を治めることになった。 一応、トップとその取り巻き以外の異動は無かったんだが、所詮、スラきちは媚びを売ってのし上がった身。与えられた仕事をこなしきる能力に欠けて、みるみる内に顔面蒼白になっていったんだ」 もしかして今のって、スライムの顔は元から青いっていう部分が笑いどころだったんだろうか。何だか、素直に笑ったら負けの様な、そんな気持ちで心は一杯だよ。 「その頃、スラリンはと言うと、別段、変わり無く過ごしていた訳だ。 結局、この寓話が何を言いたいかってぇと、自分の力量に見合わないことを欲張ってみたところで、結局は無理が来て破綻するってことなのさ」 「はぁ」 何だか、最後の一言だけで充分だった様な。 「つまり、だ。お前にその大剣を扱うのは無理だ。諦めろ」 「前振りが長すぎです。何か、もっとものすごーく、ありがたい話かと思った僕の純情を返して下さい」 「何をぉ。こいつぁ、俺が子供の頃、すげー感銘を受けた童話なんだぞ。ポルトガ兵だった頃も、こいつを参考に目立たず騒がす、厄介ごとは全部、たらい回したからこそ、生きてここに居られるんだからな」 時たま、本当にこの人に剣の手ほどきを受けてて良いのか悩んでしまうこともあるけど、難しくは考えないでおこうと思う。 「大体、これが僕に大きすぎるのは、最初から分かってたことですから」 兄さんの剣は、今まで僕が使っていた鋳型の剣より柄が長く、明らかに両手用のものだ。一応、どちらの手ほどきも受けてきたから、そこまでの違和感は無かったけど、振り回されることに変わりは無い。って言うかそもそも、片手だと持ち上げるのが精一杯だしね。 「まあ、お前の兄貴の持ちもんだってぇんだから、俺も指導するもんとしては、使わせてやりてぇけどなぁ」 「大丈夫ですよ。何も、今日明日、実戦で使おうって言うんじゃないですから。素振りしてるだけでも、力つくでしょうし」 言って僕は、大上段に構えた剣を、一気に振り落ろした。 「おめぇの、その勢い余って足を切りかねない姿さえ見なきゃ、それもそうかと思うんだが」 ちょっと集中を切らすと、剣に振り回される格好で下半身がふらついてしまう。い、いつの日か、この黒刀を自由自在に操ってみせるんだからね。 本当にそんな日、来るのかなぁ……。 Next |