邂逅輪廻



「今でこそ落ち着いておるが、富士は当節まで火猛る荒々しい山であった。気を付けるのじゃぞ」
「あ、はい」
 翌朝の立ち去り際、僕達はトヨ様に挨拶をしにきていた。
「旅慣れた者であれば、二日程で着くであろう。事が済んだ後、顛末と次第を報告に参れ」
「分かりました」
「間違うても、その足で異国へと旅立つでないぞ」
 そ、そんなに強調しなくても大丈夫ですって。僕、約束は基本的に守りますから。
「それじゃ、行ってきます」
 踵を返して、屋敷を後にする僕達。うーん、何度も経験してるけど、見送られての旅立ちは、後ろ髪を引かれる感じがするよね。
「なーんか怪しいんだよね」
 不意に、シスが目を細めて僕を睨んできた。
「ええ、不穏な香りで、むんむんですの」
 あっれー。アクアさんまで、何でそんなに食いついてくるのさ。
「単刀直入に聞きますわ。トヨ様と、何がありましたの?」
「……」
 予想のよの字もしていなかった発言に、思考回路が完全に停止しちゃったよ。
「何も、御座い、ませんよ?」
 うわっ、自分で言っておいてなんだけど、何、このどもり方。何かあったって白状してるみたいなものじゃない。
「それはもちろん、アレクさんも年頃の男性なのですから、お付き合いどうこうを否定するつもりはありませんわ。唯、仲間であるわたくし達に黙っているのは水臭いのと、トヨ様の年齢を考えて、健全さを――」
「ちょ、ちょっと待った!」
 今、ようやく、話が少し繋がって見えた。
「何さ、いきなり。どうして僕がトヨ様と付き合うとか、そういう話になってるの」
「……目」
「目?」
 シスが漏らした言葉を、鸚鵡返しに口に出した。
「トヨ様の目が意味ありげだったのは、同性であるわたくし達から見れば一目瞭然ですの」
「……」
 あー、そういえば、アクアさんって、普通に女性でしたよね。いや、何て言うか、美人で色気もあるけど、アクアさんはアクアさんっていう生物種の印象が強くて、すっかり忘れてたよ。
「ってかさ、あの婿がどうのこうのって、ジパング独特の挨拶みたいなものじゃないの?」
 ボケたら、イオ系魔法でツッコミを入れる地域ってのも聞いたことあるし、大抵の風習は許容するよ。
「本気で、仰られてますの?」
「……」
 あれ? ひょっとして、空気読めて無かったりする?
「ま、まー、僕、女の子の考えることは分からないから、とりあえず、仮定としてトヨ様が僕に気があるとしてもさ。それどころじゃないのは、二人も承知してるとこじゃない」
 何しろ、世界を救うまでは実家に帰ることすら、はばかられる身なのですよ。
「あら、戦いが終わった後、恋人が待っているというのは、良いものですわよ」
「個人的意見としましては、それは死出の旅路へと続きそうで嫌なのですが」
 いえ、そういう感じの小説を、何個か読んだ記憶があったりなかったり。
「そだよねー。恋人とはやっぱ、一緒に旅しないとねー」
 シスの意見も、何か色々とズレまくってる気がしてならないよ。
「とにかく、バラモスを倒すまで、この話は封印だよ」
 ゴシップ好きは女性の常とはいえ、当の本人にしてみればたまったもんじゃない。一応はリーダーとして、少したしなめておこう。
「……」
「どしたの、シス」
「今、バラモス倒したら真面目に考えるって言ったも同然だよね?」
「ですの」
「……」
 あー! ひょっとして物凄い失言だった!?
「うん、ちょっとやる気出てきた」
 うう、吐いた言葉は取り消せないと良く言うけれど、自分の身に降りかかると、やっぱりね。
 ああ、もう。僕の恋話くらいで意欲が湧くんだったら、幾らでも好きにやってよ!


「あっつ……」
「これは少し、自身の匂いを気遣いたくなるところですの」
 うん、大丈夫。余りの暑さで頭働いてないから、二人の汗臭さなんて、深く考える余裕が無いよ。
「ヒャド、ヒャドー」
 前略、兄さん。今日も僕は、製氷機として絶好調の活躍を――。
「じゃなくてさ!」
 暑さって、本当、全ての思考力を奪ってしまう恐ろしいものなんだね。
「シス。ヒャドの氷で涼を取るの、最後で良いって、さっき自分で言ったでしょ?」
 何で十五になろうかってお嬢さんに、こんな幼児みたいな嗜めをしなきゃならないんだろう。
「うん、だからさっきのは第一部最終節? ここからは、第二部新章開幕ってことで」
「何さ、その言い訳」
「あたしは事態の把握をしてません。全て、大臣がやったことです」
「そういう、王様お約束の弁解は良いから」
 何て言うか、しっちゃかめっちゃかで、訳が分からなくなってきたよ。
「それはそれとして、さ」
 僕達は今、近隣住民から得た情報を本に、フジに程近い洞穴に潜り込んでいた。その情報とは、三年程前、異国の若者達がここにやってきたということ。そして、ほぼ同じ時期に、火山としてのフジが活動を弱め、又、ヒミコが失踪したこと。この二点から鑑みるに、兄さん達の可能性が高いと踏んだ訳だ。
「活動が弱いって話は何処に行ったのさ……」
 洞穴の内部は、余りの高温で溶けた岩が川の様に流れていた。幸いなことに探索できるだけの足場はあるし、新鮮な空気も流れてるから、活動出来ないことはない、だけど、絶えず熱気が押し出されてきて、下手な蒸し風呂より暑いんだ。って言うか、そろそろ熱いって言ってもいいくらい。
「頑張れ、男の子、ですの」
 顔一杯に汗を浮かべながら笑顔を崩さないアクアさんって、本当の猛者だと思うんだよね。
「うー、もうダメ、限界」
 シスにあんなこと言ったばかりで何だけど、こんな頭が茹だった状況で魔物に襲われたら、身がもたない。ここはちょっと休憩して、気分を回復させないと。
『ヒャド』
 燃える岩から離れた、奥まった部分、相対的に見ると涼しく感じちゃう窪みに身を潜め、氷を生み出して涼を取る。
 僕は元々、メラギラといった高熱系魔法の方が得意なんだけど、立て続けに使ってるせいで、苦手意識は無くなってきたなぁ。本当の熟練者になると、冷気だけを抽出して常に身体に纏わせることで火の上だって平然と歩けるらしいけど、もちろん僕には出来ないよ。
「あー、気持ちいー」
 夏場のうだる様な季節もそうだけど、こう暑くてしょうがない時に氷を頬とか首に当てて涼むのって最高だよね。冬だったら布団に包まったり、暖炉の前に座ったりだけど。何だろう。こう、対極の状態が究極の快楽って、哲学的な話の様な気がしない?
「こーいう時って、肌の露出が出来ないのが困ったもんだと思うよね」
 僕達が身に纏っている上下の服飾品は、程度の差はあれ、戦闘に耐えうる強度を持った布や金属繊維で出来ている。アクアさんのそれに至っては、高位僧正の加護魔法が掛けられてるとか何とかで、下手な鎧より頑丈なのだそうだ。但し、身を守ることを最優先としているから、通気性は正直微妙だ。こういう、常識の外にある暑さの中だとその点は顕著になって、愚痴の一つも漏らしたくなるよ。
「そういえば、アッサラームに、奇妙な防具あったっけ」
「え、何それ。記憶に無いけど」
 クレインと一緒に別行動してた時の話かな。だったら憶えてないのも、当然だけど。
「あの、熊面ヒゲオヤジのお店の話ですの?」
「そーそー。あれって、今でもあのオヤジの趣味だって思ってるんだけど」
「装備品としての是非はともかく、神に仕える者として、選択肢にも入りませんでしたわ」
 何か、こう蚊帳の外って扱いを受けると、年頃の娘を持つお父さん達の気持ちがちょっと分かるよね。
「それで、どんな防具だったの?」
「んー、一言で言うと、女の人の水着?」
「は?」
 身を守るものとは、余りに掛け離れた単語が出てきたせいで、素っ頓狂な声を出しちゃったよ。
「たしかに、あれは水着以外、呼び様が無いものでしたの」
「こう、お腹と胸元がギリギリまで開いててね。もちろん、腕も脚もがら空きっていう、ちょっと考えられないものだったなぁ」
「それ、普通に遊ぶ為の服も売ってただけじゃないの?」
 話を聞く限り、防具として役に立つとは思えない。
「七万八千ゴールド、ですの」
「……」
 もしかして、その水着のお値段ですか?
「地域に依っちゃ、家が建ちそうな大金なんだけど」
「結局、端から売る意思が無い冗談というのが、妥当な判断かと思われますわ」
「借金のカタに掴まされて、安値で売るに売れない線ってのも考えられそうだけどね」
 まあ、将来的には借金の返済に行き詰った時に掴ませて、被害者を増やすっていうのが正しい使い道かな。
「でもさ。アクアさんの法衣みたいに、特殊な加護が働いてる可能性って無いの?」
 それだけの値段を吹っ掛けるってことは、相応の価値があることも考えてみるべきかなって思う。
「それは無いと思いますわ」
「特に、それっぽい力は感じなかった、と」
「ですの」
 うーん、全く以って謎だ。一体、その熊面ヒゲオヤジに何があったって言うんだろう。
「あー、でも、お宝の話でそんなのあった気がする」
「お宝?」
「うん、何か見た目は只の水着なんだけど、すっごい守りの力が働いてて、伝説級の鎧に引けを取らないくらい攻撃に強くなるんだって。実在すんのかは知らないけど」
 何その、常識外れって言うか、ある意味、反則みたいな装備品。
「って言うか、そのお宝だと思わせて売る、一級の詐欺って可能性も――」
 自分で言っておいて何だけど、魔法の心得がある人なら見破れるみたいだし、有り得ないよね。
「まーいーか。何かの弾みで手に入れたとしても、僕には関係無いだろうし」
 さっき言ってたけど、神職であるアクアさんがそんな格好する訳が無いし、性格的にシスも普段着にするとは思えない。あれ、でも考えてみたら、今の服の下に着込んだら、耐性的にはどうなるんだろうか。
「何を言っておりますの」
「ん?」
「その時は、アレクさんが着れば良いのですわ」
「……」
 け、ケホッ。い、いきなり無茶苦茶言うから、ツバが喉に――。
「あー、たしかにね。一応、白兵戦の要なんだし、下着として仕込んどけば、ちょっとは効果あるんじゃない?」
「それでしたら外見からは分かりませんし、何の問題もありませんの」
 お、同じことを考えていたとは、旅の仲間、恐るべし。
「じゃなくて! 見えてなければ良いとかの問題じゃないでしょ! むしろ隠してる方が変態っぽいじゃない!」
 何で手に入れてもいない防具の話で、こんなにも声を荒らげないといけないんだろうか。
「自身の内なる願望を開けっぴろげにするのと、ひた隠しにするの、どっちが業が深いかって、奥深い話だよねー」
 いやいやいや。女性用水着を装備するのが僕の趣味みたいな言い方はやめてってば。普通に、シスかアクアさんが下着代わりにすれば良いでしょうが。
「ですが、不思議な話ですの」
「今度は、何?」
「鎧や法衣でしたら、先人が使っていたものを身体に合わせて仕立て直すこともありますわ」
 ふむふむ。騎士なんか、代々、鎧を受け継いでいくってのは良く聞く話だよね。
「ですが、幾ら守備に優れていても、肌に直接付けるものを使い回すというのは、考えにくいことですの」
 う、た、たしかに。洗濯して一応は綺麗になってるにしても、生理的に割り切れない人も多いんじゃないだろうか。戦闘用の武具に、そんな甘い考え持つのもどうかって言われればそうなんだけどさ。
「でも、水着とか下着って、身体に密着してる分、着回しが難しい様な」
 特に女性は、体型の種類が男より遥かに多いしさ。
「ちょっと思ったんだけど、男用の軽装防具って無いの?」
「着たいの?」
「うんにゃ。ちょっと気になっただけ」
「うーん、どうだったかなぁ。水着じゃないけど、まんま下着の防具があるとかないとか……だけどそっちは、大した力は無いって話だったかな。せいぜい、旅人向けの服くらい?」
 え、何その、露骨な男女差別的な話。ひょっとして僕、ちょっと怒って良いところ?
「ま、いーや、休憩、終わり」
 ヒャドで生み出した氷も水溜まりになっちゃったし、頃合だろう。すくっと立ち上がって、お尻の埃を叩いて払う。
 それにしても、水着や下着みたいな防具ねぇ。こうも暑いとちょっと着てみたくもなるけど、やっぱそのまま戦闘は感覚的にやだなぁ。大体、加護の力で守られてるにしても、大王ガマや腐った死体の汁が肌にかかる訳で……うん、何でその手の防具が殆ど流通してないのか、今、ちょっと真理を見た気がするよ。

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