邂逅輪廻



「これって……」
 シスが知覚した『光る物』の正体は、何て言うんだろう。一言で表現すると、『氷の神殿』だった。
 御屋敷と読んでいい規模の建築物で、先鋭的なデザインと壮麗さを鑑みれば、やっぱり『神殿』なんだと思う。氷で出来てることを考慮から抜かしても、ここに住むっていう発想には、中々ならないはずだ。
「聖職者として、アクアさんの見解をどうぞ」
「陽射しが強い日は、とっても中が眩しそうですの」
 うん、聖職者の部分が全く関係ないよね。大体、予想してたことだけど。
「とりあえず、入る、よね?」
 ここまで来ておいて何だけど、こうも得体が知れないものだと、気後れもしちゃうよね。
「まあ、あたしの商売的には夜入るのが常道っちゃ常道だけど、こんな開けたところで暗くなるまで待ってたら凍え死んじゃうしね」
 誰が、盗みの為に忍び込む話なんてしてるかなぁ。
「こんにちはー。どなたかいらっしゃいますかー?」
 何はともあれ、極めて基本的な挨拶をしてみた。
「――!」
 唐突に、僕の上背の倍はありそうな扉が開き始めた。
 突然のことに神経が緊張し、柄に手を掛けて戦闘体勢をとってしまう。嫌な汗がじわじわ全身から噴き出す中、外側へと滑り行く観音開きの大扉を唯、じっと見詰め続けていた。
「人が来たら勝手に開くなんて、便利な機能だよねー。お店とかで使ったら喜ばれるんじゃないかな」
「……」
 そうですよね。僕が過剰反応なだけで、一般的な人はこんなもんですよね。シスが平均だとか、何が何でも認めたくはないけど。
「うわぁ……」
 神殿の内部は、外観のそれを上回る優美さだった。吹き抜けは、三階建てに相当しそうな天井まで達していて、屋内だというのに、閉塞感をまるで感じさせなかった。又、四方の、七色に染め上げられたガラス、もしくは氷の窓から陽光が射し込み、文字通り彩りを添えてくれる。
 生き物の活動が乏しい氷の世界ということも相まって、美しさに凍てついた心が解かされるかの様な心持ちになった。
 この、大型船くらいなら収められそうな巨大な空間の中心に、祭壇と思しきものがあった。まるで、蜂の巣穴の様に綺麗な正六角形に配置された巨大な燭台と、その中心、ピラミッド状の台に供えられた球状の何か。神秘的な空気と、儀式的な装飾から考えても、何かを祀ってるのは間違いないと思うんだけど――。
『良くぞ参られました』
 不意に、何処からともなく声がした。
『心強きオルテガとメイベルの子にして、アレルの弟、アレク』
『貴方が来られる日を、お待ちしておりました』
 言葉と共に、手前の燭台二つの根元付近が、淡く光りだした。
『ここは神威に満ちた聖なる場所』
『邪なる力を帯びた魔物達は、近付くことが出来ません』
 二つの光は、徐々に中心に纏まっていくと、やがて二人の少女を形作った。一方が短髪、もう一方が長髪であることを除いては差の無い容貌で、恐らくは双子なのだろう。銀髪と薄い表情が何処か霊験を感じさせ、少し近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
『私達は』
『私達は』
『卵を』
『卵を』
『守っています』
『守っています』
 二人の微妙に異質な声が、混ざり合って耳に届く様は、普段の会話とは違う、若干の違和感を覚えさせてくれる。
「卵……ですか?」
 あの、燭台の中心にある丸っこいのは、卵だったのか。どう見ても五人分くらいの大きさがあるし、形は似ててもそういう発想は出てこなかった。これで目玉焼きを作ったら、百人くらいはお腹一杯になりそうだとか、少し不謹慎なことを考えてしまう。
『はい。これは、魔を祓う力を持つ聖鳥ラーミアの卵』
『彼の力を以ってすれば、魔王バラモスの居城へと乗り込むことも可能でしょう』
「……」
 え?
「ちょ、ちょっと待って。つまり、その卵が孵れば、バラモスにケンカ売れるってこと?」
『その通りです』
『あの悪しき者は自らの居城より動かぬ代わりに、強大な結界を張って、全ての者の侵入を拒んでいます』
『入り込むことが出来るのは、魔王軍に所属するもの、ないしは、バラモスが認めた者に限られています』
『ですがラーミアならば、その結界を浄化することが出来るでしょう』
 わ、わ、わー。な、何、この急展開な話。
 あ、そうか。兄さんが言ってた聖鳥って、ラーミアのことだったんだ。そして、バラモス城へ乗り込む為にレイアムランドに来た、と。少しずつ話が繋がってきて、難解なパズルを解いた時の様な快感が心を満たしてきた。
「一つ、質問がありますの」
『神に仕える身でありながら、天衣無縫なる者、アクアよ』
『何なりとどうぞ』
 うわー、どうやって調べたかは知らないけど、初対面にして何ていう的確な称号。一番凄いのは、表情一つ変えず、面と向かって言えるところだとは思うんだけどね。
「こちらの情報と話から推察するに、アレル様が来られたと思われますの」
『はい』
『彼は黒髪の女性剣士と共に、参られました』
 トウカ姉さんのことだよね、多分。
「それが恐らく四年程前のこと――何故、未だにラーミアは目覚めておりませんの?」
 貴重な情報に舞い上がってしまったけど、言われてみればたしかにそうだ。兄さん達がここに来たなら、絶対に孵化させる方向で動くはずだ。それが四年経っても卵のままって、どういうことなんだろう。
『ラーミアを目覚めさせるには、鍵が必要なのです』
「鍵?」
『天地開闢、この世を作り給う神々が生み出したとされる六つの宝玉』
『それを集める力と知恵』
『そして勇気を兼ね備えた者に、ラーミアは力を貸し与えます』
 ドクンと、心臓が大きく高鳴った。
「それって、もしかして――」
『はい』
『貴方の持つ紫紺の宝珠――』
『パープルオーブはその内の一つです』
 又、一つ話が繋がった。
 兄さんは、このオーブを集めて、ラーミアを甦らせようとしてたんだ。
 だけどそうすると、これを僕に託した理由って――?
『六つのオーブについて、話させて頂きます』
『これは人を導く者としての、器を測ります』
『ブルーオーブは、勇気の宝珠』
『レッドオーブは、探求の宝珠』
『イエローオーブは、才気の宝珠』
『グリーンオーブは、情念の宝珠』
『シルバーオーブは、希望の宝珠、とも呼ばれています』
『そしてパープルオーブは――』
 そう口にすると、二人の少女は僕を見詰め、両目を閉じた。
『宿縁の宝珠』
『それが何を意味するかは、貴方自身の目でお確かめ下さい』
 言って二人は、身を翻し、燭台を見上げた。
『勇者アレルは、ブルーオーブ、イエローオーブを手にし、ここへ納めました』
『その才覚は、まさしく勇者として相応しいもの』
『彼ならば六つの宝珠を集めることも、夢では無いと思えました』
 真面目な話をしてる時になんだけど、身内が褒められるとやっぱり嬉しいものがあるよね。顔、ニヤついてないかな。
『その勇者アレルも、三つ目のオーブを探索中、消息を絶ちました』
『彼が今、何処で何をしているのか、私達にも把握出来ません』
「そう、ですか」
 幾らか期待していた部分もあって、少しだけ落胆する。生死について触れなかったのはせめてもの配慮だったんだろうけど、もどかしさとやるせなさが残ることに変わりは無い。
『ですが、パープルオーブを求め、何処へ向かったかはお教えできます』
「本当ですか!?」
『はい』
『彼らが向かったのは、バハラタより更に東の島』
『ジパングと呼ばれる、小国でした』
『そこで彼らが何を見て、何が起こり』
『どの様な経緯で貴方へパープルオーブが渡ったのかは分かりません』
「何か、この人達、結局、肝心なことあんま知らないよね」
 シス、そんなこと言っちゃいけません。僕もほんのちょっとだけ、思ったりなんかしたけどさ。
「もう一つ、良いですか?」
『はい』
『私達にお答えできることでしたら何なりと』
 何となく、言葉に力が入っていた気がした。あれ、ひょっとして、ちょっと怒ったりしてる?
「父さんは、ここに来たんですか?」
 当然のことだけど、父さんの目的も魔王バラモスの撃破だ。だとすれば、ここに立ち寄っててもおかしくはないんだけど――。
『いえ』
『勇者オルテガは、ここに来られてはおりません』
『そもそも』
『彼はここに来る必要など無かったのです』
「は?」
 いきなり大前提を覆される発言をされて、間の抜けた声が漏れてしまう。
『少々、認識に行き違いがある模様ですね』
『順を追って説明しましょう』
 そう言って二人は、再び僕に相対する格好となる。
『そもそも』
『勇者オルテガが、どの様にその姿を消したか御存知ですか』
「一応は」
 父さんは、バラモスの城へと向かう途中、ネクロゴンドの山中で行方知らずになったと聞いている。魔物と戦っていて火山に落ちたとか、魔物達の集中砲火で消し炭となったとか色々言われているけど、見た訳じゃないし、信じていない。いや、信じようとしていない。
『おかしいと思いませんか?』
「何がです」
『彼の居城は、悪しき結界に守られし要害』
『勇者と呼ばれ、知恵も力も兼ね備えていたはずのオルテガが、何ゆえ、人の足でそこへ向かおうとしたのか』
 んー。何しろ僕は、父さんの記憶が殆ど無いしなぁ。大穴回答として、父さんは突撃しか能が無い猪武者だった……ってのはダメだよね、やっぱり。
『答は意外と平凡』
『順序が逆だというだけの話です』
「ん?」
 一瞬で、飲み込むことが出来なかった。
『かつてオルテガがバラモス討伐に向かった頃、結界はありませんでした』
『その様な物に頼らずとも、元が人里離れ、山々と大河に囲まれた堅牢の地』
『軍を率いたところで、返り討ちに出来るという目算があったのでしょう』
『ですがそこに、数えるほどの勇士だけで乗り込もうとする猛者が現れました』
『それが、勇者オルテガ』
『結果こそ残りませんでしたが、慎重な性格のバラモスは居城の防備を強化』
『その集大成と言えるのが、今、結界と呼んでいる防護壁なのです』
「はぁ……」
 えーと、それってつまり、父さんが余計なちょっかい掛けたから、より堅固になったってこと?
 あれ、ひょっとして、ちょっと怒られてる?
「それにしても、なーんか、話がうますぎない?」
「どゆこと、シス」
「いやさ、あたし達、盗賊の世界じゃ、あんま条件が良すぎる家ってのは、むしろ警戒の対象なんだよね。ほいほいと入り込んだら、一網打尽になっちゃう話なんて良く聞くし」
 ゴメン。そんなこと言われても、どう返答して良いかさっぱり分からないや。
「バラモスの城には結界が張ってある。世界に散らばる六つのオーブを集めればそれを打ち破れる聖鳥が目覚める。しかも鳥だから高い山も越えていけるなんて、あたしじゃなくても都合が良すぎて構えちゃうよね」
 わ、わ。シ、シスが何だか、らしくないくらい論理的に喋ってる。ここだけの話、ラーミアの話と同じくらいの衝撃を受けてたりするよ。
『そこにも、認識の違いがあるようです』
『そもそも、ラーミアとは、この世界を生み出した神に仕えし七の聖獣の一つ』
『秩序を乱す存在であるバラモスを打ち破る資質をオーブで見極め――』
『その一助となる聖獣として、ラーミアが最も相応しいというのが正しい順序となります』
『この卵も、バラモスが結界を張りし後に姿を現しました』
『勇者オルテガがここに来ても意味が無かったというのは、そういったことでもあります』
「はぁ」
 つまり、オーブを集めて出てくるラーミアが、たまたま都合の良い能力を持っていた訳じゃなくて、現状打破に一番適切な能力を持ってるものを選んで神様が貸してくれた、と。何だか、そこまでしてくれるなら、神様がバラモス倒してくれないかなぁ。
『それは出来ません』
「うなっ!?」
 いきなり心を読み取られて、頓狂な声を上げてしまう。
『神は、現世への干渉を極端に制限しています』
『それは、力が強すぎるゆえ』
『加減を誤れば、世界そのものを無に帰してしまう恐れさえあるのです』
 そりゃたしかに、世界を救う為に世界をぶっ壊してたんじゃ、本末転倒も良いところだ。
『そもそも、魔王バラモスが如何に秩序を乱す存在とはいえ、それはあくまで人に対してのこと』
『ならば人の力で以って対抗するのが、筋というものです』
「ん、んー?」
 何かが、引っ掛かった気がした。
「それって、ひょっとして――人が極端な力を持って他種族の秩序を乱しに掛かったら、神様はそっち側に手を貸すかもしれないってこと?」
『――』
 数拍の沈黙が、場を支配した。
『可能性は、否定しません』
 少女は、やや途切れ途切れに、だけど力強くそう口にした。
『ですが人は生来、体力や魔力で魔族に劣り――』
『又、寿命も短いが為、研鑽に掛ける時が短いのが実情です』
『ゆえに、その様な状況になることは、恐らく無いでしょう』
「それはそうかも知れませんね」
 一応は相槌を打っておきながら、少し思う。人はたしかに、生涯で極められる武に限界があるけれど、知識を伝達し、精錬していく生き物だ。もしも未来に、今よりずっと戦う為の道具が進歩していったら、それだけの力をつけるんじゃないかと、益体もないことを考えてしまう。
 と言っても、僕の玄孫の曾孫くらいの時代になってもそこまではいかないだろうから、関係ないといえばないんだけどさ。
『仮定の話は、これくらいで良いでしょう』
『今、見据えるべきは魔王バラモス』
『勇者アレク。あなたは、残るオーブを集めるのです』
『前に述べた通り、勇者アレルはブルーオーブ、イエローオーブをここに納めました』
『貴方の持つ、パープルオーブを加え、現状は三つ』
『残るオーブは、レッドオーブ、グリーンオーブ、シルバーオーブ』
『貴方の力と知恵で、見付け出すのです』
「えー、この流れで言うのもあれなんですが――何処にあるかとか、せめて、ヒントの様なものくらいは……」
『……』
『貴方の力と知恵で、見付け出すのです』
 うわ、何事も無かったように言い直したよ。
 え? 本気ですか? この広い広い世界で、こんな握り拳くらいの珠を三つも見付けろって?
 兄さん、どうやって三つも見付けたんだろう。
 虱潰しなんてしてたら、十年経っても見付からないだろうし――。
「ま、いっか」
 余りに壮大すぎることを言われたせいで、一回りして深く考える気力をなくしてしまった。今は、やりたい様にやろう。何にしても兄さん達の手掛かりを見つける為に世界を巡るつもりだったし、探し物が少し増えたくらいの話だよね。
「とりあえず、話は分かりました。オーブを揃えたら、もう一回来ます」
 ここは、明るく気楽に、且つ陽気に行こう。そもそも、僕がバラモスを倒そうってこと自体、真面目に考えたら二ヶ月くらい寝込みかねない無茶で無謀で無鉄砲なことだしね。
「それで、次は何処へ行きますの?」
「話の流れで、分かってるでしょ」
「意思の確認は、パーティにとって、屈指に大切なことですの」
 たしかに、それもそうか。分かってると思い込んで行動すると、考えられないほど危険な事態に繋がりかねないよね。
「兄さん達が消えた地、ジパング、だよ」
 一体、何があって兄さん達がその姿を消したのか。パープルオーブを、どうして僕に託したのか。この二つがジパングに繋がっているというのなら、向かわなくてはいけない。僕のとってこれは、旅に出た理由の内、かなりの部分を占めていることなのだから。

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