邂逅輪廻



「なぁ……アレクよぉ」
「はい?」
 ジパングへと向かう船の中、僕は元ポルトガ兵のおじさんの前で、剣を振っていた。もうすっかり日課になっていて、冷やかしのシスなんかも含めて、そこそこの人数が集まってたりするんだよ。
「一つ、言って良いか?」
「な、何ですか」
「お前の剣は、余りに無様だ」
 ザクリと、心を抉られた気分になった。
「な、ね、ぬ――」
 い、いきなり、何を言うかと思えば――そりゃ、お世辞にも強いとも、巧いとも、綺麗とも言えない剣だけどさ。ものを教える立場なら、少しくらい遠回しに言うとか、ささやかな長所を褒めて伸ばすとか、配慮があっても良いんじゃないかと思うんだけど。本気で泣くよ、僕。
「いやいや。話の本題は、そこじゃないんだが」
「ナンデスカ。これ以上、扱き下ろす気でしたら、少し、旅に出ることも考えますよ。いえ、既に出てるんですが」
 せめてもの抵抗に、ジト目で睨んでみる。様にならないから、すぐにやめたけど、
「何というか、兵士だった俺からしてみると、何処を目指してるか分からない剣なんだよ。お前、アリアハンの出身だったよな?」
「はい」
「俺の知る限り、アリアハン兵の剣術はお前の動きと大分違う。師匠は居るのか?」
「二、三年前から旅に出るまで、近所の、元護衛隊長だってお爺さんに教えて貰ってました。でも生粋のアリアハン人で、典型的な王宮剣術だって聞いてますけど」
「その前は?」
「前?」
「この時代に、男子が十三やそこらから武芸を始めるってことも無いだろ」
 うっ、又しても心が痛い話を。あれ、っていうか、僕が剣を習い始めた理由って、喋ってなかったっけ?
「十三歳以前は――えー、何と言いますか、魔法使いを志して、あわよくば賢者になれたら良いなと精進していました」
「あぁん?」
「いえ、ですから、剣の修行は、全くと言って良いほどしていません」
「何じゃそりゃぁぁ!! てめぇ、んな肝心なこと、今更言うたぁ、どういうことだぁ!」
 うわーん。たまたま、言う機会が無かっただけですってば。そもそもおじさん、毎日剣を振るのを見てポルトガ流の型を教えてくれただけで、特段、経歴を聞いたりしなかったじゃない。
「しかし、やっぱり腑に落ちねぇ。初めて剣を握ったのが十三だったとしても、それから二年、アリアハン流の剣をやってきたなら、身体には染み付いてるはずだ。何で又、こんな訳の分からないことになってやがんだ」
 さりげなく、訳の分からないとか言われてるんだけど、聞こえなかったことにしようと思うんだ。
「幼いガキの頃に何か手ほどきを受けて、それが抜けないままアリアハン流の剣を一から仕込まれたってんなら、理屈も合うんだがな」
「いえ、本当に特にはやってません」
 何だか、堂々巡りの回廊に迷い込んでる気がしてならない。
「強いて挙げるなら、チャンバラで遊んだくらいならありますけど、そんなの数には入りませんよね」
 言って、兄さんとトウカ姉さんの顔を思い出す。あの頃は無邪気に遊んでるだけだったけど、実際、自分が剣を振るう立場になると、二人が如何に天賦に恵まれていたかを実感する。例え三倍、いや、五倍の努力をしても、あの領域に辿り着けるとは思えなかった。
「うーむ……そのお遊びでも、人生変えちまう位の衝撃を受けりゃ、絶対に無いとは言えないが……」
 その言葉を耳にし、ふと思う。
 僕の剣は、一体、何を理想として成長を遂げようとしているんだろうか。
 十三歳の時、剣を習い始めたのは勇者になる為の義務感からだ。アリアハン流の使い手に師事して、何とか旅に出れる位の腕としては認めて貰ったけど、特に素質があると言われた憶えはない。僕自身、これで本当に強くなれるのかという、疑問と違和感があったのも事実だ。
 色々と考えを巡らせて、一つの結論に行き当たる。
 僕が心の奥底で、最も素晴らしいと思っている剣、それはトウカ姉さんのものだ。
 水の様に流麗で、影の様に静穏な動きは剣舞にも似ているけど、何処までも実戦的で力強い姉さんの剣技。或いは、斬られたことさえ気付かない太刀筋を見せてくれるんじゃなかろうか。いや、別に斬られたい訳じゃないんだけどさ。
「ふふふ」
「な、なんでぇ、気持ち悪い奴だな」
「いえ、何かすっきり繋がったら、おかしくなっちゃって」
 姉さんの剣は、多分、誰にも真似の出来ない独特のものだ。剣才の問題はあるけれど、本質はそこじゃない。おそらくあれは、流儀というより、姉さんの身体的特質を剣に活かした結果なんだろう。だから、教えることも教わることも出来ない、一代限りのものなんだ。僕の剣がああなることは、論理的にありえない。
 それでも、姉さんには一つ教えられた。だったら、僕は僕の身体を活かして、剣を突き詰めればいい。僕は姉さんみたいに、『強く』なりたいんであって、姉さんそのものになりたい訳じゃないんだから。
「全く……おかしいのはアレクの頭だろ」
「まあまあ。後、素振り百回でしたっけ?」
 今は、自分に出来ることを精一杯やろう。この道の先に姉さんは居ないかも知れないけど、いつかきっと、僕は強くなれる。そう信じて、振り下ろす剣に力を篭めた。


 ランシール共和国。アリアハンの西方、そしてバハラタの南方に位置する小国だ。共和国の名が示す通り王族は存在せず、各地方の代表者が議場で国の方針を決めている。貧富でいうと、それ程に豊かとは言えない国だけど、穏やかな風土と、国境線を持たない大陸の独立国である二点から、何処かのんびりとした雰囲気だ。そう、この国は故郷、アリアハンに似ている。実際、ここから東に船を進めれば、一月もしない内に着く隣国だ。ジパングに向かおうと思ったら、アリアハン経由の海路もあるって話だから、立ち寄ることも選択肢にはあった。
 だけど僕は、それを選ばなかった。季節が幾つか巡り、帰りたい気持ちが無いって言ったらもちろん嘘になるけど、今、母さんや爺ちゃんの顔を見たら、二度と旅には出れそうも無いと思ったからだ。僕達はここ、ランシールを出航した後、北方のバハラタから陸地沿いにジパングを目指す。
 バハラタや他の港では、食料の補給くらいの短い停泊しかしない予定だ。だからランシールで船を整備する三日間は、この先、当分ない陸でのゆったりとした時間になる。揺れには強いから船の上はどうってことないんだけど、やっぱりしっかりと地面を踏みしめて歩けるのって良いよね。何だかウキウキして、街中を走り回りたい気分になるよ。好奇の目で見られるのが嫌だからやらないけど。
「えー、たかが草が三百ゴールドは高いって。良いとこ百ってとこでしょ」
 そんな心の高揚を吹き飛ばしかねない、少女の声を耳にした。
「嬢ちゃん。この消え去り草が、ここランシールでしか取れない特産品だってのを忘れて貰っちゃ困るぜ。一ゴールドだって、負ける訳にはいかねぇなぁ」
 シスの一方的な値下げ要求に、一歩も退かない店主さん。何だか、どっちが勝っても遣る瀬無いものが残りそうだけど、一応、保護者として見ていこうかな。
「そんなこと言ってると、他の店に行っちゃうよ?」
「あぁ、好きにしな。一応、言っておくが、この消え去り草に関して言やぁ、全店舗、同額で売るよう協定を結んでるからな。相当な数を纏め買いするってんなら、ちょっとくらい勉強することもあるが、大した差じゃないぜ」
「う〜、う〜〜」
 何だか、ものすごーく汚い商売を聞いた気もするけど、ま、盗賊に消え去り草なんて物騒なものを与えることを考えたら、どうでも良いことかも知れないよね。
「あ、僕にはキメラの翼を……五個下さい」
 自分に使うことは余り無いんだけど、母さんとクワットさんに時たま手紙を出してる関係で、いつも手持ちが心もとない。本当、いざって時に持ち合わせが無かったらバカみたいだし、少し多めに買っておかないとね。
「あいよ、五個で五百ゴールドな」
「……は?」
 そりゃ、間の抜けた声も漏れるってもんだよ。
「な、何ですか、その値段。地域に依ってバラつきはあるけど、二十から三十ゴールドが相場でしょうが」
 そこまで言ったところで、一つの事実に気付く。
「ごめん、シス。君の方が正しかった。この店は、ボッタクリだ。余所にいこうか」
 もしかするとキメラの翼も協定で高値固定かも知れないけど、その時はバハラタで買おう。博打の勝ち分が手付かずだから払えない訳じゃないけど、こういう商売に加担するのは気分が悪い。
「だぁらっしゃい! ちょっと待ちやがれ!」
「何ですか。余り馴れ馴れしく話し掛けられましても、私共と致しましては、対応に苦慮するのですが」
「お前……可愛くないガキだな」
 もう慣れっこなので、敢えて反応することも無いかなって思うんだ。
「何だか勘違いしてる様だから言っておくがな。高いのはキメラの翼だけだ。料金表を見てみろ。薬草や毒消し草なんかは余所の国とそう変わらないはずだ」
 言われてじっくり見てみると、たしかに異常な値を示しているのはキメラの翼だけだった。
「どういうことです、これ?」
「こっちが聞きたいくらいさ。ここんとこ、こいつだけ卸値が急騰してな。こっちも商売だし、仕入れ値を割って売る訳にゃいかないが、これでもギリギリに抑えてあるんだぜ」
 うーん。話の真偽はさて置き、一応、筋は通ってる。客寄せの為に、一つか二つ、赤字を出しても値を下げるならいざ知らず、その逆は店にとって何の得も無い。
「ま、ちょっと興味出てきたんで、何店か回ってみますね。話の裏も取ってみたいですし」
「おいこら。結局、何も買わない気か。本当、とことんまでに可愛くねーな、おい」
 又しても聞きなれた言葉を聞いたけど、気にしない、気にしない。


「成程ね、たしかに、どこもキメラの翼だけ高かったなぁ」
「俺の言ってること、間違ってなかっただろう?」
 あの後、シスと一緒に幾つか道具店と巡って、最初の店に戻ってきていた。こうも見慣れない数字が羅列されると、何だか、始めからこの値段だったんじゃないかって錯覚するくらいだ。考え様に依っては、キメラの翼の便利さから言って、百ゴールドでも安いくらいだとも思うんだけどね。
「だけど、他のものは、額に多少のバラ付きがあるのに、消え去り草だけは三百ゴールド固定ってのはやっぱり不自然だよね。後々、問題にしたくなかったら、やめた方が良いんじゃないかな」
「坊主、俺はてめぇを、殴って良いよな?」
 うん、もちろん、丁重にお断りさせて貰うよ。
「でも、キメラの翼に関して言えば、この店って安い方だよね。僕が見た限り、下から二番目ってとこ」
「おぉ、良く調べたじゃねぇか」
「でも、九十七ゴールドってところがあったし、そっちで買おうかな〜」
「く……九十五でどうだ」
「九十はどう?」
「九十……四だ。言っとくが、仕入れ値が九十二だから、これ以上はどうにもならんぞ」
「じゃ、それで二つ」
「ちょっと待て! 五つじゃなかったのかよ!」
「ええ、買い溜めしておこうかと思ったけど、値段が値段だし、とりあえず間に合わせの数に変更したってことで」
「もう……好きにしやがれ」
 それじゃ遠慮なく、はい、百八十八ゴールドね。
「それにしても、何でこんなことになってるのかなぁ」
 最後にキメラの翼を買ったのは、ロマリアだったと思う。何ヶ月か前と言えば前なんだけど、あの時はいつも通りの値段だったはずなんだけどなぁ。そろそろルーラかバシルーラ憶えて、代用した方が安上がりなのかも知れないね。
「ん?」
 不意に、見知った顔がこちらに向かって歩いてくるのを知覚する。
「アクアさーん……あれ?」
 遠目に見ただけで若干の違和感があったんだけど、その理由は、近付いてきただけですぐさま導き出せた。
「どうしたの、その服」
 アクアさんが身に纏っていたのは、見慣れた僧衣ではなく、汚れ一つ無い新品だった。何だか、まっさら服を見てるとまともな僧侶に見えてくる辺り、やっぱり見た目って大事なんだなぁと思わされるよ。
「長いこと使ってきましたから、思い切って新調しましたの」
「そっか。しばらく海の上だから、装備品も考えないとダメだよね」
 とりあえず、僕の防具に関しては今のままで良いと思う。アクアさんと違って数ヶ月しか使って無いから、鎖かたびらや服はそんなに痛んでない。金属鎧なんか着込んだら動けなくなる自信があるから、強いて言うなら兜の追加になるかなぁ。でも、海上じゃ身軽さが何より大事だし、やっぱりこのままっていうのが最良の選択になる気がする。
 問題は、剣の方だ。アリアハンを出た時、師匠のお爺さんに貰った初心者用のものなんだけど、使い方が下手すぎたせいか、刃こぼれがちらほら目立つくらいになってきている。元々、鋳型で作られた量産品で頑丈なものじゃないらしいし、ここらが限界かなぁ。でも、次ってどういうの買ったら良いんだろう。
「そんなに、悩むことはありませんの」
 腰の剣を見詰める僕に気付いたのか、アクアさんが声を掛けてくる。
「とりあえず船の方々の武器を借りてみて、しっくり来るものに近いものを選べば良いんですの」
 成程、船の上だとどうしても暇な時は暇だし、それが良いかもね。焦って買って銭失いになるのは、何て言うか、気分的に良くない。
「あわよくば、そのまま譲って貰えれば言うことありませんの」
 うん、やっぱりアクアさんはこうでないとね。見た目がこざっぱりしたせいで高僧っぽい印象になっちゃったけど、これくらい自由奔放で打算的でこそだよ、本当。
「それじゃ、おじさん、またね」
 正直、世界を回る身だから、次に会う機会があるのか、さっぱり分からないけど。
「あれだけ粘って、儲けがたったの四ゴールド……だと」
 何か聞こえてきたけど、やっぱり気にしない、気にしないっと。


「これが洞穴に繋がる神殿、か」
 ここランシール大陸の中心に近い地に、地球のへそと呼ばれる奥深い洞窟が存在する。そこは儀式的な意味合いの強い、自分を試される場所らしい。何でも、仲間の力を借りず、一人で入らなければならないとか何とか。もちろん、魔物は普通に出るし、進んで潜りたいとは余り思わない。
 レイアムランドで聞いた話だと、兄さんは、地球のへその最深部で、ブルーオーブを見つけたらしい。
『ブルーオーブは勇気の宝珠』
 少女の言葉を思い起こして、しみじみ思う。
 勇気、か。まさに兄さんに相応しい言葉だ。僕が兄さんの立場だったとして、ブルーオーブを手にすることは出来ただろうか。意味が無いとは分かっていても、つい比較してしまう自分に、ちょっと嫌気がさしてしまう。
「入ってみる? 一応、来る者は拒まずって感じで迎え入れてるみたいだけど」
「いや、良いよ。ちょっと見てみたかっただけだから。ブルーオーブが無いなら、今のところ用は無いし」
 まさか、同じ場所に二つオーブが纏まってるってことも無いだろう。確率的にもそうだし、万一あったとしても、兄さんが見付けてるだろうからね。
「そだね。あたしの鼻にも何にも引っ掛からないし、お宝って意味では無いと思うよ」
「でも、兄さんのことは聞きたいから、ちょっと神父さんと話していこうかな。シスもついてくる?」
「んー。あたしは、もうちょっと町を歩いてみる。消え去り草、安く買えるとこあるかも知れないし」
「それじゃ、宿でね」
 やれやれ、まだ諦めてなかったのか。執念深いって言うか何て言うか。たしかに、色々と使えそうな草だけど、シスじゃ何しだすことやら。
 ま、何かやらかした時は、その時に考えようっと。消え去り草の存在を知ってる以上、対策はそれなりに取れるしね。


「そういえば、シスは何か装備要らないの?」
 夕食の折、何とはなしに問いかけてみた。アクアさんは僧衣を買い換えたし、僕は剣を検討中。命を守る為のものだし、この機会にシスのも考えておくべきだよね。
「そういうのなら、お金はこっちで出すけど」
「あたしは良いかなぁ。鞭もようやく慣れてきたし、服も特に汚れてるって訳じゃないし」
「そう」
 まあ、本人がそう言うなら、気の回し過ぎだったかも知れないね。
「でさ。そんなお金あるなら、消え去り草をたくさん買うってのはどう?」
「ダーメ」
 本当、何処まで欲しいって思ってるんだろう。でも、そろそろ本業を発揮しかねないところまで来てるしっぽいしなぁ。
「じゃあ、こうしようか。たくさんはダメだけど、一つだけ買ってあげる」
「本当?」
 我ながら甘いなぁと思いつつも、こんなに喜んで貰えると、ちょっと嬉しくなっちゃうよね。
「但し、その一つは何処で何の為に使うか、ちゃんと僕に報告すること。これが守れないんだったら、今の話は無かったってことで」
「う……」
 こう言うと語弊があるかも知れないけど、シスは盗賊という職業に似合わず、随分と善人だ。まあ、盗みで生計を立ててたっていうのは悪いことなんだけど、自分で口に出したことは絶対に守る、妙に律儀なところがある。だから、ここで言質を取っておけば、こっそりと使うことはないはずだ。
「分か……った。それで……も良いから」
 そんな言葉が途切れ途切れになるくらい悩んでたの? どうにも、この子の思考回路は良く分からない。
「その代わり、アレクが持っててよね。あたしが持ってたら、無意識で使っちゃいそうでさ」
 磨り潰して身体に振り掛けないと効果が無いものを、無意識に、ねぇ。ま、そっちの方が管理し易いし、こっちとしては拒む理由は無いんだけどね。


「いえ、旅慣れた船乗りさんにはどうでも良いことなのかも知れないのですけどね」
 ランシールでの整備を無事に終えて出航してから、どれ程の月日が流れただろうか。航海は驚く程に順調で、僕達は予定通りバハラタを経由して、ジパングへと向かっていた。折角だから短い停泊時間を利用して、黒胡椒も買っておいたよ。何かの役に立つかも知れないしね。
 それはそれとして、ここで個人的に一つの難題へとぶち当たる。いや、何て言うか、生理的なものって言うか、僕が単に虚弱ってだけの話かも知れないんだけどさ――。
「一言で言うと、夏バテです……」
 うう、だってしょうがないじゃない。ちょっと前まで、雪がちらつくレイアムランドに居たんだよ! 一気に北上して気温と陽射しが強烈になったら、体調も崩すよ、そりゃ。
「まあ、たまにはこういう休息も必要というものですわ」
「面目無い……」
 僕は割り当てられた個室の寝台で寝込みながら、アクアさんの看病を受けていた。基本的なことだけど、回復魔法は怪我にしか効かない。体調不良や病気は、対象外だ。
「うっぷ」
 先天的に揺れには強い僕だけど、こうも体力が落ちていると流石に船上が厳しく感じてしまう。病人食を口にしては戻す日々を送っていて、申し訳なさで気持ちも落ち込んでいく。
「それにしても、暑いからといって、毛布を蹴飛ばして寝るのは、感心しませんの」
「はい、胆に命じておきます……健康って、やっぱり何よりも大切ですよね……」
 ある意味、客として扱って貰える船の上でその基本を学べたのは、不幸中の幸いとも言えるんだろうか。世界がグラグラと揺れ動く今の状況じゃ、そんな前向きには考えられそうもないけどね……。

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