邂逅輪廻



「あらあら。世界の魔物達や盗賊を懲らしめる旅をしているんですか。それは大変ですね〜」
 僕達はクワットさんのお宅――というか、殆どお屋敷って感じだったけど、その客間で奥さんと共にお茶を頂いていた。何にしてもこの奥さん、物凄くアクアさんと波長が合いそうなんだけど、勘違いじゃないよね?
「お茶の美味しい昼下がりというのは、本当に幸せの一時ですの」
「あら、話が合いますわね」
「……」
 まあ、本人達は満足みたいだし、余り触れないでおいてあげるのが親切だよね。
「う〜ん。こういう悪どく儲けてそうな家を見ると、本業の性が疼くなぁ」
 はいはい。いつものことだから軽く流してあげるけど、家主を目の前にして言うのは、本格的にマズいと思うよ。
「それで、アレクさん」
「あ、はい」
 クワットさんに声を掛けられ、僕達はそちらに向き直った。
「結論から言うと、現状、ポルトガ王国は、大陸間移動に耐えられる船を保有していない」
「……」
 いやいやいや、ここって、世界的に有名な海洋国家ポルトガだよね? そんな、船が無いとかありえないでしょ。
「三年前の時点であれば、それなりの艦数を保有していたのだがね。それこそ、行きずりの冒険者に一つくらい分け与えても、問題視されない程にだ」
 もしかしてクワットさん、僕の正体に気付いてない?
「だが二年前、魔王軍と大規模な海戦があったのだよ。王国軍は辛勝を収めたものの、半壊状態となってしまった。国の守りを削る訳にはいかないこともあって、国家保有の貿易船は、全て軍用への転換を余儀なくされた訳だ。強引な武装改造が仇となって移動速度は望めず、結果、近海に配置するだけになってしまっている」
 成程。とりあえず、現状は飲み込めたよ。
「くーくー……」
 うん、この際だし、シスは話についてこなくていいかな。
「でも、本当、何が起こるか分からない時代ですし、いざって時の為に一つくらい秘蔵してたり――」
「暗愚な王が、そんなことをするとでも?」
 わーい、バッサリと、切り捨てられたよぉ。
「繰り返す様だが、ポルトガに、国家所属の遠洋航海船は存在しないのです」
 ふー、参ったなぁ。じゃあ、王様に会いに行っても、何の意味も――。
「……」
 ん?
「『国家所属』の?」
「ほぉ、気付かれましたか」
 いやいや。あれだけ念入りに強調されれば、誰だって――。
「ねぇねぇ、どゆこと?」
「……」
 訂正。ちょっと勘が働けば、気付くことだよね。
「つまり、民間団体、或いは個人所有のものだったら、あるってことですよね」
「御明察の通りです。いやはや、話の通りが良くて助かりますな」
 半分以上はお世辞なんだろうけど、褒められると嬉しいのは人間としてしょうがないよね。
「実は私、ロマリアやイシスといった、内海を中心とした交易で財を成させて頂いたのです。昨今は治安の悪化で、滞りがちになっていますがね」
「はい」
「そこで私達は考えたのです。この様な時代だからこそ、大陸間航海は金の匂いがする、と」
「……」
 あ、あれ、今の論法、すんなり受け入れられた様で、感覚的に凄い違和感が?
「えっと、クワットさんは、近海貿易で成功したんですよね?」
「いかにも」
「だけど、魔物達が増えて、今は余りスムーズにいっていない」
「その通りです」
「何で更に危険が大きい、遠洋航海なんかに?」
 順序立てて、ようやく理解できた。航海期間が伸びれば、当然のことながら危険性は増す。今の時代、文字通り生きて帰って来る方が難しいだろう。こんな中で、わざわざ旅立とうなんて、言葉は悪いけど、正気の沙汰じゃない。いや、僕達が言って良いことかは分からないんだけどさ。
「商道の言葉の一つに、『奇貨』というものがあります」
「きか……?」
「商売の基本は大まかに四つです。一つは八百屋や魚屋の様に、生産地と売り捌く土地での相場の差額で儲けるもの。
 一つは、鍛冶屋や調理師の様に、物品に付加価値を加えるもの。
 一つは宿屋や酒場の様に、場を提供するなどのサービス料を収入とするもの。
 最後の一つは、将来的に需要が高まりそうなものに先行投資し、価値が上がったところで回収するものだ。
 現実的にはそれぞれ複合している面があるので、単純に分類化は難しいのだがね」
 あれ? 僕、クワットさんに商売を教わりに来たんだっけ?
「奇貨というのは、四つ目の、将来、値が跳ね上がりそうなものの中でも、特に際立った可能性を秘めたものを指す。
 成程、たしかに現状、世界を回ることは危険であろう。だがそれ故に、困難を乗り越えて手に入れたものは価値があるのです。貴方のお兄さんが、黒胡椒を持ち帰った一件の様にね」
「――!」
 薄々勘付いていたとはいえ、実際、面と向かって言われると心臓が小さく跳ね上がってしまう。
「知って、いたんですか?」
「商売人にとって情報は生命線だからね。こと人の出入りに関して、私の右に出る者はポルトガに居るかどうか――」
 又してもさらりと、国王以上の力を持ってるって言ってるよね。
「とはいえ勘違いしないで頂きたい。私は何もあなたや、お兄さんである勇者アレルを糾弾しようというのではない。あれはあくまで、愚かな王の失態であり、求めた方に落度などないのだから」
「はぁ」
 どうもこういう政治的事情って奴は、今一つ飲み込めない部分がある。
「更に言うのであれば、船をアレル殿に渡したこと自体は、それ程の問題でも無いと考えている」
「は?」
 ついさっきの怒り様は何処へ行ったのか。そろそろ、頭がついていけてないよ。
「たしかに、この御時世、黒胡椒と引き換えに船を与えたことは断罪されるべきであろう。だが、勇者を相手にしたという点に於いては、むしろ評価すべきさえとも考えます」
「詰まるところ、纏めると――」
「王が勇者と認めたのであれば、然るべき手続きの後、与えるのも良いだろう。その時は私の様な者に糾弾されるやも知れないが、後に彼らが世界を平和にすれば、それを補って余りある名声を、ポルトガという国家が享受することが出来る訳だから、一種の投資とも言える。
 だが、黒胡椒と交換などという条件を持ち出すから、王の見識を疑われるのだ。それではあくまで、対価としての船となり、勇者という人物を見抜いた評価にはならない。それでは、意味が無いのだ」
 成程、ね。単純に船を相場通り売買するってだけじゃなくて、将来、どれだけの見返りがあるかまで考えろってことか。商人的発想というのも、これはこれで奥深いみたい。
「当時、クワットさんが王の立場にあったら、兄さんに只で船を与えたってことですか?」
「それは分かりかねる。間が悪いことに、その時期はちょうどイシスで買い付けをしていた故、勇者アレルに直接は会っていないのだ。私は、自分の目で見たものしか信じない主義なので、判断材料が足りないと言わざるを得ない」
 あらら。
「じゃあ、兄さんがポルトガの後、何処に行ったかも知りませんね?」
「ええ、生憎と」
 それは残念。ちょっとくらい手掛かりを得られるかと思ったのに。
「ですが本日、勇者アレクと出会うことが出来た。何という素晴らしいことでしょうか」
「……」
 はい?
「結論から言いましょう。アレクさん。私が所有する船に乗って、世界へと飛び立ちませんか?」
「……」
 ぶー!
「わ、汚いなぁ。お茶吹かないでよ」
 僕だって、まさかこんなベタなリアクションをとることになるなんて思わなかったよ。
「い、いきなりの話で、少し頭が混乱してるんですが」
「そういう時は、パーティアタックが基本ですの」
「ほぉ。それでは仕方ありませんな。これでも若かりし頃は丁稚として鍛え上げたこの肉体。勇者殿に向けることが出来るとは、ある種、光栄というものです」
 わ、わー! 正気になりましたから! そんな筋肉を見せ付けて腕を振り回さないで!
「あたしが鞭で打てば良かった?」
 又しても話が逸れてるから! はい、元に戻すよ!
「僕達に船って――」
「ええ。先程、奇貨の話をしたでしょう?」
「それは、別大陸や未交易国家での、新しい商材の話ですよね?」
「おやおや。どうやら、少し行き違いがありましたか」
 ん? 僕、何か間違ってた?
「私の言う奇貨とは、貴方達のことなのです」
「……?」
 その言葉が耳に入って理解するまでが約七秒。思考することおよそ十秒。何だかもやもやした感情が心を流れること十秒強。計三十秒程の沈黙の後、僕がとった行動は――。
「は?」
 瞬間的にとったものと、大差無いものだった。
「投資とは、物に対して行われるものだと思われがちですが、将来、益となる人材であると判断すれば、惜しみなく注ぎ込みます。尤も、人を見る目と自身の器が無いと、あっさりと裏切られて無為と化しますがね」
 あ、あれ。又しても、商売の基礎知識に話が移ってない?
「す、少し整理出来てきましたけど、良いんですか? そんな、初めて会った僕達に私財を投げ渡すみたいな真似」
 余りに展開が唐突過ぎて、理解しきれて無いけど、大体、合ってるよね?
「どうやら、もう一つ行き違いと言うか、勘違いがある様ですな」
「と、言いますと?」
「商人という生き物についての認識です」
「はぁ」
 何を言いたいのかが、今一つピンと来ない。
「仮に、あなた方に五代、十代に渡って豪遊して暮らせる程の財産があったとしましょう。さて、どうされます?」
 い、いきなり、何の質問なのさ。
「そんなの、ダラダラ遊んで暮らすに決まってるじゃない」
 はい、ちょっと待った、義賊さん。
「お爺様と相談することになるとは思いますが、多分、庶民が安心して暮らせる為の機構作りをする、政治資金として使うことになると思いますわ」
 最終目標はともかく、手段が全く僧侶らしくない気がしてならないのは、僕だけじゃないよね。
「僕は……余りお金にはならない仕事の資金にするかな。研究とか、芸術とか」
 いわゆる道楽って呼ばれたりもするものだけど、こういうのが僕の性には合ってる気がする。
「私は、お茶と読書で日々を過ごしたいですね〜」
 それにしてもこの奥さん、突き抜けて能天気だなぁ。
「成程。それぞれに、らしい答が返ってくるものですな」
「結構、人生観が出るものですよね」
 お金と生活の為に働く人が多い世の中だから、こういう設問にこそ、本性っていうか、芯に近い部分が出るのかも知れない。
「ですが、商人は違います。いかに莫大な資産があろうとも、それを元手にして、更なる財を成すことを考えます。と言いますか、それを考えないようでは、商人と呼んではいけないと言っても間違いはないでしょう」
 す、凄いなぁ、そのチャレンジングスピリッツ。一部の魚は泳ぎ続けないと死んじゃうって聞いたことあるけど、似てる気がしてならない。
「しかも、今の世の中は、御存知の通りです。明日、魔王軍の襲撃を受けて命を失うやも知れませんのに、金貨を蓄え、私財を肥やし何となることでしょう。そこを全く理解していない王侯貴族の愚鈍さ。全く以ってなげかわしく――」
「と、とりあえず、その件に関しましては、置いておいてですね」
 どうにも、話が右に左に逸れて、一本、筋が通らない。
「それで、如何でしょう。実のところ、私の船は既に完成し、船員も当たりをつけています。お受け頂ければ、三日で出航することも可能ですよ」
「み、三日?」
「兵は神速と尊ぶと言いますが、商売の道も、早さと速さが命。むしろこれ以上、短く出来ないことをお詫びしたいくらいです」
 いやいや、三日って言ったら、アリアハンからレーベへの旅路より短いですから。僕達がアリアハンを出てから既に何ヶ月も経ってることを考えれば、三日で船に乗れるなら誤差範囲みたいなものですよ。
「そ、それでですね」
 何だか、話がうますぎて、まだ軽い錯乱状態にあった。助け舟を求めようと、両脇の二人に目配せしてみたんだけど――。
「わたくしは、アレクさんに一任しますの」
「あたしもそれでいーや。考えるの面倒だし」
 これだもんなぁ。とりあえず、リーダーとして信頼されてるってことにしておこう。そうしないと、自我が保てそうに無いし。
「一晩……考えさせてもらって良いですか? 何ぶん、急すぎる話で」
「ええ、それで結構。では明朝、またお会いしましょう。折角ですから、我が家にお泊まりになりますか?」
「いえ、宿をもうとってますから」
「それは残念」
 正直な所、この場に残っていたら、冷静な判断が出来なくなるというのは、心の内にあった。少し、外の空気も吸いたいし。
 色々な考えが頭を巡ったまま、僕達はクワットさんの家を後にして、宿へと戻ることにした。

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