邂逅輪廻



 ジパング。ロマリアやポルトガといった現代の強国が立ち並ぶ世界の中心地域から見て極東に位置するこの島国は、王制とも共和制とも違う、独特の政治体制を敷いていた。巫女と呼ばれる神事従事者が神託に依って政を行う――言うなれば、純然たる宗教国家だろうか。もちろん、王制を敷く多数の国家に於いても神事は重要視されている為、その一種であるとも言える。だがジパングで神託は絶対であり、決して逆らうことの出来ないものなのだ。合理性を排除し、風習を重んじる彼らの生活水準は西国から見れば低いとも言えるが、僻地であることが幸いし、その独立を維持していた。
 この地域に於ける事変は、十五年前、とある地域からヒミコという巫女が台頭してきたことから始まる。彼女の持つ神性は群を抜いており、瞬く間に巫女の長とも言える大巫女に納まった。彼女の人を惹く魅力と相まって、繁栄こそしないものの、ジパングは魔王軍の侵略からも遠い、穏やかな時を送っていた。
 異変は、五年前、中心都市に程近い火山が噴火した頃から確認されている。実質上の女王と言えるヒミコが、これを鎮める為に生贄を出す神託を受けたのだ。他国から見て如何に不条理であろうと、ここで神託は絶対の存在。二年の長きに渡り、罪無き少女達が人柱となった。
 この悪習は、三年前、唐突に終わりを告げている。当のヒミコが、行方知れずとなったのだ。国内は混乱に陥るも、次は我が娘かと怯える日々からは解放され、安定を取り戻すのにさして時間は必要ではなかった。
 現在では後継の大巫女にトヨと呼ばれる少女が任に当たり、ジパングらしい穏やかな生活を営んでいる――。


「これが、対外的に知られているジパングという国家ですか」
「ええ、言い方は悪いですが、実に閉鎖的で独自性を重んじると言いますか。クワットさんもその昔は貿易を試みたのですが、失敗に終わっています」
「内部情報が、外に出てこない、と」
「何しろ女王の消息が不明になったと言うのに、諸国に真っ当な説明さえしなかった国ですからね」
「それが、三年前……」
 僕にパープルオーブが送られ、兄さん達がこの国に足を踏み入れたのは、ちょうどその時期という計算になる。偶然で済ませるには、余りにも事象が重なりすぎている。
「ま、考えてもしょうがないし、予定通り行ってきます」
 いずれにしても、集落を渡り歩いての情報収集から入ることに変わりはない。出来れば偉い人にも会ってみたいところだけど、そんなうまいこといくかなぁ。
「気を付けて下さいね。この国は異邦人に対して、ことのほか、警戒心が強いですから」
「はい、分かりました」
 余所者に対して厳しいのは田舎者の特徴――なんて言ったら偏見かな。アリアハンはかつて世界に覇を唱えていた流れで、世界中の民族が相当数、住んでいる。今でも居住区をそれなりに分けてるんだけど、やっぱり、世間的に田舎者って呼ばれてる国の出身者の方が、ムラ社会っていうか内向きな印象があった。
 個人的に一番、アレだったのはエジンベアの人達かな。閉鎖的も閉鎖的。他国出身者は界隈に一歩も入れてくれないんだもの。そのくせ、こっちを田舎者呼ばわりするしさ。結局、他人を一方的に蔑む人は、心に何らかのわだかまりがあるって話なのかも知れないね。


「そなたらがゆーしゃと申す者達か、よぉ来たのぉ。余が大巫女トヨじゃ。よろしゅー頼むぞ」
 あれぇ。閉鎖的で警戒心が強い民族っていう話だったような……何でこんなにあっさり、一番偉い人に会えてるんだろう。
「トヨ様はことのほか、好奇心の強い御方。そなたらの様なガイジンでも、一切、差別することなくお会いになられるのだ」
 御付きのお爺さんが、解説を入れてくれる。うん、それを口にしてる時点で、充分に差別的な話ではあるよね。
「それはともかくとして、一つ良いですか?」
「何じゃ?」
「一体、トヨ様は何歳なんですか?」
 パカポコーンと、後頭部に鈍い衝撃を二つ感じた。
「女性に、年齢を聞くなんて失礼ですの」
「そだよ。幾らなんでも、今のは無いと思う」
 いやいやいや。これはちゃんとしておかないと次に進めないと思うんだよ。
「うむ、聞いて驚けよ。余は、数えで十一歳になる」
 つまり、満年齢だと九歳か十歳ですよね。いや、外見的に、どう考えてもそんなものだと思ってましたけど、やっぱりですか。
「トヨ様って、二年か三年くらい前、大巫女になったって聞きましたけど」
「その通り。トヨ様は先代であるヒミコ様の姪御でな。その高い神性は先代に勝るとも劣らず、後継者となられた」
 再び、お爺さんが解説してくれた。えーっと、六、七歳の女の子を、政の頂点にしたって? うーん、どう考えても、傀儡の匂いしかしないよね。他国の政治情勢に首を突っ込む余裕なんて無いし、そんなに深く掘り下げる気は無いんだけどさ。
「そなたの考えていること、手に取るように分かるぞ」
 不意に、トヨ様の顔が魔性を帯びた様に思えた。
「じゃが、余は余の意志で以ってここにおる。そなたの人生観で全てを決められてしまうのは、甚だ遺憾というものじゃ」
 ゾクリと、背筋が寒くなるのを感じた。うわ、この子、もしかすると、国を根底から変えられる位の大物かも知れない。ジパングは、女王トヨを先導として、大幅に違う道を歩む可能性があるんじゃなかろうかね。
「それで、叔母上の話じゃったかのぉ」
「あ、はい」
「民には済まないことをしたと思っておる。せめて余が五年早く生まれておれば、叔母上の暴走は食い止めたのじゃが」
 さらりと、とんでもないことを言ってくれる。
「もう一つの、そなたの兄上についてじゃが――どうにも良く分からん。知っての通り三年前は国が最も混乱していた時期でのぉ。叔母上の件に一枚噛んでおると見るのが妥当なのじゃが、裏付けが何もありゃせん」
「そう、ですか」
「役に立てんで済まんの」
「いえ」
 空振り、不発は、昨日今日に始まった話じゃない。それに女王と言っても、全てを知っている訳じゃないだろう。地道な聞き込みから、何か見えてくるかも知れないしね。
「じゃが、余を訪ねてくれた者を無体にするというのも、沽券に関わるでな。折角じゃ、兄上殿がどうなったか、占ってしんぜよう」
「占い、ですか」
 魔法大好きっ子の僕が言うのも何なんだけど、系統が違う東国の呪術は、どうも今一つピンと来ない。一言で纏めちゃうと胡散臭いって言うか……多分、あっちも似た様なこと考えてるだろうから、お互い様と言えばお互い様なんだけどね。
「じぃ、亀甲を持て」
「仰せのままに」
 言って、お爺さんは奥へと消えていった。
 んっと、何だか、ちょっとおかしな流れになってきた気がしてならないなぁ。
「兄、か……」
 想像以上に巨大な亀甲が持ち運ばれ設置される中、トヨ様はぽつりとそんな言葉を漏らした。
「どうしました」
「いや、余にはその様な者がおらんでの。どういったものか、今一つ分かりゃせん」
「んー」
 改まって聞かれると、端的に表す言葉が見付からない。だけど、強いて言うのであれば――。
「僕にとっては、誇り、かな」
「ほぉ?」
「小さな頃から何をさせても凄くて、そんな兄さんの弟であることが何よりも嬉しかったって言うか」
「なるほどのぉ」
 言って、トヨ様は扇子をパチリと閉じた。
「余に弟か妹が居れば、その様に思われていたじゃろうて」
「ハハ……」
 いや、兄さんはここまで自信家じゃなかったよ。何ていうか、もうちょっと自然体って感じでさ。
「トヨ様、子細滞りなく、終了致しました」
「うむ、御苦労」
 どうやら、占いの準備は整ったらしい。囲炉裏って言うのかな。部屋の中心、暖を取る為に薪が並べられている四角い窪みに、一人では抱えられない位の亀甲が鎮座していた。
 んっと、これを火にかけるってこと? あれ、ってことはつまり――。
「これって、火と水のエレメントを競合させて、そこから何かを見出すってことですか?」
 亀甲の本来の持ち主は、もちろん亀な訳で、水の中で生きる象徴的な生き物の一つだ。それを炎の中に突っ込むっていうのは、火と水という相反するものが共存する状態になる訳で、多少なりとも世の中の摂理を歪めるということになる。魔法のセンスに長けた人なら色々な情報を読み取ることが可能、かも知れない。
「えれめんと、というのは分からぬが、場が乱れるというのであればその通りじゃ。余はそこより、世界の狭間を覗いておる」
「成程」
 片田舎の呪術なんてちょっとバカにしてたけど、本質的な原理は僕達の『魔法』となんら変わらないのかも知れない。
「それにしても一目で理解するとは中々の素養よの。面白い逸材と言っても過言では無い」
「はぁ、どうも」
 褒められたのは良いんだけど、相手がこう小さな女の子だと、どうにもピンと来なかった。
「気に入ったぞ、余の婿とならぬか」
「……は?」
 唐突に、年端に似合わぬ――いや、ある意味に於いてはらしいとも言える言葉を発せられ、頭の中が真っ白になった。
「何を驚いておる。そなた、ゆーしゃなどと担ぎ上げられて国から送り出された以上、元服は済ませておるのであろう? 嫁の一人や二人娶ってもどうということはあるまい」
「いやいや、王家の人間じゃあるまいし、いきなり二人はまずいですって」
 混乱して、完全に論点がズレ捲くった返答をしてしまう。
「剣は帯びていても、その華奢な身体では大したことはなかろう。才とは、残酷なまでに偏って植えつけられるもの。ならば余と共に道を極めてみるのも一興とは思わぬか」
 うーん、僕って剣については何処までも扱き下ろされる立場なんだね。そろそろ、心の傷も慢性化して、痛みを痛みと感じなくなりそうだよ。
「とりあえず、考えておきますので、今は占いをどうぞ」
 ここは古来より幾多の賢人が使ってきた必殺技、問題先送りでお茶を濁しておこう。
「それもそうじゃの。このままではそこの娘御に呪い殺されるやも知れぬ」
 言われて気付いたけど、シスが飢えた肉食獣みたいな目でトヨ様を睨んでいた。あー、もう、何でいつもこうなるのかなぁ。
「では、後々、二人きりで話し合うとするかの」
 そしてトヨ様も、意味ありげな言葉で、無闇やたらと煽らないで下さい。
「ふむ、では始めるとするかの」
 言葉を口にすると共に、トヨ様の顔付きが変わった。同時に、周囲の気温が下がったかの様な錯覚を覚える。
 これが、いわゆるところの神性、か。成程、この幼さで神事の長になるなんて、政治的な力学以外に無いと思ったけど、改めてその認識は間違っていたと思い知らされたよ。
「ん……」
 囲炉裏の中で、パチパチと音を立てて炎と煙が上がる。その温度差の為か、向こう側に居るトヨ様が、少し歪んで見えた。
「東……じゃな」
「東?」
「うむ。赤々と燃ゆる岩が見えたゆえ、恐らくは火山であろう。そしてこの地より東の活きた山と言えば、富士で間違いは無かろうて」
「フジ……そこに、兄さん達の手掛かりが?」
「余を信じるのであらば、じゃがな」
 ニヤリと、トヨ様は含みを持った笑みを見せた。ちっこくても女性は女性。無意味に敵に回すのは、恐ろしい結果を招きそうだよね。
「分かりました、行ってきます」
 具体的な場所は知らないけど、東にある唯一つの活火山ってことなら、簡単に見付かるだろう。
「まあ、そう急くな。じきに陽も沈むことじゃし、今日のところは泊まってゆけ。床くらいは用意してくれるわ」
「はっ、ただいま」
 再び、音も無くお付きのお爺さんが裏に消えていった。うーん、本音ではすぐにでも出立したいところなんだけど、ここまでされたら受けない方が失礼かな。もうすぐ夜っていうのもあるし、ここはお言葉に甘えておこう。
「う〜〜らぁ〜〜〜」
 久々に、シスから唸り声が発せられた気もするけど、僕は何も聞いてないよ。

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