邂逅輪廻



「それで、心は決まりましたの?」
 夜も更けた頃、僕達は寝る前に三人、顔を合わせていた。シスなんて、一回潰れてかなり寝てたせいか、時間に見合わない元気さを見せている。何かこれって、夜にやたらと活動的になる猫っぽいよね。
「うん、まあ、ね」
 結局、グダグダ悩んでみたけど、最初から答は決まっていたようなものだ。
 僕は、勇者として、アリアハンを旅立った。彼らが、僕に父さんや兄さんの代わりを期待していたのは事実だろう。それでも、それを含めて、僕は勇者というものを受け入れたはずだ。だったら、僕は勇者の任を果たすことにしよう。期待が重いだとか感じる心は、この際だから封じ込めておくことにした。
「明日、朝一番でクワットさんに話をしにいこう。そして数日後には出航だ。準備や何やで忙しくなるだろうね」
「でさ、すごーく基本的なこと聞いていい?」
「どしたの?」
「あたし達、次、何処行くの?」
「……」
 ん?
「あ、あれ?」
 そ、そういえば、その部分については、全然、考えて無かった様な。何ていうか、船っていう手段が目的に摩り替わって――いやいや、そういう心理的な理屈の部分はどうでも良くってさ。
「大丈夫ですの」
 ふと、アクアさんが口を開いた。
「こんなこともあろうかと、準備はしてありますわ」
 おぉ。流石はパーティの年長者! 微笑みの最終兵器! フリーダム村の村長さん!
 どれ一つとして褒めて無い気もするけど、余り深く考えないでおこう。
「『こんなこともあろうかと』って、長い人生の中で、一度は言ってみたい台詞の一つですわよね?」
 そういう、お爺さん譲りの発言はどうでもいいですから。
「やぁ、坊や。相変わらず、クールな表情が似合うねぇ。そっちのお嬢ちゃんも、見掛けに依らず博識じゃないか」
 扉を開けて湧いて出たのは、宿直営の酒場のマスターだった。あれ、まだ深夜って程の時間じゃないですけど、店ほったらかして良いんですか? あと、シスの政治を語る酒癖は、単なる勢いなんで、余り深く考えない方が良いですよ。
「それで、この人がどうしたの?」
 話の流れからして、僕達の行末に多大な影響を及ぼしそうなんだけど――。
「実は私、かの勇者アレルがこのポルトガより出航した時の船員だった過去を――」
「え?」
「持つ方と友人だったりします」
「……」
 クワットさんといい、その一度上げて落とす喋り方って何なの。ポルトガ人独特のものだって言うなら、慣れるのに時間が掛かりそうだなぁ。
「ま、いいや。それで、その友達と、何を話したんです?」
 一々考えると、キリがない。ここは、話の本筋だけきっちり抑えておこうっと。
「良くぞ聞いてくれました。私の友人たるその男。身体は巨躯で力持ち。オツムが弱めなのが玉に瑕。しかし気の良いナイスガイ。そもそもこいつと知り合ったのは、その昔、南方への船に乗ったのが切っ掛けで――」
「すいません。今は酒の席じゃないんで、本当、要点をかいつまんでお願いします」
 針小棒大とは言うけれど、この場合、幽霊の正体見たり枯れ尾花の方が的確かな。本当、どうでもいいことまで広げて物語にしかねない展開力は、話に飢えた船旅や、酒場のマスターとして培ったものなんだろうか。単に、個人の気質って感じがしないでもないけど。
「アレル様達は、北に向かいました。以上」
 うわっ、今度は簡潔すぎるし。何でそう、極端から極端に走るのさ。
「それはともかく、北?」
 久々の兄さんの足跡に、心躍るものがありながらも、平静を装って地図を広げて確認する。
「ポルトガから北って言うと……エジンベア?」
 エジンベアは、シャンパーニの塔に程近い島国だ。ロマリアでも、その名前は少し聞いたけど、何だか良く分からなかったというのが本音だ。どうやら、とても閉鎖的な国民性らしくて、情報が余り伝わってこないみたい。
「いえ、その更に北です」
「更に、って」
 地図を見直してみるけど、エジンベアの北というと、上端に差し掛かってしまう。えっと、たしか、上端と下端は繋がってるはずだから――。
「ポルトガに、戻って来ちゃった訳で」
「……」
 あ、あれ。何だか、三人に冷たい目で見られてる気がするんだけど、僕、何か間違ってた?
「ではなく、やや東になりますが、こちらです」
 言ってマスターが指差したのは、地図の左下。アリアハンから見て西にあるランシールの、更に南西の島だった。聞いた話だけど、たしかここは雪と氷に覆われた場所で、人なんて殆ど住んでないはずだけど――。
「この地の名はレイアムランド――古来より霊地として知られる島です」
「レイアム……ランド……」
 何故だか、その言葉を聞いた途端、心臓が高鳴った気がした。何か、呼び寄せられている様な不可思議な心持ちになる。トクントクンと脈打つ鼓動が遠くに聞こえ、意識が薄らいでいくのを知覚した。
「どうしましたの?」
「あ、いや、うん……」
 曖昧な相槌だけを返しながら、自身の記憶を辿ってみる。何で、こんなにもこの島が気に掛かるんだろうか。僕は生まれてから十五年、アリアハンの城下町から出たことは殆ど無い。せいぜいが、領地であるレーベに何回か行ったことがある程度だ。だから、訪ねた過去があるという線は、まず考えられない。
 だとすると、何処かで話を聞いたんだろうか。だけど、こんな辺境の島に、これほどの印象が残る話題を耳にした憶えはない。
 考えられる線として、兄さんからの手紙がかなり有力ではあるとは思う。でも、擦り切れるくらいに読んだけど、レイアムランドなんて単語は出てこなかったはず――。
「あ!」
 雷撃に打たれたかの様な衝撃が走った。そうだ、たしか明確な記述はなかったけど、素っ気無い一文で――。
「あった」
 道具袋の奥底から、手紙の束を引きずり出した。何だか、三人が奇異の目で見てる気もするけど、この際、気にしない。
『雪と氷に覆われた島で、聖鳥の話を聞いた。良いよなぁ、聖鳥。何だか、これだけで浪漫を感じるってもんだよ』
 聖鳥の部分に意識を奪われて、余り深く考えなかったけど、この雪と氷に覆われた島って、レイアムランドのことじゃ? 霊地ってことだし、辻褄は合うように思えた。
「レイアムランドに……行こう」
 思えば、これ程までに明確な意思を持って次の目的地を決めたのは、初めてのことの様に思えた。今まではかすかにしか感じられなかった兄さんの、明確な足跡がここにはある。追わなきゃいけないと、身体の奥底から命令されてる気分だった。
「アレクさんが決めたことでしたら、反対する理由はありませんの」
「あたし、寒いとこ苦手なんだけどー」
「じゃあ、シスはポルトガで留守番する?」
 一端、アリアハン戻ってもいいけど。キメラの翼くらいなら渡すよ。
「絶対、やだ。何が何でもついてくからね」
 だったら、意味も無くそういうこと言わないで欲しいなぁ。
「じゃ、そういうことで、次の目的地はレイアムランドだ。マスター、情報、ありがとうございました」
「ふふ、なぁに、酒場のオヤジにとって、情報は重要な商売道具ですからね。こんなことで世界を救う一端を担えれば、将来、新たな話題提供が出来るというものです」
 ここにも、商売上手なおやっさんが居る。
「それに、長い付き合いになるやも知れませんしね」
「はぁ?」
 謎の言葉を残したまま去るマスターを、僕は呆気にとられたまま見詰めていた。
 ま、いっか。今日は夢見が良さそうだし、細かいことは置いておこうっと。


「船をお借りすることに、決めました」
 翌日の朝一番、それこそ市場が動き出すくらいの時間に、僕達はクワットさんの家へとお邪魔して決意を伝えた。あ、もちろん、使いを出した上で許可は貰ったからね。余りに非常識だと思われるのは心外だよ。
「それはそれは。こちらとしても願ってもないことと言えましょう。ですが、借りるなどと言わなくて結構。最初から、差し上げるという前提での提案でしたのでね」
「いえ、まあ、そうは言いますけど」
 余りに高価なものすぎて、はい、そうですかと受諾できない自分が居た。何処までも、勇者に向いてない気質だなと思ったりもするよ。
「それに借りるのであれば、返済義務が生じます。もしも何処かで難破した場合、それこそ一生を掛けて返して貰わなくてはいけなくなりますよ」
 いやいや。出航前に、何をそんな縁起でも無いことを。
「それで、目的地なんですが、僕達が決めて良いんですよね?」
 幾ら持ち主がくれるって言ってても、こっちは何しろ只乗りの身だ。どうしても、少し下から出ちゃうよね。
「レイアムランド、ですか。御心配なく、既に手配済みですよ。船員に、充分以上の食料、それと、一応、武器もそれなりにね」
「……は?」
 え、何で、知ってるんですか。僕、まだそのことは触れてないはずなんですけど。
「はっ!?」
 まさか、間諜とか宿に仕込んでないですよね。幾ら情報が命と言っても、それはやりすぎですよ。
「そういえば、まだ船長を紹介してなかったね。アントニオ君、入ってきたまえ」
「は、失礼致します」
 クワットさんの言葉に呼応する形で入室して来たのは、やや長めの栗髪を無造作に後ろで縛った中年の男性だった。穏やかな物腰の奥に感じられる野性味は、今まで数多くの女性を泣かせてきたことだろうと推察させてくれ――。
「って、マスター。何してるんですか」
 何処からどう見ても、そこに居たのは酒場のマスターだった。
「やぁ、坊やに嬢ちゃん。こんなところで会うとは、奇遇ですねぇ」
 いやいや、どう考えても作為の匂いしかしませんから。そもそも、僕達がレイアムランドに行くって決めたの知ってるの、部外者ではあなただけでしょうが。
「言ったでしょう、こう見えて、元は船乗りであった、と。こうして、又しても船に乗れる機会があると知った日には、黙ってなんかいられないのです」
 だ、ダメだ。この人も、クワットさんと同じで、完全に仕事に憑かれてるタイプだ。こりゃ、何を言っても、どうにもならないんだろうね。
「分かりました、マスター――いえ、アントニオ船長。色々とあるとは思いますが、宜しくお願いします」
 言って、そっと手を差し出した。がっしりと握り返されたその右手は僕より遥かに大きく、そして力強かった。仮にも勇者として、一介の船乗りに負ける腕力ってどうなんだろうだなんて、思ったりしちゃダメなんだからね。
「いやいや。本当、話が早くて助かります。いえ、意外とあるのですよ。どうにも気性が合わず、揉め事の種となることがね。あなた方に、その心配は無さそうだ」
「ええ、まあ」
 ある意味、変人との付き合いには慣れてるもので。
 ちらりとアクアさんとシスを見ちゃったけど、うん、やっぱり許容範囲広いよね、僕。
「では、参りますか」
「何処へです?」
「決まっているでしょう。あなた方が乗る船にですよ」
「あ、え、はい」
 本当に、商人という人種は行動が早い。時間こそ何ものにも変えがたい商売道具だと知っているが故なのか。
 何はともあれ、僕達はクワットさんの後を追って、表に用意された馬車へと乗り込んだ。

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