「野郎共、敵は大王イカだ! 構うこたぁねぇ。十本足を八つ裂きにして、晩飯のおかずにしてやれ!」 「ヒャッホォォ。調味液に漬けて、ウマウマと内臓まで味わってくれるわ」 「日干しにすると、酒のツマミに最高なんだぜ」 前略、兄さん。勇者なのに、何故だか戦闘での出番がありません。 「ブヒョー。このヌメりつく触手の感触、最高だぜー」 そして、海の男には変人が多いと聞きますけど、どうやら真実だったみたいです。 「って言うか、大王イカって食べられるの? エースのスリーカード」 「アリアハンじゃ、あんま聞かないけどね。二と七のツーペア」 「地方に依っては、海の男の貴重な嗜好品と聞いたことがありますの。ジャックとクイーンのフルハウスですわ」 「だー、また負けたー」 結論。場末の鉄火場くらいでなら通用する僕の博徒としての才能も、絶対的な強運の前では何の役にも立たないみたい。 「ふー。軟体生物のくせに、手こずらせてくれやがったぜー」 「だが、この触感だけはやめられねぇ。戦闘を、他人に譲るなんて出来るかってんだ」 「うみゃー。うみゃーよ、このゲソ。たまらねぇ」 いや、こんなこと言ってるけど、皆、結構、気の良い人達なんだよ? 戦闘中はちょっと人格がおかしくなるけど。 「やぁ、坊や達。お騒がせしてしまったけど、被害は無かったかい?」 何て言うか、勇者のプライドという意味でしたら、もうズタズタです。 「それはともかくとして、船長。今日は時間ありますか?」 出航して数日、幸運なことに天気は良かったから航海は順風だった。と言っても、ブランクが長かったり、初対面の人が多い関係でアントニオ船長は忙殺されて、これまでゆっくり話す暇なんて取れなかったんだ。 「ええ。何とか配置も完了しましたので、急な天候の崩れや魔物の襲撃が無い限り、大丈夫でしょう」 言って、船長は空いた椅子に腰を掛けた。 さて、と。色々と話したいことはあるけど、先ずは――。 「オーブって、何なんですか?」 ここから始めないと、どうにもならない。 「ふーむ。私も、件の友人から少し聞いただけなのですが、何でも勇者アレル一行は、そのオーブという玉を見付ける為、世界を回って居たそうです」 「兄さんが?」 「そのことが魔王バラモスを倒すことにつながるという話でした」 どういうことなんだろう。この、ぱっと見は只の大きな宝石にしか見えない宝珠と、打倒バラモスに何の繋がりがあるんだろうか。 「それは、どういった因果関係で?」 「さぁ、そこまではちょっと」 「じゃあ、オーブっていうのは、これ一つだけなんですか? それとも、幾つかあるんですか? だとしたら何個――」 「それも、分かりかねます」 「……」 微妙に、役に立つんだか立たないんだか、良く分からない情報だなぁ。 「だけど、オーブか」 兄さん達が、何の目的でこの玉を求めていたかは分からない。だけど、これを追い続けていれば、接点が見出せるかも知れない。それが分かっただけでも、価値があったかな。 「他に、何か聞きたいことは?」 えーっと、そうだなぁ。 「船長は、かつて世界を巡っていたんですよね?」 「あの頃の私は、本当に輝いていました。この船旅は、全盛期の私を取り戻し、乗り越える為のものなのです」 いえいえ。そんな船長の自己陶酔は、この際どうでも良いですから。 「バラモス軍について、知ってることがあれば教えて下さい」 ここまで、僕達は魔物達の相手を散発的にしか行ってこなかった。だから、彼らの組織がどの様な形態になっているのか、おぼろげにさえ知らない。折角、世界を知る人と親交を持てたんだから、話は聞いておくべきだよね。 「ふーむ、私の知っている限りでは、トップにバラモスが居るらしいです」 「それは知ってます」 むしろ、バラモス軍を名乗っておきながら、別に黒幕が居たらそっちの方が驚きです。 「後は、幹部級の奴らが、数人、いえ数匹居ると聞いています」 「幹部?」 「ええ。魔王軍は、魔王バラモスを頂点に据えたピラミッド状の組織ですから。当然、バラモス直下には、幾らか見劣りするものの、私達から見れば雲上とも言える高位の魔物が何体も居るとのこと。かの者達は実働部隊として、各国に侵出しつつあるらしいですよ」 「具体的には、どの国に、どんなモンスターが?」 「それについては、存じません」 「……」 相変わらず、肝心なところが欠如してる情報だなぁ。 「幹部、ねぇ」 言葉にすると一言だけれど、どうにもピンと来ない。少なくても、海の男達の食料と化した大王イカよりは強いんだろうねぇ。 クレインや、大賢者であるメロニーヤ様と比べたらどうなんだろうか。 そして、僕達が対峙したら一体――うん、暗闇で背後から数人掛かりで襲い掛かれば、運次第では勝てるかも知れないよね。 相変わらず、勇者とは程遠い発想をする自分が居た。 「それにしても、こんなに長く船に乗るのは初めてだと聞いていましたが」 「そうですよ」 ここまで、移動に用いてきた手段は、二本の脚にアリアハン−ロマリア間の旅の扉、それとルーラだけだ。アリアハンでは、小船で釣りに出たことがあるくらいで、数日間も乗りっぱなしというのは、正真正銘、今回が初めてだ。 「誰一人酔いもしないとは、面白くありませんね。初心者が今にも死にそうな顔で潰れるのが、伝統みたいなものだというのに」 「ははは」 何ですか、その、分かり易いけど悪趣味な風習は。 「まあ、こういうの昔から強かったですから」 シスは仮にも盗賊だから、平衡感覚が優れてるんだろう。アクアさんは、ほら、陸でも酔ってるみたいな人だし、このくらいどうってこと無いんでしょ。 「それにしても、カードゲームとは宜しいですな。いえいえ。船旅とは、順調な内は退屈なもの。暇を潰すにはもってこいと言えましょう」 「えーと、お時間あるんでしたら、混ざります?」 「ほほぉ、そうですか。お誘いを断るというのも失礼に当たりましょう。ささ、今はどなたが親で?」 あれだけ露骨に催促しときながら、この態度だ。全く以って、大人の対応だなぁ。 「一応、ちょっとは賭けてますけど、低レートですから、イカサマに気を揉む必要は無いですよ」 本当、百連勝して御飯一回くらいの額だから、人間関係がこじれるリスクを背負ってまでズルする人は居ないはずだ。 「御心配無く。私は、勝負に関しては清廉潔白ですから。女性関係は、ドロドロしていますけどね」 誰も聞いてないと思うんだけど、ま、深く考えるのはやめておこうっと。 ちなみに、僕とアクアさんを相手にする格好になった船長だけど、その戦果は――彼の名誉の為に、伏せておこうかな。 「う……ん……」 身体の中心が固まってしまったかの様な冷え込みで目を覚ます。ポルトガを出て、どれ程の月日が経ったのだろうか。少なくても、寒暖の移ろいが季節のそれより遥かに早いことは理解出来る。何しろ身体の方がついていかなくて、毎朝の様に、凍えたまま布団を被り直してたんだから。 「今日は……特に予定無かったよね……」 客として船に乗ると、想像してた以上に時間が余ることを知り、稽古の量を増やした。幸いなことに、ポルトガで兵士の経験があった人が居て、簡単にだけどポルトガ流の剣術を教わることも出来た。何だか、色々な流派が混じって、我流に近くなってるところもあるけど、少なくても、アリアハンを出た時よりは強くなっていると実感できた。 他にも、船での仕事も少し回して貰っている。帆の調整なんか全身の力を使うし、筋力の鍛錬も兼ねてると言えたしね。尤も、最初は余り役に立たなくて、指揮に回ってくれないかってポソリと言われた訳だけど。 だけど、今日は特に予定の無い休養日だ。久々に、魔法の練習をしてみようかな。本当、剣も魔法も一流じゃなきゃ勇者じゃないなんて、一体、誰が決めた――。 「おぉい! 陸だ、陸が見えたぞぉ!」 見張り台の男の大声で、一瞬にして、船そのものが目を覚ました。夢うつつだった僕の身体と心にも、あっという間に血が巡って覚醒する。気付いた時には、寝巻きのまま寝室を飛び出して、甲板へと駆けていた。 「おはようございます、ですの」 「うん、おはよう」 いつも通り、僕より早く目を覚まして出迎えてくれるアクアさん。何だか、お母さんっぽいよねって言ったら、やっぱり怒られるかな。 「て言うか、寒っ!?」 勢いで飛び出してきたは良いけど、息は白み、下手をすれば身体が凍りつきかねない程の気温だ。厚手のものと言っても、寝巻きだけじゃ肌が切り裂けそうになる。 「こんなこともあろうかと、防寒具を用意してありますの」 「ありがと」 それにしても、どれだけ『こんなこともあろうかと』って言葉を使いたいんだろうね。 「んー。甲板からじゃ、良く見えないなぁ」 一方、シスは右手を額に当てて、海岸線を見遣っていた。僕達三人の中では、一番、遠くを見渡せるシスだけど、高さが無いとまだ無理な距離なのかな。 「すいませーん! 陸って、どれくらいの大きさですかー」 見張り台の下から、声を張り上げて問い掛けた。 「おぉ。あれはどう考えても小島って感じじゃねーな。日数やなんかを考えても、あれがレイアムランドってことで間違いなさそうだぜ」 「ありがとうございますー」 そっか、ついに着いたんだ。兄さんが海に出て、最初に目指した極寒の地、レイアムランド。そこには一体、何が待っているのか。はやる気持ちと不安が交錯し、心が揺れ動いた。 「グー」 うん、と言っても、上陸できるまでにはまだ時間掛かりそうだし、とりあえずは朝ごはんを食べようかな。 「寒い! 寒い! さむぅい!」 とりあえず、あれです。仲間の盗賊さんが、とってもうるさいです。 「たしかに、寒いって言えば寒いけどさ」 防寒具を身に着けて歩き続けているのに、それでも身体が芯からは温まらない。周囲に見えるのは何処までと無く続く氷だけだ。これが、雪と氷で覆われた大地、レイアムランド、か。 「まだ今の時期は良いらしいよ。真冬だと、吹雪で隣の仲間も見えないくらいらしいし」 ポルトガの暦で言うと今は初夏くらいだし、そういう意味ではタイミングが良かったよね。 「そんなこと言いながら、自分はこっそりメラで暖を取ってるって、ズルくない?」 「……」 てへっ♪ 「だったら、シスも魔法憶えてみない? 戦闘で使おうって思ったら大変だけど、生活を便利にするくらいだったら、割と簡単だよ」 「あー、無理無理。昔、ちょっと齧ってみようとしたことあったんだけどさ。才能が欠片も無いってギルドの人に言われたし、向いてないみたい」 「へー、そりゃまた珍しい」 良いか悪いかの話は別にして、魔法は基本的に、才能依存の領域だ。足の速さや、算術の能力に似てるかも知れない。もちろん、宝石が職人の手に依って磨かれなければ輝かないのと同じく、努力もそれに匹敵するくらい大事ではあるんだけどね。 唯、逆に言えば、それなりに訓練すれば、殆どの人が魔法を使えるということでもある。僧侶、魔法使いの両系統を極めることが出来る賢者が稀有であると同時に、どっちも全く使えないっていうのも、かなり珍しい。言うなれば、同じ確率の一位クジとドベクジの内、ドベの方をひいたって感じかなぁ。運が悪いっていうか、何ていうか。 「ん?」 「今度はどうしたの」 「いや、今、何か見えた気が」 旅をしていると、シスの嗅覚というか五感の強さには驚かされる。正直、僕の魔法なんかより役に立ってるかも知れない。世の中、適材適所っていうか、色んな才能があって回るものなんだねぇ。 「それで、何が見えたのさ」 「んーと、光ってる感じ」 「……」 表現力は、もう少し鍛える余地がありそうだけどね。 「それって、氷じゃないの?」 何しろ、本当に一面が凍りついた白銀の大地だ。鋲がたくさんついた特製のブーツを履いてないと、普通に歩くのも辛いくらいだし。 「ま、ちょっとした丘かもしんないけどね。少し違和感あったくらいだし、近付いてみないと何とも」 「じゃ、とりあえずそっち行ってみようか」 身を切る程の寒さの中でも、明確な目標が定まると意気が上がる。人間って不思議な感じに出来てるよねと、少し思ってみた。 Next |