邂逅輪廻



 海洋国家ポルトガ――その通称が示す通り、海運、並びに海軍の力で国力を増大させてきた、かつての強国である。その根幹には、他国の追随を許さない造船技術があげられる。ポルトガ製の船舶は、その規模、用途に関わらず高い水準を誇っており、よほどのことが無い限り不幸に見舞わない為、世界中の船乗りにとっては安心のブランドであり、羨望の的でもあった。
 だが、魔王バラモスが侵攻を開始すると、様相は一転する。軍船として高い能力を持つポルトガ船も、所詮は、対国家、突き詰めれば、対人戦闘を前提に作られているのだ。縦横無尽に海中、海上を動き回る魔物達相手には分が悪く、次第に、世界の海運規模は減少していった。それは同時に、ポルトガという国家の衰退をも意味し、現状では中堅の上といった位置付けとなっている。
 それでも尚、随一の船舶国家である事実は変わらない。オルテガがアリアハンを出る際に用いた船はポルトガ製であったし、アレルが黒胡椒と引き換えに手に入れたものも同様だ。
 そして今、三人目の勇者たるアレクも、この地に足を踏み入れた。目的は兄と同じく、『世界を回る為、自由に動かせる船を手に入れること』。資金の問題、船乗りの問題など色々と不安な面はあるが、とりあえず現地を見ることを優先させた。自分の目で見て、その場の人の話を聞いて、その上で自分の頭で考える。旅に出る時、そう決めたのだから、初志に沿おう。
 ルーラで、半強制的に連れてこられた事実は、この際、置いておくことにした様だ。


「って、意気込んでみたのは良いんだけどさ」
 ポルトガ城下町で宿をとって、小休止すること半刻程。頼んだ飲み物がそろそろ空になることもあって、次の行動についての話題を振った。
「船って、何処に行けば買えるの?」
 何しろ、普通に生活してる限り、まず一生買うことの無い商品だ。漁師さんとか、お金持ちの趣味で使う、小、中規模のものはともかくとして、大陸間航海が可能なものとなると、本格的に数が絞られてくるだろう。
「こういう時は、王様か町長に会って聞くのが基本ですの」
 何だか、アクアさんの世界だけでの基本って感じがしないでもない。
「シスの意見は?」
「ん〜。いっそ盗んじゃわない? ほら、そりゃ、盗られた方はちょっとばかし困るかもしんないけど、回りまわって世界が平和になるなら、結果的にその人も得する訳だし」
 義賊の半分は欺瞞で出来てるって言うけど、どうやら本当みたいだね。
「マスターは知らない? 地元の人だよね」
「坊や。俺はこう見えて、昔は世界を股に掛けた船乗りだったのさ」
「へ、へー、そうなんだ」
 あ、あれ。何か、微妙に話が噛み合って無いような……?
「魔物達の横行で廃業してしまいましたが、あの頃は良かったものです。いかなる困難をも力と知恵で乗り切る海の男魂。弾け飛ぶ友情、怪腕、激動。ああ、願わくば、あんな人生をもう一度で良いから送りたいものですよ」
 何で僕達が関わる人達って、こうもむやみやたらに濃い人が多いんだろうか。
「あ、あの、それで船についてなんですが――」
「坊やもそんなヒョロ腕のまんまじゃ男とは言えません。肉や魚を食べて力を付けないと。おっと、とはいえ野菜を食べるのを忘れてはいけませんよ。身体を壊す人が続出しますからね」
 今のって、ひょっとして船乗りジョーク?  何にしても、この人を戦力として考えるのはやめておこう。
「とりあえず、船着場の方に行ってみますの」
「うん、そうだね」
 何だか、小休止したはずなのに余計に疲れた様な、そんな不可思議な感覚に陥りつつ、僕達は宿のカウンターを後にした。


「船が欲しいだって? こんな御時世に酔狂なことだねぇ」
 うん、開口一番、こんなことを言われるって、大体、分かってたよ。
「おっと、そういやオイラの家に使ってない小船があったな。そうさなぁ。どうせボロだし、五百ゴールドで良かったら持ってきな」
 いえいえ、僕達が欲しいのは、そういう河を渡るくらいのものじゃなくてですね――。
「なに、世界中を回れる船だって? そんなもん、おめぇさん、こんな小さな港で手に入る訳無いだろ」
 そりゃま、そうだよねぇ。適当に、波止場は何処かって聞いたのがまずかったかな。海洋国家にも、普通の漁港があるってこと、すっかり忘れてたよ。
「ここはやっぱり、王宮へ足を運びますの」
 ごめんなさい。そう、頻繁に王様に会って話が出来るほど、僕の精神は頑丈じゃないんです。今更だけど、僕って抜本から勇者に向いてないよなぁ。
「君達。船が入用かね」
 不意に、声を掛けられた。
「あ、はい。えっと、貴方は――」
 振り返ってみるとそこには、一人の紳士が居た。何しろ、風体がシルクハットにモノクル、蝶ネクタイに礼服だったもんで、もうこの人は、『紳士』以外、呼びようがないんだよ。
「おっと失礼。私はこのポルトガで爵位を持つ――」
 え? こう言っちゃなんだけど、何で貴族がこんな所に――。
「ことを切望している町の商人、名をクワットと言いますです、はい」
「……」
 なんだかなぁ。
「ハハハ。クワットさん、相変わらずだなぁ。ってかよ。今時、爵位なんか野良猫の役にも立たないだろう。金も武器も充分持ってるクワットさんがわざわざ手に入れるもんでも無いだろうて」
「ふむ。その意見は一見すると合理的ですが、私の考えは違います。世が乱れに乱れている時だからこそ、真に力を持つものが大義も備えるべきなのです。僭越ながら私は商売の道でそれなりに成功し、ポルトガで屈指の資産家であると自負しております。こんな私だからこそ、腐敗しきった王侯貴族を正す為、爵位を望んでいるのですよ。国家転覆は、庶民へ与える影響が余りに大きいですからね」
 余りにさらりと言われたもんだから聞き逃しかけたけど、国を潰す自信ならあるってことだよね、要するに。
「と言いますか――」
「何だね、少年」
「この国の王様と貴族って、そんなに腐ってるんですか?」
 正直なところ、今日の朝、ここに着いた僕に、そんなことが分かる訳も無い。
「無論である! 例を一つお教えしよう。あれは三年程前のことであるか。二人の若者が船を求めてこの国にやってきたのだ」
「……」
 ん?
「王は何を思ったか、東国の僅かな香辛料と引き換えに王国所属の船を与えてしまったのだ。如何にこちらの国では稀少な食材であろうと、所詮は嗜好品である。世界がこの様な事態に陥ってる今、王族は率先して財政を引き締めねばならないのだ。血税の塊とも言える船舶を譲り渡すとは言語道断であろう!」
 うん、いや、まあ、何て言うか、身内の話すぎて、返答がしづらいです。
「んっと、何か、何処かで聞いたことある話の様な?」
 シ〜ス〜。良い子だから、ここは空気を読んで黙っててね。
「それで、僕達が船を必要かどうか聞いたんでしたっけ」
 大幅に逸れた話を軌道修正する為、僕は話題を振り直した。
「立ち聞きして申し訳ないとは思ったのだが、切実な訴えに聞こえたのでね」
「いえいえ」
 正直、取っ掛かりが無さ過ぎて困ってたところなので、むしろ大歓迎です。
「単刀直入に聞きましょう。あなた方は、何の為に船を欲するのですか?」
「えーと……」
 何だか、凄く抽象的な問われ方で、どう答えて良いかが一瞬で出てこなかった。
「世界を見たいから、かな」
 なので、僕の方としても、こんな言い回ししか出来なかったんだよ。
「ほぉ。お若いとはいえ、この御時世にわざわざ危険な航海に出られるというのですか。いやはや、好奇心というのは、素晴らしいものですな」
「う、うーん……」
 えーと、たしかに小さい頃から世界を見て回りたい願望はあったんだけどさ。こんな時代に、わざわざ自分の意志で旅立ったかと言われると怪しい部分があって……まあ、こんな心情を伝えるのも面倒だし、クワットさんの言う通りってことで良いや。
「気に入りました。こんなところで立ち話もなんですし、我が家でお茶でも飲みながらお話しませんか」
「お茶と聞いては、黙っている訳にはいきませんの」
 アクアさん。いつものことですけど、そのお茶に対する執着は一体、何なんですか。前世で、命を賭ける程の因縁があったんですか。
 というか、ついさっき、宿屋で一服しましたよね。お腹タプンタプンになっても知りませんよ。
「あー、じゃあまあ、折角ですのでお言葉に甘えさせて貰います」
 とはいえ、僕にこの流れを遮る主体性がある訳でもなくて――結局、招待を受けるということで話は纏まった。

 Next

サイトトップ  小説置場  絵画置場  雑記帳  掲示板  伝言板  落書広場  リンク